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僕がやるべきことは

相変わらず遅筆マンですみません。連投開始!

今年もよろしくお付き合いください。

 あの日から二日が経った。

 都笠さんは当たり前だけどいなくなってしまった。

 多分一年ほどの付き合いではあるけど、一緒に戦ってきていつも一緒にいた相手がいないというのは、言い表せない喪失感がある。


 しかも自分では何もできない。

 どう考えてもスロット能力か薬でも使ったとしか思えないんだけど……取返しに行こうにもこの世界の国境の越え方もソヴェンスキの位置も僕にはわからない。

 ユーカはあのあと取り乱して寝込んでしまって、今はセリエがついている。


 あの日から2日経った夕方、ジェレミー公からスタバビルの広間に呼ばれた。

 広間にはバスキア公とジェラールさん、それにダナエ姫がガルフブルグから来ていた。ダナエ姫はブルフレーニュの当主の代理ってことらしい。

 オルドネス公とブレーメンさん、それにフェイリンさんたち。

 重たい沈黙が部屋にのしかかっていた。



「じゃあ、状況を聞かせろ。一体どうなっている?」


 儀礼的な場じゃないから口調がラフになっている。ダナエ姫やオルドネス公もその辺はあまり気にしていないようだ。

 バスキア公が促して、ジェレミー公があの日にあったことを一通り説明した。

 聞き終わったバスキア公があからさまに不満げな顔をする。


「無理やりにでもなぜ止めなかった?……と言いたいところだが」

「すみません」


 後から聞いたけど……ユーカのあの攻撃は下手すれば全面戦争の引き金になりかねなかったらしい。


「気にしなくていいよ、お兄さん……あと少し遅ければジェレミーが切りかかっていてもっと大事になっていた」


 オルドネス公が言ってジェレミー公が顔を逸らした。

 バスキア公もそれを聞き流して頬杖をつく。


「ルノアール公はどうしたのだね?」


 ブレーメンさんが聞くけど。


「あいつの出る幕じゃねぇよ。外交交渉であいつらがスズを返すと思うか?」


 バスキア公が吐き捨てるように言って、ブレーメンさんがそれを肯定するように黙った。


「……でも、あれは何なんでしょう」

 

 直前まで普段と全く変わらなかったのに突然ああなってしまうのは明らかにおかしい。

 当たり前だけど、突然気が変わって説得に応じたなんてことはあり得ない。


「フューザン公、お願いします」


 フェイリンさんが後ろに立っていた学者風の男の人に声を掛けた。

 白いローブのような衣装に飾りのついた白い帽子をかぶって、穏やかな細面には東京のものらしき眼鏡をかけている。

 服装をスーツにして東京に連れていったら、30台の新進気鋭の学者とかで通りそうだ。

 前にも一度会ったことがある……確かギルドの相談役だったと思うけど。


「【秘められし真理の断片を求め、祖父より母へと。母より我へ、我より子へと。

連なる書はそびえる塔の如くなれど真理への道は未だ半ば。我が探求が深淵を照らす曙光とならんことを】」


 唱えると大きめの本が空中に浮かんだ。本が手を触れないのに開いて、ぱらぱらとページがめくれる。


「人も含めた何かを操り支配下に置くスロット能力はいくつかありますが……接触無しの短い詠唱で相手を完全に支配下に置くとしたら……人形師ドールメーカーでしょう」


 暫く本に目を走らせて頁をなぞるようにしながらその人、フューザンさんが言う。


「精神に作用するスロット能力はいくつかありますが……今回の条件に該当するのはそれしかありません。支配下に置いた相手を人形のように操作できる。

記録によれば魔獣でさえも操れたそうです」


 そう言って本から視線を上げて僕等を見る。


「ただ、これは制約コンストレイントのように術者が対象に事前に接触して術を仕込む必要があります。心当たりは?」

「……あります」


 催眠術の仕込みみたいなもんなんだろうか。サンシャインで接触した時にその位は出来ただろう。

 ただ、なんで今更こんなことをしたのか。やろうと思えばもっと早い段階でこっそりやることも出来たはずだ


「スミト、お主等はソヴェンスキの司教憲兵アフィツィエルを含めた連中を返り討ちにしたらしいの」

「ええ」


 ダナエ姫が不意に口を開いた。

 その言葉で何となくわかった。元々は僕ら二人を捕まえるのが目的であの罠を張ったのか。そして。

 

「これは妾の推測じゃが……奴らとしてはそれでお主等を二人とらえる予定であったのじゃろう。

ラティナはオルドネス公の傍から離れぬ故に難しいからの……」

「僕も……そう思います」

 

 返り討ちにされて、塔の廃墟からも追放されるからせめて一人でもってことか。

 それにヴェロニカが塔の廃墟をうろうろしていたら、いくらなんでも僕か都笠さんが必ず気づく。

 その人形師ドールメーカーとやらを使うとしたらあの時しかなかった。


「解除の方法はありますか?」

「記録によれば、一番早いのは術者を殺すことです……魔法解除ディスペルマジックでも解除可能ですが術者より強くかけなくてはいけません……もしくは本人の意志が強ければ支配下から抜けることもできるようですね」


