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別離れ。

本作の書籍化レーベル、講談社・レジェンドノベルス。本日創刊です……本が店頭に並ぶのはもう少し先かもしれませんけど。

皆さま、ぜひ手に取ってください。応援よろしくお願いします。


http://legendnovels.jp/

http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000314243

 大太刀が一瞬揺らいで、振り下ろされた。

 振り下ろされることがわかっていたかのように、まったく同じタイミングでダナエ姫が踏み込む。 振り下ろされた太刀をサーベルでさばいた。金属のぶつかり合う音が響くと同時に、踏み込んだ右足を軸に回る。


 振り下ろされた太刀が切り上げるように横に薙がれた時には、ダナエ姫が懐に入り込んでいた。

 籐司朗さんが半歩下がって柄をかちあげる。それが分かっていたかのように、早くダナエ姫の体が沈んだ。

 柄払いを避けたダナエ姫が体ごと突き上げるように、サーベルを腹に突き立てる。そのまま切っ先が肩に抜けた。


 瞬きするほどの一瞬の交錯。見えたのは僕だけだっただろう。



 傷口から血が噴き出して、ダナエ姫の白い着物が赤く染まった。


「踏み込み見れば……あとは極楽、か」


 籐司朗さんがサーベルを刺したままよろめいて下がった。大太刀を杖のようにして辛うじて立つ。

 一瞬、サーベルを離してどうなることかと思ったけど。籐司朗さんはもう構えを取らなかった。ダナエ姫をみて藤四郎さんの顔がわずかに笑った。


「お分かりでしょう……最速、最適な太刀筋で敵を切る、それは簡単なことではありません」


 そういうと、籐司朗さんが口から血を吐いた。

 金色の目はさっきと同じだったけど、表情が違う。前に見たその表情と同じ。


「死地にあっても、それを為しうる心の在り様。それこそが剣の奥義です」


 サーベルを刺したまま、籐司朗さんが満足げに微笑んだ。


「姫……お見事でした」


 そう言って、籐司朗さんが崩れるように膝をついて地面に倒れ伏した。夕闇の黒いコンクリートに黒い血の跡が広がっていく。

 その姿を見ていたダナエ姫が俯いて何かをつぶやく。籐司朗さんに歩み寄ろうとした時。 


「ははは、いい見世物だったぞ」


 唐突に声が響いた。

 


