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異世界の商人、侮りがたしと思い知る

 とりあえず、まずはレトルトカレーの段ボール二箱分を引き渡し、それを持ったケルシーさんがガルフブルグに帰って行った

 3日もしないうちにまたケルシーさんが戻ってきたので、部屋にあった残りの段ボール2箱を渡す。


「売れてるみたいですね」

「ええ、素晴らしい評判ですよ」


 ケルシーさんが満面の笑み、というかんじの笑顔で割符にて代金を支払ってくれる。

 まとまった額のお金を手にすると少し安心できた。


 しかし、日本人感覚だとカレーと言えば米が欲しくなるけど、米が無くてもカレーは受け入れられているのか、それとも向こうにもライスに相当するようなものはあるんだろうか。

 こっちから冷凍ご飯をもっていっても、あれは電子レンジがないと食べられないはずだ。電子レンジを動かせるのは今のところ僕しかいないから、いわゆる日本の白米は向こうは無いと思う。


「近いうちにまた伺いますので品物の確保をお願いします」

「了解です。お待ちしています」


 ケルシーさんが恭しく頭を下げて、付き人らしき人に箱を持たせて行った。

 向こうでどう扱われているかは分からないけど、買いに来るということは売れている、ということだろう。


「なんかうれしそうだね、お兄ちゃん」

「そうだね。今日は美味しい物でも食べようか」


 ユーカにはあまり生々しいお金の話は聞かせたくないので、そこらへんは適当にごまかしておく。

 その後は、余り人目について目立つのも良くないので、なるべくこっそり自分たちの部屋にレトルト食品の箱を持ち込み、ケルシーさんがこれまた人目につかないように買いに来る、という日々がしばらく続いた。