 フューザンさん答えてくれる。

 つまりヴェロニカを殺すか、それか都笠さんを取り返すかしかないってことか。


「如何する?」


 ダナエ姫が聞くけど……だれも答えなかった。 

 言いたいことはある。でも言っていいものか迷う。 


「お主にとっては本意ではないであろうが……諦めるのもやむなしと妾は思う」


 ダナエ姫が重々しい口調で言った。


「ソヴェンスキの域内では……」

「ダメだ、そういうわけにはいかねぇ。あいつは何としてでも取り返さないとダメだ」


 バスキア公がはっきりとダナエ姫の言葉を否定した


「あいつが敵に回るのは最悪だ。塔の廃墟の探索ならスミトの方が上だろうが、ガルフブルグでの戦闘に関してはスミトよりもあいつの方がはるかに恐ろしい。

あいつはワイバーンを撃ち落とす弩を持っているんだぞ。しかもあれは誰にでも使えるんだよな?」


 バスキア公が確認するように僕を見る


「ええ。簡単じゃないですけど、訓練すれば」


 都笠さんの兵器工廠アーセナルに入っている銃器はスロット武器じゃない、ただの銃だ。使おうと思えばだれにでも使える

 対人狙撃銃スナイパーライフルにしてもそうだけど、ソヴェンスキの連中が使い方を知ってしまえばとんでもない脅威になるだろう。


「なら対策は必要だ……取り返すか……いずれにせよ、絶対にな」


 バスキア公が言って皆が押し黙る。

 部屋に重い沈黙が下りたところで、部屋の外から何人かの走る足音が聞こえてきた



 大きな音を立ててドアが開いた。何かと思ったけど、ユーカが飛び込んできた。

 その後ろからセリエが入ってきて、それを追うように何人かの従士たちが入ってくる。


「何事だ!」


「どうしたの?」

「お兄ちゃん、行こう!」


 部屋に入って開口一番ユーカが言った。


「お姉ちゃんはね……あたしは何処にもいかない、ずっと一緒だよって、約束するって言ってくれたの。

お姉ちゃんがあんなふうに言うはずないもん。絶対にあいつらが何かしたんだよ!助けないと!

いこう、お兄ちゃん、お姉ちゃんを連れ戻しに行こう!」


 ユーカがまっすぐに僕を見た。


「そうだね……行かないと。僕らが」


 はっきりと決意できた。

 そうだ、僕等が行かないといけない。


「……都笠さんを助けに行くのは僕等のやるべきことだと思います。手を貸してもらえませんか?」 

 これはバスキア公たちにすれば迷惑な話だと思う

 でも、自分の意思を曲げたくない、と思ってきたんだから……少なくともここで黙っているのは僕じゃない。


「セリエ、一緒に行ってくれる?」

「ご主人様……都笠様には幾度もお嬢様を救っていただきました。来るなと言われてもお側を離れるつもりはありません」


「気持ちは分かるが冷静になれ……スミト」


 ダナエ姫がセリエを遮るように言った。

 普段の穏やかな感じと違う、厳しい口調だ


「今回は先頃のイケブクロの時と違う。あの時は間が悪くヴァンパイアに見つかったがの……戦わずに逃げおおせる可能性もあった。

じゃがソヴェンスキ域内ではそのような幸運は望めぬぞ。あのエルフの門も使えぬ。そのくらいわからぬお主ではあるまい」

「でしょうね」


「それに、お主を誘っておるのやもしれぬ……あわよくば、スズを追ってくるおところをとらえようとする算段じゃろう。罠を張っているとすれば、奴らは準備万端でお主を待っておるぞ」

「全部わかってます……」


 ソヴェンスキ領内への侵入だ。池袋の時のように車を動かして10分ほどで目白に脱出なんてことはできない。

 危険は桁違いに高い。そのくらいは僕にだってわかる。でも、行かないわけにはいかない。


 それに……恐らく罠を張っているんだろうとは僕も思う。

 ヴェロニカと斬り合った時に伝わってきた。

 追ってくるなら追ってこい。でも、お前には何もできない、と。

 ……絶対に許さない。


「お主のその点は美点じゃ。じゃが妾たちとて無能ではない。しかるべき準備を整えて……」

「おい」


 バスキア公がダナエ姫の言葉を遮って何かささやいた

 ダナエ姫がバスキア公を睨んで僕等を見る。


「お前の言いたいことは分かった、スミト。暫く待て。使いをやるから、それまでは大人しくしていろ」


 バスキア公が言って出ていけ、と言う仕草をした。

 












 今回登場のフィルモア・フューザンはスロット能力・叡智の辞典エンサイクロペディアを持つ中位貴族兼学者でギルドの相談役。

 作者Twitterの #フォロワーさんを自分の世界観でキャラ化する タグから生まれたキャラです。


叡智の辞典エンサイクロペディア

 先祖が代々引き継いだ知識をデーターベース化して閲覧するスロット能力です。

 先祖代々という能力の性質上、血脈に依拠して発現するスロット能力でありかなりのレアな能力です。

 大量の知識を劣化することなく蓄積できる、簡易の検索機能を備えている(イメージすると必要な知識が提示されるという程度)と便利な能力ですが、使用者の血脈が絶えると知識が滅失するという重大な脆弱性ももっています。

 このため、この能力を保持するものの多くは貴族の血脈であり、偶然この能力を有することができたものは誰かの準騎士になるのが殆どです。

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