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第16話 想い、約束、そして確かな……

「――――やめて」


 突然、か細い、震えた、注意して聞かなければ聞き逃してしまうような声が聞こえた。

 私はは苦痛に顔を歪めながらも、目の前にいる女の人から視線を反らすと、女の人の背後で、彼女の糸で雁字搦がんじがらめにされ地面に伏している彼女を見る。

 その一連の動作は自然そのもの。今まで絶対に外すことが出来なかった女の人から、私は当然と視線を外して彼女を見る。

 一瞬。不思議と彼女の、その弱々しい声で私は、女の人の呪縛から解放された気がした。

 ――――そう。なにがなんでも護ると決めた彼女の綺麗な声で。


「その手を退けて、ヒカリから離れなさい!」


 さっきよりは幾分かなしな、しかしそれでも震えた声で、彼女は気丈に叫ぶ。

 ――叫んだ彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。

 私は大きく目を見開く。

 私としたことが、一番大切なことを忘れていた。

 そうだ。ここで恐怖している暇なんて一秒たりとも存在していないのだ。

 ――彼女を、真琴さんを護るんだ

 その想いが、再び私の胸の中で赤い炎となって燃え上がる。

 たとえ、今、この場で死んでしまおうとも私は彼女たちを護らなければならないんだ。

 もちろん、そこには一般人を危険な目に合わせてはならないとか、これが私たち一族の宿命だとか、そんな事もあるにはあるのだけど、本当はそんな事どうだっていい。

 ただ護りたい。たとえこの身がどうなろうとも。

 それともう一つ。

 約束。

 それは忘れもしないあの日々に、母上としたたった一つの約束。

 その約束で私はどれだけ、辛い日々から助けられていたのだろう。

 あんな、ありもしない夢物語を語る言葉に。

 それでも、なぜかな?

