信じるものは
「スミト様。私は貴方の素晴らしい能力と高潔な意思に敬意を払っております。ただ一つ、正しき教えを拒むことだけが惜しまれる」
ヴェロニカが前と変わらない感情を読み取れない口調で言った。
「最後の忠告です。心を改め我が神に仕えませんか?」
レオニダード、アンドレアに続いてヴェロニカ相手の三連戦は厳しい。
管理者と魔弾の射手を何度も使ってるからそろそろ魔力切れも近い。体が重い。
ただ嘆いても状況は改善しない。嘆いても待っているのは敗北への道だ。今やれることをやるしかない。
短銃の方をベルトに挿して銃剣を握りなおす。
「そっちこそまだやる気か?
じきに塔の廃墟中の探索者がここに来るし、ラポルテ村からも援軍が来るぞ。お前らはもう負け犬ムードだ」
「私が受けた命令は神からの命令です。神に仕える物として、背くことはできません」
全く迷いのない口調でヴェロニカが言った。
アンドレアはゲスだけど話が通じる余地があるというか、脅しが効くというか話がまだ通じる相手だった。
だけどこいつには無理か。
「それに聡明な貴方はお判りでしょうが、この局面、エミリオ・オルドネスを抑えれば我々の勝ちです。そして、その為に必要なのは一人だけです。他が皆倒れたとしてもそうなれば我らの勝利です」
そう言ってヴェロニカが上を見上げた。
恐らく上でも戦いは続いているんだろう。
「ここに人質がいるんだけど」
「アンドレア先任司教殿も、人質になり信仰の妨げとなるような屈辱を是とはされないでしょう。
神に与えられた任務に準ずるのが我らの喜びなれば」
ヴェロニカがこともなげに言って、アンドレアが短く悲鳴を上げた。
一応言ってみたけど、前も仲間のミハエルを平然と切ったし、必要なら人質を殺すことは躊躇しないだろうな。
同じ司教憲兵でも覚悟に温度差はあるらしい。
……少なくともここでは人質は何の役にも立たないか。国同士の交渉では多少の取引材料になることを祈ろう。
「スミト様。なぜ神の正しさに従わないのです?
我が国にお越しいただければ、仕える主が変わるだけです。貴方の奴隷にも危害を加えません。なぜ私達と戦うのですか?」
ヴェロニカが表情を変えないままにいった。
ただ、珍しくわずかに疑問の感情が垣間見える口調だ。
「あなたには命を懸けて守るべき信念などないでしょう?」
「勘違いするな、僕はお前らの正義とやらに口出す気はない。でも僕には僕の正しいと信じる思いがある」
戦うことも、誰かを守ることも。正しいと信じることを自分の意思で選ぶこと。それが僕の信念だ。
誰かに与えられるものじゃない。
「正義は一つです。だからこそ正義であり、従うべきことです」
「僕はそうは思わない。僕には僕の信念がある。押し付けるなら戦う」
「……致し方ありません。残念です。貴方の過ちを正したかったのですが、無理なようだ。
貴方にはここで死んで頂き、オルドネス公に貴方とは違う……もっと寛容な方をこちらに招いてもらうことにします」
ヴェロニカが表情を変えないままに双剣を一振りした。
「貴方はここにいるパーティ……いや塔の廃墟の探索者の精神的支柱だ。貴方は倒せば皆戦意を失うでしょう」
ヴェロニカが双剣を構える。
やるしかないか。
◆
前触れもなく風のように早くヴェロニカが踏み込んできた。双剣が一閃する。
双剣と銃剣がぶつかり合った。
アンドレアとは格が違う。高速の斬撃が最短距離を通って正確に急所を狙ってくる。
双剣と銃身が火花を散らした。速いけど目で追えないほどじゃない。
ただ息もつけない。辛うじてついていくのがやっとだ。
至近距離は双剣の間合いだ。まっすぐ振り下ろされた剣を銃身で受け止めて押し返す。
ヴェロニカが押されて下がった。
一息つく間もなく、ヴェロニカがまだ飛び込むように切りかかってきた。
切っ先が体をかすめる。
ヴェロニカの体にも白い光が見えた。加護が掛かっている。
