挿話 観察者たちの夜
「んふふ~、これにて一件落着、と」
双眼鏡の先で、ヒカリくんと真琴ちゃんが、他の子たちと談笑していた。
現在地は、二人(と二匹と三体?)から四百メートルほど離れた、校舎の屋上。そこで私は校舎の縁で彼らを眺めている。
危険は完全に過ぎ去ったから、みんなで交流を深めているみたい。感心感心。
「初戦とはいえ、結構危なかったかな。これじゃあ先が思いやられるわね」
「もうそのくらいにしておきなさい、彩花」
背後の、清水のように涼やかな声が、私をたしなめる。けど、私はそれをさらりと受け流し、鼻歌交じりに双眼鏡で眺め続ける。もちろん眺めているのは、自分の娘と、その娘の伴侶となる、後ろにいる大親友の息子だ。
「まあまあ、いいじゃない。だってうちの娘に出来た、初めての彼氏なんですもの。どんな感じか気になるじゃない?」
双眼鏡の向こうでは、二人が互いを支え合いながら、歩き始めていた。ヒカリくんが真琴ちゃんの身体を気遣い、真琴ちゃんはヒカリくんに"神格化"について尋ねていた。
その声、内容が、四百メートルほど離れていても私の耳に届いていた。もっとも、その気になれば、双眼鏡がなくてもばっちり向こうの様子はわかったりするんだけど、流石にめんどくさいのでやらない。ほら、親だからこそ、子供はきちんと尊重しないとダメじゃない?
とか思ってると、真琴ちゃんが躓き、倒れそうになる。それをすかさず、ナイトのヒカリくんが真琴ちゃんの身体を抱きかかえた。
必然、二人の顔がぐっと近づく。次の瞬間、二人して真っ赤になって固まった。かわいい♪
「ほらほら、見て見て! ちゅーよ、ちゅー! そのまま二人とも行っちゃえ!」
双眼鏡から目を離さず、後ろにいる親友に向かってバタバタ手を振る。きゃー! 行けえー!
「彩花」
そんな感じで一人で盛り上がっていると、冷や水のような呆れた声を投げかけられる。
「いい加減、子供みたいなのは、その容姿だけにしてください」
私は双眼鏡を外し、後方へ振り返える。同時に、にっこりと微笑んだ。
「またまた、そんなこと言っちゃって。……いくら陽御子ちゃんでも、ぶっ殺しちゃうわよ?」
いつものように、大抵の人が怖気づいてしまう笑みを浮かべる。けど、彼女はそれを清流のように受け流していた。ここら辺はもう、流石は高校からの大親友だよね。
「はいはい、わかりましたよ」
陽御子ちゃんの冷ややかな視線に、私は諦めて双眼鏡をしまう。そして、改めて後ろにいる陽御子ちゃん――神寺光くんの実母にして、神寺家の最高位の巫女である神寺陽御子ちゃんに向き直る。
改めてその容姿をざっと観察する。涼やかで美しい容姿。女性にしては比較的長身で、長く艶やかな黒髪を一房に束ねている。陽御子ちゃんが身に纏う、清らかでしんとした雰囲気が、身につけている巫女装束と合わさり、相変わらず、そして何度見ても、まるで神の化身みたいだった。
早いもので、お互いもう四十代の後半なのだけど、全然そんな風には見えない。どう見ても二十代前半。初めて会った高校時代からずっと変わってない。はっきり言って、ズルすぎる。こっちは、小学五年生くらいにしか見えないというのにね。
「それにしても、二人ともまだまだへなちょこね。見てる間ずっとはらはらしちゃってたわ」
今晩、あそこで繰り広げられたあれやこれやを思い出しつつ、やれやれと首を振る。本当に、これから先が思いやられるわ。
そんな私の様子に、陽御子ちゃんも同じように首を振る。
「私はいつ彩花飛び出すんじゃないかと、そっちの方がはらはらしてましたよ」
「あらイヤだ。自らを律せないほど、大人げなくはないつもりよ?」
そんな私の返答に、陽御子ちゃんは大きくため息をつく。失礼しちゃう。
「あなたの言動のどこに、大人げなくない部分があるのか、そちらの方が疑問ですね」
ふぅ、と疲れたように陽御子ちゃんはため息をつく。だけど、そんなこと陽御子ちゃんには言われたくない。だって、それはこっちの台詞でもあるのだから。
「よく言うわね。そっちは、その神楽鈴使って、ヒカリくんを助けてたくせにね」
そう言って、私は陽御子ちゃんの手に握られている物を見やる。
全部で十五個の清められた鈴がついた、陽御子ちゃんの得物の一つ、神楽鈴。よく神事で、巫女さんが持って使っているそれと同じ形をしていても、根本的に違う、正真正銘の神具だ。
「それ使って、ダウンしてたヒカリくんを呼び起こすし、ついでに神格化の手伝いまでするし。ついでに言えば、真琴ちゃんが初めてヒカリくんと出会ったとき、ヒカリくんの術をそれを使って妨害するし。まったく、どちらが大人げないのかしらね」
