倒さなければならない相手・上
今日も朝更新……の予定でしたが、仕事の急な外出が入って最後の詰めができなかったので夕方になりました。
アンドレアが双剣を構えた。
薄笑いを浮かべた顔を見ると頭に血が上りそうになるけど、気持ちを落ち着ける。
防御を失った今、こっちの方が不利なのは間違いない。
それにどんな相手でも頭に血が上ったら勝てない。
「では行くぞ!」
アンドレアが踏み込んで双剣を振りぬいてくる。銃身でそれを弾いた。
難度か戦ったけど、この武器は受けるんじゃなくて、強く弾いて連撃に持ち込ませないのがセオリーだ。
一歩下がって間を取る。
今の動きを思い返した。速くはない、というか遅くは見えない。つまりスピードは僕と大体同等だ。
もう一度アンドレアが踏み込んできた。振り回される刀身を銃身で受け止める。
何度か剣と剣が交錯して、アンドレアがバックステップして距離を取った。
「司教憲兵たるこの私の動きについて来れるのか、なかなかだ」
大袈裟な感じでアンドレアが言って、今度は双剣を袈裟懸けに振り下ろしてきた。刀身を強く銃剣で弾く。
体が流れてアンドレアの胴ががら空きになった。踏み込んで銃床で殴ろうかと思ったけど……誘いかもしれない。
踏みとどまったところで、アンドレアがどたばたとした足取りで後退した。
……わざと隙を見せて誘ったのかとおもったけど、そんな感じじゃないな。
「ほう、少しはやるようだ」
「ちょっと速いってだけだな、お前」
武器のスピードの性能は多分僕と同じくらいだから性能は高い。弱い訳じゃない。
ただ、太刀筋は雑だ。直前にレオニダードの恐ろしく鋭い太刀筋を見ていたから、その雑さがよくわかる。機械のように冷酷なヴェロニカの双剣とも違う。
多分こいつは今まで武器の速さで押し切る戦い方をしてたんだろうな、と思った。
アーロンさんにさんざん言われた。スロット武器の強さに甘えるな。太刀筋が鈍って同等以上の武器の相手には勝てなくて、自分より弱い奴にだけ強い、情けない剣士になるぞ、と。
そう言われてスロット武器じゃない普通の木剣で散々しごかれたけど、その甲斐はあったな。
同じくらいの速さなら負けはしない。
「いうではないか。ならば……この一撃で格の差をみせてやろうか」
大仰に言ってアンドレアが踏み込んでくるけど。
モーションの大きい振り下ろしに割り込むように、隙だらけの胴を突いた。
防御とは少し違う銀色の光が光って、銃剣の切っ先を受け止める。アンドレアが驚いたように後退した。
「なんだと?」
体の淡い光は少し弱くなったけど、そのあとまた光が元に戻った。これが加護とやらか。
食らうと薄れて消える防御とはまた違うスロット能力っぽいな。
「ふふん、少し加減しすぎたようだな……なにせ、お前を生きて捕らえねばならんからな」
薄笑いを浮かべてアンドレアが双剣を威嚇するように振り回す。
「此処からは本気だ!」
また踏み込んでくるけど、モーションが大きすぎて動きが見え見えだ。ヴェロニカ並みに速いなら兎も角、こんなの弾く間でもない。
踏み込んで銃剣を横から薙いだ。胸に剣が食い込んでアンドレアがよろめく。
反転してこめかみを銃床で殴りつけて、そのまま銃剣で逆袈裟に切り上げた。光が消えて血が噴き出す。
アンドレアが飛びずさった。白い衣装を赤い血が汚していく。
また白い光が淡く体を包んだ。
どうやら防御のように使い切ったら消えるんじゃなくて、短い間に一度にダメージを受けると効果がなくなる類の能力っぽい。
ただ、2連撃か3連撃で十分破れる。削りきるまでダメージが通らない防御よりどうとでもなるな。
「お前、レオニダードより全然弱いぞ」
あえて煽るように言う。
アンドレアの顔が紅潮する。胸元の傷を手で押さえて僕を睨んだ。手ごたえはあったけど……軽傷か。
「司教たるこの私に傷を!……下賤な異教徒め!身の程を教えてやるぞ!」
「いきなり品がなくなったな」
顔を怒りにゆがめてアンドレアが切りかかってくるけど、さっきよりますます足さばきがひどくなっている。
剣を振り下ろしてくるけど、隙だらけの顎を銃床で殴り飛ばした。鈍い音がしてアンドレアがよろめく。
