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第25話 鈴の音が伝える脈動

 ひとまず、何が起こったのだろうと思った。

 真琴さんはクラスをきょろきょろと、他のクラスメートの目をまるで気に掛けずあたりを見渡し、そして私と視線が合うとぴしりと固まった。目が一瞬、大きく見開かれるのが、遠目からでもわかった。

 しかし、それ自体も一瞬のことで、あっという間におそらく平常時であろう表情に戻った。

 するりと、真琴さんがクラス内に足を踏み入れる。

 クラス中からの視線をまったく気にもかけず、切り詰めた妙な緊張感の中、それでも軽やかに。合わせた視線を微塵もぶらすことなく、ゆったりと、それでいて美しい足取りで私の元へ近づいて来た。水を打ったような静けさの中、彼女の足音だけがこつこつと響く。

 そんな真琴さんを遠くから眺めるような気持で、私は脳裏に浮かぶ疑問の回答を探そうとしていた。

 なぜ彼女がここに?

 まったくもって意味が分からない。分かりようがない。

 真琴さんが、私の目の前まで、力強い瞳を宿したままやってきた。互いにとって、程よい距離で止まり、その瞳が私を見つめる。言葉も声もなく、緊張感のある沈黙が訪れる。

 ごくりと生唾を飲み込む。やはりおかしい。彼女は昨日、確実に私の術にかかり、私という存在を忘れているはずだ。しかし、この瞳はまるで私という存在を知っているかのようにも見える。いえ、どちらかと言えば、この瞳は――――


「えと、何かご用でしょうか?」


 静まり返るクラスの中、外の下校の賑わいとはあまりにも違いすぎて、二つを結び世界の中に大きな溝が突然生まれてしまったように、外の世界が遠く感じられる。

 目の前まで来た彼女は、やはり平均女性よりも高く、モデル並みだ。比べて私は、平均男子高校生はもってのほかで、むしろ平均女子高生並みの身長しかないため、どうしても彼女を見上げる形となってしまった。やはり、この身長差は『男』としては悲しいものがある。

 私の問いかけに、初めて彼女の瞳に揺らぎが生まれる。と思うと、つい、と視線が外れる。

 やはり、と思った。この人は、この瞳は、私という存在を覚えているわけではない。どちらかと言えば、根拠も確信も何もない答えを探しているような感じといった気がする。


「あなた……」


 真琴さんが躊躇いながら口を開く。そして、確信のない不安が揺らめく視線がぶつかる。


「……昨日の放課後、私と、どこかで会わなかったかしら……?」


 予想が確信に近づく、彼女の口から紡がれた言葉。やはり彼女は私のことを覚えていはいないようだ。いえ、この場合ですと陽炎のようにおぼろげに記憶の中で揺らめいている感じでしょうか。

 なら、よかった。私という存在を完全ではないとはいえ、忘れているようで。

 微妙な安堵と、多少の落胆の入り混じった溜息を胸中でそっと零す。

 しかし、ややこしいことになりましたね。完全に封印したと思っていたのですが。修行不足のようです。

 ともかく、今は気持ちを切り替えよう。彼女には申し訳ないのだけれども、やはり彼女はこれ以上私に関わってはいけない。

 息を少し気づかれない程度に大きく吸い込む。


「いえ、そんなことはないかと……。人違いではないでしょうか……?」


 真琴さんの表情が急激に曇る。ズキリと胸のあたりが傷んだ。


「……そう」


 ぽつり、と真琴さんは聞こえづらいほどの、囁き声のような小さな声を漏らした。表情は見るからに影がさしていた。


「……」


 またしても、先ほどよりも重厚感のある重苦しい沈黙が流れる。クラスメイトはおろか、このクラスから音というものがまるで聞こえてこない。誰も何も言わないし、動かない。本当に、外から聞こえてくる喧噪のせいで、このクラスだけが異次元にあるかのような気がしてならない。 