私は笑顔を浮かべて嫌味たらしく言う。
「どれも予定調和のうちですよ。私の行いは、すべて最初から織り込み済み。あなたも知っているでしょう」
けれど、またもや、嫌味はさらりと流されてしまった。まったく、つまらないわ。
「それはそうだけど、やっぱり子供の喧嘩に親が関わるのはどうかと思うわ。助けを求められてないのならなおさら」
「子供の喧嘩に収まらないから、私としてもやらざるを得ないのですよ」
第一、と陽御子ちゃんがため息をつく。
「私がこんなに疲れているのは、彩花が何度も助けに飛び出そうとしてたからでしょう。なにが自分を律せてるですか」
私はその言葉に、むすっと手を腰に当てる。
「だって、私は陽御子ちゃんみたいに霊力なんて便利な力使えないのよ。近接肉弾戦闘が、うちの一族の持ち味なんだから」
まあ、この私をプレッシャーだけで押さえられるんだから、流石陽御子ちゃんだと言わざるを得ないけどね。それに娘たちにも、うちの一族のことは秘密にしてるから、そもそも助けに行っちゃいけないし。
ふぅと息をつくと、私は後ろへ振り返る。そのまま腕を組んで、今はもう見えなくなった二人を思い浮かべる。
「しかし、色々予想外のことが多かったわね。一番びっくりしたのは、二人とも死んじゃって、そして二人して一つの命を共有したことだけど」
「そうね」
脳裏に、真琴ちゃんが死んだときのことが蘇る。あの時は、流石の私も動揺せざるを得なかったわ。
「まっ、私としてはヒカリくんに感謝よね。一瞬の間に覚悟決めて、真琴ちゃんに自分の命の半分使って、真琴ちゃんの魂を引き留めたんですもの。男前すぎるわ」
ふふふ、と笑みがこぼれる。
「美少女のくせして、やっぱりなんだかんだと男の子なのね。一応」
「止めてあげなさい。本気でへこむわよ、あの子」
苦笑を漏らしながら、陽御子ちゃんが私の隣に並ぶ。私は昔を思い出しながら、横の陽御子ちゃんを見上げる。
「やっぱり親子なのね。昔のどっかの誰かさんたちを思い出したわ」
陽御子ちゃんが私の目を見る。
「それはもちろん、私たちの息子ですからね」
その瞳は、確かな誇りで輝いていた。陽御子ちゃんの喜びが伝わってきて、こっちまでむずがゆくなる。
「それに」と陽御子ちゃんが口を開く。
「こちらこそ感謝するわ。考えなしのうちの息子と違って、自分で考え、自らの意志と覚悟を持って、真琴さんはヒカリを生き返らせた。あの年でそこまでの覚悟、肝の据わり方は敬服するわ」
「そりゃまあ、私たちの娘ですから」
今度は私が誇る番だった。ほかの誰よりも、自分の娘を生涯の友である陽御子ちゃんに認め、誉められることは、自分のこと以上に嬉しかった。
「まあ、蛙の子は蛙っていうしね」
「そうですね」
二人して目を細めて笑う。そんな私たちの耳に、あの雪という霊にいじられつつ、笑い声をあげている子供たちの声が届く。
陽御子ちゃんと同時に、子供たちの方へ向く。当然、その姿は校舎に阻まれて見えなかった。
「いよいよ始まりましたね」
陽御子ちゃんの呟くような声に、私も頷く。
かつての、神寺家の過ちを清算する戦いが、これから始まる。神寺家の呪いにまつわる、過去から繋がった物語が始まる。
それは同時に、あの子たちの苦難の始まりでもある。
「申し訳ないわね」
陽御子ちゃんの呟きに、私は改めて陽御子ちゃんの顔を見やる。
「私たち一族の過ちに、あなたたちを巻き込んで」
陽御子ちゃんは、私と視線を合わせることなく、子供たちの方を向いたままだった。
私も再び校舎の方へ視線を戻す。
果たして、その謝罪は誰に対してなんでしょうね。
「別にいいわ。そんなの、高校生の時に陽御子ちゃんに関わった時からだし、それに今夜こうなることも、三十年前からわかってたことだしね」
過去の若かかりし自分たちを思い出す。色々足りなくて、でも必死に強がってたあの頃。悔し涙もこぼしたこともあるけど、でも仲間と過ごしたかけがえのない時間だった。
あれから三十年も経って、今度は私たちの子供たちが戦いの中に身を投じている。
なんだか、とても不思議な気持ちだった。
私は声を高くして、テンションをあげる。
「それに運命に翻弄される少年少女って、なんだか萌えるわよね! それが私たちの子供たちならなおさらね!」
きゃっきゃっと笑うと、陽御子ちゃんも口元を綻ばせた。
きっと陽御子ちゃんには、私の考えなんてすべてお見通しなのだろう。まっ、それはこっちも同じだけど。
「あなたは相変わらずね」
陽御子ちゃんが苦笑を浮かべる。
「本当は私たちが代わりにやってあげたいのだけれど、そうもいかないのでしょうよね」
