第17話 また一つの分岐点
――間に合わなかった。
嘘だ。そんなの認めない。認めて堪るもんか。
「真琴さん、真琴さん、しっかりして下さい! 真琴さん!!」
揺する訳にはいかないから、ただひたすらに真琴さんの名前を呼び続ける。
「真琴さん、お願いです! どうか返事をして下さい!!」
真琴さんはぐったりとして動かない。
嘘だ。そんな筈ない。絶対に認めたりしない。
「いやだ! 真琴さん、お願いですからその目を開けてください!!」
いやだ。そんなのいやだよ、真琴さん。死ぬなんてそんなの絶対に嫌だ!
「お願いですから……その目を開けてください」
自然と声が掠れてきた。もう、とてもじゃないけど、普通にしゃべれない。
「まこと……さん……」
約束、守れなかった。
初めて、本当の私を見てくれた人を護れなかった。
初めての、誰にも負けない大切な人を――――私は護りきれなかった。
「まことさん……ごめんなさい」
もうまともに彼女の顔を見れなくて、私は真琴さんの身体にもたれる。
真琴さんの身体はまだ、確かな温もりを持っていた。けれど、それもやがては冷たくなってしまう。
それが妙に悲しく、私は知らず涙を流していた。
頭の中は後悔の念で覆い尽くされている。
なぜ、私は無理にでも彼女を家に帰らせなかったのかと。
そうしていれば、たとえ二度と口を利いてくれていなかったとしても、彼女は生きていられたのに、と。
――私は、一番大切な人を失くしてしまったんだ。
「そんなの……いやだ」
私は素早く身体を起こす。
真琴さんの身体はまだ温かかった。
大丈夫。まだ、間に合う。
根拠なんて、そんなの存在していないけど、今の私はその微かな希望に縋るしかなかった。
――そうでもしないと、私が壊れてしまいそうだったから。
私はできるだけ優しく、冷たい真琴さんを寝かす。
「今は冷たいですが、少しの辛抱ですよ」
そう言うと、私は両の手を真琴さんの中心へと持って行き、目を閉じる。
すう、と深く息を吸い込む。
そうして、そのまま術を唱えていく。
できうる限り、この想いを乗せて……
『我らが神々よ その大いなる力を我に与え 彼ものを清めたまえ――』
生憎、私は死者を甦らすなどと大それた事はできない。
それはいわば、『禁術』だ。
人がけっして犯してはならない、神にたいする反逆。生への冒涜。
もちろん、私がその術を知っていれば使った。その代償に死のうが地獄へ堕ちようか構わない覚悟だ。
だが、それはできない。するしないより先に、私はその術を知らないのだ。
ならば、と私は考えたのだ。
この命を真琴さんに注ぎ込み、息を吹きかえらせよう、と。
幸か不幸か、真琴さんの息が止まってから時間はあまり過ぎていない。
だから、まだ、間に合う。
十分に真琴さんを呼び止めることができるはずなんだ。
そのためなら、この命、真琴さんに譲っても構わない。その覚悟ならとうにできている。
『――我が命は 彼の者の物なり――』
詠唱なんて関係ない。
かなりやたらな詠唱だけど、たぶん問題ない。
『――彼の者の魂 我が呼びかけが聞こえたら答えよ――』
身体中のありとあらゆる力が、この両の手に集まり、真琴さんの中に注がれる。
私たちを中心に円形の風が巻き起こり始める。
『――聞こえたなら その手で今一度掴み取れ――』
一瞬、意識が飛びそうになった。
私はなんとか意識を繋ぎとめる。
けれど、一瞬気を失いかけたせいだろう。不意にある疑問が浮かんだ。それは――
――なぜ、私はこの人にここまでできるのだろうか、と。
どんなに大事だ、大切だと言っても所詮は単なる“友”に過ぎない。酷い言い方をすれば、赤の他人だ。
どうして私はそんな人に、一番大切だと言っても過言でもないこの命を差し出そうとしているのだろうか。
正直に言って、自分でもよくわからない。
いやだ、だめだと言って、結局はその場の勢いなのかもしれない。
でも、これはそうきっと、真琴さんのことが好き、とかそういった類ではない気がする。
その理由は――まだ見つからない。
誰か親しい人のために死ぬ、て言うのはすごく詩的だけど、そんなことできる人はそういない気がする。
だって、どんなに着飾っても、究極のところ自分が一番大事なのは自分の命だと思うから。
『――我が命はそなたが掴み取る細い道しるべなり――』
だったら、どうして私は自分の命を削るようなことをしているのかな。
そう自身に問うてみるも、やはり答えは見つからない。
なんだか、自分の心が莫迦みたいに思えて笑えてくる。
『――辿れ 我が声を印しに 我が指す路を――』
絶え間なく、私の両の手の平から、真琴さんの身体の中に霊力やら命らしきものやらを流れ込ませる。
その間、私は自分の中でひたすらに自身へと問う。
――なぜ、解りもしないのに、こんな莫迦みたいなことをしているのか、と。
それでも、やはりその問いの答えは返ってこない。
けど、真琴さんが助かった暁には、その答えが見つかるような気だけは、確かに感じた。
心の中で密かに呟く。私という人間はどうしようもない莫迦なんだなと。