 あの時の私はそれが本当だと、根拠もなしに思えたんだ。

 そして、見つかったよ、母上。

 きっと、今この時があの時の約束を果たすとき。

 自分のために。なにより私を救ってくださった母上のために。

 そして、彼女のために。



 だから、ここで恐怖なんかに押しつぶされるわけにはいかない――



「――――ほう」


 先ほどまで静かに真琴さんの方へ顔を向けていた女の人は、そう言うと一気に突き刺していた爪を引き抜く。


「――ッ!」


 あまりの激痛に私は思わず膝を折る。

 額からは滝のように気持ち悪い汗が吹き出し、今までせき止めていた支えが消え去ったことにより傷口からとめどなく鮮血が溢れ出す。

 だが、そんなわたしには目もくれず、女の人はゆっくりと焦らすように真琴さんのもとへと歩を進めている。


「人間のくせに、よもやそのようなことを言えたものよ」


 そう言いながら女の人は、あっという間に真琴さんとの距離を縮め、真琴さんを見下ろすように立ち止まる。

 その顔に冷笑が浮かぶ。

 それを地面に横向に倒れている真琴さんが見て、顔色がさっと青ざめる。


「やめ――」

「なかなか威勢が良いではないか、人間の娘よ」


 私の制止の声も所詮は無駄で、女の人は左を真琴さんの上にかざす。

 すると、糸で操られた人形のように真琴さんの身体が宙に浮かぶ。

 そしてそのまま、真琴さんは吸い寄せられるように女の人の左手へと身体が宙を舞う。


「ッ! ……そ、その手を、離しなさい」


 宙に舞っていた真琴さんは、首を女の人に掴まれることによってようやくその動きを止めた。

 首を鷲掴みにされ、空気が肺に入ることを遮断されたにもかかわらず、真琴さんは怯むことなく抵抗を続けている。

 手足は妖気で作られた糸に縛られているためろくに抵抗をすることができない。


「ほう。まだ、我に楯突く気力があるのか。気に入ったぞ、人間の娘」


 ニヤリと不気味な笑みを女の人は浮かべ、更に絞める力を強くする。

 真琴さんは声にならない悲鳴をあげ、遂に抵抗を止める。

 それでもなお、閉じた目を見開き女の人を睨みつける。


「こ、の、私が……これ、ごときで……負けるもん、です、か」


 そう言った真琴さんは強く、女の人を睨みつける。


「ヒカリに、あんな、ケガさせて……絶対に……許さないん、だから」


 それを聞くと、女の人はさも面白そうに声を上げて笑った。


「いいぞ。ますます気に入った。己が殺されそうというのに他者の心配をするとは」


 再び、ニヤリと不気味な笑みを浮かべる。


「友達が……ケガ、したんだから、ぐっ! しっ、心配するのは……友達と、して……当然でしょ!」


 だから、と真琴さんは続ける。


「その友達に、怪我を負わ、せた、貴女を……私は、ぜっ、たいに、許さない」


 そう言った真琴さんは苦しげに顔を歪め、けれどその目だけは女の人から離さない。


 ふっ、と女の人は小さく笑うと、その手に更に力を込めた。

 それと同時に真琴さんは悲鳴をもはやあげる力も残っていないのか、ただ消え入りそうな声にならない声を上げ、必死で空気を求めている。


「良い心がけだ。美しく気高い、綺麗なもので――――なんと愚かな」

「た、確かに…その通りよ……私は、愚かだわ」


 そう言い返すと、苦しげながら真琴さんは口の端を吊り上げる。

 そんな真琴さんを女の人はただわらい、その華奢な首を折らんとする。

 真琴さんが、苦しそうに身をよじった。




「その手を今すぐ離せ」


 これ以上見て入れない。

 私は左足の痛みなど構わず、立ち上がる。

 頭にきた。

 なににも増して許せない。

 私は知らず知らずの内に女の人を睨む。

 久しぶりだ。いや、こんなに誰かが憎いと思ったのは初めてだ。


「これ以上、真琴さんを傷つけるのは許さない。その手を離せ――――――――殺しますよ」

「ヒカ……リ」


 自分でもこんな低い声が出るのかと少々驚いた。

 真琴さんが私を心配そうな目で見ている。

 残念だが、今はそれに答えられそうになかった。

 今、この瞬間は笑顔なんて思い出せない。

 微かに理性で自分を押しとどめているだけ。

 最後の一言だって、残った理性でなんとか普段の口調に戻しただけだ。

 それでも、最後の一言。これは確かな本心だ。

 苦しげな真琴さんの顔を見ただけで、手足が驚くほど震えた。

 信じられないが、今はあの女の人しか考えられない。

 怒り。憎しみ。悲しみ。そして、暗い、初めて体験するこの感じ。

 それらが無数の色となり、混ざり合う。

 この女の人を見ているだけで、次から次へと力が湧いてくる。


「ふははは。何を言うかと思えば。我を殺すだと。そちら二人は実に我を愉しませてくれる」


