与えられ育ちました
「おはようございます魔王様、キース様」
毎朝の事ながら、今朝も朝食の後は執務室で一日の始まりの挨拶を魔王様とキース様と交わしに来た。
それぞれが挨拶を返してくださり、いつもだったらキース様とアリスと円卓の間に移動してお勉強だったのだけど、今日からはそれがなくなったのだから部屋に戻ろうと思っていたけど……そういう訳にはいかないらしい。
アリスが進んだのは執務室内にあるふわっふわのソファー。座るとお尻が沈んで背もたれに倒れそうになるから腹筋が鍛えられるやつね。
私が座ると同時にお茶の準備を始めたアリスをぼんやりと眺めつつ昨晩の事を思い出す。お風呂上がりの私の髪を乾かしながら、アリスからしばらく夜の間は精霊の仲間を探しに行かせてほしいと言われた。鐘から呼んでしばらく、アリスにも会いたい人がいたのかもしれない。
昨晩は「困ったことがあったらどんな小さなことでも自分の鐘を振った後に、隣の魔王様に言うように」と念を押して小さな鐘の音と共に消えたアリスを見送り私は寝た。
昨日は誰かに合うことが出来たのかな?アリスには幸せになって欲しいと思う。
なにせ飼い猫状態の私はたぶん非常食も兼ねてるし。
「ご主人様?どうかされましたか?」
「んー?お茶が美味しいなーって」
笑いかければニコニコの笑顔を返してくれるアリスは私の癒しだわ。今日もかわいい。
なんて、考えている間に机を挟んだ対面にキース様が座られた。4つカップがあるということは魔王様も打ち合わせに加わるのね。アリスは紅茶の準備を終えると私の隣に座った。ソファーから足が浮いてしまうところが最高に可愛いと思うの。ついつい頭を撫でてしまうのは仕方ないよね。
「昨晩、少しお話しましたが4日後ライラ殿のお披露目をこの城の西庭園にある大聖堂で行います。ここにはこの城で働くものを中心に魔王様の臣下の者たちが集うことになりますのでライラ殿はここで顔みせを行ってください」
「はい」
「当日まで大聖堂へ向かうことはできませんが、当日に向けて練習の時間を設けますから安心してくださいね」
「…はい」
「では当日の大まかな流れをお話します__…」
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ぐぅ。覚えること多すぎぃ。現地ではぶっつけ本番ってところが恐ろしい。ただでさえいつもよりキッツイドレスを着させられるだろうに。壇上で裾踏んでこけたらどうしよう。魔王様に恥をかかせる訳には…
「_…と、いうのが流れになります」
「ありがとうございます、少しわかったような気がします」
自信はないけどね!!!
魔王様は話の途中でやって来て斜向かいに座ると静かに紅茶を飲み始めた。さすが王様だよね、この程度の行事ならちょろいって感じですかねさすが。
「薔薇か百合ならどちらが好きだ」
「………薔薇?ですね」
と、突然花の好みを聞かれて困惑しております。
「わかった」
「???はい」
魔王様が満足そうだからよし。
お披露目は、ざっくり言うと昨日の想像通りの目的だったみたい。私という魔王城の対の間にいる人の子を周知させ、魔王城の中だけでなくこの大陸のなかで私の安全を強いるものらしい。
最近薄々気づいてきたのだけど……私ペットとして拐われてきたってこと確定だよね。
家に住まわせて、着飾らせて美味しいもの与えてたまに構ってあとはしつけとして学問や所作を教えることで芸までこなせるペットに育てられてるわけでしょ?
やっぱりラッキーといえばラッキーよね。
魔王様のペットってことは多芸を求められそうだけど、丁寧に教えてくれる人たちがいるしなんとかなりそう。
そのうち楽器の演奏とか歌とかも身につけることになりそうだけど食用にジョブチェンジしないためにもがんばらねば!
「ご主人様?お部屋に戻らないのですか?」
アリスの声に意識を戻せば、キース様と魔王様の視線を集めていたわ。
薔薇の話から後の話を聞いていなかったので、お開きの流れに乗り遅れたらしい。
ふわっふわのソファーとはお別れの時間だ。
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さて、部屋に戻ってきたわけだけど。
……この部屋の模様替えは一体何ですかね????
