新しい日本人の素性を知る
始めます。待っていてくれた方に百万の感謝を。よろしくお願いします
綾森さんの後ろにいたのは女子供を中心とした15人ほどの男女。なんでも奴隷狩りの被害者らしい。
ボロボロの服と手や首に嵌められた鉄の枷が痛々しい。
スロット持ちの奴隷は制約を掛けられるかわりに割と物理的な拘束は緩いけど、スロット持ちでない人はこうなるのか。
「ずっとあいつらを追ってきていたんですが、バスキア公からパレアに来るように命令がありましてね……しぶとく逃げ切られるかとおもったんですが、どうにか目的を果たせてよかった」
街道にもどる道すがら、綾森さんが経緯を説明してくれた。奴隷狩りを追ってきてあそこで追い詰めたってことらしい。
物腰柔らかって感じの口調だけど話し方は明瞭だ。なんというか有能ビジネスマンて感じの雰囲気を漂わせている。
「でも風戸さんが大きな馬車を持ってきてくれていて助かりましたよ。感謝します」
「偶然ですけどね」
奴隷狩りで捕まった人達は僕の馬車に乗っている。
馬車というか大きめの荷馬車に毛が生えたようなものだけど。サンヴェルナールの夕焼け亭にはあれしかない。
座れなくなったので、僕等は綾森さんの馬車に乗りかえた。
「奴隷狩りは犯罪です。奴隷は戦争の捕虜や何らかの形で借財を負ったものがなりますが、時折離れた村や隊商を襲って奴隷狩りをするものがいます」
御者をしてくれているセリエが補足してくれた。
淡々とした口調だけど、端々に嫌悪感がにじみ出ている。まあ当然だろうな。
「スミト卿、先ほどは大変な御無礼をいたしました」
馬車の横を歩いている人が声を掛けてきた
ウルスさんというらしい。身長190センチを超える長身で、頬や額に黒い隈取りのような文様を入れている。顔立ちから見るに僕より少し年上かなって感じだ。
如何にも戦士って感じの、細身だけど鍛え上げられた体を装飾を施したタイトな皮鎧で包んでいる。
無造作に短くしましたって感じの黒髪からは小さめの耳がのぞいていた。なんでも熊の獣人らしい。まあ体のサイズを見ると正にそんな感じはする。
ちなみに髪型と長身から男かと思ったけど女性だった。声を聴くと分かった。うっかり失礼なことを言わなくてよかった。
スロット武器は盾なんだそうだ。さっきのバカでかい盾がそうなんだろう。腰には少し長めの片手剣を吊るしているけど、厚手の刀身で剣と言うより鉄板というか鈍器っぽい。
自分が載ると重いし場所をとる、といって馬車の横を歩いている。
もう一人の背の小さい方はブリジットさん。ドワーフの女の子。赤毛の癖っ毛を後ろで束ねている。
年は40歳らしいけど、見た目は150センチ程の背の小ささもあって20歳にも見えない。背が低いなと思ったけどドワーフだったのか。
ガルフブルグでは獣人は割と人間社会に溶け込んでいるけど、エルフやドワーフはそれぞれの森や洞窟に定住していてあまり人間と交流はないらしい。
実際、エルフはオルミナさんを除くと殆ど見たことない。ドワーフは工業地区に行くとたまに見かける。背の小ささで一目でわかるんだけど、それでも数は多くない。
スロット武器はこれもさっき見た刃物つきの手甲らしい。格闘っぽい戦い方なのかな。
当たり前だけど髭は生えていない。栗色の大きい目がかわいい、ちょっと子供っぽい顔立ちで、綾森さんにぴったり寄り添って、警戒心むき出しって感じで僕等を見ている。
二人は聞くところによると綾森さんの奴隷らしいけど、綾森さんは従士だと主張し、二人は奴隷だと譲らなかった。
この辺の反応はアーロンさんとレインさんに似ている気がする。
「僕はあまり戦闘は得意じゃないんですよ。スロットも特殊と回復ばかりでしたから。スロット武器も風戸さんには全然及びませんし」
