第21話 後悔
自分という存在が、この場において如何なる存在なのかは、わかっていた。
――――わかっていて、ただその現実から目を逸らしていたんだ……
◆◆◆◆◆
「ヒカリーー!!」
叫んだ。無駄だと知りながらも、叫ばずにはいられなかった。
後頭部を打ちつけられたヒカリの体が壁を伝って地面に倒れる。
倒れたヒカリは、糸の切れた操り人形のようにぴくりとも動かない。
「仕舞か」
ヒカリを見下ろしながら、ヒカリを倒したあの女が、倒した喜びも感じられない、背筋の凍るような声で、同じように戦慄を覚えるような冷笑で呟いた。
唇を噛み締める。
ただただ悔しかった。何も出来ない自分が。ただヒカリが倒される姿を眺めるだけの自分が。
どうしようもなく憎かった。悔しくて、憎くって、情けなかった。
本当は、初めからわかっていたんだ。
今、この場にいる私が、どうしようもないほどに場違いだってことを。
気付いていた。でも、認めたくなかった。信じたくなかった。
だがら、目を瞑った。
この現実を視たくなくて。知りなければ、直視しなければ、それですべて済むと、愚かにも私は思ってしまった。いや、そう思い込もうとした。
私だってバカじゃない。ちゃんと現実はわかっていた。この場で、無様に取り押さえられている私は、無力で、そして無用なんだってこと。私が、どうしようもないほどヒカリの重荷になっているってこと。足手まといだってこと。
本当は、すべて初めから理解していた。でも、認めたくなかった。
それは、ただの意地でしかない。どうしようもなく、手に負えないおバカな見栄だ。
そして、その結果がこうだ。愚かな虚勢を張ったがためにヒカリは沈むこととなってしまったのだ。
どれもこれもすべて、この私のせい。
「ヒカリーー!!」
倒れたヒカリは、ぴくりとも動かない。
それでも私は彼の名前を叫んだ。
意味はない。ただ涙を堪えて、喉を引きつらせながら叫んだ。ひょっとしたら、私の呼び声でヒカリが目を覚ますとでも夢見たのかも知れない。どうせ、彼の名前を叫んだところで、目を覚ますはずがないっていうのに。
今一度、上に乗っかる糸クズどもを退かそうと身じろいでみるも、べっとりとした粘着性の糸からは逃れようもなかった。
隣を見る。そこには、一人の白髪の中学生ぐらいの背格好の女の子が、私と同じように取り押さえられていた。最初、あんなにも恐かったお化けの少女が、同じようになす術もなく。
――――同じ? まさか。全然違う。
彼女は、苦しんでいる。顔は苦悶の表情を浮かべ、押しつぶされてる。それこそ、抵抗するすきがないほどに。
“私が知らないものを感じている”。
彼女は、抵抗しないのではない。できないでいるのだ。
そして、彼女は恐れている。寒さに凍えるほど、歯を打ち鳴らして。
あの不気味な女に。
――――私の知らない『ナニカ』に。
私は、ソレを、知らない。
空気が違うのは、わかる。こうしている間も、息が詰まるほどの張り裂けそうな緊張感が、辺りを満たしているのは、わかる。
それは例えるなら、姿が見えない正体のわからないダレカに冷たい鋭利な刃物を背中にあてがわれているような感覚。
一歩どころか、下手に動こうものならたちまちにして降り注ぐ、死という一文字。
素直に、恐い。
果たして私はこれほどまでに死と隣り合わせの場所にいたことがあるのだろうか。考えるまでもない。答えは『否』。
普通ならこの恐怖の前に考える事すらままならず、立ち竦むしか術がないだろう。これが、“私に向けられた殺意ならば”間違いなく、私は動けない。逃げようという、考えすら思い浮かばないに違いない。
今私がこうしていられるのは、その殺意の行く先がヒカリであったことと、そして、行く先だったヒカリが倒れたことによりそれが軽減されたからだ。
少なくとも、さっきまで私は何一つ考えが浮かばなかった。ただただ、傷ついていくヒカリの名前を呼ぶ事しか出来なかった。
改めて思う。ヒカリと私の違いを。
いったい、彼はどうして平気なのだろうか。何故、動け、そしてあれほどまでに戦う事が出来るのだろうか。
“住んでいる世界の違い”なのだろうか。
あんなにも、他の誰よりも自分に近いと感じていた人が、今は他の誰よりも遥か向こうで霞んで見える。
そう思うと、なんだか無性に笑いがこみ上げてきた。
バカじゃないの。
私は自嘲的な笑みを浮かべた。
彼が私と同じと、何故そう言えたのだろうか。呆れを通り越して、十分笑える。
こんな私はまるで、お調子者のチョウチョみたい。
自分の華やかさに溺れ、ひらひらと舞い踊るチョウ。互いの煌びやかさを見せ合うかのように、花の周りで踊りまわり、疲れたら花の蜜で優雅にお茶をする。
そんなチョウはいつしか自らを過信するようになるのだ。
――――自分に勝るものはない、と。自分が通れば、回りは皆自分に見惚れ道を開ける、と。
