第28話 覚醒
私は呪いがあったが故に、男であるにも関わらず、女物の服を着ることを強要され、事情を知らない人達―――否、例え知ったとしても、所詮は理解することが出来ず、私を軽蔑する。
ただそれに私は堪え切れなかったのだ。
清流のような美しく凛々しい鈴の音。
聞く者の背筋を思わず正したくなるほどに、鋭く綺麗な数十個の鈴の音が同時に鳴り響く音。
その鈴の音で、私ははっとする。
私は、夢を視ていた。
それは、遠く幼い日々の記憶。
――――それは、私がまだ"ボク"だった時の記憶。
そんな、今はもうはるか昔に感じる確かな私の記録を、まるで映画のフィルムでも眺めるかのように、私は眺めていた。
あたりは、すごく薄暗く、目を凝らしても視えるすべてが朧げで危うい。自分の存在さえ、ひどくおぼつかなく感じる。
そんな中に、ぽうっ、とその記録は流れていた。
懐かしさはない。
それは、私にとっては――これまでの私にとっては当たり前のことであり、また思い出したくもない記憶だったからだ。
私は、それをただ眺めていた。
思うことは何もない。
――――けれど、これではっきりとしたことがある。
何もかもがおぼつかない私だけれども、この誓いは――――温もりは、想いは、すべてがホンモノだ。ニセモノなんかじゃ、絶対にない。
掌を思いっきり握り締める。
――――シャリーン、という鈴の音色。
まるで眠れる者を目覚めさせるかのような、クリアで、繊細で、それでいて清流のような鈴の音。身を清められたような気さえしてくる。
そうだ。いつまでもここで"寝てる"わけにはいかない。
私を待っている人がいる。信じてくれてる人がいる。私が護りたいと、誓いを立てた女性がいる。
もう、何も迷ってられない。暇は、これぽっちもない。
これまで私は、色々と難しく考えすぎていたんだ。
真琴さんとの友人関係。周りからの視線。自分の中の定義。過去の傷痕。未来のこと。
そんなことは、今はどうだっていいんだ。
私は、真琴さんを誰よりも信じている。これがすべてで、何が間違いだというのだろう。正しくはないかもしれない。けれど、これだけは絶対に間違いではないんだ。
きっと、真琴さんは私を信じてくれるのだろう。
嘘かほんとかなんて、別に考える必要は何もないんだ。
ただ、私が真琴さんのその言葉を信じればいい。たった、これだけのことなんだ。
真琴さんとの縁がどーだこーだという必要は何一つない。
私はただ、真琴さんのすべてを信じる。もう、他に必要なことは何もない。
だから、真琴さんは"本当の私"を――まだ見せてない、"これから見せる私"も、きっと分かってくれる。きっと、理解はしてくれないと思うけど、でも、それでもきっと受け止めてくれる。
人の心なんて、誰にもわからない。だからこそ、自分の行動の後の、自分のもうひとつの一面を見せた後の、相手の変化が恐い。何よりも恐れてしまう。
しかし、だからといって、相手のことばかり窺ってばかりいては、何も出来ない。――何も、変わりはしない。
なら、取るべきは道は自ずと定まってくる。
すべては、"信じる"こと。自分が信じた相手を、とことん信じること。
見返りなんて、なくたって何の問題ではないんだ。
ただ、私が"そうしたいからする"のだ。
難しく考える必要は何一つなかった。
今まで、私は誰も信じていなかった。――唯一、母上を除いて。
けれど、今は違う。あの時、あの日、母上がおっしゃられたように、私にも信じるべき人ができた。
人は、信じる心がなければ、何も変わらない。
私が信じる者。私が信じたいと願うこと。
すべては、ただ信じ、突き進むその先にあるのだ。
なら、私は信じるもののために、もう迷うことをやめる。たとえ、いずれか先の未来に、迷い立ち止まることが幾度となくあろうとも、私がただ"信じたいと願う”のならば、きっと立ち止まってばかりいてはいけないんだ。
だから、私は進もう。もう、この場で足踏みばかりをしてられない。
きっと、私たちの足は、"信じるもの"の元へ歩むためにあるのだ。
――――聞きなれた、ナイフのように鋭く、硝子のように繊細で、高みから猛き龍となり、大地を抉る滝を生み出す清らかな清流のように美しい、数十からなる鈴の旋律。
さあ、この鈴の旋律が、私を呼んでいる。
長き眠りから目覚めよと、囁いている。
――――私は、今ようやく一つの眠りから目覚めた。
お久しぶりです。灯月公夜です。
長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
ただ今日まで休んでいたわけではなく、こつこつと書き溜めをしておりました。
それで、ようやく残すところあと2話まで来たところで、自分のケツを叩くつもりで連日投稿させて頂こうと決めました。
本日から、約7日間毎日更新して参ります。
どうぞこのラストスパート、お付き合いいただければ幸いです。