床を埋め尽くす箱、箱、箱。
そして視界一杯にみえるカラフルでヒラヒラな布たち。
今朝はなかったよね?え、この一瞬いなかっただけでこんなに運び込まれたの。
魔の者の魔法スゴいわぁ……
「お披露目の日のご主人様のドレスが届いたみたいですね!さっそく選びますから、ご主人様の意見を聞かせてください」
「んー…あんまり派手な宝石とか襟飾りのやつはやめておきたいかな」
至るところに大きな宝石の縫い付けられたドレスは目にも庶民の繊細な心にも優しくないし、見るからに重そう。
派手で高さのある襟飾りのドレスは私が来たらガーベラや向日葵の姿を真似したような可笑しな格好になりそうだし。
とにかくお世辞にも私に似合うとは思えない。
「これと、これと、この辺りですね!わかりました他にはありますか?」
「ありがとう、あとはアリスに任せてもいい?」
「はい!!!!ご主人様の美しさを存分に引き出せる逸品を選び抜きますね!!!!!」
元気なお返事とふんす!と握った両手の拳が可愛いね。アリスのやる気に火がついたみたいで何より。
正直、あとはスカートの長さとかシルエットの違いくらいしかわからん。そして何でもいいっていうのもある。……だってどれも私が着るには豪華すぎるからね、
服に着られる未来しか見えないのに選ぶなんてムリムリ。魔王様ったらペットを着飾らせて連れ回すなんて可愛らしいところもあるのね、とか他の魔人や魔の者達に言われないといいなぁ。
そして今日も、るんるん鼻歌混じりにドレスを選ぶアリスを横目に、私は読書に励むことにしますかね。キース様との勉強時間を自分で断ったんだから、ちゃんとやらなきゃね。
最近は魔物、魔の者の種類、魔人の種族について纏められた本を読んでいる。魔物の姿の間は種類、と呼び魔人になると種族と呼ぶところも重要なんだって。魔人になると言うことはエリート中のエリートだから、絶対に同じにしてはいけないとかなんとか。
で、魔物の種類、個体の強さによって知能レベルに差があるわけではなく、突発的に生まれる知性の高い魔物が長く生き魔人となる。らしい。
ふむ?例えば町のギルドの討伐依頼で初級と呼ばれるスライムと上級のキメラでも魔の者となり、魔人まで成長出来るものは同数である。強いから、といって全てが魔の者になり得るわけではないと。
ちなみに、はじめから人型の魔物の場合は少し話が変わってくるんだとか。吸血鬼やサキュバス、ハイエルフなんかがそうらしいのだけど、それらは全て魔の者に分類され、その中でそれぞれの種族ごとに魔人とする基準が違うとか。
魔の者と魔人の区別がややこしい。
挿し絵つきでそれぞれの種類、種族の特徴を説明してくれるこの本は読みやすいのだけど、人に人種があるよりもずっと魔物の種類は多いわけで、魔人になったら種族としてそこからさらに枝分かれするとなると、数がもう半端ない。
大図鑑と題された分厚い本が軽く十冊は超えてるからね。
「ご主人様、一区切りつかれたら昼食としませんか?」
ドレスを選びつつ、私にお茶を入れたり、部屋の中を片付けたりと忙しくしていたアリスがいつの間にか昼食の準備も終わらせてくれていた。ぐぅ有能。
「ありがとう。今日も見たことない食べ物がいっぱいで美味しそうだね」
「そうですね!この怪魚のマリネはさっきまで動いていたので凄く良いものみたいですよー」
動いて……????うん、アリスが言うなら良いものなんでしょう。きっと。
村娘からペットにジョブチェンジして、どんどん贅沢な暮らしや食べ物を覚えてしまっている。魔王様がペットに飽きて、万が一食べられずに拾ってきたところに返すなんてことになっても、もう元の生活には戻れないかもしれない……。




