サヴォア家の旧領を訪問する・上
おはようございます。
若干見切り発車気味ですが、更新再開します。これで一気に完結まで連投予定。
二週間後、パレアで盛大に戦勝祝賀パーティが開かれた。
王様と軍の最高指揮官であるバスキア公が旧市街に面した広場で演説して、群衆で埋め尽くされた広場から大いに喝さいを浴びていた。
集まっているのを改めて見ると、ずいぶん沢山の人がいるもんだな。
各街区にある広場では四大公家の主催でそれぞれに酒や料理を振舞われた。
戦争の時は重苦しい雰囲気が漂っていたから、それを取り返すかのように大賑わいになった。
戦争はほぼ圧勝、しかもただ酒となれば盛り上がらないはずもないか。
ラポルテ村と塔の廃墟をめぐる戦いについては公式には無かったことにされた。
ソヴェンスキの精鋭の兵士がひっそりガルフブルグに紛れ込んできていた、なんてことは大っぴらにはできないか。
なので、この戦いはソヴェンスキが一方的に戦争を仕掛けてきて、それにイーレルギアが呼応したけど、バスキア公がソヴェンスキを打ち破った。
そしてブルフレーニュ家の勇敢な姫君がいち早くイーレルギアと戦った、ということになっている。
これについてはバスキア公に詫びられたけど。
下手をすれば広場を埋めるパレアの人たちを前で演説させられていたらしいから、正直言うとそうならなくてよかったという気がする。
英雄と言われても実感はないし、あれだけの人を前に何か話せと言われても困るぞ。
ただ、王が会いたがっているから謁見しろ、というのは拒否できなかったので王城で謁見してきた。
ガレフ3世と言うガルフブルグの王は、戦士のようながっしりした体格と長身。
それに奇麗な金髪に威厳を感じさせる整った顔立ちで、なんというか文武兼備の優秀な王様って見た目だったけど。
話し方や振る舞いは妙に気易い感じだった。
悪い人と言う感じではなかったけど、国の最高責任者としてはあれでいいのかって気もする。
なんとなく昔仕事であったことがある、人の良い二代目社長って感じだったな。
◆
バスキア公が王様との謁見でサヴォア家の旧領の話をしてくれたからなのか。
戦勝祝いの浮かれた感じも消えて日常が戻ったころ、祝勝祝いの1か月後にサヴォア家の旧領への帰還の支度が整った、という連絡がバスキア公からきた。
サンヴェルナールの夕焼け亭は一旦人に任せて、僕らにシェイラさん、ヴァレンさんやレナさんも含めて、サヴォア家の旧領に馬車で向かうことになった。
馬車で揺られて三日かかるらしい……遠いな。
「風戸君、車使った方が良かったんじゃないの?」
最初はパレア周辺とかと全然違う景色も見れてよかったんだけど。
2日目も半ば過ぎ頃には飽きたらしく、都笠さんが文句を言ってきた。
「僕に一日中管理者を使えって言うのはきついと思わない?」
「……うーん、まあ確かにそうか」
距離的には車なら1日かかるかどうかってくらいの距離だけど。
コンクリート舗装道路じゃないからそんなに飛ばせないし、戦争が終わって平穏が戻っているから街道には馬車とか旅行者、探索者たちがそれなりに行きかっている。
そこを車で爆走するってわけにもいかないだろう。
◆
北に向けて移動して3日目の昼過ぎごろ。
街道沿いの景色が変わって、日本の果樹園でも見るような網棚みたいなのが見えてきた。木には赤い、リンゴのような実がなっている。
シェイラさんとユーカ、セリエが窓の外を見て何か話していた。そろそろ到着なんだろうか。
馬車にはサヴォア家の旗も掲げられている。
それを見たのか結構街道沿いに人も集まってきていた。
馬車がゴトゴトと揺れながら進んで行って小さな町に入っていった。
ラポルテ村よりは大きいけど、そんなに大きい感じはしない。白っぽい煉瓦でつくられた2階建てくらいの建物が並んでいる。
馬車が広場を抜けると、生垣に囲まれた館の前が見えた。簡素なアーチ状の石の門をくぐって館の前で止まる。漸く到着か。
馬車からおりると、昼時としては少しひんやりした感じの空気が肌に触れた。パレアより寒いな。
館は二階建てで結構横に広い。白い煉瓦に青っぽい屋根で古びているけど、落ち着いた感じだ。
頑丈そうな作りで、ところどころ円筒形の見張り塔のような部分があるのが何となく砦を思わせる。
セリエとユーカ、それにシェイラさんとヴァレンさんが思い出に浸るように館の前で立ちすくんでいた。
「やあ、カザマスミト君。久しぶりだね」
とりあえず強張った体をほぐしていると、館から出てきたルノアール公が出迎えてくれた。
◆
館に泊めてもらって翌日、さっそく領主の交代の式をすることなった。
立会人はバスキア公とルノアール公だ。譲る側はバスキア公旗下、サヴォア家はルノアール公の旗下だからなんだろう。
式の間は2階の応接室らしき部屋だった。
ちょっとした会議室くらいの広さで、中央には大きなテーブルがあって、ワインレッドの絨毯が敷き詰められている。
天井からは赤い飾り布が何枚も下げられていて、天窓から差し込んでくる光を受けて薄く影を作っていた。
机をはさんだ向こう側には今の領主の人が居た。
さっき簡単に紹介されたけど、確かエマヌエルさんというらしい。
40歳くらいだろうか。
黒に近い長い茶色の髪は後ろで編み上げられていて、何となく女性の髪形っぽい。
ちょっと低めの背にふっくらした体形で正装が窮屈そうだ。戦ってる人と言う感じではないな。
人のよさそうな感じで、視線が合うと温和な笑みを浮かべてくれた。
「では、偉大なる我が王、ガレフ3世とルノアール家当主たる私の名をもって、本領の領主をサヴォア家当主、シェイラ・カタレーナ・サヴォアとする」
「拝命したします」
シェイラさんが頭を下げる。
今日は狩人のような男性的な衣装に身を包んで奇麗な金髪を後ろに結い上げた凛々しい姿だ。儀礼的な衣裳なんだろう。
もう助けた時のような疲れて儚げな様子はなくなっている。
「サヴォア家息女、ユーカ・エリトレア・サヴォア」
呼ばれたユーカがシェイラさんの横に並ぶ。
今回のこの領地への復帰と同時に、ユーカの武勲もサヴォア家のものとして正式に認められた。
僕と一緒に戦っているわけだから、ユーカも龍殺しで、不死の討伐者で、塔の廃墟の英雄の要件は満たしている。
奴隷という立場だから曖昧にされていたけど、その辺も今回認められた……というよりそれも一つの領地移動の口実なんだろう。
「貴方の武勲を改めて称えます。今後も王陛下と我がルノアール家のために励んでください」
「はい、大公様」
ユーカがいかにも緊張したって感じでぎこちなく頭を下げる。昨日散々練習していたけど上手くできたな。
赤いドレスを着てきちんと化粧もしているから普段より大人っぽく見える。
後ろでセリエが鼻をすすっているのが聞こえる。涙ぐんでいるのが分かった。
「本領の領主、エマヌエル・ピレロ・ロシュフォードはガレフ3世よりシェルヴェイル領が与えられる。王命と我がバスキア公旗下の名に恥じぬよう、良き領主として励むように」
「必ずや」
バスキア公が重々しい口調で言うと、エマヌエルさんが恭しく一礼する。
その後は、書類にサインして紋章を捺印したりとか、いかにも形式的って感じのやりとりがあって、滞りなく領地の引継ぎは終わった。