 生活が安定するかもなどと、と喜んだ日から2週間少し過ぎた頃。

 そろそろ次を補給をするかとコンビニに行ったら、店の裏のバックヤードからレトルト食品関連の段ボールが根こそぎ無くなっていた。

 他の店を覗いても、昨日まで普通に棚に置き去りにされていた棚が空っぽになっている。


「これは……」

「誰かが先に来たんでしょうか?」


 人の口に戸は建てられない、という素晴らしい言葉が日本にはあるわけだけど。それが金にかかわるならより噂の伝播は速くなる。

 次の供給元にしようと思っていた食品スーパーに行ってみるとそこでもレトルト食品はなくなっていた。これは完全に情報が漏れてしまったっぽいな。


「とりあえず、少しでも確保しようか」

「はい」


 倉庫の方に行くとドアが開け放たれていて、奥から話声と足音が聞こえる。

 これはもう手遅れか……と思ったら、大きめの搬入口からぬっと身長3m近い巨人が姿を現した。敵か、と思って身構えたけど、違った。


「おう。セリエ、ユーカに……あんときの小さい兄ちゃんか。久しぶりだな」


 アルドのとこにいた巨人族ティターンのティト、だったかな。

 見上げるような体で軽々とレトルトカレーのロゴが入った段ボールを20箱近く担いでいた。天井に頭がつかえそうで窮屈そうに姿勢を低くしている。


「ティトだ。久しぶりだね。何してるの?」


 ユーカが無邪気に聞く。


「なんかよ、ここにあるこういう箱を運び出せって依頼でよぉ。

戦わないのは退屈だけど、死ぬ危険がないのは楽だよな。貰える金も変わんねぇし」


「無駄口をたたいている暇はないぞ、ティト。

まだまだ箱は残っているのだからな。払った分はしっかり働いてもらうぞ」


「へいへい。じゃあな」


 ティトの後ろから一人の男が姿を見せた。ティトが彼に促されてずしんずしんと足音を立てつつ箱を外に運んでいく。

 ケルシーさん……だったら腹が立つ話だったけど。出てきたのは見覚えのない商人風の40歳位の男だった。

 綺麗な刺繍が入った仕立ての良さそうな服を着ているけど、ちょっと太めなのであまりにあってない。

 後ろに何人かの男が従っている。揃いの鎧をきて剣をさしている。護衛の剣士かな。


「おや。遅いお着きですな。ここの物は私が頂きましたので」


 ここの品物は探索者的にいうなら遺跡に残った宝物庫の中身みたいなもんだし、早い者勝ちって理屈だろう。店のオーナーが咎めるわけもなし。


「……先を越されましたね。ところで、どうしてこの品物のことを知ったんですか?」


「何を言っているんですか。

今やガルフブルグの王都ではこのレトルト食品とやらの話で持ち切りですよ。貴方もそれを聞いてきたんでしょう?残念でしたね」


 向こうの世界に持ち込まれてから2週間ほどしか経ってないと思うんだけど。噂で持ち切りになるには早すぎやしないだろうか。


「私はオルドネス公の命令で動いていますから、邪魔はしないように。

ここはようやく見つけた大きな宝物倉なのです。

譲りませんよ。私にも立場がありますからね」


 横取りを警戒しているのか、口調がとげとげしい。男の後ろに控えている剣士っぽい人たちが倉庫の入り口に立ちふさがった。ちょっと緊張した空気になる。

 さすがにレトルト食品を取りあって殺し合いをするなんてばかばかしすぎる。手を広げて敵意がないことをアピールした。


「いえ、戦う気はないですよ。ところで、いまこれがそんなに評判なんですか?」


「おや、知らないのですか?ではなぜここへ?」


 こっちに横取りの意思がないことを分かったのか、少し男の口調が緩む。


「いや、何か面白いものは無いのかなと思ってなんとなく」


「そうですか。最近、君はガルフブルグには行ってないようですね。

これはレトルト食品というそうです。最初はケルシーが少数をもちこんでレストランなどで供していたのですがね。

味が評判になってオルドネス公の耳に入ったのです」


 どうやら異世界でジャパニーズカレーは受けたらしい、予想以上に。


「そして、お忍びで来られたオルドネス公がこのレトルト食品をいたくお気に入りになられまして。

少しでも多く数を確保するように、と仰せなのですよ」


 向こうに持ち込まれたのはおそらく百食分くらいのはずだけど、まさかこんなにはやくお偉方の目に留まるとは思わなかった。異世界の口コミの威力を侮っていたな。


 お偉い貴族、というかオルドネス公は名前くらいは僕も聞いている。

 アーロンさんの話ではオルドネス公の命令で此処の探索が行われているって話だし、相当の権力者だろう。

 その人から作り方を教えろ。供給元を教えろ、と迫られればケルシーさんもノーとは言えまい。


「そういうことです。ではごきげんよう」


 商人がスーパーから出ていき、入れ替わりにティトが戻ってきて箱をまた持ち出していった。


 こんな感じで、渋谷近辺の食品販売スペースやコンビニからレトルト食品が消えるまでにたいして時間はかからなかった。

 予想を超えたのは、それ以外のものもあっというまに持ち去られてしまったことだ。いずれは売れるかな、と思っていた化粧品とかシャンプーとか日用雑貨的なものも、一切合切だ。

