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第22話 両儀

それは、ほんの戯れで……

 何を言ってるの?

 私は思わず怪訝な顔する。『世の理』だなんて、何を突然おかしな事をと思わずにはいれない。

 そんな私の心情を読み取ったのか、女は口の端を釣り上げながら僅かに目を細め、す、と顔を寄せてきた。


「世の理は幾つも存在する。だが、今我が問う世の理とは、つまりは『両儀りょうぎ』のことだ」


 今度こそ、本当に何を言っているのかわからなくなった。

 両儀、なんていう言葉は初めて聞いた。意味がわからない。この女は、本当に何を言っているのだろう。

 しかし、困惑する私を他所に女はまた口を開いた。


「『両儀』とはつまり、陰と陽。表と裏。天と地。これを指す。つまり、相反する対極のものだ。しかし、相反する、と言っても、互いに互いが存在しいえなければ存在がないものでもある。わかるか? 光があるから闇がある。闇があるから光がある。光がないところに闇はなく、闇がないところに光は存在はありえない。決して相容れることのない両者の存在。しかし、どちらか片方が存在してなければ、もう片方の存在が失われわれる儚き関係。葉に表があれば、必ず裏があるように、天があれば必ずや地が存在する。決して相容れず、また共存していなければならい。そんな関係。これが『両儀』だ」


 表があるから裏があり、陽が照る場所があるから影が生まれる。もっと言えば、外があるから内があり、悪が存在するから正義が存在する。決して、相容れないものであるにも関わらず、互いに互いが存在していなければその存在は存在はありえない。対極ながらも、一体なる存在。――――それこそが『両儀』。

 この女が言っているのは、こういう意味だろうか。

 そう言われれば、納得せざるを得ない。

 私たちが普段明るいと感じるのは、暗闇を知っているからで、もし仮に暗闇を知らなければ、決して明るさなど知る由もないはずだ。夜を知らなければ、昼間を知ることはない。

 しかし、それが今どう重要なことなのだろうか。

 女は続ける。


「では、例えば『力』とは何か。それは『強さ』と『弱さ』のことに他ならない。強者があるから弱者が生まれ、強者は、下に弱者があるからこそ強者でいられる。そして、その『強さ』とは、また『弱さ』そのものである。ちょうど表裏が入れ替わるように、他方ではそれが『強さ』であろうと、もう他方ではそれは『弱さ』と成りうるのだ」

「……だから。それが、なんだって言うのよ」


 私はなんとか言葉を搾り出す。それに女は、小ばかにしたように鼻で笑った。


「わからぬか、この意味が。この『力』とは、我とそちら二人の関係を指しておる」

「何を、言ってるの?」

「ふん。そちなど、所詮はその程度か。まあよい。教えてもよかろう。我からそちらへの褒美と思え」


 そんなものいらない。反吐が出る。

 本当はそう言ってやりたかった。けど……それは出来ない。今はまだ。

 私は、何も知らない。この女も、女が言わんとしていることも――――ヒカリの事も。まだ、何も知らない。

 それに、聞いておくに越した事ないと思う。だって、こういう場合、大抵が逆転の発想へと変わると思うから。少なくとも、情報が大いに越した事はないに決まってる。

 ヒカリの顔がよぎる。

 ……本当は、今からこの女が言う事は、ヒカリが聞いていたほうがいいのかもしれない。でも、彼は今、気絶しているから当然聞こえはしないだろう。

 だから、仕方ないじゃない。私以外にこの女の話を聞ける人材はいないんだから。

 聞いて、覚えて、そしてあなたが目を覚ましたときに残らず聞かせてあげる。

 今の私には、それしか出来ないけど、それでもこれが出来るのも私しかいないんだから。

 ――――だから、さっさと目を覚ましなさいよ。私は、あなたが私をきっと助けてくれるって信じているんだから。それまで、私がなんとか持たせてみせる。――――待ってるからね、ヒカリ。


