第30話 諦め
もう、どうでもいい……
わたしはゆっくりと唾をのみ込み、目を瞬かせた。
目の前で宙づりにされているヒト。紅い液が静かにその果汁から滴り落ちている。
もう、何もかもがどうでも良くなってきた。というより、『何が起こったのか』『どうなってしまったのか』それがまったくわからない。ぐるぐると思考は巡りつつ、しかし一向に進展を見せていなかった。
"ヒカリが目の前で血だるまになって、ぴくりとも動かない"。
その現実が、まるで映画のワンシーンのように脳内のスクリーンに映し出され、わたしは、私の心はまるっきり無感動だった。
これはいったい、何だって言うの?
――――いいえ。そもそも、"あれ"は何?
"あれ"がヒカリなのは解る。解ってしまう。解ってはいる。
けれど、どうしてもまったくその意味が理解らなかった。
言うなれば、そう。"あれ"は"物"だ。ヒカリじゃない、"何か"。そうとしか思えない。思わずにはいられない。
だが、そうとは思いつつ、冷静な頭がそれを知っているために、胸が急にズキリと激しく痛んだ。
これは何の痛み?
分からない。解らない。判らない。ワカラナイ……
"あれ"はヒカリであり、でもヒカリじゃなくて、ヒカリの姿形をした"物"で、そして"何か"で――でもそうなると"ヒカリ"はどこへ行ってしまったのだろう?
考えが浮かんでは消え、思って進んで、結局は元の位置へと帰ってきてしまう。
――どうしてこんなことになってしまったのだろう?
何度となく自らに問うてきた疑問が、再び顔をもたげる。
たぶん、その答えは私がヒカリに付いて来てしまったからなのだろう。
きっと、それが正解。おそらく、"答え"という明確なものは存在していないのだろうけど、わたしがそれを正解だと思っている以上、わたしにとっての正解はそれなのだろう。
きっと、そうなんだ。
しかし、一度現れてしまったその疑問は、それを引き金に次々と新たな疑問を生み出してしまった。
――何がいけなかったの?
――何故、あの時にあんな行動をしてしまったの?
――他にできたことはなかったの?
――こうなる前に、私は何をすればよかったの?
そうやって、次から次へと湧き出す疑問、疑問、疑問。まるで渦の中にいるみたいだった。
――ヒカリは、死んじゃったの?
…………わかんない。ただ、このどうしようもない状況下の中で、"生きていて欲しい"とは漠然と、そして曖昧には思っていたりもする。
――わたしは、白羽真琴は、ここで死ぬの?
…………それもわかんない。というか、わたしにはわかりようもない。だって、何が起こっているのかもすら解ってはいないのだから。
ただ。
漠然と、曖昧に、朧げに、そしてなんとなく『そうなるのだろうな』という憶測は立っている。
けれど、今更死ぬのがどうとか、『生き残るためにどうにかしなければ』とか、あまり考える気にもなれないのも事実。一度膨らんで、空気が抜けた後の、ぶくぶくの風船みたいな気分だった。『どうにでもなれ』と諦めたというよりかは、力が抜けてしまった感覚。そんな状態では何も考えなんてまとまらないし、そもそも考えることすら億劫にも感じられてしまう。
けれども、ただ単に"なんとく"、『生き物はいつか死んじゃうし、それが遅いか早いかだけの違いなわけで、そう簡単に割り切れるものじゃないかもしれないけど、でも案外簡単な時もあるんじゃないかな?』なんてことも考えてしまう。受け入れるかそうじゃないか、みたいなものな。
……なんだか、とても疲れてきた。えらくしんどく、また胸がひどく痛む。それでいて、何だか自分という存在がとても曖昧で、まるで鋭利な刃物で切り刻まれ小さくなってしまった、紙の切り端みたいな気分だった。
視界が何故か紅の色一色で覆われてしまったような気がする。よく視えない。目の前に誰か、綺麗な女性の顔があるようにも見えるのだけれど、よく判らなかった。
『……ヒトとは、かくも容易いモノよ』
冷たい氷のような声が、とてもとても遠いところから聞こえてくる。それが、わたしの頬をそっと触れているようなのだけれど、何層もある膜の上から触られているかのようで、実感すらとても遠くからしか感じ取れない。
『良い貌だな、虫ケラ。すべてを諦めたヒトの【絶望】とは、実に味わい深い』
その人物はえらく饒舌だった。
『考えたことはないか? なぜヒトは【絶望】を覚えたのだろう、と? それはな、己の【生】を見失ったからだ。 ――――だから、ヒトは絶望を覚えた。己の"命"を再確認するためだ。ヒトは絶望の底に堕ちると、今まで考えなかった【生】を見つめ直さずにはいられない。"何故、あの時に"。"どうすればよかったのだろう"。"自分の命なんてどうでもいい"。ほら、過去の出来事に"もしも"を自己投影することで、しておる時点でそれは"自覚"しておるのだよ』
女の目の線が細くなる。
『ヒトが、強く勇ましい時、それは"生を自覚しておる"時だ。どうだ? そちは、今、向うべきはどうであれ【生】と、そして【死】を感じておるはずであろう。【生】とはすなわち【死】。――――故に、ヒトの【絶望】に満ちた貌とは魅力的なのだよ。【希望】と似て非なる【生】への執着、【死】への逃避。これを魅力的と云わず、なんと呼ぶのだ?』
……だから、それがどうしたの?
そんなことは、もうどうでもよかった。正直、はなはだばかばかしくって意味を理解するつもりもあまりない。
もうやめてよ……
『そろそろ頃合いであろう。我も"次"の獲物を狩るとするかな。さらばだ、か弱き虫ケラよ』
昨日は更新を怠り、大っ変申し訳ありませんでしたっ!!!!!!
その理由は、大変情けない話ではあるのですが、
「30分だけ仮眠しよう!」
と昼過ぎに寝たら、なんと起きたのが0時過ぎだったという……。
ご、ごめんなさいっ!(ジャンピング土下座
このような失敗を繰り返さぬよう、今回から次回の話を予約投稿する事にしました。
最終話に未だ手こずってる現状で誰よりも「おいおい大丈夫か?」と、戦々恐々してる僕ですが、たぶん、なんとかなるんじゃないっすかね。
……考えが甘いのは自覚してるんで、見逃してください、お願いいたします(平伏
次話の投稿予定時刻は、12時にします(今決めた
それでは、9月10日の午後12時にまたお会いできることを祈りつつ。
※追伸というか蛇足
ラストスパート宣言から話が錯綜してる感があるのは、数パターンの話の進行書いて模索してた時の名残です。
早い話が、使いまわs(殴殺