剣を躱して銃床を薙ぎ払う。わき腹に銃床が当たって鈍い手ごたえが返ってきた。
銃剣で追撃しようとしたけど、察したように双剣が銃剣の切っ先を払いのけてきた。
切り返しが来る。考えるより早く体が動いた。銃身で双剣を受け止める。
ヴェロニカの体の白い光が戻った。
アンドレアみたいに隙だらけだと簡単に連撃を撃ち込んで加護を突き破れたけど、こいつだと一発当てるのも至難の業だ。
僕より速さで負けていてもそれを技で補ってたレオニダードの技量の高さが身に染みる。
突きを跳ね上げられた。銃が上に流れる。
ヴェロニカの双剣の切っ先がこっちを向いた。受けは間に合わない。
無表情な顔にかすかに薄笑いが浮かんだ。
体を咄嗟に捻るけど、まっすぐ伸びた双剣が左肩に突き刺さった。
◆
硬い塊が肩を貫いて、脳天を突き抜ける痛みが肩から走った。防御はまだかかっていたはずだけど、一撃で破られた。
セリエの悲鳴が聞こえる。
「お別れです……スミト様」
ヴェロニカが仮面のような表情のまま言うけど……これも覚悟の上。
こいつ相手に無傷で勝てるなんて思っちゃいない。
奥歯をかみしめて痛みを押し殺す。相手の動きが止まったこの瞬間が最大のチャンス。
銃を捨ててヴェロニカの襟をつかんで引き寄せた。ベルトに挿した短銃を抜く。
「【新たな魔弾と引換に!ザミュエル!彼の者を生贄に捧げる!】」
意図を察したようにヴェロニカが体を押し返そうとするけど、武器の性能は負けてても単なる筋力だけならこっちの方が上だ。
残りの魔力を全てこの一撃に込める。
「抉り取れ!魔弾の射手」
銃口を押し当てて引き金を引いた
◆
鈍い音がしてヴェロニカの体が飛んだ。
床に倒れて右の肩口から真っ赤な血が広がる。胸を狙ったんだけど、最後に体を逸らされたか。
ただ、至近距離で最大火力の魔弾の射手、魔法を強化する属性をつけた短銃、そして残りの全魔力を注ぎこんでの一撃だ。
一発で加護は破れたらしい。
双剣が抜けた肩から血が噴き出して焼けつくような痛みが全身に広がる。
追撃をしようと思ったけど、足が動かなかった。
「ご主人様!【彼の者の負いし傷は、我が祈りによりて癒されるもの、斯く成せ】」
セリエの詠唱が後ろから聞こえて方から噴き出す血が止まった。痛みが引いていく。
ただ、銃剣を拾いなおしたら肩の内側から鈍い痛みが走った。完全には消えないか。
床に倒れていたヴェロニカが肩をかばうように立ち上がった。
死んでないにしても、できれば戦闘不能にはなっていて欲しかったんだけど。
「素晴らしいです。信仰を持たぬものがこれほどの戦いができるのですね」
感心したような口調でヴェロニカが言う。
手から血が滴っていけど。何かを詠唱すると、血が止まった。こいつも治癒持ちか。
「私に傷を負わせたものはそうは居りません。素晴らしい戦いぶりです」
ヴェロニカもわずかに表情をゆがめる。痛みが無いはずはないか。
「セリエ、防御を」
「……でも」
セリエがためらう様に言うけど。
「いいから、はやく」
「はい……【彼の者の身にまとう鎧は金剛の如く、仇なす刃を退けるものなり。斯く成せ】」
戦いはまだ終わってない。やるしかないなら、泣き言を言っている暇はない。
防御の白い光がまた体に纏いついた。
今の手はもう使えない。
ヴェロニカが傷口の方を一瞥して、双剣を左に持ち変える。
お互い手負い……どっちが重傷かは分からないけど、利き腕を殺せたのは有利だと思う。
ヴェロニカの表情に変化はないようにみえるけど、唇をかんでいるのが分かった。
ダメージはある。無敵の化け物じゃない、切れば倒せる相手だ。
銃剣を構え直してヴェロニカを見た時、横から不意に銃声が響いた。
白い光が瞬いてヴェロニカがよろめいた。続いてもう一発。
「風戸君……こいつはあたしに譲ってもらうわ」
瓦礫の陰からハンドガンを構えた都笠さんが姿を現した。