 こうして僕の副業をつくる計画はあっけなく頓挫した。 



 数日後、ケルシーさんが部屋を訪ねてきた。


「スミト様、申し訳ありません。このようなことになりまして」


 申し訳なさそうにケルシーさんが頭を下げる。


「レストランで富裕な商人相手に試していたのですが

……どうもその中に貴族とつながりの強いものがいたようで、オルドネス公の耳に入ったようです」

「オルドネス公直々に来たんですか?」


「ええ。お付の騎士と執事たち20名で。いずれはオルドネス公への売り込みも考えていたのですが……」

「はあ……まあそういうことなら仕方ないですね」


 気分的には文句の一つも言いたくなるけど、これは責めても仕方ない。


 というより、噂の伝わる速さや行動の速さが僕の予想をはるかに上回っていた。ケルシーさんとしても独占販売できる方がうまみがあるわけで、わざとやったわけじゃあるまい。

 もう少し慎重に、というか周到に計画を立てるべきだったとは思うけど、後の祭りか。


「ところで、レトルト食品とか以外もほとんどみんな持って行かれたみたいなんですけど、理由分かります?」

「……何が売れるかわからないけど、とりあえず確保しておこう、ということになったようです」


 ケルシーさんが微妙な顔をして言う。何が宝の山になるのか分からないならとりあえず抱えておけってことか。


「ところでですね、スミト様。スミト様はレトルト食品の作り方もご存知でした。

もしお分かりならば、この辺の物の使い方を教えていただければと。勿論謝礼は支払いますので」


 付き人らしき人が箱を運び入れてくる。こういう時にでも聞いてくるあたりは抜け目ないというかなんというか。

 とりあえず取ってきた、という感じの雑多な段ボールの箱だ。パッケージは化粧品から消耗品まで色々と幅広い。


「……これはシャンプー。髪を洗うための石鹸ですね」


 いずれはこれも売り物にしてやろうと画策していたけど、もう持って行かれてるんじゃ仕方ない。


「ああ……やはりそうですか。これは髪を洗うための物なのですね」

「え?分かってたんですか?」


 意外な返事が返ってきた。シャンプーはセリエの話ではガルフブルグにはないってことだった。なぜ分かる?


「髪の絵がかいてある箱がありましたし泡が立つ以上は石鹸のようなものであることは分かりました。

これはシャンプーというのですか?」

「ええ」


「箱の絵は色々と違いましたが、この文字がどの箱にも空いてありましたので、おそらく同じような働きをするものだろう、と」


 文字は読めないとはいえど、メーカーの違うパッケージのイラストや文字をきちんと確認した上で、共通の物と判断したってわけか。しかも推測は当たってるし。

 

 これはアーロンさん達には悪いけど、ぶっちゃけて言うと、ガルフブルグは中世っぽい文明レベルでおそらく日本よりは遅れてる、こっちの世界の物は使い方が分からないだろう、などと完全に甘くみてた。油断してた。

 まあ金になりそうだ、という欲望のなせる業かもしれないけど。


 次の箱に入っていたのは化粧品とかだった。種類はバラバラなので、たぶんドラッグストアの棚からそのままとってきたのかもしれない。


「これは……アイライナーかな。目元に塗る……もののはずです。セリエ、ちょっといい?」

「はい、ご主人様」


 スマホの現代用語辞書アプリで調べてみるとそれで正しかった。

 アイライナーでセリエの目元に塗ってみる……がこれでいいのか分からない。僕はもちろん化粧なんてしたことはないし、知識もないのだから当たり前なんだけど。


「……この世界の女性は戦に出ていたのですか?」


 青いアイシャドウを入れた自分の顔を鏡に映しながらセリエが不思議そうに聞いてくる。


「戦って何?」

「私達、獣人は戦に臨んではこのように目元や頬に化粧をするのです。このように」


 といってセリエがアイライナーを取って頬にラインを描く。


「いや、戦は無いし、あくまで綺麗に見せるためだよ。

で、これはマスカラ……まつげを綺麗に見せるもの……だったと思います」


細長い入れ物に入ったマスカラを取り上げる。


「それって何の意味があるんです?」


 セリエは不思議そうだ。ケルシーさんも首をひねっている。


「目がぱっちりしてかわいく見えるんだよ」


 多分ね。そもそも男の僕に女の化粧品のことを聞かれてもそこまで詳しくわかるわけがない。

 彼女を見て、かわいいね、とは何度も言ったけど、どういう化粧をしてたかまではわからない。こんなことだから振られたのかもしれないな。


「で、これはシェービングクリーム。

髭をそるときに使うクリームですね。髭を剃る前に塗って肌を守るんです」


 シェービングクリームなら僕にも使い方が分かる。

 僕は髭が薄いから電動シェーバーで剃っていたけど、学生時代の友達で髭が濃い奴は毎日のように髭を剃っていた。そいつに言わせると、クリームの良しあしでだいぶ肌へのダメージが違うらしい


