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都笠さんの決断、アーロンさんの話。

 ユーカとセリエが出て行って、そのまま会談はお開きになった。


 気が付くとどこかの部屋にいた。

 どうやら、来客用の個室らしい。壁には幾何学模様を織り込んだタペストリーがかかっている。部屋の中央には豪華なベッドが置いてあって、白いシーツでベッドメイクがされていた。


 鏡台と机は日本製というか、どこかのホテルから持ってきたっぽいもので、机の上には水差しとワインの瓶とグラスが置いてある。

 ……どうやってこの部屋に来たのか覚えてない。


 この東京に来て1年間ほど経って、その間、戻るのになんの手がかりもなかった。

 だからもうどうしようもないんだろうな、という気持ちを無意識に積み重ねてきていた。でも、突然その積み重ねてきたものが取り払われて別の道があることがわかってしまった。

 戻れるとして僕は戻りたいのか。そして、もう一度こちらに来ることができるのか。


 一人でもいても思考が堂々巡りするだけだ。

 とりあえず部屋を出たら、目の前は一面のガラス窓で、赤い夕陽が目に飛び込んできた。


 ここはスタバビルか。

 窓の外の景色の高さから見ると、4階か5階ってところだろうか。スクランブル交差点に面したガラス張りの窓沿いに通路スペースを作っているらしい。

 たしかこの辺のフロアはDVDレンタルショップだったはずだし、多分3階と同じく棚を取り払って壁を立てて、部屋を設えたんだろう


 見下ろすスクランブルは天蓋に覆われているけど太陽は東京と同じだ。

 そして、廊下には都笠さんが窓に寄りかかるように外を見ていた。



 都笠さんがこっちを見た。視線が合うけど。

 何を言えばいいんだろう。僕はどうすればいいんだろう。なんとなく気まずい沈黙が流れた。


「……ごめんね、風戸君」


 都笠さんが沈黙に耐えかねたように先に口を開いた。


「なにが?」

「……余計な事聞いちゃってさ」


 都笠さんがいうけど。

 でも、たぶん都笠さんが聞かなくても僕が聞いていた。

 どうせ、帰れない、という言葉が返ってくるもんだと思っていて、だから仕方ないんだ、ここで生きていくしかないんだ、となると思ってた。

 まさかこんなことになるなんて。


「聞いてた?さっきのオルドネス公の話」

「……いや」


 セリエたちが出て行ったあとのことはほとんど覚えてない。聞いてはいたけど右から左で頭に残ってない


「門を開くのにはいくつか条件があって、時間は少しかかるけど、帰れはするらしいわ。

こっちに来てから大体1年くらい経ったところに戻るんだって」

「そうなんだ……」


 こっちにきてなんだかんだで一年ほど過ぎた。

 理屈はわからないけど、僕らがここで過ごした時間と同じ感じで東京でも時間が過ぎているってことなんだろう。


「あと戻れるのはとりあえず一人だけだってさ。門を開くのも大変なんだって」


 一人しか戻れない。これはこれで結構大変なことのはずなんだけど。

 目当てのラーメン屋にいったら1つしか席が空いてないのよ、しょうがないわね、ってくらいのことを言うように都笠さんが言う。

 一人だけか……


「風戸君はどうしたいの?」

「……都笠さんはどうするの?」


 正直言って考えがまとまらない。


「質問に!質問で!返すなぁ!」


 一拍間を置いて、突然都笠さんが声を荒げた。


「えっ?」

「……って言われるわよ」


