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渋谷における探索者の日常。

2章の序盤に追加します。

 ゆっくり振り下ろされるカマをよけてその日唯一の獲物である巨大カマキリ(の喉に銃剣を突き刺した。カマキリ、といっても、そのようなものって感じで、正式な意味においてカマキリかはわからないけど。

 傷口から白濁した体液がこぼれる。4m近くある巨大な体が傾いで、ゆっくりと倒れた。


 何度か戦って、人間型の魔獣や動物型の魔獣は気兼ねなく倒せるようになったけど、昆虫タイプは苦手だ。強い弱いとかじゃなく、見た目的に、顎とか複眼とかがキモ過ぎる。

 一番心が痛まないのはこのあいだのデュラハンのような不死系とかゴーレムのような無機物系だ。現実離れしすぎていて、ゲームとかやってる気分で戦える。


 デュラハンともう一度戦いたいか、と言われると遠慮しておきたい。けど今の干上がりっぷりを考えるといわゆる金になるドロップというかコアクリスタルを落としてくれる魔獣と一度くらいは戦いたい気分だ。

 崩れ落ちたカマキリの死骸が黒い渦に吸い込まれ、こぶしほどのクリスタルが残る。

 サイズ的に売値は期待できなそうだ。


「これっていくらくらいになるかな?」

「えっと……」


 セリエが口ごもる。


「いいよ、あまり期待してないから。それにどうせ売ればわかるんだし」

「申し上げにくいのですが……せいぜい100程度かと思います」


 100エキュトは1万5千円ほど。一日歩いて戦って1万5千円か……


「……帰ろっか」

「……はい」


 徒労感というか疲労感でいっぱいになりつつ、僕らは車で中目黒駅前から渋谷駅前に引き上げた。

 なおコアクリスタルを探索者ギルドに持ち込むと案の定というか、80エキュトの値が付いた。セリエは博識だ。


 僕がセリエとユーカを引き取って1週間ほど。早速直面したのは生活費の問題だった。

 宝石を売ったときの残りはまだある。でも3人で暮らしていくならいずれは底をつく。

 というのは、ここには賃貸アパートなんてものはないのだ。毎日宿代がかかる。食事代もかかる。当面は大丈夫にしても、稼ぐ道筋を考えておかなくては。


 モンスターを狩って稼げば生活くらいはできる、と思っていたけど。どうやらそう甘くない、ということはこの一週間で分かった。




「一日歩いてカマキリ一匹か。そりゃ災難だったな、スミト!」

「いや、笑うところじゃないから」


 ここはいつものスクランブル交差点の天蓋下の酒場だ。今は夕食中なんだけど。

 ワインのグラスを片手にしたリチャードが爆笑しながら僕の肩をたたく


「かわいこちゃん二人に慕われるなんて幸運をつかんだからよ、他の運が逃げてるんじゃねぇの?」

「えっ、お兄ちゃん。あたしたち、何かした?」


 スープを礼儀正しく静かに食べていたユーカが顔を上げる


「いや、なんでもないから」


 ユーカは育ちざかりなのかよく食べる。セリエは控えめだ

 食事代は悩みの種だけど、ユーカにお金がないから今日はご飯は少なめ、というのは言いたくない。いきなり子持ちのパパになった気分だ。


「セリエも遠慮なく食べなよ」


 セリエは野菜にオリーブオイル的な何かをかけたサラダを食べている。


「あまり食べると太ってしまいますし。

ご主人様の前ではいつまでも愛してただけるような姿で居たいと思います」


 普段はツンケンしているというかそっけないのに、時々こちらが赤面するようなことを人前で言うのは勘弁してほしい。


「ああ、そう」


「いいじゃねぇか、スミト。やっぱ毎晩熱いキスをしてやってるのか?あんときみたいに」


 リチャードが僕の脇腹を肘でつつく


「まじめな話として、アーロンさん」