 これでいいんだ、と他でもない自分を納得させるためだけの独白が脳裏をかすめる。そう、これが一番いい。彼女は、"こちら"の世界にいるべきなんだ。

 真琴さんはもう何も言うことがないようで、視線すらもう合わない。かすかにうつむいているその顔は、やはり暗かった。

 私も彼女に負けず劣らずといった心境で、しかし表情にはおくびにも出さず肩をすくめた。

 そして、帰るために机の横にかけてあったカバンを手に取る。がちゃがちゃといった、普段ではまるで気にしない音がばかに大きく、クラス内を反響した。


「えと、それでは私はこれで。失礼します」


 ぺこりと頭を彼女に下げる。そして、すぐさま彼女から視線をそらすと、出口に向かって歩き始めようとした。何より、これ以上は堪えがたい、言葉では表しにくい何かが胸中で蠢いていたのだ。


「待って!」


 後ろを向いた背中に突如かかった制しの声に、驚き思わず後ろを振り返る。

 そして、まるで仲直りをしようとしている友達同士のように、再び視線が交わる。……そんな経験、私はないというのに。


「ど、どうかいたしました?」


 おずおずと口を開く。彼女の必死な視線が、私を貫く。


「あの……その……」


 決死の覚悟をした戦士のように真琴さんは口を開き、かと思えばまた口を閉じてしまう。それを何度か繰り返し、やはり何か迫られるかのように必死に、そしてどこか泣きだしそうなほどに真剣に口を開いた。


「お願いがあるんだけど……ちょっと話だけでも聞いてくれないかしら……?」


 思わず目を大きく見開いた。息が詰まって、呼吸すらままならない。

 この人は何を突然……


「来て。別のところで話しましょう」

「あ、ちょ、ちょっと、待っ――」


 彼女にとっての峠を越えたのか、それとも覚悟が決まれば躊躇しな性格なのか。

 自身が投下した爆弾により騒然となっているクラスを完全に無視し、先ほどまでおずおずとした雰囲気は何処にか消え失せ、強引に、そして有無も言わず、私の返答もなんのその、真琴さんは私の手を握るや否や教室からあっという間に連れ出してしまった。握りしめられた右手は、固く、何より痛いほどに強かった。

 ガヤガヤ、ガヤガヤ、というクラス中の声を遮るようにぴしゃりと教室のドアを閉める。

 そのまま、私の手をしっかりと握りしめたまま歩き始める真琴さん。私はただただこけそうになる自分の体をなんとかしながら、足取り危なく彼女に引っ張られついていく。とっさに掴み直した自分の学生カバンが足にぶつかり、余計に転んでしまいそうだ。

 暴れ馬に乗った人の気持ちとはこんなものだったのだろうか?

 まだ多少残っている学生の注目を一身に集めながら、二人してあっという間に校門をくぐり外へ。しかし、真琴さんはその歩みを止めることなく、ずんずんと歩を進めていく。はんば、小走りのようだ。


「ど、どこへ向かってるのですか?」


 未だにこけそうになりながら、何とか訪ねてみる。

 と、ようやく真琴さんの小走りのような速度が緩み、普通に歩く速度に変わった。

 それでようやく私は体制を立て直すことに成功する。固く握りしめられた右手は、痛いほどに強いままで、それは変わらなかった。

 私は真琴さんの横に並ぶ。手は繋いだまま。恥ずかしさに手を離したくなるも、振りほどこうにも振りほどけそうにない。


「とてもいい所よ」


 ウインクしながら、少し上から真琴さんは答えた。

 しかし、それ以上は私の追随を許さないとばかりに、歩をずんずんと進めていった。

 だから私は、そんな彼女に引っ張られる形で、黙って付いていくしかなかった。

 初めて握られた女の人の手は、やはりとにかく痛いほどに必死で強かった。


約一年ぶりの更新。果たして待っていただけた方はいくらいらっしゃるのか。。。


ごめんなさいっ(土下座


とりあえず、約一週間後には次話を更新します。必ず。

今日は短いですが、時間がないのでこれにて。


本当に申し訳ありませんでした。

そして待っていただいた方々、本当にありがとうございました。

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