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ガルフブルグの屋台めぐりツアー・上

 例によって書いてるうちに長くなり過ぎたので分けます。

 今日は、久しぶりにベル君とシャルちゃんの工房に呼ばれた。改良版の自転車を見てほしいらしい。

 最近は彼らの工房から生み出されたガルフブルグ製の自転車も結構見るようになってきた。

 久しぶりに行った工房の入り口には、ブルフレーニュ家の三本のサーベルを意匠化した紋章と、工房の紋章を象った金属の看板が誇らしげに掲げられていた。


 ダナエ姫の力添えもあってか、元の工房のとなりの建物も買ったらしい。

 広くなった工房では何人もの技師というか作業員が働いていて、二人だけでやっていた時とは大違いになっていた。 


 もともと子供で力仕事には向いてるとは思えなかったし、この方がいいだろうと思う。ただ、年上相手に指図するのはまだ慣れてないって感じだったけど。

 そして、壁には原宿のショップから持ってきた自転車が飾ってあった。



 自転車についてのアドバイスをして、工房からの帰り道。


 パレアは旧市街に近い所はわりと区画整理もされているけど。

 旧市街から離れるにしたがって段々そのへんがいい加減になっていって、道のつながりも複雑というかごちゃごちゃになっていく。

 統一的な都市計画をせずになんとなく拡張していった結果なんだろう。


 パレアはいくつもの街区に分かれていて、工房がある街区はサンヴェルナールの夕焼け亭のある街区からは結構離れている。

 街区同士を結ぶ馬車があるから今日はそれでこっちまで来た。


 街区はそれぞれが一つで市場とか住宅地区があったりで結構まとまっている。どの街区にもあるのは広場と封緘シールを置いた尖塔だ。

 広場には雨が降ったら覆いがかけられるようになっていて、それ用の設備もある。


 渋谷のスクランブルの探索者の酒場になんで天幕を掛けているのかと思ってたけど。

 パレアでは広場は憩いの場であり、軽食を取る場でもあって、雨が降った時に備えるのがどうも常識らしい。

 

 ベル君たちの居るような工房だけは各街区にはなくて、一つの街区に固まっている。

 これは多分煙とか騒音とかの関係でまとまらざるを得なかったんだろう。


 工房の地区は普段はあまり来ない街区だからちょっと違う雰囲気で面白い。

 場所がらなのか、大きな荷物を運ぶために道幅が広い。煙突から煙が上がっている建物がおおくて、レンガ造りの壁はちょっと煤で薄汚れている感じがする。


「食堂が多いわね」


 都笠さんが歩きながら言う。

 

 工房に近い街区は総じて食事できるところが多いって話だけど。これは、家に帰って作るのが面倒だからだと思う。

 思い出せば、東京だってオフィス街に近い所には食事できるところが多かったし、仕事帰りに一杯飲んだり、ご飯食べて帰るなんていうのは当たり前の光景だった。


 それに、ガルフブルグはガスコンロとか電子レンジとかインスタント食品がある世界じゃないから、食事の用意の手間も東京とは比較にならないだろう。

 まあインスタント食品は一部東京から流入しているけど。塔の廃墟のモノはそれなり高価で、そう簡単には買えない。


 少し歩いているうちに広場に出た。今日は晴れてるからか、天蓋はかかってない。

 工房がある地区の広場は初めて来たけど、広場は屋台とテーブルと椅子で占められていた。肉や魚が焼ける匂いと音と、食事をしている人の話し声や注文の声が飛び交っていて活気がある。

 渋谷スクランブルの探索者の酒場にも負けてないな。


 今は午後3時ごろ、結構半端な時間だけどかなりの人出だ。

 当たり前なんだけど、お客さんは工房関係者が多いらしくて、ちょっと厚手の質素なツナギっぽい作業服のようなものを着ていたり、油汚れが目立つ前掛けを掛けている。

 食べたらさっと席を立ってしまうので回転が速い。仕事中の栄養補給って感じかな。 


「せっかくだから何か食べていく?」

「いいわね」


 時間的にもちょっと間食を食べるにはちょうどいい。

 ガルフブルグの屋台の主流は、野菜たっぷりのスープとパンのセットや、腸詰の焼いたものとかだ。

 スープは店によって種類があるし、パンも普通に焼いたものや芋を使って作った茹でパンみたいなのまで結構いろんなものがある。

 でも、ここは店の数も多いし、普段の街区で見かけるのとは違うものもありそうだ。

 

「何食べる?」

「って……あら、あれ、セリエじゃないの?」


 都笠さんが指を指す。

 そこには、確かにセリエとユーカがいた。



 屋台の前の簡易テーブルに二人で向かい合って座っていた。


 この時間は買い出しに行っていなければ店の掃除をしたり、フリーになったらユーカと一緒にどこかに行ってしまうこともあるんだけど……普段はどこにいるのかと思ったけど、こんなところに居るのか。