 とりあえずリチャードを無視してアーロンさんに声をかけた。


「なんだ?」


 アーロンさんは食事を終えてバーボンらしきものを飲んでいる。最近はこっちの蒸留酒がお気に入りらしい。

 あまり酒を飲まない僕だけど、七面鳥のイラストが入ったバーボンは知っていた。

 グラスになみなみと灌いだバーボンを平然と飲んでいるのはスゴイというかなんというか。僕ならグラス一杯で撃沈だ。


「ガルフブルグの探索者ってどうやって生計を立ててるんです?」


 ここ数日、魔獣を狩りに行ってみたものの、単価が低い雑魚ばかりだったり、まったく魔獣と会わなかったりと、ハズレ続きだ。

 探索者とか冒険者って言われる人たちはダンジョン探索したり、モンスターを倒して生計を立ててるイメージなんだけど。


 コアクリスタルというドロップアイテムを落とすあたりまではその辺のイメージと一致しているのに、これだけハズレ続きじゃどうやって生活してるのか気になる。


「まあいろいろあるんだが。ガルフブルグでは魔獣の狩場ってのがあるんだ。

おかしな言い方なんだが、そこに行けば魔獣が出て、それを倒せばそれなりに稼げる場所だな」

「てのはよ、コアクリスタルは俺たちの世界の魔力源なのよ。

世界から魔獣が完全にいなくなっちまうとそれはそれで困るんだ」


 テーブルの上のランプが淡い光を放っている。この光もコアクリスタルによるものらしい。

 電灯より柔らかい感じだけど、光量は低い。

 仕組みは分からないけど、電池みたいにコアクリスタルを使う技術が発展しているんだろう、と思う。


「そんなわけで、ガルフブルグでは魔獣狩りである程度生計は成り立つんだ。

それに、思いもよらないところにゲートが開いてそれを討伐する依頼が来るときもあるしな」

「こっちでは無理ですかね?」


 アーロンさんがグラスにもう一杯バーボンを注ぎながら首を振る。


「こっちはまだどこで何が現れるかが分からん。

ハラジュクとやらでデュラハンに会ったのを覚えているだろ?」

「そりゃもう」


 リアルに死にかければ忘れようもない。


「あれはかなり遭遇率が低い魔獣だ。俺もアレを含めて2回しか見てない。

たまたまあんときは倒せたが、あんなのが突然出てくるんじゃ、おっかなくて魔獣狩りはやりにくいな」


 確かに、RPG風にいうなら経験値稼ぎをしようにもどこに何が出るのかとか、いきなり強敵が出てくるとか、そんな状態ではやりにくいよなぁ。


「いわゆる迷宮探索とかはしないんですか?」


「ガルフブルグでも昔はしたもんだ。

だけど、ガルフブルグの迷宮とか遺跡はほとんどがもう攻略されて宝物も持ち出されてしまっててな。

だから今の探索者の仕事はもっぱら魔獣狩りか、傭兵に転職か、そんなとこだな」

「ここは俺たちにとっては新しい遺跡みたいなもんなんだよ」


 リチャードが焼いたハムをかじりながら言う。


「こっちでは食べ物や酒、宝石類、衣服の捜索がメインだな。

だがまだ捜索されてない場所も多いし地理もよくわからん。

得体のしれないものも多いから何が売り物になるかもわからん」


 たしかに現代の文物は、ファンタジー世界に文明レベルでは何が何だか分からないというものばかりだろう。


「そんなわけで、ここだけで稼ぐのは今は難しいってところだな。

こっちに来ている探索者は時々ガルフブルグに戻って生活費を稼いでるやつが多いだろう。俺たちもだがな。

ただ、こっちの宝石や酒、奇妙な筆とかは高く売れているから、一獲千金を狙える場所でもある。

ここの宝石で一山当てたやつももう何人もいるぞ」


 奇妙な筆ってのは、多分ボールペンとかそういうのだろう。ギルドの受付のお姉さんもボールペン使ってたな。


「スミトさん、あなたはこの世界の住人なんでしょう?