綾森さんが言う
「なので、護衛が必要だったんです。こういう荒事もある世界ですからね」
まあ確かに都笠さんみたいな元自衛官とかじゃない限り、現代日本人で荒事に慣れてますって人は多分あまりいないだろう。
「日本では何をしてたんです?」
「サラリーマンですよ。風戸さん、貴方と同じです」
「こっちにきてどのくらいですか?」
「そろそろ4か月ほどかな」
少し考え込んで綾森さんが言う。時系列的には僕等が旧市街でバスキア公たちに会った少し後ってことか。
「今は何をしてるんです?」
「バスキア大公の準騎士です。あとはヴェルト・エギレイユ辺境領の領主ですね」
領土までもらっているのか、この人は。ラティナさんもそうだけど、なじみ過ぎてないか。
「帰りたいと思いませんでした?」
「……必要とされるというのはとても幸せなことです、そう思いませんか?」
少し間を置いて、ウルスさんとブリジットさんをちらりと見て綾森さんが言った。
セリエやユーカに頼られることは時に重荷を感じる。でもたしかに充実感も感じるから気持ちは分かる気がする。
「それに、忠実な部下を持ち、国の最高権力者に評価され必要とされるってのは、日本じゃなかなかできることじゃないですからね。
生活はまあ日本のようにはいきませんが、それでもこの国では最高に近い待遇ですし」
綾森さんがちょっと自慢気に笑って言う。
確かに言われてみると、バスキア公の準騎士というのは、国の最高権力者に近い位置にいる人の直属だ。ジェラールさんとかに近いポジションだろう。
僕もバスキア公やオルドネス公やダナエ姫と話しているけど、それぞれガルフブルグの重鎮と言っていい人たちだ。
普通に生きていれば会えない人の方が多いわけで。そう考えると結構すごいかもしれない。
「屋敷には綺麗なメイドもいますよ。これもなかなか体験できることではないですよね」
これまたストレートと言うかなんというか。
まあ気持ちは分からなくもないけど、偉く率直な人だな。ウルスさんはすました顔だけど、ブリジットさんがちょっと不満げな顔で綾森さんの体を押す。
そして都笠さんは白い目で見ていた。
◆
日がだいぶ傾いてきた。パレアまではあと1時間程だろうか。
周りには馬車とか旅人の姿もちらほら見え始めている。色々あって遅くなったけど、夜までには帰れそうだ
「そういえば綾森さんのスロット能力は何なんですか?」
会話が途切れたところで都笠さんが聞く。
聞きたかったんだけど聞いていいものかちょっと気が引けていたんだけど。相変わらず物怖じしないな。
少し綾森さんが考え込んだ。
「そうですね……風戸さん達にはまあ教えてもかまわないかな。私も君達のスロット能力をしってますしね。管理者に兵器工廠だったと記憶してますが」
「よくご存じで」
「有名人はつらいですね。では私も【管理システム・久延毘古にアクセス。画像を展開してください】」
短く唱えると、綾森さんを中心にしてホログラムのように映像が浮かび上がった。
何かと思ったけど、CGで描かれたような地図だ。街道や起伏のある森が精密に描写されている。
綾森さんがタブレットを操作するように手を少し動かすと、マップが広くなったり狭くなったりした。
僕の周辺地図接続と似ているけど、僕のは僕しか見れない。皆がみれるのは違うな。
それに僕のは管理者の能力の一つだから東京でしか使えない。
「スロット能力としては天頂の目、というらしいですね」
「探知、偵察系の能力としては最上位のスロット能力です」
セリエが感心したように言う。
「たとえばこんな風に」
手をマップの一点に寄せると地表の近くまで視点を寄せられた。動いている動物、街道を行く馬車まで見える。ユーカが動いている馬車に顔を寄せて面白そうに見ている。
