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恵比寿のカフェで犬耳メイド&幼女とパスタを食べる。

 その後も魔獣狩りをくりかえしていたら、いつの間にやら日も傾いてきていた。ホテルに入ればOKという状況じゃないし、野営の準備をしないといけないかもしれない。

 しかし、都心ど真ん中で野営の準備を考えるとは思わなかった。


「ここで野営しますか?それとも一度ディグレアに戻りますか?」


 セリエも当然その辺は考えていたようだ。流石に経験が長そうなだけはある。


「戻るのも面倒だし野営でいいよ。

寝るのは車の中でいいし。交代で見張りに立つってことでどう?」

 

 ちょっと考えたけど。

 あのミニバンは座席を倒せばフルフラットにできたはずだ。寝るのに支障はないだろう。一々また人目を気にしながら戻るのも面倒くさい。


「あの車は後ろがベッドみたいになるから寝る分には心配ないよ」

「……それで結構です」


 そんな話をしていたら、スーツの裾を引っ張られた。

 振り返ると、ユーカが僕のスーツの裾をつまんでいる。


「どうしたの?」

「あのね……えっとね……」


 ユーカが何かを言いたげに僕を見る。どうしたんだろう。野営は嫌なのだろうか。


「えっと……ご主人様、お願いですから……」


 さっきまでお兄ちゃんだったのに、なぜいきなりご主人様。


「……お願いですから……セリエに酷いことしないでください」


 ユーカがたどたどしい口調で言って頭を下げた。酷いことってなにかと考えて、奴隷商の言葉が思い出された。

 戦闘補助以外の用途もある、か。

 日が沈み始めたらユーカの表情が暗くなってきたような気がしていたけど、理由が分かった。


「……お願いします……ご主人様」

「大丈夫。何もしないよ。そんなことよりご飯食べようか」


「ホント?ホントに?」

「大丈夫。嘘はつかないよ。車からご飯取ってきてくれるかな?」


 ユーカの顔がパッと明るくなって車の方に走って行った。

 今までどう扱われていたかを思うと胸が痛んだ。


  

 日が落ちるとあっという間にあたりは真っ暗になってしまった。街灯もなければ、コンビニの明かりもなにもないのだから当然なんだけど、想像以上の暗さだ。

 恵比寿駅前の見慣れたロータリーも、明かりがないというだけで普段と全然違う場所に見える。

  

 ロータリーで焚火をして夕食を作った。

 セリエが用意してくれていたパンを軽く焼いて、同じようにあぶったハムとチーズとピクルスのようなものをはさんだ簡易サンドイッチにした。

 ちょっとしたキャンプ気分だけど、都心のど真ん中でキャンプ気分を味わえるなんて、ちょっと前には想像もできなかった。


「君らはどんな関係なの?」


 たき火を見ながら聞いてみる。

 ユーカは食事が終わったらセリエに体を預けてすやすやと寝てしまっていた。セリエが髪をなでながら寝顔を見守っている。なんとも絵になる場面だ。


「……貴方様は雇い主で、私たちは奴隷。それだけの話です。私たちの事情が関係ありますか?」

「そりゃ関係ないけどさ」


 ユーカの話題になると、セリエは取り付く島もない。


「どうしてもしりたければ命令なさっては?」


 そういえば命令には従うという話だっけ。

 命令されれば話すけど、自分で話す気はない、ということか。


「……いや、いいわ」


 僕の言葉にセリエの硬い表情が一瞬和らいだ気がした。

 正直言って興味がなくはないけど。命令して話したくないことを無理に話させるのは趣味じゃない。僕だって、職務命令だのなんだので、言いたくないことを言わされたくはないし。


「……無理強いは好きじゃない」


 沈黙がおりて、たき火が燃える音だけが聞こえる。


「……昔お仕えしていた旦那様の忘れ形見です。お守りすると誓いました」


 セリエが短く言う。

 お嬢様と呼ぶから主従なのは察しがついたけど。元貴族とかそんなので、それが何かのトラブルで奴隷に落ちた、とかそんなところなんだろう。


「……貴方様の今晩のお心遣いに感謝します」

「一応紳士で通ってるんで」


「貴方様はお休みになってください。私が見張ります」

「じゃあよろしく。しばらくしたら替わるから起こして」


 お言葉に甘えて先に休ませてもらうことにして、車の中のフラットシートに横になった。



 翌朝。

 次の日も恵比寿駅前を中心に狩りを続けた。

 