『――我の命はそなたとともに 我が命はそなたの新たな礎なり――』
最後に自嘲的な笑いを口元に浮かべてみる。
そして、高らかに最後の節を唱える。
『――今一度ともに 来たれ 我が許へ』
それを機に、私たちを囲んでいた風が消え去る。
私はゆっくりと、真琴さんの中心から手を離す。
やれるだけのことはやった。想いを全部、唄に込めた。
私はそっと、真琴さんの顔を窺ってみる。
真琴さんはゆっくりとしたリズムで安らかに息をしている。
良かった、とほっと撫で下ろす。
「うっ……」
その時、気が緩んだのか、はたまた命を削ったからか、私は酷い眩暈を感じて真琴さんの上に倒れそうになった。
真琴さんの顔が目前にある。
その距離、およそ十センチ。
身体は異常なまでの気だるさに襲われ、起こす気にもならない。
だからと言うわけではないけど、私は意味もなく真琴さんの顔をずっと見詰めた。
――やっぱり、綺麗な人だなぁ。
セミロングの、茶色と黒色の中間色みたいな色をした髪。桜色の薄い唇。筋の通った鼻。とても長く細い、綺麗な眉毛。
どれもこれも完璧だなぁと改めて見る。
ただ、あまりにも完璧すぎて、美人とも美少年ともいえる中性な顔立ちをしている。
けれど、顔の造作に加えて雰囲気からしてとても凛々しいから、真琴さんを初めて見た人の殆どは、男女問わず真琴さんを男の人だと思う人が後を絶たないんだとか。現に私がそうでしたしね。
思わず、くすりと笑ってしまった。
そう言えば聞いたことがある。なんでもうちの学校。『王子様ファンクラブ』なるものが主に一年生の女子生徒の間で非公認ながら存在しているみたい。もちろん、王子様とは真琴さんのこと。
まあ、真琴さんは基本、並みの男子を抜いて強くてカッコイイし、誰にでも優しくて平等に接するから、当然といえば当然なのかもしれない。けど、なんかちょっとずるいと思ってしまう。
「ん」
不意に真琴さんの瞼が揺れた。
自然、嬉しくて嬉しくて顔が緩んでしまう。
「わたし……」
そして、真琴さんはゆっくりと瞼を開いた。
「真琴さん。大丈夫ですか?」
なにがなんだか分からない、とでも言いたげな真琴さんに、私は飛びっきりの笑顔で答える。
その声を聞き、真琴さんが私の目を見た。
「ヒカ…リ……?」
「はい。なんですか、真琴さん!」
未だ寝ぼけているのか、少々半眼だ。
けれど、それも直ぐに、実に急速に大きく見開かれ始めた。
「な、なななな、なにを、し、しよ――」
意識がほぼ完全に覚醒したためか、真琴さんは酷く慌て始めた。――心なしか、顔も少し赤くなりだした。
はて? どうしてでしょうか?
残念な事に私にはさっぱり見当がつかなかった。
「どうしたんですか、真琴さん?」
言って初めて気がついた。
いえ、正確に言うと『初めて気がついた』ではなく『ようやく思い出した』でした。
そう。今の私と真琴さんの顔の距離はおよそ十センチ。
言うなれば、互いの鼻と鼻がくっつきそうなほどの、すごく危険で、でもハプニングがあれば正直少しラッキーな、はたまたものすっごい勢いで誤解されかねない距離なのだ。
なぜなら、客観的に見て、私が眠っていた真琴さんの上に被さり、今にも襲いかかろうとしているようにしか見えないのだから。
「あ、あの、真琴さん……? こっ、これには深い、それこそ深海よりとぉ〜ても深い事情がありまして……」
ま、不味い。
身体を起こそうにも、力が入らない。
それでも、急いでそこを退くべく身体に力を入れる。
だが、更に不運とでも言おうか。
力が入らないのに、無理に上体を起こそうとしたためか、不意に腕の力が抜け、身体が更に真琴さんの方へ倒れこんでしまう。
「わっ!」
「きゃっ!!」
素早く、両手を真琴さんの顔の横へつき、なんとか正面衝突は免れる事に成功する。だが、それでも互いの鼻と鼻が触れ合ってしまった。
更にばっちりと合う目と目。
自然、顔が熱くなってきた。自分でも解るくらいにユデダコだ。
って言うか、頭が沸騰して脳がとろけてしまいそうだ。
真琴さんの息がそっと顔に降りかかる。
それは真琴さんも一緒なのか、私と同じでまっかっかだ。
目の錯覚かもしれないけど、僅かに目が潤んでいる気がする。
――やっ、やばい。
このままではかなり不味い。なにが不味いって、本当に真琴さんを襲ってしまいそうになっているからだ。
さっきと違う意味で理性が切れそう。
って言うか、既に崩壊間近。
真琴さんの顔のある一部分に吸い込まれそうになるのを、私は必死で堪える事しかできない。
「ヒカリ……?」
不意に真琴さんが、私にしか聞こえないような囁き声で私の名を呼ぶ。
その際、真琴さんの息が顔にかかり、妙にこそばゆかった。しかも、状況が状況だけに色っぽく聴こえて仕方ない。
それを文字通り顔面で受けた私の理性は、もはやノックダウン寸前。
正直あと一発決まれば、理性を保っていられる保障はないに等しい。
「真琴…さん……?」
知らず、私も彼女の名を囁いていた。
ああ、私の馬鹿。大馬鹿者。なにやってんですか。今この場でしゃべるなんて自分の首を絞めている以外の何者でもないじゃないですかっ!
