私の目指すもの・上
今回はアデルさん視点です。長くなったので二つに分けました。
我がフォルトナ家は、オルドネス家に古くから使える魔法剣士の家。長い歴史で多くの優秀な騎士を輩出してきた。
我が家でたった一人の娘である私も、もちろんそのあとを継ぐべく育てられた。
小さいころから剣の稽古に明け暮れ、魔法の修練のために心を研ぎ澄ます訓練をした。
自分で言うのもなんだが、私には素養があった。
剣の腕は教官が驚くほど。同年代の者どころか年上と模擬戦をしても負けた記憶はない。自分の剣士としての未来が輝かしいものであることに一つの疑いもしなかった。
12歳の時。スロットシートに触れた。
スロットを持つ者にのみ反応するスロットシート。それに文字が浮かぶ。当然だと思った。
攻防スロット、特殊スロット、そして……シートをのぞき込んだ誰かが息をのんだ。
長く訓練した武器であるバスタードソードをスロット武器に選ぼうとしたとき。
「必要ない」
父が重々しく言った。
見上げた時の、苦虫をかみつぶしたような父の顔をよく覚えている。
その日から、私は剣の稽古を辞めさせられた。結っていた髪を解かされた。今まで着ていた騎士の装束も取り上げられてドレスを着せられた。
……私に魔法スロットがないことを教えられたのはしばらくしてからのことだった。
◆
魔法スロットがなければ魔法は使えない。つまり文字通りの、才能がない、というやつだ。
魔法剣士になるための素質が致命的に欠けている、という事実を突き付けられた。
攻防スロットも特殊スロットも決して低いものではなかった。
もし私が……例えば探索者を目指すなら。それなりに優秀なものになれただろう。だが、それはあり得ない話だった。
これも自分で言うのもなんだが、私の容姿は決して悪くはない方だと思う。父上からみれば、結婚の駒としては悪くはなかっただろう。
そして、貴族の家に嫁入りするにせよ、婿をとるにせよ、剣の腕なんてものは必要はないのだ。
必要なのは、剣を振り回すことではなく、御淑やかで夫を支え、宮廷では礼儀正しく振る舞いダンスをするのが上手い、そんなものなのだ。
……もしスロットが何もなければ。いっそなんの素質もなければ。すべてを諦めて人形のように自分の運命を受け入れたかもしれない。
だけど、私にはそれがあった。
何もなければよかったのに……そうすれば希望を抱くことも、絶望をすることも無かったのに。
◆
14歳の時、突然私に弟ができた。12歳。パトリス、という名だった。
魔法スロットと攻防スロットを持つ都合の良い弟。父上がどこかから「拾って」きたんだろう。そういうことがあるというくらいは私も知っている。
最初は嫉妬した。自分にないものを持っているその弟を。私にそのスロットがあれば。
自分で剣を取って叩きのめしてやりたいという黒い感情がいつでも胸の中に蟠っていた。薄汚いと思っても止められなかった
でも。恐らく剣なんてものを握ったこともない弟は、父や周りに言われるがままに剣を振り、魔法を磨き、宮廷儀礼や歴史を学んだ。
たった一人でも、泣き言一つ言わなかった。
私は望まずに道を捨てさせられた……そして、彼も同じなんだと気づいた。
穏やかな顔をした彼は、おそらくスロットなんてものがなければ何処かの村で家族と幸せに暮らし、誰かと結ばれたはずだ。
それが、12歳で、名前も、家族も捨てさせられ、知らない家に来て、やりたくないことをやらされている。
ある日の夕刻、ダンスと礼法の課題を終わらせて屋敷の廊下を歩いていると、稽古を終えたパトリスが向こうから歩いてきた。
「アデルハート様」
パトリスが頭を下げて私に道を譲る。
「……なぜ譲る。なぜそう呼ぶ?」
「え?」
「姉上と呼べ……お前は、わが弟であろうが」
パトリスが顔を伏せた。誰もいない廊下に窓を鳴らす風の音だけが聞こえた。
「……はい、姉上」
そういうのが自然だと思えた。その日以降、パトリスは私を姉上と呼ぶようになった。
私はわが弟を誇りに思っている。
今から思うと、煮え切らないスミトに腹が立ったのはこの弟の姿を見ていたからかもしれない
◆
15歳で成人した。この年になるといつ結婚させられてもおかしくない。
だが、この年になればもう一つの道がある。準騎士だ。自分の武名を上げ、準騎士として誰かに召抱えられれば……
父に必死で直訴した。パトリスも口添えしてくれて、18歳までという条件でオルドネス家の当主、エミリオ公の側近、ジェレミー公の準騎士候補として仕えることになった。
良い家に仕えるように計らってくれたのは、父の最後の情けだったのかもしれない。
その時にスロット武器を取った。
我が家と違う道を歩む決意を込めて、細身のロングソードにした。バスタードソードを取るのはパトリスに悪い気がしたからだ。
家を出る最後の日、園庭でパトリスと剣の稽古をした。
「姉上……幸運をお祈りします」
あの日の赤い夕陽を今も覚えている。
稽古が終わって剣を触れ合わせると、パトリスがほほ笑んで礼儀正しく一礼した。
「ああ、ありがとう……パトリス」
