倒さなければならない相手・下
おはようございます。今日は朝更新。
堅い物がぶつかり合う音がして銀の光が煌めいた。アンドレアがよろめく。
ただ、まだ死んでいない。ヴェロニカも魔弾の射手の直撃に耐えた。
アンドレアが双剣を構えなおす。
僕が何か言う前に、セリエが床に刺さった銃剣を抜いて僕に差し出してくる。
一歩踏み出して銃を掴んだ。世界がまたスローモーションに変わる。
ゆっくりと姿勢を低くするセリエの向こうに、アンドレアが何か叫びながら双剣を振り上げるのが見えた。
「【新たな魔弾と引き換えに!狩りの魔王ザミュエル、彼の者を生贄にささげる!】」
僕の方が速い。踏み込みながら詠唱する。
描くイメージは散弾。
「抉り取れ!魔弾の射手!」
短銃の引き金を引くと、銃口から打ち出された黒い散弾がアンドレアの肩を捉える。
白い光と血がしぶいて、アンドレアが吹き飛んだ。
◆
アンドレアが悲鳴を上げて転げ回った。
散弾を根本で浴びた腕がえぐられたように穴だらけになっている。
「うるさい」
銃剣を突き付けるとようやく静かになった。
「セリエ、こいつを死なない程度に治療して」
「……はい、ですが」
セリエが訝し気に聞いてくる。
「こいつは人質交換のコマにする」
さっきも思ったんだけど、こいつはなんとなく地位が高そうだ。
それならレオニダードの奥さんや娘さんと引換にできるかもしれない。
それに、多分こいつはヴェロニカみたいな狂信者じゃない。
レオニダードの言葉を借りるなら、信仰に狂っている方じゃなく、信じるふりをしている方の人間な気がする。
少なくともヴェロニカより交渉の余地はある。
セリエが詠唱を終えると白い光が傷口を覆って血が止まった。アンドレアが息を吐く。
治癒は痛みが完全に消えるほど便利じゃない。しばらくはまともに動けないだろう。
「勝った気分だったんだろうけど、甘かったな。
僕は甘ちゃんかもしれないけど、お前らに生殺与奪の権をゆだねるほど甘くない」
「……なんなんだ、その武器は……報告には無かった」
しばらくの間をおいてようやくアンドレアが口を開いた。
「隠してたわけじゃない。使ってない攻防スロットがあったんでね」
最近、たまたま教会に行った時にスロットシートで診断したら、一つだけ埋めていないスロットの枠があった。
僕自身も全く覚えてなかったけど、よく考えればスロットの設定をしたのは最初のあの新宿の地下で慌ててやった時だけだ。
あの時は良くわかってなかったし、使い残しがあるなんて考えてもいなかった。
予備武器を作ろうかと思ったけど、単独の武器スロットだけだと大した強さの武器は作れない。
だから武器としてのパワーやスピードの数値は無くして、セリエのブラシやレインさんの杖と同じく魔法の威力増幅の能力を持たせた。
魔法を撃つためのスロット武器だ。
「なんなんだ、それは……」
アンドレアが戦意を喪失したように項垂れた。
瓦礫の向こうから剣のぶつかり合う音が聞こえてくる。まだ戦いは終わってない。
「むこうはどうなってる?ユーカは?」
「お嬢様はアーロン様達と司教憲兵と交戦しています。スズ様とははぐれてしまいました」
セリエが強張った表情で言う。ただ、時々銃声が聞こえるからこのフロアのどこかで戦ってはいるんだろう。
誰かと合流しないといけないけど、こうなるとアンドレアを連れて歩くのは邪魔だな。
とは言っても放置するわけにはいかない。
「皆に防御を掛けて……その後はご主人様の傍に、と思いまして。でも足を引っ張ってしまって……」
「いや、大丈夫だよ」
セリエが申し訳なさそうな口調で言う。
アンドレアの間抜けさに助けられたところはあるけど、今は結果良ければ良しということにしておこう。
「それより、怖くなかった?」
「いえ。ご主人様にはなにか策があると信じておりましたから」
セリエがまっすぐ僕を見上げて言う。
この武器の事はあまり詳しくは話していなかったんだけど、よくあの状況で呼吸を合わせてくれたな。
「ありがとうございます、ご主人様」
「なにが?」
「ご主人様は……私を信じてくださった」
「……うん」
あの時言葉で指示はできなかったけど、あの時、視線が合った時にセリエは意図を察してくれたとなんとなく思った。
「ご主人様の御心に触れてることができて幸せです……信じて頂けて、とても幸せです」
セリエが嬉しそうに言って寄り添ってくる。
少し気が緩んだからか、疲労感が襲ってきた。
管理者を何度か使ったのと、魔弾の射手を連射したから当然なんだけど。
ただ、まだ戦いは終わってない。
崩れた天井の瓦礫で其処らじゅうが滅茶苦茶になっている。廊下の向こうから剣がぶつかり合う金属音と気合の声が聞こえてくる。
目の前の山を越えれば誰かと合流できるだろうか。
そう思ったところで、セリエの獣耳が動いて上を見上げた。天井の電気の光に一瞬影が走る。
いくつかの人影が上の階から飛び降りてきた……新手か。
セリエがブラシを構えて静かに詠唱を始める。
「【彼の者の身にまとう鎧は金剛の如く、仇なす刃を退けるものなり。斯く成せ】」
防御の詠唱が終わって白い光が体に纏いついた。
銃剣を握り直して音の方を向く。
「ここにおられましたか、スミト様」
瓦礫の山の上から降ってきた抑揚のない声を聞いて、誰だかすぐ分かった。
司教憲兵の白い鎧を着た、人形のような無表情な顔の女。
……よりによってヴェロニカか。
感想欄で何度か指摘されていた、埋めてない最後の攻防スロットの伏線、ここで回収です。