 驚いたけど、都笠さんがすぐにいたずらっぽく笑った。


「あたしはここに残ろうと思う。だからあたしのことは気にしなくていいわ」

「……いいの?」


 あっさりとした返事が返ってきた。

 親とか友達とか、仕事仲間というか自衛隊の同じ隊の人たちとか、そういう人にもう一度会いたいとか思わないんだろうか。

 僕みたいに仕事を辞めたくてもやもやしてた環境じゃなかったと思うし。


「あたしには待ってる人がいないのよ。

災害でね。親も友達もほとんどがもういない」


 都笠さんがこともなげな口調で言うけど。重いというか、さらっといえる話じゃないと思う。

 なんというか、まずいことを聞いてしまった。


「……ごめん」

「あたしのおじいちゃんはね、海軍さんだったのよ。だからあたしも自衛隊に行きたかった。

でも海自は成績がたりなかったんだよね」


 都笠さんがちょっとうつむいて言う。赤い夕陽がちょっと物憂げな顔を照らす。


「自衛隊に入って誰かを助けたいと思った、その力をつけたいと思ったわ」

「そうなんだ」


 すっと都笠さんが顔を上げる。

 その顔には迷いとかそういうものは無い、いつも通りの落ち着いた顔だった。


「で、それはこっちでもできるって思ったのよね。あたしのしたいこと、自分の力で誰かを助けることはこっちでもできる。

自衛隊員である自分に誇りはあるけど……その誇りはここにあるわ」


 そういって都笠さんが胸に手を当てる


「あたしはあたしの好きに生きるわ。だから、あたしのことは気にしないで」


 と言われても悩みが消えるわけじゃない。いっそ、私が帰りたいから風戸君は遠慮して、と言われる方が諦めがつくんだけど。

 僕の気を知ってか知らずか、都笠さんが手を振って廊下を歩き去って行った。



 今一つ人気のないスタバビルの階段を降りて外に出た。

 目の前はいつも通りのスクランブル交差点の前の酒場だ。普段はセリエとユーカがほぼ必ずそばにいるから一人ってのは久しぶりな気がする。

 

 東京のスクランブル交差点ほどではないけど、たくさんの人がいる。

 獣人、エルフ、ドワーフ、背の高さ、髪の色、装備も様々な探索者たちや商人たちがあるものは机に座り、あるものは立ったまま、何か食べたり飲んだり話したりしている。


 肉やパンを焼く煙とスープの香りと喧騒。賑やかな話声とムッとする熱気。この光景にもすっかりなじんでしまった。

 そういえばそろそろ晩御飯の時間だ。何か食べたいわけじゃないけど、一人ぼっちで居たくない。 ふらふらと酒場に入って空いた席を見つけて座ろうとしたところで。


「おお、スミト」


 聞きなれた声が聞こえた。アーロンさんだ。リチャードとレインさんも一緒だ。

 あの宴会以来会ってなかったけど、どうやら今はこっちで探索中らしい。


 テーブルの上には水餃子というか包み煮パピロットを入れた鍋や串焼きの魚の皿、パンを盛った籠や野菜の酢漬けの皿が並んでいて、いつも通りエールを入れたジョッキととバーボンの瓶があった。


「どうした?難しい顔して。今度は上位古龍アークドラゴンの退治でも依頼されたのか?」

「無茶な依頼を気軽に受けすぎるなよ?」


 リチャードがをエールを飲みながらいつも通りの口調で話しかけてくる


「時化た顔してねぇでよ。座れよ」

「そういえばお前が一人でいるのは珍しいな」


 独りという言葉が胸に刺さる。


「セリエとユーカはどうした?」

「いつもあんなにべったりなのによ。珍しく喧嘩でもしたか?」


「実は……」

 

