とても無垢でした
魔王様の後をついて歩きつつ、背後で行われるアリスとキース様の口論を聞き流す。
魔王様足が長いからついて行くのに時々小走りですよ。これがスタイル格差。
「部屋は気に入ったか」
「?はい綺麗な部屋でした」
一部屋の大きさが私の家ほどあるし、お菓子は美味しいし窓の外の景色は日が暮れていたからわからないけど素敵な部屋だったと思う。
「あそこにある物は全てお前のものだ」
「あ、ありがとうございます」
……???
アリスも含めてとても高価なものしか置いてなかったように思うのだけど。お茶に使っていたカップやポッドも金の縁取りの施された美しい代物だったし。はっ!冥途の土産というやつか!
「明日は着飾れ」
「明日、ですか?」
「あぁ」
「かしこまりました」
あれ?どうやら今から食べられるわけではないらしい。
着飾れということは部屋には衣類も置いてあるということかな。洋服ダンスがあったからないわけないか。というかあの部屋私の部屋なのか。貴族は家畜をあんな豪華な部屋に住まわせるの?ちょっと感覚が理解できないですな。
「ご主人様?」
「どうしたの?アリス」
「いえ!顔色が戻られたようで安心いたしました」
「心配してくれてありがとう」
アリスが駆け寄って来てくれた。そのまま顔を覗き込まれ、にっこりと笑顔を向けられるとあまりの可愛らしさに悩殺されそうになった。ふわりと波打つピンクの髪をなでれば猫のようにすり寄ってくるし、可愛すぎてもう本当にどうしてくれようって感じだ。
そんなこんなしている間に到着したらしい。
魔王様の背丈よりもずっと大きく重そうな扉を抜けた先には銀の食器の並ぶ大きな円卓があった。
装飾の豪華な椅子に座った魔王様に付き従うキース様を入り口で見送りつつ立ち止まる。
円卓の下座ってどこ……
「こちらへどうぞ」
キース様が椅子を引き待っている席は魔王様の隣。
絶対そこ下座じゃないですよ。だって二番目に豪華な椅子だもの!!!
とはいえ待ってくださっている以上そこに行かねば。この椅子は補助がないと引けないし座れないな。高貴な椅子だわ不便。
右隣に魔王様、左隣にはアリスが座り魔王様の向こう側にキース様が座った所で食事が運ばれてきた。い、意外と普通なのね。赤かったり青かったり紫色みたいなおどろおどろしい料理が運ばれてきたらどうしようかと。というか、普通にいい匂いもするし魔の者は人と同じものを食べているのかな。
円卓で食事をすると隣の人の様子が良く分からないから会話もない。ただ黙々と食事の時間となった。
デザートも終わり食後のお茶をしているとおもむろにキース様が口を開かれたことで沈黙の時間も終わる。
「ライラ殿が先ほど何やら心配されていたのは文化の違いから食事が合わなかったらと心配されていたのですか?」
「そう、ですね」
そんなところです。ニアピンと言う程近くはないですが。
「それなら心配ありませんよ人が言うような魔物の食事は僕たちとておぞましくて口にする気にはなりませんから」
「ご主人様人の子は何を食べると考えているのですか?」
「人の生き血を啜るとか生きたまま内臓を食べられるとか主に生肉とか毒…?」
「「絶対食べない(ません)」」
どうやらとてつもない偏見だったらしい。魔王様まで否定するなんてよっぽどだわ。
「人の子の想像力は逞しいですねご主人様もそう思われていたのですか?」
「そうね、半信半疑ってところかな」
「ライラ殿のお口に合いましたか?」
「はい、美味しかったです」
初めて食べるものがたくさんあって、人も食べるものかわからないものも結構あったけどね?今回はたぶん普通に宮廷料理に見慣れていないだけだろうし。実際食べてみたらおいしかった!!食わず嫌い良くない。損する気がするしね。
*******
それから部屋に戻って来まして、アリスはお風呂の準備をしに奥に。私は突然開いた隣の部屋への内扉に固まっているところです。ベッドにダイブした後ゴロゴロしていったん落ち着いたところでよかった!!!危うくあられもない姿を晒すとこだった危ない危ない。
んで、そこから入ってくるのは魔王様以外にいないわけで、私はベッドに腰掛けたまま魔王様が入ってくるのを無言で眺めております。
そうだったよ…ここ魔王様の部屋の対の部屋だったよ忘れてたよ…だってまさか来るとは思わないじゃん?というかせめてノックしてください。
「ご主人様?どうされ……何をしているんだ魔王」
「お前に用はない」
「私もない」
アリスさーん?相変わらず魔王様に強気ですねお姉さんはハラハラが止まらないよ。
「ではご主人様?お風呂の準備は出来ておりますからまた用事ができたら呼んでくださいね」
にっこり微笑み頭を下げたと思ったらアリスの姿が消えていた。
「アリス??」
「鐘に戻っただけだ」
魔王様が掛けたテーブルの上には淡く光る小さな鐘。そっか、アリスは鐘の妖精さんだった。できれば置いて行かないでほしかったよ…
で、このまま無言でいるわけにもいかないしとりあえず魔王様の向かいの椅子へ行こうかね。
「魔王様?どうかされましたか?」
なんでそんなガン見してくるんですか。顔が無表情で何考えているのかわからんのですよ。
「……」
えぇーなんですか無言で察しろみたいな空気出されてもわかりませんってー
どうしたらいいんだろう。誰かキース様呼んできてー
「……ここは俺の城だ」
「?はい」
「この部屋はお前の部屋だ」
「は、はい」
「好きに過ごせ」
「??????はい、ありがとうございます」
わ、わからないですぅぅぅキース様翻訳してくださいぃぃぃ
これどうしたらいいの、なんで魔王様はそんな満足げな雰囲気なんですか?何も伝わってないですよ?意味不明なままですよ??言葉の通りにとらえればいいの?でもだったら何で魔王様は動く気配がないんですかね?まだ何かあるのか、私になにかして欲しいことがあるのか。うーーん???あ!