「虫ケラ。何故そちらは我に屈していると思う」


 女は、未だ私の顎を持ち上げ目線を合わせながら、私にそう問うてきた。

 それに私は奥歯を噛み締めながら皮肉を返す。


「そんなのあなたが一番わかっているんじゃないの?」

「我はそちに問うておる。答えよ」

「――ッ!」


 その瞬間、また空気が変わった。顎に置かれた手に力がこもるのがわかる。

 私は女から発せられる威圧感に押しつぶされながらも、でもこれだけは私が認めるわけにはいかないので、ひたすらに耐えた。

 しばらくして、ふ、と威圧感が弱まった。


「我があやつより、『強者』であったからであると思っておるのか?」

「――ッ! そんなわけないじゃない!」

「図星、か」


 反論に勢いを出せなかった。悔しさに言葉を呑む。


「よく聞け、虫ケラ。確かに結果は我があやつよりも『強者』であったがために、あやつが地に伏し、我がこうして地に足をつけておる。だが、それは所詮一つの結果でしかない。良いか。“それは一方では正しく、また他方では誤りである”のだ」

「……どういう意味よ、それ」

「世とは須く茶番だと云う事よ」


 含みのある艶やかな表情で女は嘲笑った。

 正直、いい加減うんざりしてきた。結局のところ、この女は何が言いたいのよ。

 私は眉をあからさまにひそめる。


「だから?」

「我はあやつより、ある一点において遥かに劣ると云う事よ。……虫ケラ。そちにはこれが何か解せるか?」


 相変わらず、鋭いまなこを光らせつつ艶笑えんしょうを浮かべている。

 しかし、私は自身が目を大きく見開いていくのを感じずにはいられなかった。

 そんな私を面白そうに女は眺めていたけれど、それも今は興味がなかった。

 急ピッチに頭が回転しだす。


「解らずとも良い。それに、我はそちがそれに気付こうが気付くまいがどちらでも良い。興味はない。だが、我はあやつのその一点には決して敵わぬと云う事に変わりはない。そこに、そちらが我に敵うか否かは別の話ではあることは確かだがな。しかし、それでも我はそれに恐怖した事に違いない事も、また確かな事である」


 私はまた驚きで目を見開く。

 この女がヒカリを恐れた?

 それはまったく信じられない事だった。思わず、自身の耳を疑いたくなる。私の目からは、そんな素振りは皆無だったのに……


「故に、我は策を練り、如何なる場合にも備え先手を打つ事に決めたのだ」


 どう転ぶか初めからわかっていたがな、と女は艶笑を崩さずに呟き続ける。


「結果、我はこうして地に足をつけておる」


 そして、また憎らしい表情でどこか冷ややかにそう告げてきた。

 蜘蛛のようだ。普通にそう感じた。聞いた限り、そのまま蜘蛛そのものとしか思えない。

 つまり、この女は蜘蛛のように糸を張り巡らし、そしてその上であんなにもあっさりと自らを私たちに晒してしたんだ。……いいえ。ひょっとしたら、ああやって姿を晒すことによって、また糸を広げていた可能性もある。

 ――――してやられた……!

 なによ。それじゃ、私たちは初めからこの女の糸で操られていた人形じゃない。私たちがこうして成すがまま地に伏せるままなのは、実力の差じゃなかった。それ以前の、そして誰かと競うのであれば絶対に必要不可欠なものが欠けていたらなんだ。

 もっと早く気づくべきだった。

 策を練り、ちょうど将棋のように一手一手確実に玉を追い詰めてきたこの女と、取られまいとただ応戦していただけの私たち。 どう考えても、相手が常に私たちよりも優位の立場にいたのは火の目を見るよりも明らかじゃない。

 私は、ここに来て再びはっとする。

 私たちは、いや、私は本当に救いようのないバカだ。実力云々ではない、大切なことを、敵と戦う上で忘れてはならないことを失念していたんだ。

 それは、相手の裏をかく思考の追求。相手の出方を予想し、それを対処するための対策の練り。

 ただ考えなしで突入するなんて、死にに行くようなもの。自殺志望者とまるで大差がない。究極に愚かしい行為だ。

 しかし、おそらくその原因を作ったのは――私なんでしょうね。

 本当に情けなくて、辛くって、最低。どうしようもない、本当に私はなんてことをしてしまったのだろう。泣き出したくなる。喚き出したくなる。自分で自分を殺してしまいたい。心底、私は私が憎い。いっそ、この世から私という存在をなくしてしまいたい。

 あの時――

 あの時、私が母さんの放送に興味を持たなかったら?

