溢れるほどに
さて、キース様とアリスから常識と作法を教えてもらいつつ毎日を過ごすことになりまして。
朝は自室でアリスと食事をとった後豪華な衣装に着替えて魔王様に挨拶のあとキース様と歴史を中心にお勉強、お昼ご飯をアリスと部屋で食べ作法の反復練習、私の体力が尽きるギリギリのところで練習は終わりそれから後は自由時間という名のおやつと読書の時間を過ごして夕飯を円卓の部屋で魔王様と一緒に食べて湯浴みの後就寝。そんな毎日を過ごしています。
何というか……日々が充実していますねーとても。アリスは可愛いしキース様と魔王様も優しいし。なんて、この数日を振り返りつつ今日のアリスとの作法の練習をこなしていたらエクセレントとパーフェクトを告げられ実地以外で身に着けられる作法はこれで終わりと言われた。
「教えてくれてありがとうアリス」
「いいえ、ご主人様にとって少しでもお役に立てることが私の喜びですから」
いつもより早めにお茶の時間となり今日も美味しいお茶とお菓子に舌鼓を打つことしばらく。最近はこの夕食までの時間が暇になってきたのが問題だったりする。アリスが魔法を見せてくれたり昔話を聞かせてくれたりと気を使ってくれるもののこうも毎日この部屋に籠っていたのではやることもない。ここに来る前は暇な時間なんてめったになかったからこんな時どうしたらいいのかわからなくて困る。
「ねぇアリス?午前の勉強をこの時間を使って自主学習という形にならないかな」
「午前中のお勉強はお嫌いですか?」
「いいえ、嫌いじゃないわ」
そういう訳ではないのだけどね。魔王様との親しげな様子からしてもキース様がこの城で重役なことは間違いないしこうも毎日私のために半日近く時間を使わせるのは申し訳ない。基礎知識は終わってると思うし何より…
「あの男鬱陶しいですからね」
「そうそう、ってちがうよ!」
なんてことを言うのびっくりしたよ?????確かに一挙手一動に甲斐甲斐しくお世話してくださるけども!全然鬱陶しいなんて思ってないよ?うん。
「ご主人様は聡明ですからあの男の教えなど必要なくなりましたか?」
「それも違うわ、ただ…そろそろ魔王様の右腕を独占するのも申し訳ないなーって」
「ご主人様はお優しいですね」
アリスはキース様と仲がいいねほんとに。ご機嫌で明日の衣装について選別作業を開始したアリスの話を半分聞き流しつつ、キース様になんて切り出そうか考えながら午後の時間を過ごすことになった。
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「私に何か不備がありましたか……?」
あーそんな絶望していますみたいな顔でこっちを見ないでくださいよ。そしてアリスは得意げに笑わないの。魔王様は我関せずで黙々と食べてるし。
アリスから作法の授業が終わったことが魔王様に報告されたついでに、キース様に朝の学習は一人でやりたい旨を伝えたらこの状況になった。説明を端折ったのがダメだったかな?
「違いますよ、いつまでもキース様のお時間をいただいていて申し訳なく思ってしまって…お仕事の邪魔でしょう?」
「そんなことはありません!ライラ殿の教育も仕事の一環ですし言うなれば先行投資ですから!」
先行投資……?私お城の便利屋さんに育て上げられるわけですね?
「……五日後にするか」
「魔王様また突然お決めになると叱られますよ?」
「しらん。早くしろ」
なんだか良く分からないうちに話が進んでいったようだ。魔王様は唐突に話し出すから毎回びっくりする。やれやれと、溜息とともに肩をすくめて見せたキース様がこっちに視線を戻すとにっこり微笑んで見せた。とっても綺麗なお顔ですこと。あと嫌な予感がする。
「かしこまりました。ではライラ殿のお勉強はしばらくお休みですから、五日間の間は打合せのため何度かお呼び立てすることとなりますがお付き合いください」
「は、はい」
曖昧に笑って返しつつ、話について行けないまま何かに巻き込まれることなったことに戸惑う。
魔王様に視線を移せば、こてんと首を傾げられた。毎回の事ながらほんとにあざとい。無表情綺麗系美人だから違和感はあるけども!
「五日後には何があるのですか?」
「ライラのお披露目だ」
「私の…?」
こくりと、頷いた魔王様が席を立つと椅子を引いてもらい部屋までエスコートされるのが最近私たちの間に加わっていたりする。顔には出さないけど違和感ありまくりだったりする。王族のペットのお散歩すごい。
っと、現実逃避はここまでにしようか。お披露目ってことは魔王様とキース様以外の魔の者とも顔を合わせることになるんだよね?王様ともなると自分のペットを周知させる義務があるなんて大変だね。確かに他の魔の者とか魔物が食べたりしたらお互いに大惨事だもんね。私も食べてしまった相手も。魔王様の持ち物に手を出したらただでは済まないだろうし。うんうん。お互いのために大事だよね。
魔王様の部屋の扉は通り過ぎて私の部屋の前までいつも送ってくださる魔王様は優しい飼い主だよね。私が部屋に入るまで見送ってくれるし。キース様にも就寝の挨拶をしてアリスに促されるまま一人で部屋に戻ることになった。アリスは一足先に打合せかな?
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「……ご主人様がまた勘違いされている気がする」
「…魔王様のお言葉が足りていませんね」
ご主人様が部屋に入るまで見送った魔王はそのまま自分の部屋に消えていった。中で扉が繋がっているとはいえ私がついて行かなくても魔王がご主人様に危害を加えることはないだろうしとりあえずは目前に迫った予定について、ね。
「お披露目について、聞かせてもらえるのだろうな?」
「そのために残られたのでしょう?前回の資料がありますついて来てください」
コイツのことはあまり好かないが仕事ができることは認められる。
ご主人様と共に魔王の執務室から円卓の間、魔王の私室と対の間をここ数日で何度も移動しているが、魔王とキース以外の魔の者の姿が見えないことからお披露目とやらまではご主人様は他の者から隠されているのだろう。気配は時折するもののその姿は絶対に見せないことからもこの城の者たちはキースに限らず優秀なのだろう。人の子のご主人様にとっては完全とまでは言えなくとも最大限安全な環境であるし、今のところ魔王から引き離す予定はない。過保護なほどに魔王が気を張っていることもあるが。
渡された資料に目を通せばどうやらお披露目というのは臣下の者へ魔王がその妃を周知させる儀式らしい。婚約式を行う前の顔見世というわけか。ご主人様はまだ自分が番に選ばれていることをご存じでないのだけどこのまま進めてもいいのだろうか?まぁ、いいか。ご主人様の安全が高まるならそれが一番だし。ご主人様が魔王との結婚を嫌がられるのなら私が攫ってしまえばいい。人の世界に返して差し上げることも選択肢としてはあるのだから。
「大方の流れは理解した」
「前回が数百年前ですから資料も少なくて苦労します。貴女の伝手で何とかなりませんか?」
私の伝手か。この大陸には精霊の数も多いし少し探せば同族にも会えるだろうからな、不可能ではない。私たちならば忘れるということはないし。ただ、自分で言うのも何だが私たちは他者からの干渉を好まないからな…見つけたところで話ができるかどうか。気難しい頑固者が多くて困る。
「三日あればなんとかなる。夜は情報集めに出る」
「お願いします。ライラ殿の事はお任せください。護衛は忍ばせておきます」
いつも見えないところにいるやつか。まぁいいだろう。
一度ご主人様の元に顔を出して、魔王にもご主人様をよろしく伝えてから出るとするか。
同色の眷属が見つかればいいのだけど。