 私と対照的に女の人は実に楽しそうだった。

 ただ私を見て、真琴さんを見て、嗤う。

 そんな女の人を見て、私の中の色がより一層濃くなった気がした。

 ……一歩。私は踏み出す。

 それを確認すると女の人は嗤うのをやめ、私の足を傷つけた右腕を真琴さんの顔にかざし、その鋭く尖った爪を真琴さんの目の位置にぴったりを当てる。

 それは動けば彼女の目を貫くと言う合図。

 女の人は嗤うことをやめはしたが、その顔は狂喜に緩んでいるようだ。

 ――ぴたりと、私は歩を止める。


「どうした? 我を殺すのではなかったのか、神寺の子孫よ。それとも何か? この娘が我の元にいるから下手に手が出せないなどと申すのではあるまいな?」


 愉しそうに嗤う女の人に私は無言を返す。

 それは認めてしまうのが、実に腹立たしいから。

 だから、私は無言で女の人を睨む。

 女の人は嗤う。またそれを無言で睨む。

 それがしばらく続くと思われたが、不意に真琴さんの口元が動く。

 しかし、それは声になることなく、真琴さんは口を動かしたらそのまま力なく瞳を閉じてしまった。

 私は彼女の声なき声を聞き、愕然とした。


 ――――ヒカリ。


 真琴さんはそう言っていた気がした。

 それにどんな意味があるのかなんて、正直なところ理解できなかったけど、そう呟いた彼女はどこか哀しげだった。

 ただ、一つだけ理解できたことがある。

 それは、もうもたもたしている時間はないということ。


「そうだ。一つ確かめたいことができた」


 無言の闘争に飽きたのか、女の人は口元を緩ませながら不意にそう切り出した。


「どうやらそちたちは、互いに互いを大事だと、自分がどうなろうと構わないから相手を助けたい、と思っておるように見える」


 女の人は狂喜で今にも飛び上がりそうだ。

 見ているとそれは、子供が親を驚かそうとして、それが驚いてくれると信じて、楽しくて仕方がない時のようだ。


「ならもし、どちらかが壊れてしまえば、もう片方はどうなってしまうのだろうな?」


 ニヤリとまた嗤う。

 私は身体から血の気が引いていくのがありありと解った。

 真琴さんはもはや、ぐったりと力なく瞼を閉じている。

 だが、まだ辛うじて息はようだ。

 目はその瞼を開こうと、微かにひくついているのが解る。

 ――すう、と女の人は右手を後ろに引く。

 狙うは真琴さんの左目。そしてそのまま、脳へ。

 女の人は目を細めた。


「さらばだ。気丈なる人間の娘よ」


 言うが早いか、女の人は真琴さん目掛け、その手を突き刺す。


「やめろぉぉぉおおお!!」


 殆ど無意識だった。

 私は、持てる力すべてをこの両足に集め、地面に向かい放出する。

 コンクリートでできた渡り廊下が僅かに沈む。

 女の人へと向かう刹那。

 私は、未だかつてないほどの速度で神を呼び出し、左腕に纏う。

 そうしてそのまま二人の間にすばやく割り込む。


 ――――ベキッ


 普段聞きなれない音とともに、左腕に何かを押しつぶしたような感触が伝わってきた。

 声もなく、女の人は真琴さんを手放し、廊下の奥、深い闇の中へと吹き飛ぶ。

 私は無造作に投げ捨てられた真琴さんを、できる限り優しく抱きかかえると、そっと地面にしゃがみこむ。

 女の人が何所まで吹き飛んだのかなんて、今の私にはまったく興味がない。不意に襲ってこようが知ったことではない。

 それよりも真琴さんの安否の方が大事だ。

 急ぎ真琴さんの顔を見る。

 顔面蒼白だった。唇も蒼い。瞼もひくついていない。身体はひどくぐったりとしていて、一向に動く気配を見せない。





 そして、辛うじてあった息も今はもう――なかった…………




ここまで読んで下さり有り難うございます。


はい。というわけで16話でした。

何故だろう。当初の予定だともう最終話付近なのに……


まあ、そんな事はどうでもいいとして、次回は今回のラストの通りシリアスです。そして、出来てはいるのですが、3日後更新できるかどうか怪しくなってきました。

その理由は文に納得がいかない、と言うより思うように書けていないことに気がついたからです。

なんか、なんど読み返しても何かが違うんです、僕の中で。次話は非常に重要かつ大事なのに。

これじゃ、更新できないかも、です。


あと、いい加減コメディーらしい事を書きたいです。

よくよく考えたらこの話、ジャンルがコメディーなのに半分以上がファンタジーのようになっている気がします。

これは真面目に対応を考えるべきだな、自分。


それでは、色々と話しが逸れてしまいましたがこの辺で失礼します。

また次回も是非、目を通してください。

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