アイドル、選択の結果
人生の方向性が決まり、作家になる夢を本気で抱いていた頃が懐かしく感じています。
ま、今でも夢ではありますがね。
なれたら、最高にうれしいのでしょうが、自分の力量を考えると諦めたくなりますね。
本当に、上位の方々の才能がうらやましいですよ。
遊雨が逃げ込んだのは、高等部校舎の一階工具室。
彼の通っている私立城南学園は、中等部校舎と高等部校舎が並んでいる。さっきほど遊雨が人面犬と遭遇した広間を隔てて二つの校舎が建っている。
工具室に入った頃から悲鳴などが聞こえているが、遊雨は完全に無視していた。
今の遊雨は、テーブルの上に並べた武器をどうするかで手一杯だ。
ガス式の釘打ち機にトンカチ四本と、ノコギリ二本。
この工具室で見つけた使えそうな武器である。
遊雨が武器を探したのは、人面犬が一体ではないからである。また、悲鳴がこうも長く続いている点から二体以上いる可能性を考えた。
「携帯が圏外っていうお決まりパターンだしな」
こうなっては、市民の味方であるお巡りさんも呼べない。
状況から考えて、武装しておくことは必須だと遊雨は判断した。
「にしても、あの人面犬の顔どっかで見たことあったな。そう思うと……いや、やめよう。どうせ、そう思うだけだ。気にするな、俺」
自己暗示をかけつつ、遊雨は再びテーブルの上にある武器を眺める。
だが、その前に視界の端に表示されている画面に注意を向けた。
「大体、コレはなんだ」
そう言うと突如、画面に『化け物退治に成功したキミには、力をあげるよ。次から選んでね』と表示された。そして、遊雨が読み終わると同時に画面に職業らしき一覧が表示される。
『基本職。
狩人…弓や銃の扱いに優れる。その道の経験がなくても問題ない。身体強化:中。視力向上。
騎士…剣や槍などの近接戦に優れている。その道の経験がなくても問題ない。身体強化:中。
盗賊…視界に入った相手(盗賊以外)の物(武器など)を奪う。ただし、奪えるのは一日三回まで。同じ相手には、一度まで。身体強化:小。
魔術師…最初から魔術をランダムに二つ使用できる。身体強化:なし。
武人…肉弾戦に特化している。武術を知らなくても自然とできる。身体強化:大。
・特殊職(ある特別条件をクリアした者にのみ選択可能)
《条件:十分以内に化け物を倒す》
黒騎士…騎士の特徴で、身体強化:中。剣と槍の扱いに優れる。瀕死に近づくほど肉体が強化されていく。
白騎士…騎士の特徴で、身体強化:中。剣と槍の扱いに優れる。自然治癒力上昇』
この七つが選択可能職として表示されている。
人面犬からのゲーム要素に、遊雨はこめかみを自然と押さえる。
「なんだ、コレは………夢ではないことは確かだが、だとするとゲームの中か? いや、なんでもいい」
覚悟を決めたように、遊雨はこの常識が通じなくなった世界に向き合うことを選ぶ。
特殊職業に惹かれはしたが、遊雨はそれを選ばない。
盗賊。
彼はその職業と力を求めた。
すると、勝手に画面が変わる。
『キミの力は盗賊に決定したよ。一度選択した職業は変えられないから気をつけよう。あと、職業は二つまで』
そう表示されて遊雨が読み終えると、メニュー画面に移る。メニューは『自分の職・ポイント交換・脱出条件』の三つがあった。遊雨は、脱出条件に興味を持つが、近くで誰かの悲鳴が聞こえてそれが途端に止んだ。
「殺されたのか。それに、近いな」
遊雨は、鍵打ち機は射撃が安定しないと考えてトンカチ三本を工具室にあったバッグに入れて、一本を右手に持ってドアを開けた。
そこには、槍を持った人型のブタがおり、悲鳴を上げたと思われる制服が破かれた女子生徒を舐めまわしていた。その光景に眉をひそめながらも、女子生徒が槍で刺されて死んでいることを確認すると、ブタにトンカチを投げた。
トンカチはブタの頭部へと命中した。
ブタが反撃する前に、さらに二本のトンカチを頭部へと投げる。
頭蓋骨でも割れたのかブタは倒れた。
「(死んだのか。いや、まだ分からないな。近づくか)」
ゆっくりと近づくと頭部から血を流したブタは、死んでいるように見えた。
一応、槍を奪って心臓部に槍を突き刺す。
「これで死んだだろ………にしても、俺ってやっぱり心が腐っているのか」
女子生徒の死体を見ても大してなにも思わない自分に、遊雨は言った。
