第32話 それぞれの
決してあきらめるな
お前だからできることもある
目が霞む。血を流しすぎたか。
私は片足をつく。"神格化"しているとはいえ、これまでのダメージが大きすぎた。
女の方を見やる。壁を突き抜ける形で飛んで行った女の姿は見えない。
あんな程度で倒せたとは思えない。と思った瞬間、閃きとともに糸が飛んできてわたしの首に巻きつく。
「よもや我にここまでたてつくとはな」
ぬっと壁の向こうから女が現れる。大した傷を負っているわけでもなさそうだ。
「その姿……」
私を見てそうつぶやくや否や、女は突然笑い出した。
「なんだ貴様も愚者であったか! 神に恐れ多くも近づきし者とはな!」
そして心底可笑しそうに女は笑った。
苛立ちが募る。とげとげしく体中を這いまわる。
「さて、もうよかろう。終わりにするぞ」
ひとしきり笑った女はそう言った。望むところだ。
「その姿でどこまで我にたてつけるか見物だな」
女が跳ねる。私の喉を引き裂こうと女の爪が伸びる。
させない……!!
糸を切り、後ろに下がる。それを追うかのように女の爪が迫る。"神格化"したためにスローモーションかのようにで視える。
いける……!!
そう思った瞬間、体感がぐらりと歪んだ。体が勝手に倒れる。ここでこれまでのダメージが来たか……!!
女の爪が迫る。避けられない。攻撃をまともに食らう。後ろに吹っ飛び、廊下の壁にぶつかる。
「かはっ……!!」
肺から息が噴き出す。
しかしこれきしの攻撃、"神格化"した私には通じない。
すぐさま体制を整えると、女の方へ飛び込んだ。
腕と腕が交差する。右への攻撃が防がれ、左下の攻撃を防ぐ。人間では出せない速度で刹那の攻防を繰り広げる。
攻防は均衡に保たれていたかのように思われた。
しかし。
私は気がつく。徐々に押されていくことを。
これまでのダメージがここにきて響いてくる。
ちくしょう……!!
負けるわけにはいかない。大切な女性を守るんだ!!
「破っ!!」
体を回転させ、内側に抉りこます軌道で攻撃をする。
しかし、ひらりとかわされる。
逆に体を内側に入れられる。
あ、と思う間もない。
ザシュ、とともに五つの爪がわたしの体に突き刺さる。
「ここまでのようだな」
女はほほ笑む。その笑みは見る者を戦慄に駆り立てる冷笑だった。
吐血。肺に突き刺さったか、呼吸がおかしい。
しかし今や人ならざる身。この程度ではやられない。
右手を真下に下ろす。鈍い音が響き、女の爪が五本とも折れる。爪はまだわたしに刺さったままだ。
「まだ終わりではありません……!!」
◆◆◆◆◆
「あれを見てみぃ」
獅子がそうわたしに問いかける。言われた方向へ見やる。
そこには、桜の樹と祠をまるで守るかのようにちょうど三角形の"結界"らしきものがあった。
それぞれ、『刀』『鏡』『勾玉』の三つだ。
「あれらは何?」
二頭に問いかけてみる。
「禍神を封じる結界だ」
狛犬が答える。
「まあ、簡単に言えば神様の成り損ないの集まりや」
獅子が調子の抜けた声色で狛犬の説明を補足する。
「で、あれがどうしてヒカリの助けになるのかしら?」
二頭の緩やかなペースにだんだんいらくらしてくる。
「あれを見ろ」
狛犬は雄々しい角を振りかざした。
「あそこに『刀』があるであろう。あれを抜いてみよ。お前が主を救えるかどうかは、それにかかっている」
そして顎で指さす。その示された方向に顔を向ける。
『刀』がある。しかしあれを抜いてもいいのだろうか。見るからに結界の一部分だと言うのに。
「なあに、短時間なら、わいら守護式神が代わりになることが可能や」
獅子がわたしの言いたいことを察したのか、そう補足する。納得。
わたしは『刀』のもとへ歩いていく。
初心者のわたしでもわかる。これは業物だ。
「貴様に資格がないとそれは抜けない。また、一度手にしたら一生その『刀』を背負くことになる。貴様にその覚悟はあるか?」
わたしに資格があるかどうかわからない。覚悟があるかどうかもわからない。
でも。
この『刀』を抜けばヒカリを助けられるかもしれない。ならば、わたしがすることは一つ。
『刀』の柄を両手で握る。力を込める。
――抜けない。
わたしは焦り慌てて力を入れなおす。しかし、『刀』は微動だにしない。
なんで? どうしてなのよ!?
それから何度も力を入れなおす。しかし、何度やっても結果は同じだった。
獅子と狛犬は何も言わない。静かに傍観している。
「なんでよ!」
わたし叫ぶ。
この『刀』があればヒカリを助けることができるかも知れないのに!
「なんでよ……」
自分の不甲斐なさに涙が出そうになる。
彼はあんなにもわたしを守ってくれたのに、わたしは何もできないの?
それがただただ悲しい。
彼を助けたい。
それが今の唯一の願い。
初めてわたしを認めてくれた人。
きっと今も一人、あの女と戦ってくれてあるだろう。
傷つきながら。ボロボロになりながら。
わたしは彼の力になりたい!
「だからお願い。力を貸して。わたしは彼を救いたいの」
心の底から願う。こんなちんけな、愚かなわたしだけど、そう願わずにはいられなかった。
その瞬間、『刀』が光り始めた。
蒼々としたその光があたりを満たして行く。
するりと『刀』が抜ける。
「合格だ」
厳粛した声色で狛犬が言う。
これで……これでヒカリの力になれる。
わたしははっとする。早くヒカリのもとへ行かなければ。
わたしはすぐさま駆け始めようと足に力を込める。
「まあ、落ち着きぃや」
そんなわたしを獅子は止める。早くヒカリと元に行かなければならないというのに!
「何よ!」
「そう突っかかるなや」
焦るわたしをたしなめるように獅子は言う。
「無策に言ってもただ足手まといになるだけやで」
その言葉にぐっとのどがつまる。じゃあ、わたしはどうしたらいいの?
「我々の使命は、あの逃げ出した禍神の封印だ」
厳かな声で狛犬は言う。
「禍神の封印?」
「せやで」
「どうすればいいの?」
「あれを見てみろ」
狛犬が顎で示す方へ見やる。そこには『鏡』があった。
「あれを主が持ち、大祓詞を唱えることにより、禍神の封印は為される」
狛犬がこちらへ顔を向ける。
「お前は主が大祓詞を唱え終るまで、禍神から主を護らなければならない。それがその『刀』を手にした者の運命だ」
ごくりと唾を飲み込む。
いいじゃない。やってやろうじゃない。
今度こそヒカリを助けてみせる!
――轟音が響いた。
ヒカリと女が勢いよく中庭の端から現れる。
ヒカリの様子を遠目に見てみる。
体のいたるところから出血をし、見るからに形勢は不利だった。
ヒカリを助けるんだ!
わたしは二人のもとへ駆けて行った。
次回の9月12日に投稿できるかどうか微妙です。
いえ、筆が遅れているというだけが理由ではないのです。
本当です……。
ちょっと説明しておくと、リアル事情なのですが、少々入院する事になりました。
まあ、おそらく4~5日で退院できると思いますけど。命の危険とかではありません。
本当は入院までに書き終えたかったのですが、後約5000字ぐらいといった時に、他のリアル事情が起こりまして……。
本当に申し訳ないです。
それでは、近日中に更新いたします。