 あの時、ヒカリと母さんの話を盗み聞きしなかったら?

 あの時、ヒカリと共に行こうと考えなかったら?

 あの時、向かうヒカリを力ずくで止めて、何ヶ月も病院内に閉じ込めていたなら?

 あの時、ヒカリを戦いに赴かせないで、ヒカリと縁を切ってでも止めさせていたなら?

 あの時、私がこの女に捕まらなかったら?

 あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時――――

 私がもしもあの時、これまでとは違う、たったひとつの選択をしていたのなら、今の私たちは、私たちではなかったのかもしれない。

 そんな、本当にどうしようもない考えが頭の中をぐるぐるとかき乱す。

 そんなこと、所詮はただの現実逃避に違いないのだが――『あの時』を考えず、そして願わずにはいわれない。


「良い顔になったな、虫ケラ。実に良い」


 息を呑むような美しさで、女は微笑んだ。今までとは少し違う、それは嘲笑いではなく、むしろ乾ききりひび割れた大地に一滴の水がしみ込んだときのそれに近かった。

 目頭が熱い。鼻の奥がツンと痛む。唇を噛み締め、最後の一線は越えまいと思うも、所詮は程度が知れているのが自分がよくわかっていた。

 ……本当に、何をしてんだろう、私は。


「良いぞ。なかなかに傑作だ。そちは虫ケラの分際にも関わらず、比較的“強かった”からな。もうしばしの間、持つかと思っておったが、まあ良かろう。そちは虫ケラの中でもそれなりに優秀なのだろう。なかなかに飲み込みが早いらしいな」


 微笑をたたえ、ネズミをいたぶるネコの目つきで女は私を見つめてくる。

 ――――蜘蛛は、罠に掛かった獲物を前に焦ることはしない。それが何よりも、絶対なのだと知っているからだ。

 私はこれ以上女のその視線に耐えられず、顎に当てられたその手を振りほどいた。唇を噛み締めることしか、今はできなかった。



「――――まだ壊れてくれるな、虫ケラ」



 そのとき、信じられないことが起きた。私を地に縛り付けていた糸が、嘘のように細切れとなり、幾千にも及ぶ銀の線へと姿を変えた。

 今の今まで感じていた圧迫感が急に消え失せ、突然のあまりのため、私は逃げることもせず、呆然と息を呑む。

 ――何が……

 しかし、これ以上の思考をする猶予は与えられなかった。

 不意に、そして私はまるで操り人形のように上と持ち上げられる。抗う余地はない。先ほど細切れにされたはずの銀の線が、まるで再び意志を得たかのように私を引っ張り上げていたのだ。

 そして、愚かなチョウは、ついに完全なる蜘蛛の糸に捕らわれた。

 左右に、まるで十字架に縛り上げられているかのように両手を捕らわれ、動こうにも粘着質な糸からはまったくと言って良いほど動けない。まるで、剥製のような装飾だ。

 女の手が再び顎にあてがわれる。その手は、ひどく冷たい。

 ――女の瞳が、狂喜に、歓喜に、凶悪にきらめくのを私は見逃さなかった。どこまでも冷たくくらい、しかし何よりも凍てつき燃え上がる蒼き瞳。

 井戸の底のように昏く、深海に沈む氷河のように冷たく、ぞっとするほど確かな――――殺戮の蒼。

 息が詰まる。自然、息は荒くなったが、しかしまるで呼吸そのものを忘れたかのように酸素が供給されていない。

 自分でも、何が起こっているのかさっぱり分からない。脳がまったくと言っていいほどついてきていない。

 思考が完全に活動を停止し、身体は氷水に浸かっているかのように凍てつき震え、もう、とてもじゃないけど動けないし、わからない。時間も、場所も、私という存在も、ひどく曖昧でわからなくなってしまった。