パトリスは背が伸びて、もう私より高かった。剣の腕は私には及ばないが、魔法の成長は著しいらしい。どちらかというと、魔法使い寄りの魔法剣士なんだろう。
落ち着いた佇まいから、積み上げてきた修練が伝わってきた。
もうおどおどした面影もない、堂々たる貴族の男だ。
望まない人生を歩まされた私たちは同志だったと思っている……が、パトリスがどう思っているかは私にはうかがい知れなかった。
◆
ジェレミー公の準騎士候補はいずれ劣らぬ優秀なものばかりだった
私の剣の腕では決して周りに劣らなかった。スロット武器の性能もだ。だが準騎士になるにはそれだけでは足りない。しかもジェレミー公のような重鎮に仕えるならば。
空いたままの特殊スロットに何をセットするか、スロットシートを見ながら何度も考えたが、結局決めきれなかった。
スロット能力は一度セットすると解除が極めて難しい。解除するとスロットが砕けてしまう場合もある。うかつには決められない。
ジェレミー公に仕えて1年半ほど経ったころ、ガルフブルグに新たな門が開いた。今は塔の廃墟と呼ばれている場所につながる門。
ジェレミー公はそこの探索の責任者に命じられ、私もそれに同行することを許された。
当初の探索は、探索者を入れず私たちが行ったが、其処で見たものは今までに見たこともない物ばかりだった。
誰一人いない奇妙な街。そして見慣れた魔獣。
ガラス張りの天を突く塔が連なり、その間を走るのは継ぎ目のない石畳。奇妙な文字が書かれた青や赤の看板。
石畳に置かれた車輪のついた箱。山のような本や綺麗な紙、美しい服や装飾品。そしてその何倍もの使い方のわからない得体のしれない物。
日が経ち、あまりの広さと魔獣の数に我々だけでは対応できず、ガルフブルグの探索者を呼び入れることになった。
ただ、私としては手柄を立てる機会が減ったことでもある。
私には時間がない。18歳までになんらかの結果を出さなくては……
焦りを感じていたある日聞いた。得体のしれない探索者がオルドネス家の準騎士候補になったと。
そして、その男、カザマスミトはそれを断った……ジェレミー公の直々のお誘い、オルドネス公家の準騎士の誘いをだ。
信じがたい。許し難い。私のその機会があれば、何を捨ててでも拝命するのに。これは今でもそう思っている。
ただ、ひとつ面白い話を聞いた。その探索者は塔の廃墟の元の住人で、管理者というスキルを持っていたという。
私の特殊スロットにそれがあるのを覚えていた。何度もスロットシートを見直したのだから間違いない。
勇んで取ってみたものの、それは私を絶望させるには十分だった。
塔の廃墟で見つかったものを動かすことはできるという話だったが。噂で聞いたような、車輪のついた鉄の箱、鉄車を動かすことはできなかった。
奇妙な化粧箱ようなものを動かすことはできたが、動くと言っても小さな黒い窓のようなところに白い文字が浮かんだり、鏡のような平面に灰色の模様が映ったりしただけだった。
これはいったい何なのだ。あの男はこれの使い方をしっているんだろうか……だがスミトとやらに聞くわけにはいかなかった。
◆
塔の廃墟の探索が進み、私の立場に変わりは無く、スミトのことも忘れつつあったある日。
ディグレアのガラスの塔に居た時、シンジュクに一人の男が現れたという報告が入った。カザマスミトと同類の、塔の廃墟の住人ではないか、という。
直感的に思った。そいつなら管理者のことを知っているかもしれない。
使いこなせば有益なスロット能力であることは確かなのだ……使い方さえわかれば。
すぐにシンジュクに行ってその男に会った。
探索者ギルドの係員に案内された、シンジュクのギルドの2階の大きなガラス張りの部屋にいたのは疲れた顔をした男だった。
髪は赤茶のぼさぼさ頭に冴えない顔立ち。妙な文字が書かれた黒い革の薄汚れた上着。
だが、ひょろりとしているものの、体は鍛えられているのは一目見てわかった。目つきも、一流の戦士を思わせる鋭さがある。
疲れたというよりうんざりしたような顔で男が椅子に座ったまま私を見あげた。
「いい加減同じことを言うのも飽きたんで手短に。
俺は衛人・中邑=ハーベイ・クレメンス。
プロのバイク乗り。プロはカネで動くからよ、俺を雇いたければ金払ってくれ」
……なんという礼儀知らずだこの男は。席を立たず、貴族に対して敬語も使わず、しかも金を払えだと?
怒鳴りつけようと思ったが、冷静になった。もしこいつがスミトと同じく塔の廃墟の住人ならば
私の管理者をうまく使う方法を知っているかもしれないのだ。
それに、探索者だって何かの依頼を受ける時には金を要求する。冷静になって考えれば当然のことだ。
こいつの言うプロのバイク乗りとやらがなんだかは分からないが。
「いいだろう。だが、その前にお前の力を見せてもらうぞ」
「契約前のテストってわけか。いいな。
今までの奴はどいつもこいつも俺のことを知ろうともしなかったがアンタは違うんだな」
そういうとエイトが立ち上がる。
「じゃあ、行こうぜ。俺の腕を見せてやるよ」
そういって、エイトが部屋を出ていった。
続きは明日にでも。