彼の表情は、悲しいとも嬉しいとも取れない微妙な顔だった。
トンカチを全て回収すると、遊雨は工具室へと戻った。
カギをかけて、室内に化け物がいないことを確認するとイスに座る。
「はぁ………まさか、人面犬以外にもいるとは」
そう言って、メニュー画面の脱出条件を確かめる。
画面には『一、門から脱出(門以外からは不可能)二、ヤギ・カマキリ・カメレオンの三体の討伐(それに貢献した者のみ脱出)三、鬼の討伐(生き残っている全員が脱出。ただし、鬼へ攻撃した場合には三以外の脱出は不可能となる)以上三つのみ』と、表示された。この三つの選択肢からならば、門からの脱出が一番だろうと判断した遊雨はそれにあったってどうするか考える。
「二階からグラウンドを確認するか。人面犬だらけかもしれないしな」
目的地を二階に決めた遊雨は、次にポイント交換という訳の分からないメニューを確認する。すると、『初めてのご利用ですね。ポイント交換とは、倒した化け物に応じて貰えるポイントを武器などと交換することです。交換する際に、他の人と協力することもできます。これを有効活用しないと生き残れませんよ?』と表示されて、読み終えると交換商品一覧へと移る。
『武器。
短剣 15。
長剣 30。
弓 30。
矢 1。
槍 30。
斧 20。
盾 15。
手榴弾 400。
魔法(ランダム 800。
ハンドガン 1000。
ショットガン 1500。
弾薬 10(ハンドガンならマガジン[十五発]。ショットガンなら5発。マシンガンならマガジン[40発])
アイテム。
呼び笛 30(化け物が寄ってくる。笛なので吹く必要あり)
ペイントボール 5
衣服 1
食事セット 15
解毒薬 30(ビンに入っている青の液体)
万能薬 1000(ビンに入っている緑の液体)
蘇生薬 10000(ビンに入っている赤の液体で、五分後に蘇生)』
これらを確認すると、『現在のポイント:15』と表示されてメニュー画面へと戻った。
内容からして今後を左右するというのは、明確である。
「蘇生薬はやっぱり高いか。ただ、今買う必要はないな」
人の命の価値を把握した遊雨は、槍とバッグを持って二階へと向かうために再度工具室を出た。
外にはブタと女子生徒の死体しかなく、曲がり角までは何事もなく行けた。
しかし、曲がり角から少し顔を出して覗くと、ブタが二匹いるのを見つける。
前回とは違って注意が人間にいっていないため、不意討ちは難しい。
二匹との遊雨へと向ってくるが、気づかれてはいない。
「(さぁて、待ち伏せするかな)」
槍を構えて、ブタがくるのをじっと待つ。
重みのある足音がだんだんと近くなり、その姿が現れた瞬間に、頭部を槍で刺した。
一匹目を殺すも二匹目に気づかれてしまった。
ブタは槍を構えて突進し、遊雨は予想外に足が速かったこともあり槍を抜くことを諦めて、バッグからトンカチを出そうとした。だが、槍が投げられてトンカチより先に回避した。
すると、バッグに槍が刺さり遊雨は体勢を崩す。
「ブヒィィィ」
そんな鳴き声を上げながら、ブタは両手で彼を掴んでいとも簡単に持ち上げた。
右腕以外の動きを完全に封じられた遊雨をブタは、握りつぶそうとする。
ブタの想定外の力に全身が悲鳴を上げる。
だが、遊雨は右手でブタの目を刺した。
「ブヒィィィィィッ!! ブッヒィィィィィッ!!!」
掴んでいた彼を離して、両手で目を覆った。
一方の遊雨は、槍を死んでいるブタから引き抜いて視界を奪ったブタの胸部に突き刺して、足で蹴り倒した。
「痛いな。まぁ、どこかの大佐さんのようなリアクションを取ってくれて面白かったが」
有名な日本アニメーションの「目がアアァァァァァッ!! 目がアアアァァァァァッ!!」を思わせるブタのリアクションで、遊雨は少しばかり恐怖を和らげた。ただ、本当に潰されそうだったことを思い返すと、彼の表情は暗くなる。
一歩間違えば死んでいた。
それを自覚しながら、遊雨は二階へと向かう。
ブタと犬に遭遇することなく階段付近までやってくるが、保健室の前を通ろうとしたときに中から声が聞こえてきた。
『やめてッ!! 触らないでッ!!!』
『そんなこと言って、やめるわけねぇだろ。それになぁ、もう化け物共のせいで法律のクソもねぇんだよ』