 この辺りの魔獣はゴブリン、オーガが中心で大した脅威にはならなかった。

 一度遭遇したストーンゴーレムが最大の敵だった。堅くて銃剣の刃が通らなかったので魔法で片付けた。

 ほとんど攻撃をくらうこともなかったので、腕試しとしては若干やり残し感がある。


 それぞれの落とすコアクリスタルは大したサイズではなかったけど、半日狩りを続ければそれなりの量になる。

 もういいだろう。いくらなんでもこれなら二人の二日分の賃料くらいにはなったはずだ。今はユーカに持ってもらっているが、そろそろ重くて足元がおぼつかなくなっている。


 確か契約は日暮れまでだ。時計をみると4時くらいだった。たぶんあと2時間くらいか。


「ちょっと早いけど、帰る前にご飯でも食べようか?」

「食事といってもなんの準備もありませんが?」


 持ってきた食料は今日の昼で食べつくしていた。でも当てはある。


「大丈夫。僕に任せて」


 コンビニをのぞいてみると、酒の棚や食品の棚はもう誰かに持ち去られていたけど、レトルト食品の棚は放置されていてわりといろいろ残っていた。

 まあ異世界の住人から見れば銀のヘンテコな袋に入ったものだし、字が読めなきゃ食べ方もわからないだろう。パスタのソースとスパゲッティをいくつかいただく。


 せっかくだし、野外では味気ない。見回すとビルの3階にカフェの看板が見えた。あそこを借りよう。

 2人を手招きして階段を上がり、木のドアを開けた。

 L字型のカウンターがある角のお店で、ガラスから差し込む太陽が店内を明るく照らしている。

 木張りの床にこれまた木のカウンター。カウンターの上には整然とカップが並び、窓に沿うように並んだシンプルなカフェテーブルには、紙の表紙のメニューが置いてある。


 荒らされた様子はない。人がいないことを除けばごく普通のカフェって感じだ。

 今にもいらっしゃいませ、という声が聞こえそうだけど、何の反応もない。奇妙な感覚にとらわれたままで、店に一歩足を踏み入れる。


管理者(アドミニストレーター)起動(オン)


>第三階層 権限範囲

>・電源復旧(権限限定)

>・階層地図表示

>・防災設備復旧(権限限定)