なにか宝物というか、売れそうなものを考えてみてはどうですか?」


 レインさんが助言してくれる。なるほど、いいアイディアだ

 何か考えてみよう



 異世界と化した渋谷には月ぎめワンルームマンション、なんてものはない。食事代と合わせて宿代も悩みの種だ。

 今は渋谷スクランブル近くのホテル、いまは探索者の宿、になっているところで、続きの二部屋を借りている。


 今はセリエとユーカは風呂に入っていて、風呂場からユーカのはしゃぐ声が聞こえる。もちろん普通には機能しないから管理者アドミニストレーターのスキルでお湯を出しているんだけど。


 ガルフブルグでは水浴びとかしかしてなかったらしい。貴族出身のユーカも湯浴みくらいがせいぜいだ。

 なので、お湯をいっぱい使ったり、バスタブ一杯にお湯をためて湯船につかるってのは初めての体験だったらしい。


 正直言って、一番コンスタントに稼ぐ方法は僕が管理者アドミニストレーターのスキルを使って風呂屋でもやることじゃないか、などと思ったりする。

 危険はないし、需要はあるはずだし、生活は安定すると思うけど……毎日ホテルに籠って、希望者がいれば風呂を沸かすってのは、あまりに志が低いというか、能力の無駄使いというか。


「お兄ちゃん、気持ちよかったよ」

「ありがとうございます、ご主人様」


 考え事をしているうちにセリエとユーカが風呂からあがってきた。



 風呂であったまったユーカは早々に寝てしまった。

 セリエは頑なに僕より先に寝ようとはしない。メイドのたしなみらしいが。


「なんか、いいアイディアはないかな?」


 セリエに声をかける。売れそうなもの、といっても異世界で何が珍重されるのかは僕にはわからない。

 セリエは湯上りで、肩くらいに切りそろえた髪がしっとりと濡れて照明を跳ね返している。


 いつものメイド衣装っぽい服ではなく英語のロゴが入ったラフな感じのロングTシャツをワンピースのように来ている。たぶんどこかのカジュアルファッションの店から取ってきたものなんだろう。

 短めの裾から白い太ももがのぞき、ちょっと広めの襟ぐりからは華奢な鎖骨が見える。ほんのりただようシャンプーの香りと甘い体臭でくらくらしてくる。


 衝動的に押し倒したくなるんだけど……最初に紳士面しなのが悔やまれる。

 でもキスをねだってきたし、案外押し倒してもOKとかだったりするんだろうか

 でも嫌がられたら……ああ、もうキング・オブ・ヘタレだ、我ながら。


「どうされましたか、ご主人様」

「いや、何でもない」


 黙り込んだ僕の顔を覗き込むようにセリエが顔を近づけてきた。

 目の前に桜色の唇が迫る。キスくらいは許されますか


「なんか売れるものって思いつく?」


 ヨコシマ衝動をかろうじて抑え込む。


「私からすればこのシャンプーというのも驚異の産物です」


 セリエが濡れた髪をいじりながら言う。


「髪をきれいにする石鹸なんて想像もしてませんでした。

鏡を見て驚きました。こんなに私の髪がきらきらしてきれいになるなんて。

お嬢様の髪もホントに綺麗になりました」


 なるほどね。

 僕らには珍しくもないものだけど、ガルフブルグの人にとっては珍しいものなのか。消耗品くらいなら簡単に探してこれるからいいかもしれない。


「それと、僭越ながら申し上げますと」

「なに?」


「あの最初にお会いした時に頂いた不思議な味の料理。

あれも売り物になると思いますが。いかがでしょうか」


 レトルトのパスタソースか。レトルトカレーとか、お湯であっためれば食べれるレトルト食品は相当数ある。

 改めて思い出すと恵比寿のコンビニでも飲み物とかは持ち去られていたけど、レトルト食品は棚に放置されていた。たぶん食べ方が分からなかったんだろうな。


「いいアイディアだ。売り先を探してみようか」

「お役に立てましたこと、うれしく思います」


 セリエがぺこりと頭を下げる。

 そうと決まれば明日にでも行動開始だ。



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