『アハハハハハハッ!! 最高だよな。まさか、水戸野とヤれるなんて』
『全くだ。ある意味、化け物共に感謝だな』
『いやッ!! 誰かッ!!』
その会話を聞いて遊雨は足を止めた。
「(これは、絶対に関わったら面倒なことになるパターンだ。しかし、万能薬が交換できない状況を考えると、保健室で救急箱くらい手に入れておきたい)」
聞こえてきた会話から本当なら関わりたくないが、遊雨にとって保健室で治療道具を手に入れておくことは大きなメリットがある。
扉に手をかけながらも、そこを開けずにいる。
「(救急箱だけ取って逃げるか。どうせ、可愛い女の子との時間を邪魔しなきゃ被害はないだろうし)」
助けを求める女子のことを助けるつもりは微塵もない遊雨は、そういう結論に至った。
なるべく自然にドアを開けて黙って中に入る。
「誰だ、オマエ」
当然、中にいた男に声をかけられる。
保健室には男四人と彼らとは到底釣り合わない美少女がいた。
遠くから見ても艶のある綺麗な藍色の髪だと分かり、目元は少し強気に思わせ、顔は小さい。それだけでも美しいが、そのプロポーションは顔や髪と引きを取らず、胸部は高校生にしてはかなり膨らんでいる。
また、男子たちのせいで制服の上が破かれて下着が見えているので、色気がましている。
彼女は、ベッドに男二人がかかりで抑えられていて、残り二人がスカートを脱がそうとしていた。
遊雨の想像していた通りの状況に、彼はため息が出そうになる。
先程、男たちの言っていた『化け物共のせいで法律もクソもねぇんだよ』という部分には、遊雨も共感している。外部との連絡が取れず脱出不可能という時点で、もはや国家権力がこの世界に及ぶことはない。男四人が美少女をどうしようと問題にはならず、遊雨としてもどうこうするつもりはなかった。
だが、男たちの方を見て考えが変わった。
ベッドの上に、女子生徒の近くに、透明のビンに入った緑色の液体が転がっているのである。
保健室に緑色の液体が入ったビンなど置いてあるわけがない。
それを見て、遊雨は万能薬だと確信した。
「(運がよかったのかな。まぁ、そのせいで面倒なことになるけど)」
男たちを見ながら彼は、思った。
そして、その予感は的中する。
「聞こえないのか、オマエ? ササッと消えろ」
「オマエじゃなくて、谷原です」
「あぁ? たには―――――――」
それ以上、男が話すことはなかった。
理由は、遊雨が加減して投げたトンカチが額に直撃したからである。
「う、雨海?」
「雨海さんっていうんですか、その人?」
床にだらしなく転がっている男子生徒を遊雨は、汚物を見るような目で見て言った。
「テメェッ!!」
遊雨の挑発に乗って、男が金属バットを持って近づいてくる。
男は金属バットを振り上げて遊雨へと下り下ろそうとするも、その手にバットはなくなっていた。代わりに、目の前のメガネをかけた男の手に握られている。
そのままバットで武器を取られた男はみぞおちを突かれて、床に転がる。
「へぇ、盗賊の力って本当だったのか」
バットを回しながら、呑気に遊雨が言った。
女子生徒を抑えていた残り二人は、恐くなったのか保健室の外へと通じるドアを開けて逃げ出した。そのドアを「人面犬が入ってくるかもしれないのに、開けるなよ」と文句を言いながら遊雨が閉める。
そして、ア然としている美少女に近づいて言う。
「そのビンもらってもいいか?」
「ビ、ビン?」
「そう緑の液体が入ったビンのこと」
遊雨は、万能薬を指差して言った。
「もしかして、この万能薬って奴のこと言っているの?」
「そうだ。まぁ、助けた報酬ってことで」
「ど、どうぞ」
「ありがとう」
遊雨はそう言うと、ビンをポケットに入れて、今度は救急箱をバッグへと入れる。
そして、その他に使えそうな物がないか探す。
結果的に助けてもらった女子生徒は今更ながら自分が下着姿であることに赤面して、服を着ようとしたが、制服は破かれているので叶わなかった。仕方なく、ベッドの布団で前を隠す。
助けた女子生徒がそんなことをしているとも知らずに、遊雨は包帯など使えそうな物を探している。
「あの………名前」
「ん? コレ痛み止めか? いや、違うか」
美少女が名前を尋ねるも遊雨には全く聞こえておらず、痛み止めと間違えたビンを棚に戻して、また探し始める。