「なるほど、それは便利そうですな」


 ケルシーさんもこれは分かるようだ。この辺は男性ならではで話が通じやすい。

 しばらく色々と教えて、ケルシーさんは帰って行った。


 しかし今回の教訓は、継続して稼ぐためには、安易なテンバイヤーみたいなことではなく、僕しかできない何かでやるしかない、ということだろうか。

 継続的に稼ぐ、というのは難しい。やはり風呂のサービスでもやってみようか。



「なるほどな、塔の廃墟から持ち込まれた素晴らしい料理の話は俺たちも聞いたが、お前が絡んでいたわけか」 

 

 ガルフブルグから帰ってきたアーロンさん達に天蓋の下の食堂で今回の顛末を話した。

 レトルト食品についてはアーロンさん達も知っているらしい。


「絡んだわりにはあまり儲けになりませんでしたけどね」

「まったくよお、俺たちに一声かけてくれればもう少しうまいやり方もあったかもしれないぜ」

 

 そういわれると返す言葉もない。


「なら、リチャードさん、じゃあ何かいいアイディアはあったんですか?」


 レインさんが聞き返すと、リチャードがそっぽを向いてビールを飲んだ。これでは、相談しても結果は変わらなかったかもな。


「まあ、そう気を落とすな、スミト」


 アーロンさんが慰めてくれる。結局現代知識を活かして副業しようプランは失敗だ。

 

 というか、消耗品を売って稼ぐというのでは長続きしないのは、今から思えば当然かもしれない。

 この手の物は使い方が分かってしまえばだれでも使える上に、僕らの世界の消耗品は総じて使う人が簡単に使えるように工夫が凝らされている。異世界の人だってそりゃ使えるだろう。

 そうなってしまえば、あとは探索者の速いもの勝ちの争奪戦が始まるだけなのだ。ここまで速いとは思ってなかったけど。


「さっきガルフブルグから帰ってきた奴に聞いたんだがな。

そのレトルト食品とかは向こうじゃスゴイ評判になっているらしいぞ」

「そうらしいですね。ケルシーさんも言ってました」


 まあ僕の知識で少しでもいいことがあるならそれはそれで結構なことなんだけど、名誉だけではご飯が食べれないことも確かなのだ。

 まあしばらくは大丈夫だとしても、減っていく手持ちを見るのはあまり精神的に楽しくない。


「いっそ、ガルフブルグで稼いでみるか?その気があるなら世話するが……」

「ただ、むこうじゃ僕の管理者アドミニストレーターがあんまり役に立たなそうなんですよね」


 僕の管理者アドミニストレーターや知識はこっちにいてこそ価値がある。ガルフブルグに行けば僕は単なる駆け出しの一探索者に過ぎない。あんまり行く意味はなさそうだ。


「カザマスミト様、おられますか?」


 うだうだと考えてるところで突然名前を呼ばれた。


「おう。こっちにいるぞ」


 アーロンさんが手を振る。歩み寄ってきたのは、きちんとした感じの身なりの若い男だ。

 スーツを思わせるタイトな白地の服に、腰位までのちょっと短めのマントを羽織っている。マントには紋章が大きく刺繍されていた。

 かちっとした雰囲気で、探索者ばかりのここではちょっと浮いている。


「オルドネス公の代官、ジェレミー様の使いで参りました。

スミト様を晩餐に招きたいとのお言葉です。お時間頂けますでしょうか?」








あと1回でつながります。書き手が男性なので化粧品の描写とかおかしかったら教えてください。

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