 独りで考え込みたくなかった、というより結論を出せる気がしない。誰かに聞いてほしかった。

 オルドネス公と面会したこと、唐突に東京に帰れるかもしれないことが分かったこと。

 ……そして、もう一度戻ってこれるかは分からないこと。


 僕の話が終わると、いつもは気軽なリチャードも黙り込んでしまった。レインさんは気まずそうな感じでグラスをいじっている。

 周りは賑やかなのに重苦しい沈黙が流れた。開いたグラスを見て一声かけようとしたウェイトレスの獣人の女の子が目をそらして離れていく。

 アーロンさんが一口でグラスのバーボンを飲み干した。


「ひとつ、人生と探索者の先達としてお前に忠告しよう、スミト」

「はい」


「人のために決断するな。自分のために決めろ」

「というと?」


「セリエのためだとか、ユーカのためだとか、親のためだとか、そういうのじゃない。

お前自身のために決めろ。そうしないと後悔するぞ」

「人の為に生きる、ってのはダメですか?」


 人の為に生きるってのはどっちかというと美しいというか立派な話なような気もするんだけど。

 僕の言葉にアーロンさんが首を振った。


「何もかもが満たされた理想郷なんてありはしない。

人のために選んだ道は、何か辛いことが起きたときに人のせいになってしまう、そういうもんだ」

「もし、セリエ達の為にこっちに残ったとしてよ、セリエやユーカが死んだらどうするんだ、スミト?

お前がこっちに残った理由は無くなっちまうぜ」


 リチャードがいつになく真剣な口調で言う。


「それは……」

「人のためって言えば聞こえがいいがよ。決断から目を逸らしてる、逃げだぜ」


 自分で歩く道は自分で決める。自分で正しいと思った道を進む。

 探索者になってから、そうするようにしてきたと思う。でも今回のはあまりにも難しすぎる。

 

「あの……スミト卿、お言葉ですがよろしいでしょうか?」


 考え込んだところで誰かが不意に声を掛けてきた。振り向くとそこにいたのはエジット君だった。



 エジット君が僕の後ろにいつの間にか立っていた。

 どうやら、一人で食事をしていたらしい。まあバスキア公から当座のお金くらいもらってるだろうし一人でもなんとかなるんだろうけど。

 そういえば一日放置してしまったな。


「ああ、ごめん。ちょっとパレアに帰るのは待ってほしい」

「いえ、それはいいんですけど。すみません、お席をご一緒してよろしいでしょうか?」


 エジット君がアーロンさんたちに聞く。

 アーロンさんが手で座るように促すと、エジット君が僕の横に座った。


「すみません、途中から話を聞いていました」

「ああ、そう」


「失礼ながら、スミト卿」


 エジット君が躊躇ったように少し顔を伏せる。


「その……故郷にお帰りになりたいのでしょうか?」

「……そりゃあね」


「でも……スミト卿はガルフブルグでは誰もが認める英雄です

仕官を望めばどの貴族でも、もちろんバスキア大公も喜んで旗下に迎えるでしょう」


 真剣な顔で僕を見てエジット君が言う。


「誰もがうらやむほどの栄誉をつかまれておられるのに。それを放棄されるのでしょうか?