頭の中ではそんなことを思っていても、もう身体は言う事を聞いてくれない。
どうやらもう理性はとっくに崩壊していたらしい。
視線を外そうにも、真琴さんの少し潤んだ目から片時も離せない。
――不意に、ではなく、自然と瞼が下りてきた。
真琴さんも同様みたいだ。
私は、ゆっくり、確かめるように顔を下ろしていく。
するりするり
どんどん真琴さんの、薄い桜色の唇に吸い寄せられていく。
もう、他の事は考えられない。
私はただただ、顔を下ろしていった。
もし、あなたの身近な人があなたの目の前で死にそうになっていたら…………あなたはどうしますか?
もし、その人が助かる方法が自分の命を与えるしか方法がなく、あなたにはそれをする力があるとしたら…………あなたはどうしますか?
もし、命を分け与える事であなたの大切な人が必ず助かるとして…………代わりにあなた自身の寿命が縮まるとしても、あなたはそれをすることが出来ますか?
…………ってことを最初に書こうと思っていたんですが、後半の展開のせいで全部ぶち壊しですね(笑)
しかも、こんな事書くから余計にぶ・ち・こ・わ・し☆
……すみません。悪ふざけが過ぎました。
なにはともあれ、第17話を読んで下さり有り難うございました。
なんと、言ってよいやら…………
書き直したら後半がああなったんです、はい(殴)
自分でなんか寒気がします。鳥肌が立ちました。
ホント、なんなんだあの桃色の展開はっ!←
まあ、いいです。お陰でひっさびさにコメディーが書けそうですし♪←
え? 敵さんはどうしかって?
あれです。『不意に襲ってこようが知ったことではない』ですよ。(←殺しますよ?)
……ゴホン。えー、今回はどうも悪ふざけが過ぎるらしいです。本当はもう、立ち去るべきかも知れませんが、どうしても最初に書いた事が書きたいのでご了承くださいね。
つまり、さっきまでの悪ふざけはこれから書くことがあまりにもダークになりそうだったので、すこしでも場を明るくしようとして書きました。
え!? そんなに明るくなってないですって? HAHAHAHA!(←誤魔化すなっ!!
……さて、本題です。
もし、さっき上で書いた事が本当に起こったら、あなたはどうしますか? ヒカリと同じように自身の命を分け与える事ができますか?
それが出来る人は心からすごいと思います。
でもきっと、そんなことが出来る人はほんの一握りではないかと思います。
おそらく大半の人がその瞬間戸惑いなかなか実行に移すことが出来ない、と僕は思います。たぶん、こんな事書いている僕自身もその一人だと思います。
自分の命と相手の命を天秤にかける。
そんなこと、正直考えたくありません。考えただけでぞっとします。
けど、もしそんな選択が迫られれば……僕は一体どんな答えを出すんでしょうね。
相手を助ければその分、自分が早く死ぬ。かといって、そのまま何もしなければ、その人は確実に死に、何故あの時自分は助けなかったんだと悔やむ事になる。
それでも選ばなくてはならないなんて、僕はとてもじゃないけど耐えられません。
だけど、ヒカリはそれが出来た。それも、自分の命を顧みずに。理由は本人も今は気がついていませんが、いづれ気付きます。
その答えにちょっとでも共感していただければなぁ〜、と思ってみたり。
…………さて、僕のような糞ガキがたいそれた事を書きました。正直、殆ど流してくださって結構です。
さっきまで僕が書いたのは、僕がこの話を書いている途中で思ったことなんで。
それでは、ここまで暗い話に付き合ってくださいまして、本当に有り難うございました。
次回は、戦闘そっちのけでコメディーだと思われるので、後味を悪くされた方はそちらで口直しをしていただければと思います。
まあ、ひょっとしたら例のごとく大したものではないかも知れませんがっ!←
それではこの辺で失礼します。
…………どうでもいいですが、ヒカリが真琴を助ける時、
『何故、そこで人口呼吸じゃないんじゃー!!』
って思いませんでした?
え? 僕だけですか?
すすすすすすみません、忘れてくださいっ!!
で、では今度こそ失礼します(ペコリ)
(こんなこと書くから、本当に全部ぶち壊しなんだよ)