「そういうこと。先祖の不始末は子孫が、親がやり遺したことは子供が。要するに世代交代ね」
陽御子ちゃんが、おかしそうに笑う。
「ふふ、こんな風に言ってしまえあうだなんて、お互いに年をとりましたね」
「腹立たしい限りよね~」
お互い、妙にさっぱりしたまま会話を続ける。本当、年は取りたくないものだわ。
そんな話をしていると、ヒカリくんと真琴ちゃんが、今まさに校門で三体の霊たちと別れを告げていた。そのまま、二人はうちに向かって歩き始める。
どうやら、ヒカリくんはうちまで真琴ちゃんを送り届けてくれるらしい。さすがはナイトよね。いや、やっぱりワルキューレかしら? そっちの方が見た目的にばっちりな気がするわ。
私は大きく背伸びをして、子供たちに背を向ける。
「さってっと。帰ってご飯の準備でもしようかしら。初戦勝利と婚約祝いに、ぱーっとパーティよ! お赤飯炊かなきゃ♪」
陽御子ちゃんの身体を、促すように軽くタッチする。
「ほら、陽御子ちゃんも一緒にお赤飯食べましょう。ちゃんと手伝ってね」
「あんまりヒカリをいじめないであげてくださいね。驚きすぎて、心臓発作でも起こされたらたまりませんから」
「うふふ」
私は意味深な笑みを浮かべるだけで、答えは返さなかった。そんな決まりきったことを聞かれても、どうしようもない。陽御子ちゃんもそれをわかっているようで、なにも言わなかった。
「さあ、張り切って朝食でも作りますか!」
「そうですね」
高校以来の大親友と笑い会うと、私たちは屋上を後にする。
物語の舞台は、私たちの次の世代に移った。それはある意味、とても嬉しいこと。
そんなこれからの主人公たちに、私たち親にできることと言えば、今の彼らを鍛え、導くことだけ。
後はあの二人が好きに人生を謳歌すれば、それでいい。
さあ、新しい世代の物語の始まりだ!
読んで頂き、誠にありがとうございます。
はい、というわけで地味に張ってた伏線回収兼おまけ話でした。
ここでも謎をばら撒くだけばら撒いてしまってすみません……。
実は、親世代だけでシリーズ一本書けたりします……。
最後に、少々このお話を振りかえります。
今思うと、本当に未熟だったなぁ、としみじみ。
基本的にすべてです。
これだけこのお話が(時間的に)長くなったのも、プロットをたいして決めずに
「こんな感じの話で、最後はこんな感じで終わる」
とかなりアバウトに決めてしまっていたから、というのも理由の一つだったりしたのです。
ですから、あとから付け加えたい話が出てきたりしても、なかなかできなかったりして。。。
正直に告白します。
このお話は、特に真ん中辺りから一文字書くごとに苦痛でした。
小説一つ一つには流れというものがあって、それはその時その時の僕自身の最大であるわけです。
しかし、この『☆★妖魔封印物語★☆』はかなりの期間放置し、その間にいくつもの小説を書いたために、その流れがかなり乱されてしまいました。
簡単に言いますと、他の作品でレベルが上がったのに、この作品を書くために『処女作を書いていたころの自分』に戻らなくてはならなくなったのです。
ですから、レベルが合わずに、本当に苦労しました。
しかし、それも今となっては良い思い出です。
それにこのお話は、なんだかんだと言って非常に愛着がございます。
何せ、どう言っても僕の処女作なんですから。
ですから、実はリメイク版の構想もございます。
それはもっと長く、『妖魔』のことや、ヒカリと真琴の『先』まで考えているものです。
これは、いつかリメイク版で出したいと思っております。
まあ、本当にリメイクするかどうか、現段階ではかなり未定ではありますが。
何はともあれ、連載当初から変わらずお付き合いしてくださったあなた。
もしもいらっしゃいましたら、心からお礼申し上げます。
あなたがいてくださったから、僕は途中で投げ出さず、このお話を書き上げることができました。
本当にありがとうございます。
それから、この物語をお気に入り登録してくださったあなた。
更新が遅々として、いつ更新されるかもわからないこの物語をお気に入り登録してくださり、本当にありがとうございました。
とても励みになりました。
そして、ここまで読んでくださったあなた。
小説というのは、読者がいて、初めて小説足りえる面もあると思います。
この物語が、あなたのわずかな時間の楽しみになることができたのならば、これ以上ない喜びです。
読了、ありがとうございました。
さてさて、ではこれにてあとがきとさせて頂きます。
またどこかで、別の僕の物語でお会い出来たらとても嬉しいです。
これからのあなたの読書生活に幸多からんことを。