強力な軍事衛星兼偵察ドローンみたいな能力だ。セリエの使い魔もなかなか便利だけど、それの上位版だな。
「ほかは治癒と……もう一つは今は使えないですね。これはまたいずれ機会があれば」
そう言って綾森さんが手を合わせると、映像が消えた。
◆
パレアに戻ったらもう夕方になっていた。馬車の人数が多くなったこともあって時間がかかってしまった。
時間的には6時くらいだろうか。空はだいぶ暗くなりつつある。
この時間になるとパレア市街は賑やかになる。通りのあちこちに屋外テーブルが出て、仕事帰りの職人さんとかが夕飯を食べながら酒を楽しむ。
サンヴェルナールの夕焼け亭も今頃は賑やかだろう。
「すみませんが、このままお付き合い願えますか?」
「いいですよ」
なし崩しに旧市街まで行くことになった。
まあこの後は歩いて行って、というのはあまりに酷い話ではあるし、このあとは特にやることもない。
サンヴェルナールの夕焼け亭の手伝いは今は僕等がいなくても問題ないし、どうせ訓練が終わったらみんなで食事でもしようと思っていたし。
ドゥーロン川の長い橋を渡るともう門は閉じていた。でも綾森さんが門衛に話すと門を開けてもらえた。大したもんだな。
「そういえば、風戸さん。この門をぶち破ったそうですね。その……ユーカちゃん、でしたっけ?のために」
「そんなこともしましたね」
あの時はテンション上がっていたけど、まあよく考えれば相当無茶をしたもんだ。
色々と上手く行ったのは幸運もあるし、それだけでもないけど。
綾森さんの先導で旧市街をしばらく行くと、巨大な屋敷が見えてきた。さすがにデカイ。ダナエ姫の邸宅とどっちが大きいか、といわれると。どっちも大きいから分からないな
門番の人と話して、当たり前のように馬車を屋敷の中に入れる。
「すごいわね、これ。さすが貴族様って感じだわ」
都笠さんが驚いたというか呆れたような口調で言う。
ちょっとした公園並みに広い前庭は、整えられた木がランダムな間で立ち並んでいて、ところどころに石が配置されている。なんというか、つくりがどことなく和風庭園ぽい。
「いいの?この人たちを入れてしまって」
「ええ、構いません。許可はとってありますから」
と話していたところで、綾森さんの従者の二人がさっと跪いた。
屋敷の方に目をやると、何人かを従えたバスキア公がこっちに歩いて来ている。
「ただ今戻りました、わが主」
バスキア公が目の前に来ると、綾森さんが深々と頭を下げて、そのまま跪いた。
なんか挨拶の仕方がずいぶん様になっているけど、この辺がエリートリーマンの卒の無さなんだろうか
「アスマ……よく戻った……と言いたいところだが。こりゃなんだ」
「奴隷狩りの賊を追いつめまして。全員討伐しました。彼らは囚われていた奴隷たちです」
「そうか……おい、ロラン」
バスキア公が呼びかけると、前にも会った秘書のロランさんが渋い顔をしながら何人かの使用人ぽい人たちと共に僕らの馬車に乗っていた人たちを連れていった。
バスキア公がこっちを向く。
「で、スミト。なんでお前らが此処にいるんだ?」
「訓練の帰りにたまたま会ったんです、着いてきただけですよ」
「そうか、折角来たんだ。このまま返すのも悪い。今日は園遊会なんだ。お前らも食べていけ」
「いや、それは」
「食べていけ、いいな。誰か、こいつらの席を用意しろ!」
バスキア公が言うと、後ろで控えていた人が一礼して走って行った。
相変わらずの強引さだけど……都笠さんがやれやれって顔で首を振る。ふんわりといい香りが漂ってきていて、ユーカが匂いを嗅いでセリエと何か話していた。
まあいいか。
3~4連投で行きます。