『ここは俺の城だからこの部屋はお前の部屋だけど俺の部屋でもあるから俺も使うがお前の部屋でもあるから俺がいても気にせずすごせ』的なこと?
いやいやそれにしたってそんなに見つめられては動きづらいというか。
あれかな、人間を飼ってみた。観察するの楽しい。みたいな感覚なのかな?わかりません。野良ウサギを見つけてついつい見続けちゃう時と一緒?てことは私も何かアクションを起こした方がいいのか?
と、このまま見つめ合っているわけにもいかない。眠いし。日が落ちてからこんなに長く起きていたことなんて今まで一度もないんじゃないかな?油高いし。お風呂をアリスが用意してくれていたし行ってこようかな。
「では私はお風呂に入って参ります」
「うむ」
そのまま居座るんですね。まぁいいか。家猫にでもなった気持ちで過ごそう。飼い主が観察してくるのはしょうがない!
気にせずお風呂行ってきまーす。
*******
はい、ただいまー。
魔王様まだいるよ。テーブル前の椅子から三人掛けのソファーに移動してたけどまだこっちの部屋にいたよ。
「お風呂ありがとうございます」
お湯をあんなに使えるなんてペット生活最高ですね。ご飯も美味しいし。無表情な飼い主さんは見た目怖いけど今のところ害されてはいないし。誘拐はされたけど。まぁそれは普通の魔物に襲われてあそこで死ぬよりラッキーな展開になってるからよしかな。村にいても行き遅れの独り者だし、ね。
「風邪ひくぞ」
「?」
__チリン
魔王様は、私の姿を見た途端アリスの鐘を鳴らした。あれ?あの鐘鳴らせないって言ってなかったっけ?
「ご主人様お話は聞こえていました!お任せください」
鳴らした魔王様には目もくれず私の元へアリスは一直線に駆け寄ってきたけど、作ったのが魔王様だからとかかな。
鏡台の椅子まで背中を押され座れば後ろから温風が当てられる感覚がする。いつ持ってきたのか片手に持ったブラシで髪をすいてくれているみたいだ。暖かくて優しい手つきが眠気を誘う。
「魔王様、アリスもありがとうございます」
「うむ」
「鐘に触れたのがご主人様じゃなくてもその用事がご主人様のためならいつでも私は駆けつけますから、お気になさらず」
なるほど、話が聞こえていたということは声は聞こえるということだもんね。魔王様のあの短い会話でよく髪を乾かせって意味がくみ取れたね。さすが。
なんて取り留めもないことを考える間にも意識は少しずつ薄らいでいって、気付いたらそのまま眠ってしまっていた。
* * * * * * *
「ご主人様?眠られてしまいましたか」
指通りの良くなった髪を整え終え、鏡越しにご主人様のお顔を窺えば美しい瞳は閉じられていました。わずかに寝息が聞こえますね。穏やかな寝顔で安心いたしました。
このまま私の力でベッドまでお運びしたいところですが、魔王が近づいてきているってことは奴が運ぶのでしょう。
静かに場所を譲ればそのまま抱き上げベッドへとご主人様を運ばれていった。
「魔王、お前言葉が足りないにも程があるぞ」
声を潜めつつ言えばご主人様の寝顔を見ていた奴の視線が私に向く。
大体、淑女のそれも私のご主人様の部屋に長々と居座るなんてどういう常識のない男なんだ。
「……何のことだ?」
「全部、お前は言葉が足りない。ご主人様はお優しいからいいものの私だったらキレているぞ」
「……」
あのキースとかいう奴がこいつを甘やかすからこうなるんだ。なんでも察してもらえると思うなよ。
「ライラはやらん」
「ご主人様に求婚してからそういう偉そうな口をきくことだな」
「対の間を与えた」
まさか、それで伝えたつもりだと?ご主人様が対の間で暮らすことを拒否しなかったから受け入れられたとでも?
「ご主人様からしたらお前はただの飼い主だからな。全く伝わってないからな?」
「飼い主?」
「ご主人様を攫ってきたのだろう?」
「…む」
む、じゃない。
ダメだなこれは。ご主人様の安眠を妨害するわけにもいかないしさっさと叩き出すことにする。