>・厨房器具復旧


「電源復旧と厨房器具復旧」


 天井からつりさげられたおしゃれなライトに光がともった。スピーカーからは静かなジャズが店内に流れ始める。

 ホテルで使った時より若干疲労感が強い。二つ使ったのもあるけど、店が広いのも関係しているかもしれない。


「なんですか?この光は?こんな魔法は聞いたことがありませんが」


 セリエが不思議そうに電球をつついている。


「音楽が聞こえるよ。でも誰もいないのに、不思議だね」


 店の中を物珍しそうに見ている二人はとりあえず放っておいて、カウンターの中の厨房に入った。 専門的なガスコンロやオーブン、冷凍庫などが並んでいる。

 ガスコンロのボタンを押すとコンロに火が付いた。蛇口をひねると水も出る。やっぱりこの能力は便利だ。原理は謎だけど、魔法がある世界にそんな突込みは野暮か。


 壁につりさげられた鍋を二つコンロにかけて、両方の鍋に水をなみなみと注ぐ。

 片方の鍋にはたっぷりと塩を入れてスパゲッティを入れ、もう一つの鍋にはレトルトのパスタソースの袋を入れた。ポモドーロとバジルソース、定番ミートソース。

 僕がやっていることを厨房に入ってきたセリエとユーカが不思議そうに見ている。


「変わったかまどですね。火の魔法がかかっているのですか?」

「もうすぐおいしいものができるから、ちょっとテーブルに座って待ってて」


 ゆでたパスタを一本取り上げてかるくかじる。

 うん。芯が残っていい感じだ。一人暮らしが長くなれば料理もそれなりにはできるようになる。


 収納をあけて見つけた大皿にスパゲッティを盛り付けた。ソースを深皿に注ぐと、ニンニクとハーブとオリーブオイルのいい香りが厨房に漂う。

 客席の方を見てみると、窓際の赤いソファに二人がちょこんと並んで座っていた。


「お待たせ」


 木の広めのテーブルに、スパゲッティの大皿とソースの器を並べる。


「なんですか?これは」

「こうやって食べるんだ」


 フォークにスパゲッティを絡める見本を示すと、一口食べてみた。

 いまやレトルトソースも馬鹿にできない。僕が作る素人料理より明らかにうまいな。


「こんな怪しげなもの食べられるのでしょうか?」

「……おいしいよ!セリエ!」


 セリエは訝しげにスパゲッティを眺めている。ガルフブルグにはパスタに類するものはないらしい。

 一方でユーカは警戒心なく食べ始めていた。


「お嬢様、何が入っているのか分からないというのに」

「でもいい匂いだったもん。セリエも食べなよ」


「ここで僕が毒とか入れても意味ないでしょ。食べてみなって」

「では……」


 恐る恐る、という感じでフォークにスパゲッティを絡めて一口口に入れる。食べてみたら味が分かったらしく、愛想のない無表情がちょっとほころんだ。そのままセリエも食べ始める。白いエプロンにソースが飛ばないように慎重に。

 2人とも慣れてないから手つきが怪しいのがほほえましい。


「この緑のソースは香草なんでしょうか……複雑な味です」

「これ、お肉が入ってるの!」


「お嬢様、口のまわりが汚くなっておりますよ」


 ユーカはミートソース、ユーカはバジルソースがお気に入りのようだ。喜んでくれると僕もうれしいよ。

 結構な量があったはずだが、3人できれいに食べつくした。


「すっごーく、おいしかったよ、お兄ちゃん。これってなんて食べ物なの?なんでお兄ちゃんは作れるの?コックさんなの?」

「……貴方様のことがわかりかねます。

魔法の基礎さえ知らないかと思えば、武器の速さは私が今までみた探索者の中でもトップクラスですし。

それに奴隷にこんな食事をふるまう人は普通はおりません」


 ユーカは満足げな顔をしている。セリエがいぶかしげな顔だ。


「いずれ教えてあげるよ。さて、行こうか?もう時間だ」


 時計を見ると5時過ぎ。

 渋谷までの移動時間を考えればもう出発しないといけない。



 車は元の路地裏に戻して歩いて西武まで戻った。日が沈むのとほぼ同時に到着した。


「時間通りですね。おかえりなさいませ。いかがでしたか?」


 アルドが出迎えてくれる。


「助けられました」

「それはよろしかったです」


 戦闘でのことよりも、魔法や魔獣についての基礎知識を教えてもらえたのは役に立った。今後のことを考えれば必須の知識だ。


「お兄ちゃん、また来てくれる?」

「うーん、どうだろう」


 今後僕がどういう身の振り方をするか分からない。

 とりあえずどう稼げばいいかはなんとなくわかってきたが、アーロンさん達との兼ね合いもあるだろうし。


「……また来てほしいの」

「なんで?」


「お兄ちゃんはセリエをいじめないでしょ。だから」


 僕が借りている間はセリエはいじめられない、ということか。


「……それに、お兄ちゃんと一緒ならまたあんなおいしいもの食べられるのかなって」


 なんとも現金だけど。でもそれが子供っぽくていい。


「この二人を買うとしたらいくら?」


 アルドに小声で聞いてみる。


「お買い上げの場合は120000エキュトとなっております」


 アルドが小声で返事をしてくれた。

 1エキュト150円と考えれば1800万円か。スロットを有している人2人分の価格として安いのか高いのかそれは分からない。

 ただ、一つ言えることは今の僕にはとてもじゃないけど手が出ない。


「また来るよ。一緒に行こうね」


 無責任な僕の言葉にユーカが満面の笑みを浮かべて、手を振ってカウンターの奥へ帰って行った。

 なんか胸が痛んだ。




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