その……ニホンで今以上の栄光と名誉があるのでしょうか?ここに残られた方がいいのでは?」


「でもさ、こっちに突然連れてこられて、親にももう1年も会ってない。

友達も向こうに残してきてるし、そう簡単には割り切れないよ」


 僕の親はかなりの放任主義で、大学を出たらあとはお前の人生だといわんばかりにちょっと疎遠になって、今は正月くらいにしか会ってない。

 結婚するんならその時はさすがに連絡しろよ、あとはお前の好きにしろ、と言われてるくらいの放任主義だ。

 でも黙って消えるのはあまりにもひどい話だと思う。いくら何でも心配してないとは思えない。


 それに、元々は御茶ノ水の小さな電気会社に勤めるブラック寸前のサラリーマンだったから、東京に戻ってもすばらしいことが待ってたりはしないだろう。

 ただ、それはそれとこれとは別の問題だ。故郷に戻りたいって気持ちは理屈じゃないと思う。単純な名誉とか地位とかで説明できるもんじゃない。


「でも……失礼ながら誰もがいつか親から離れて自分の道を歩む時が来るものではないでしょうか」


 エジット君が言うけど。気楽に言ってくれるな、というのが顔に出てたらしい。

 エジット君がはっとしたように、申し訳なさそうな表情で顔を伏せて、また僕の方を見た。


「僕は主席楽奏師メネストレルになれると信じています。

……でも村を出るとき、名を成せなければ、もう父さんにも母さんにも会えないかもしれないと覚悟を決めてきました。

スロット持ちとして貴族にお仕えするってことはそういうことです」

「……まあこの坊やが言う通りではある」


 エジット君の言葉にアーロンさんがうなづく


「お前さんの世界がどうだったのかは知らんが、ガルフブルグじゃ優秀なスロット持ちがどこかの貴族や騎士の家の養子に入って、二度と親に会えないってのはよくある話だ」

「でも、こう言っちゃあなんですけど。同じガルフブルグにいれば会うこともできるでしょ」


 正直言って、世界の壁に隔てられた僕のケースとは比べ物にならないと思うんだけど


「そんな気楽なもんじゃないぞ」

「そういうやつは建前上は貴族の子って扱われるからな。

貴族の子供の親がどこかの村に居たらおかしいだろ?」


 リチャードがエールのジョッキを煽って言う。


「政敵が跡取りの生まれを穿り返して陥れるなんて珍しいことじゃないからな。

養子に入ったら本当の親とは二度と会えないぜ」


 また重たい沈黙が降りる。

 日本でも、江戸時代とかだとどこかの家に奉公に入ってそのままってこともあったって聞いたことが有る。

 スロットというか、才能が可視化できる世界なんだから、スロット持ちの子供が養子にとられるってこともあって当たり前か。


「親と別れるってのはガルフブルグじゃ珍しい話じゃないってことだ。まあこっちの常識をお前に語ってもしょうがないがな

……ああ、そうだ。ひとつ、お前の気が楽になることを教えておこう」

「なんです?」


「お前がセリエやユーカをおいて帰っても誰もお前を非難はしないぞ」

「……」


「奴隷をどう扱うかは主人の自由だ。

まあ、あの二人の立場は今は少し特殊だろうがな、だがお前に権利があることには変わりはない」


 サヴォア家の復興の話は進んでいるみたいだけど、セリエとユーカは一応まだ僕の奴隷という扱いだ。

 もし貴族に復帰できれば奴隷なんてことにしておくわけにもいかないから、解放する方法を考えないといけない。制約コンストレインも解除できるといいんだけど。


「お前があの二人を捨てても、もうあの二人がばらばらにされることはないだろうしな。

なんならバスキア公かサヴォア家に売って金に換えることもできるだろう」

「……なんですって?」


「お前の世界でも金は必要だろ?折角だから戻るときに一財産持っていくのもいいんじゃないか?」


 売って金に換えるだなんて、なんてこと言うんだと言いたかったけど。

 もし日本に戻るならあの二人をどうするかっていう決断も避けて通れない。綺麗事を言って現実から目を逸らすな、とでもいうような目が僕を見ていた。


「それに、気にしすぎるな。お前も、あの二人もいつかお互いのことを忘れる。

しばらくはつらいだろうがな、時間が解決してくれる。人ってのはそういうもんだ」


 アーロンさんが淡々とした口調で言う。

 忘れられるのは……いやだ。


「セリエのことも、ユーカのことも、竜殺しの名誉もなにも関係ない。お前自身の為に決めろ。

二つの道を両方とも歩くことはできない。どっちをとっても未練は残るだろうが、悔いがないように決めるんだな」


 真剣な顔で僕を見ていたアーロンさんの表情が緩む。


「まあ、飲め。深刻な事ばかり考えてたら頭が痛くなるからな」

  

 アーロンさんが手で合図すると、ウェイトレスさんがエールのジョッキを僕の前に置いてくれた。

 促されるままに、一口飲む。

 いい加減飲み慣れた冷えてない泡が唇に触れて、その後に日本のビールより濃い目のエールが喉に抜ける。


 いつもは異国の味って感じで美味しく感じるけど……今日は苦い感じがした。 




なんとかあと2話描き上げたい。7割がた終わってます。

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