踏み込んで胸に銃剣を突き立てた。
白い光がまた光って銃剣を押し返してくるけど、その直後に赤い血が噴き出した。
アンドレアが慌てて後ろに下がる。
「【神よ忠実なる信徒の祈りをお聞きください。我が痛みをお鎮め下さい】」
短い詠唱が終わると血が止まっていた。治癒を使えるらしい。
傷口を押さえたアンドレアが僕を憎々し気に睨んだ。
「貴様如きが……不信心者如きが……この私に傷を負わせるだと」
「神に祈ったらどうだ。助けてくれるかは知らないけどね」
アンドレアがまた突進してくるけど……怒りは太刀筋を鈍らせるのは本当だな。
長引かせる意味はない。一気に叩き潰す。
胸に連続で銃剣を突き刺して、一歩下がったところで銃床で膝に一撃を食らわせる。
呻き声をあげてアンドレアが膝をついた。
「貴様……」
膝をついたまま、憎々し気な目でアンドレアが僕を睨む。
一思いに撃ち殺してもいいんだけど……考えを巡らせたとき。
「ご主人様!ご無事ですか」
瓦礫の山の上から声が聞こえた。瓦礫の山を滑り降りるようにしてセリエが走り寄ってくる。
無事だったのはいいんだけど……アンドレアの方が近い。この位置関係は不味い。
「セリエ!」
止まって、というより早くアンドレアが立ち上がった。
◆
「これこそ神の御導きだ。正しく教えを守るものに神は報いてくださる」
アンドレアが双剣を構えてセリエの方を向いた。セリエが状況を悟ったのか青ざめて僕を見る。
セリエは戦いの武器での戦いの心得は無いに等しい。アンドレアに切りかかられたら数合も持たない。
「所詮甘ちゃんのガキだな。バカ者め。詰めが甘いわ」
血まみれの顔にニヤついた笑いを浮かべながらアンドレアが言う。
詰めが甘いか……確かに状況は変わった。でも、まだ戦いは終わっていない。
戦いにはどんなことでも起こりうる。悪夢のような理不尽も、信じがたい幸運も。
それならそれに合わせるしかない、文句言っても仕方ないぞ、というのはこれもアーロンさんが言ってたことだ。
気持ちを落ち着けて状況を見る。
「さあ、武器を捨てろ。異教徒の汚らわしい獣人など鶏を締めるよりためらいなく殺せるぞ」
「ご主人様!いけません!」
泣きそうな顔でセリエが叫ぶ。
怖がっているというんじゃなくて、責任を感じていることは伝わってきた。
アンドレアが勝ち誇った顔で双剣を振り回す。僕からアンドレアまで10メートルほど。アンドレアからセリエまでは2歩程度だ。
あいつがセリエを切る方が速いだろう。
ただ、勝ったと思った時、優位な時にこそ最大の隙ができる。
次の手を打つために必要なのは3秒ほど。その間をどうとるか。
「ご主人様!私には構わず……」
叫ぼうとしたセリエと視線を交わした。セリエがかすかにうなづいて口を閉じる。
「わかった。捨てるよ。その代わりセリエには手を出すなよ」
「そうだな、そうするしかない、甘ちゃんのお前はそうするしかない。愚か者め。一気に形勢逆転だなぁ……思い知らせてやるぞ」
銃剣を放って少し離れた床に突き刺した。満足げにアンドレアが笑う。
セリエが真っ青な顔で僕を見ていた。
「よくも私に傷を……神の名において重い罰を与えてやる」
セリエの手を掴んで引っ張りながら、こっちを見ようともせずにアンドレアが銃剣に近づいた。
武器を捨てさせて勝ちを確信したんだろうけど……戦いのときに敵から目を切るのか。
もう少しシビアな状況も覚悟したんだけど……どこまでもいい加減な奴だな。
本当に司教憲兵なのか、こいつ。
「発現」
白い光が空中に瞬く。
光が細長い形を取って、手の中に古式の短銃が現れた。
◆
アンドレアがこっちを見た。短めの銃身に刻まれた龍のような文様。
いつも使っている長銃を短くして銃剣を外したようなデザインだ。
握りをつかんで狙いをつける。
アンドレアが何が起こったか分からないって感じで足を止めた。セリエが手を振りほどいて姿勢を低くする。
漸く状況を把握したようにアンドレアが動いたけど、もう遅い。
「撃ち抜け!魔弾の射手!」
眉間を見据えて引き金を引く
黒い弾丸がセリエを避けるように湾曲する軌跡を描いて、そのままアンドレアの眉間に突き刺さった