 けれど。

 けれど、たった一つ解ったことがある。終わりを告げる、無常なる警鐘が、まるで始まりがあったかのように鳴り響いていた。

 背筋から冷汗が垂れ、女から目を離せない。瞬きさえ、もう忘れてしまった。

 女の掌が、愛おしい物を愛でるかのように、優しく私の頬を撫でた。


「久しい……、実に久しい……」


 女はほくそ笑む。


「そちは久々に楽しめた。我も血が騒ぐ。力が足りぬ。命が欲しい。欲しい、欲しい、欲しい、欲しい。懐かしいな……。奴らは駄目であった。もろすぎて、血が騒がなんだ。だが、そちは良い。実に良い。何も力を持たぬ虫ケラ風情にしておくには、実にもったいない存在だ。たのしいぞ。嬉しいぞ。血が騒ぐ。そちを壊せと、我が心が渇望しておる。震えよ。喚け。泣き叫べ。気丈なるその心。壊れてこそ、さぞ美しかろう。我を感じさせてくれ、虫ケラ。我は。我は。我は。我は――――そちが欲しい」


 女の眼は、とても空ろで、朧げで、それでいて確かで、それは人間のではなくて、でも確かに人の目で、猛獣のように渇望していた。

 女はほほ笑む。

 そのまま、女は私をまるで大切な壊れ物を扱うかの如く、愛で続ける。

 ただただ怖かった。どうしようもなく、恐かった。

 助けてくれる人は――いない。

 捕らえられた獲物わたしは、生きるも死ぬも、それはすべて蜘蛛おんなの意のまま思うがまま。

 女の透き通るように白く、美しいかおが、近づいてくる。

 ざらり。


「ひッ――」


 声が洩れる。その声は、情けないほど弱弱しくか細かった。

 ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。

 首筋を這う、そのおぞましいほど冷たく艶めかしい感触。ざらついた、獲物を愉しむかのような、それでいて愛でているのような舌が、私の首筋を汚す。

 身動きができなかった。頭が真っ白になって、何も考えられなくなった。


「――――まだ壊れてくれるな」


 吐息がかかる距離で、女は再びそうそっと囁く。全身を駆け回る悪寒と、そして吐き気。

 女は私から離れた。


「御愉しみはこれからぞ、虫ケラ」


 そして艶笑。

 月の影を背後に控えさせたその姿は、とても形容できないほどに美しかった。




ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。

ほんっっっっっとにひっさびさの更新ですみませんでした。なにしとんねん、て話ですよね。ごめんなさい。


でも、ここで愚痴るのは間違いかもしれないのですが、今回の話は一度消えているのです。すべてではなかったのですけど、2時間くらいかけて書いたやつが、パアになったのです。

さすがにその時は泣きました。本気で泣きそうになりました。

これまで三度ほど体験しているのですが、こればっかりはこたえますね。三回もやって、我ながらバカだとは思いますが、もう三度目の正直ということで勘弁して欲しいッス。もう次来たら何か立ち直れないような気がするので、マジで勘弁して欲しいッス。

うん、気をつけよう。


愚痴はさておき。

私、灯月公夜はここに一つ宣言します。


この物語は三月中に完結させます!!


なんと言いますか、決意表明みたいなものです。でも、皆さまもご存じのとおり、僕は基本「有言無実行」という最低な奴なので、絶対とは言い切れないのですが、それでもその覚悟の元三月中に完結させます。

というのも、ちゃんと進級できれば(ここ大事)僕は新学期から高校三年に上がります。つまり、ザ☆受験生に突入です。

ですので、これからはからおそらく今以上に書く暇はないかと。少なくとも、連載は不可能になります。

なので、三月中、新学期が始まる前に今作を完結させるつもりです。させてみせます。絶対。いやきっと!(こら

そんなこんなで、残りの二月はテストのため更新できませんが(ちなみに現在一週間前まっただ中)、三月に入ったら、出来たら三日に一話の割合で更新したいと思っております。

完結できるよう、ささやかでも構いませんので応援のほどをよろしくお願いします。

また、僕が進級できるように願ってもらえるとなお嬉しいです。というか、そっちの方でガンガン応援してほしいッス(おい

冗談はともかく(冗談じゃないけど)、とりあえず今度こそは『有言実行』にさせてみせます。ご期待のほどをどうぞよろしくお願いいたします。


そんなこんなで、恒例のくそ長い後書きもそろそろ切り上げようかと思います。


あ、最後に一つだけ。

前回の冒頭に入れたモノを、今回は前書きに入れてみたのですが、皆様にとってはどちらの方が見やすいでしょうか?

できればご意見のほどを頂戴したく存じます。


ではでは、今回はこの辺で。


ここまで目を通してくださり、本当にありがとうございました!


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