 いつの間にか、としか言いようがない。

 街路樹のたもとにヴァンパイアが立っていた。都笠さんが信じられない、という顔で89式を構える。誰にも気づかれずに、ここまで近づかれるなんて。


「自分の旗下を手にかけた気分はどうかね、姫君」


 悠々とヴァンパイアが包囲の輪の中に入ってきた。


「むさくるしい男などわが下僕にするつもりはなかったのだが、中々に腕が立つ男だったのでね。いい人形になるとおもったのだが」


 そう言ってヴァンパイアがうつ伏せに倒れている籐司朗さんの体を蹴った。


「てめぇ!」

「貴様……」


 ダナエ姫の白い顔に朱が挿した。

 怒りで顔が熱くなる。思わず切りかかりそうになるのを辛うじて抑えた。 


「楽しめただろう、諸君?レブナントに切り刻ませるよりはいい使い方だった。共倒れになってくれれば最高だったがね」 


 そう言ってヴァンパイアが周りを見回す。


「……ていうかさ、どうやってここに来たのか知らないけど。あんた、この人数相手に戦うつもりなわけ?舐めてんの?」


 都笠さんが89式を構えて間を詰める。

 いつの間にか包囲に加わっていたラティナさんとアデルさんが退路を塞ぐように後ろに立った。


「飛んで火ニイル夏のムシだよね」

「逃がしはしない。此処で倒すぞ」


 アデルさんはバイクを傍らにおいて剣を構えていて、ラティナさんは両手に10本近い手裏剣を持っていた。

 ノエルさんが普段の気のいい表情じゃない、怒りに満ちた顔でヴァンパイアを睨む。 

 それぞれにスロット武器を構えた従士や探索者が周りを取り囲んだ。

 ヴァンパイアが余裕な顔で周りを眺めて、最後に僕を見る。


「どうした。君」


 この怒りはなんなんのか。僕には分からなかった。でも。


「お前は……僕の手で殺す。コアクリスタルを金庫に詰めて東京湾に沈めてやる」

「威勢がいいが。君たち程度の魔法では私は通じない、分かっているだろう?有象無象が揃ったところで何ができる?」


 ヴァンパイアが能面のような顔に嘲るような嫌な笑顔が張り付いている。

 腹立たしいけど……それが現実だ。僕がもう少し強ければ。 


「見ているがいい、ガルフブルグの者どもよ。80年前の借りを返してやろう。

レブナントの軍勢で貴様らの世界を蹂躙してくれる。ひれ伏すなら早めにした方がいいぞ」


 そういうとヴァンパイアの姿が、滲むように崩れた。


「ではさらばだ」


 人の姿を失って、赤い霧のように塊になる。そのままそれが空に舞い上がった。


「待ちなさい!」

「【雪街流中伝、術式あかね連ね緋針つらねひばり!】」


 司さんの89式が火を噴いて、空に向かって赤い火線が飛ぶ。

 同時にラティナさんの手裏剣が霧を打ち抜いたけど、弾も手裏剣も霧をすり抜けただけだった。


 霧に変わる能力。僕らの世界のヴァンパイアの能力にもそんなのがあったけど、こんな能力をもっていたのか。

 というか、霧のような姿と言うなら、切っても魔法を当ててもダメージがいきにくいのかもしれない。


「来てみたまえ。ちっぽけなトカゲよ。龍に挑んでくるがいい。レブナントの守りを抜けてきたまえ

そこまでこれたら、お前等も我が旗下として従えてやろう」


 哄笑を上げながらヴァンパイアが消えていった。



 ヴァンパイアの姿が消えて静寂が戻った。


 血に染まった着物を着たままでダナエ姫がたたずんでいた。コンクリートの地面には、変わらず籐司朗さんの遺体が横たわっている。

 従士の誰かが声をかけようとして口を閉ざした。水を打ったかのような、触れれば壊れるようなガラス細工のような静寂。


「【ブルフレーニュ家に従いて斃れたる者よ、汝の剣をあずかろう】」


 ダナエ姫が小さくつぶやく。籐司朗さんの体の上に白い光がわきあがって、大太刀が宙に浮かんだ。

 ダナエ姫がそれを静かに見つめる。口を開いてはいけない、神聖な儀式の場に居合わせたかのようにだれもが黙っていた。息をすることさえためらわれる。


「【……我が戦列に加われ】」


 大太刀が溶けるように消えて、ダナエ姫に吸い込まれていった。


「湯浴みをしたい……誰か、支度を頼む」


 そういうと、張り詰めた静寂が消えて。従士の一人が弾かれた様に目白駅の方に走り去っていった。

 横で都笠さんが大きく息を吐く。


「……スミト」

「はい」


「お主らの国の流儀でこ奴を葬ってやれ」



 葬式には何度か出たことはあるけど、正式な葬式の仕方なんて僕等には分からなかった。火葬することくらいは分かるけど。

 そのことを言ったら、探索者ギルドが火葬の手配をしてくれた。学習院の前の広い交差点に、薪を櫓のように組んで籐司朗さんの遺体を寝かして、香油を振りかけていく。

 手際がいいというか。


「……ガルフブルグも火葬なんだね」

「はい。炎の神、ファーブニルは転生をつかさどる神で、炎に焼かれた体は地に帰り、地に育まれて再生し、魂は風に乗って次の生を待つと言われています」


 セリエが教えてくれる。

 ギルドの係官は仕事を終えて立ち去って行ってしまって、僕等だけが残された。


 お経を上げたりすればいいんだろうけど、僕も都笠さんもラティナさんもそんなことはできない。

 セリエが胸に手を当てて少し上を向いて、空に語りかけるように、耳慣れない言葉で何かをつぶやき始める。何かの祈りの言葉なんだろう。

 都笠さんが敬礼して、ラティナさんが十字を切った。僕も手を合わせて拝む。


「籐司朗さん、有難う御座います……」


 横に立てていた松明を木の櫓に投げ込んだ。赤い炎が回って、香油がしみ込んだ薪がすぐに燃え上がる。

 赤い炎が昏い夜空を照らしだした。


「ごめんなさい、ごめんなさい、おじいちゃん、セリエの為に……ごめんなさい」


 ユーカが横でぽろぽろと涙をこぼしていた。

 セリエを助けに行ったときにダナエ姫がいなければ。籐司朗さんがいなければ。僕はセリエ達と一緒に池袋で死んでいただろう。

 もしくは籐司朗さんのようにあいつの操り人形になっていたか。


「……ニホンとやらも炎により躯を天に返すのじゃな」


 振り返るとダナエ姫がいた。さっきとは違う袷と袴に着替えている。見た感じ、ダナエ姫の雰囲気はいつもと変わりない。

 ダナエ姫が炎の前に立って、手に持っていた花束を炎の中に放り込んだ。炎が高く燃えて煙が夜空に消えて行く。香油の花のような香りがかすかに漂った。


「あやつともう話せぬのはたまらなく寂しいの……もっといろいろ話しておくべきだったわ」


「あの……」

「ふん。なんじゃ、妾が泣きはらしておるとでも思ったのか?」


 鼻を鳴らしてダナエ姫が言う。同じことを考えていたのか、都笠さんが顔を逸らした。


「いえ、そういうわけじゃ」

「旗下が討たれるたびに泣いておってはの、アストレイ殿などいくら涙を流してもたりまいよ」


 ダナエ姫が淡々とした口調で言って、うずくまって泣いているユーカを見た。


「泣くな、サヴォア家の息女、ユーカ」


 きついってわけではないけど、はっきりとした口調に、ユーカが顔を上げる。


「ユーカ、よいか。お主もいずれはサヴォア家を継いで旗下を持つことになるであろう……じゃから覚えておけ」


 ユーカが涙をこらえつつダナエ姫を見る。


「旗下の者がこのように辱めらた場合、主がすることは唯一つじゃ」


 そう言ってダナエ姫が一瞬間を置いた。


「……必ずや報いを受けさせる。そやつの首を叩き落として墓前に供える。これは主の義務じゃ。覚えておけ」


 凄みを感じる口調でダナエ姫が言った。


「よいな?」

「はい」


 泣き止んだユーカの答えを聞いて、ダナエ姫が僕等を見た。


「スミト、スズ。お主等にも協力してもらうぞ」

「ええ、勿論」

「言われるまでもないわ」


 正直言って、籐司朗さんとはそこまで交流があったわけじゃなかった。でも。

 敵討ちを望む人の気持ちが、今ならよくわかる。日本からはるか遠くに飛ばされてしまった同郷の人に、あいつがやった仕打ちを許すつもりはない。

 この報いは必ず受けさせる。


4連投終わり。続きは少しお待ちください。

ちょっと事情があって感想返信が少し滞る可能性がありますが、後日返します。

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