そして、いつしかそんな雅やかなチョウチョは、蜘蛛の糸に捕らえられる。自らを過信しすぎて、前方を確認しなかった報いだ。
それから初めて自分の愚かさに気付く。しかし、その時は既に遅い。
前を見れば、一匹の自分よりもはるかに劣る醜い蜘蛛と目が合う。
どんなに逃げようとしても、体中に粘着性の糸が、決して逃す事を許さない。
そして、蜘蛛がゆっくりとやってくるのだ。
目と鼻先に来た蜘蛛の、自分を食料としか見ていない瞳に恐怖におののく自らの姿を映しながら、チョウは捕食される。
私は、そんなおバカなチョウ。最後まで、“踊っている”のではなく“踊らされている”ことに気がつかない、救いようのない、愚か者だ。
「ヒカリ! お願いだから、目を覚まして!」
それから私を助けてよ。
都合の良いことばかりを言ってるのはわかってる。とんでもないわがままを言っているってことも。あなたが、お願いされれば決して断れないのも。
でも、あなたは私を助けてくれる、って約束してくれた。なら、さっさと起き上がって、あの女を完膚なきまでに叩きのめして、それから私を下手くそなナイト気取って助けなさいよ。
「……お願い」
――――私はこんなにも弱い。
「他愛もない」
いつの間にかあの女が私を見つめていた。その顔には、相変わらず冷笑が浮かんでいたが、その目は幾分好奇な眼差しを含んでいた。
「ようやく己の無用さに気付いたか。愚かな虫ケラよ」
女は、もはやヒカリなど興味の対象ではなく、ゆったりとした歩調で私のもとへ歩みを進める。
その姿を私は眺める事しかない。
おバカなチョウチョと自分が重なる。
――――罠に掛かった獲物に、蜘蛛は決して焦らない。
それが絶対だと知っているからだ。
女はそのまま歩みを進め、私の目の前までやってくると肩膝を折り、私の顎をその真っ白な片手で自身の目線の高さまで持ち上げた。
女と私の視線が重なる。女の綺麗な貌が目の前にある。月明かりしかないこの空間に、僅かな光にその肌が反射し、ぼんやりとほのめく。その白は、とても綺麗で、羨ましいと思えなくもないけど、どこか異様に見える。それは、まるで美しく艶耀なまでの磨かれた骨の白。あまりの気持ち悪さに吐き気がする。
それでも、それを堪えてありったけの敵意を込めて、私は女を睨んだ。
そんな私を見て、女が、ほう、と感嘆にも似た表情を浮かべニタリと笑った。
「力の源を倒されてなお、そんな目を我に向けるか。否、倒し足りなかった、と云うべきか」
ニタリという気持ちの悪い笑みを崩さずに、女がなにやら納得したような声で呟いた。
私はそれを聞きながらも、歯を食いしばって女を睨んだ。どうする事も、何も、私にはただ女を睨むしか出来ない。それでも、口を開けば吐きそうになるのを押さえつつ、搾り出すように、口を開いた。
「どういう意味よ、それ」
私のその問いかけに満足そうに女は頷いた。
「虫ケラ。そちは世の理を知っておるか?」
そして女は、また、嗤った。
もはや『謝る』という言葉さえ口にすことえも許されない気がしないでもないです。
でも、でも、
本当に申し訳ありませんでした!!
し、しかも終わりは中途半端にも程があるー?
ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいゴメンナサイ……
ええと、ですね。実はですね。この度、なぜこんなにも遅れてしまったのかといいますとですね。
実は、いっちょまえにもスランプに陥っていまして、本当に何も書けなくなってしまったのです。
また、それに重なり、大学受験という大きな壁がそろそろ見え隠れしてきて、勉強でてんてこまいでした。今後これからまともに書けなくなってしまうのことになってしまう可能性も大です。
ですので、正直書くのをしばらくやめようかとも思いました。
でも、毎日のように覗いてくださる人がいて。まったく更新していなかったのにも百五十人以上の方が来てくださって。
『このままじゃだめだ!』
と思いました。だから、僕はまたなんとかスランプから回復しつつあります。
どれもこれもすべて、皆様のおかげです。
心よりお礼申し上げます。
それとは別にもう一点。
実は僕、ブログを始めました。
理由としましては、やはりどうしても更新が遅れてしまいますので、その代りに少しでもなればいいかな、と思ったからです。あとは、本気で前々からしたかったから、というのもあるのですが(笑)
よろしければお越しになってください。PCからでもケータイからでも大丈夫です。
タイトルは『鳥籠の空模様』
僕の作者ページのHOMEをクリックすればつながるようにしました。是非ともお越しください。
それでは、これからもこのように普通に遅くなるとは思いますが、片隅にでも覚えてくだされば僕はうれしいです。
ずっと、完結までは書ききりますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。