 この街区はサンヴェルナールの夕焼け亭からは結構離れてるんだけどな。


 セリエが串に刺した串カツのようなものをぱくりと食べて幸せそうに笑っている。ユーカはそれを見て嬉しそうだ。


「美味しそうだね」


 声を掛けたら、セリエとユーカがはじかれたように立ち上がった。


「お兄ちゃん!」

「ご主人様、あの……これは……」


 二人でなんかアタフタしてるんだけど、どうかしたんだろうか。

 いたずらを見つかった時のように二人ともうつむいてしまって、なんか沈黙が気まずい。


「……あのね、お兄ちゃん」


 おずおずという感じでユーカが口を開いた。


「うん」

「セリエを叱らないであげて」


「叱るって……なんで?」

「こっそりご飯食べてたこと」


 セリエは一応僕の奴隷ではあるんだけど。

 サンヴェルナールの夕焼け亭の従業員でもあり、サヴォア家のメイドという、色々な肩書がついている。


 僕も一応はサヴォア家に仕えている、ということになっている。だから、サヴォア家というか、いまはサンヴェルナールの夕焼け亭から俸禄というか給料というか、そういうものを貰っている。

 その中からセリエにはお小遣いを出しているんだけど。


 こんなややこしいことになっているのは、奴隷を養うのは主人の務めということなので、一応そういうそういう体裁を整えるためだ。

 まあいずれにしても、自分のお金で買い食いすることに悪いことなんてない。


「セリエはね、いつも食べるの我慢してるの」

「……なんで?」


「ホントはね、お腹空くのは嫌なんだよ、でもね」

「うん」


「お兄ちゃんの前であんまり食べるとね……」

「お嬢様、もう……」


 セリエが真っ赤になってうつむいてる。

 僕の前でしっかり食べるのは恥ずかしいってことなのか。でも、そんなこと気にしなくていいのに、と思うけど。


「気にしなくていいのに、そんなこと」

「いえ……あの………」


「風戸君……女心分かってない、とか言われたことない?」


 都笠さんが呆れたように言う。そういえば前の彼女に言われたな。

 僕がいいって思ってるからって、それで一件落着ってわけじゃないのか。


 言われてみるまでもなく、セリエは食が細い、というかあんまり食べない。

 こっちとしては食べな過ぎて心配してたくらいなんだけど。これも僕がきちんというべきことって感じなのかな。


「あの……ご主人様」


「まず、遠慮しなくていいから、普通に食べたいように食べなよ。

食べない方が心配だし、美味しそうに食べるのっていいと思うよ」

「はい……」


「で、次だけど。セリエのおすすめのお店を教えてよ」

「ああ、いいわね。色々知ってるんでしょ?」


 都笠さんがフォローしてくれるかのように口をはさんでくる。


「日本じゃ、美味しいものを食べ歩くってのが一つの趣味だったんだよ」


 その言葉にセリエが嬉しそうに笑った。


「そういうことでしたら。ご案内します!」



「では、さっそくこちらを」


 セリエがテーブルに置かれた皿を指す。

 皿には、狐色の衣をまとった揚げ物が6個ほど乗っていた。


「こちらがおすすめです」


 セリエがそのうちの一つを細長い串にさして差し出してくれる。

 串にさしてみるとなんというか、大阪の串カツって感じだ。ソースは無いけど、このまま食べていいのかな。


「でも、これ、セリエのじゃないの?」

「……私は、あの……先日も」


 セリエが口ごもってうつむく。向かい側で、あんたねぇって感じの咎めるような目で都笠さんが僕を見ていた。

 余計なことを言ったっぽいな。あんまりこの辺は深く言及しない方がよさそうだ

 

「ごめん、じゃあ頂くね。ありがとう、セリエ」


 串にさした揚げ物を口に入れる。ちょっと小さめの一口サイズでちょうどいい。

 ほんのり熱い衣をかじると、サクッとした歯ごたえがあって、中からあったかいトロっとしたものがあふれてきた。

 チーズの味が口いっぱいに広がる。適度な熱さで食べやすい。かすかにオイルと癖のあるハーブの香りもするな。


「……チーズだよね?」

「はい。ガルフブルグで昔から食べられているチーズのオイル漬けマリナーレ・ド・フロマージュを揚げたものです」

「ああ、これは肉ね。下味ついてるんだ」


 都笠さんも串を一本取って食べている。


「これならソース要らないわね」


 チーズにせよ肉にせよ、下ごしらえをきちんとしている。

 ただ、これは料理というよりむしろ保存の問題でオイルにつけたり、塩漬けにしたりとかそういう処理が施されているだけなのかもしれない。


 串カツと言えば二度漬け禁止のソースってイメージだけど、これは結構きちんと味をつけているからソースは無くても不足はない。まあ、いずれはソースが出てくるのかもしれないけど。

 ただ、ガルフブルグは乾杯で相手のグラスを飲んだりするし、二度漬け禁止の文化はできるかは分からないな。

 

 もう一つ、細長いものを食べてみると、こんどは淡白な味の魚だった。

 これは川魚だろう。パレアの近くは川が多いから川魚の料理も結構目にする。


 カラリとした衣はパン粉は使ってなくて多分、卵と小麦粉を使ってるっぽい。

 見た目は串カツのようだけど、天ぷらのようでもある、何とも言えない料理だ。

 

「ちょっと衣が厚いかな」

「たぶんそれは嵩を増やすためかしらね」


 衣からもチーズとほろ苦いなにかの匂いがほのかに香っていて、けっこう手間はかかっているというか工夫されてる。


「ビールほしくならない?」

「ほしくなるね。冷やしたのがいいな」


 と言っては見たものの、流石に生ビールを求めるのは無理ってもんだろう。


 ガルフブルグは酒を飲もうと思ったらお店に入らないといけない。探索者の宿の併設の酒場とかは昼からでも酒を出してくれるけど、生憎とここの広場にはなさそうだった。

 まあ工房が集まってる場所に探索者の宿を出しても客が集まらないか。



 続きは明日。

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