「名前、教えてよ」
「え? 名前? 谷原遊雨」
それだけ言うと、一通り探し終わった遊雨は、結局救急箱と包帯をバッグへと入れてトンカチを拾い保健室から出ようとする。
「待って、置いていくの?」
「置いていくのって………そもそも、万能薬と治療道具欲しかっただけだし」
「なによ、それ。普通、一緒に行動するわよ」
「………面倒な予感しかしない」
本音を口に出すと、彼女は遊雨を睨んで言う。
「面倒? 助けたなら最後まで助けないよ」
「はぁ………分かった」
結局、彼の方が折れて共に行動することになる。
遊雨は今度こそ出ていこうとすると、女子生徒がベッドから動かないことに気がつく。
それを見て、彼は制服の上着を脱いで女子生徒のところまで行って渡す。
「いいの?」
「だって、アイツらのせいで上着ボロボロなんだろ? 着替え終わるまで別の方見ているから早く着替えろ」
そう言って、遊雨は彼女に背中を向けて「これから、面倒なことになりそうだなぁ」と言いながら着替えを待つ。
上着を着るだけなので大して時間はかからずに、彼女はことを終える。
「着替えたわ」
「よかったな。で、一つ質問していいか?」
「なによ」
「そこの人面犬殺したのって、キミ?」
男子生徒四人との戦闘が終わってから遊雨が気づいた人面犬の死体を指さして、尋ねた。
「………えぇ、そうよ」
「そっか」
辛そうな表情を浮かべた彼女に大して深く聞くことはせずに、遊雨は槍を差し出す。
その意味を察した女子生徒は、素直に受け取った。
「保健室に残りたいならココでお別れだけど、どうする?」
「一緒に行くわ」
「後悔しても俺に八つ当たりするなよ」
「しないわよッ!!」
嫌な出会い方をした二人はいつの間にか普通の会話をしており、そのまま保健室を出た。
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遊雨は助けた美少女、水戸野紗千と共に二階の進路相談室の中にいた。
そこに至るまでに、三体のブタを倒した二人だが二階である化け物を見てしまった。
体長一メートルはある巨大ムカデである。
幸いなことに、頭部は人間ではなかった。
その新しい化け物から一時的に避難するために二人は、進路相談に入っていた。
「なによ、アレ」
「ムカデだろ」
「最悪だわ。人面犬もブタの嫌だけど、ムカデはキモすぎる」
「人面ムカデじゃなかっただけマシだろ」
「た、確かに………そうね」
ムカデの話をしながら遊雨は、現在のポイントを確認していた。
遊雨のポイントは『65ポイント』。
現在、ブタが10ポイントで人面犬が5ポイントということが判明していた。
「ねぇ、遊雨」
「なに?」
「もしかして、メニュー画面みたいな奴見ていたの?」
「正確には、現在のポイントを確認していた」
「いくつ?」
「65」
「私は5ポイント。回復術師を選択したのは間違いだったかもね」
回復術師は、保健委員にのみ選択肢が与えられる特殊職で、一日に二本だけ万能薬が作れる。また、ランダムに一つの魔法も扱える。ただし、身体強化はない。
紗千は、万能薬を生み出す他に生きている者を探せる魔法を所持している。
「いや、1000もする万能薬を二本も作れるのは凄いことだろ。で、アイドルはココで待つか?」
「そのアイドルって言うのは、やめて欲しいわね。ただ、待つのはしないわ」
紗千はクール系アイドルとしてかなりの人気があった。また抜群のプロポーションを活かしたグラビアなどもやっていたが、そんな芸能生活に嫌気がさして半年前に辞めている。その後は多くの男子から告白されたが、全て断っている。
そのことを知った遊雨は、アイドルと呼ぶことにした。
「いいのか? 相手はキモすぎる巨大ムカデだぞ?」
「へ……平気よ」
遊雨から視線を逸らして、紗千は小声で言った。
その表情は、実に嫌そうだった。
「本当かよ」
不安そうな目で紗千を見ながらも本人の言葉を信じて、遊雨たちは進路相談室を出る。
すると、三匹のムカデが二階の廊下にいた。
遊雨は槍を構えて、仕留めに向かう。
「なんだよ、それッ!!」
だが、ムカデの移動速度に驚愕して足を止めた。
五十メートル八秒で移動できるほどの速さでムカデは、遊雨と紗千へ襲いかかる。
遊雨は、一匹目の頭部を金属バットで叩き潰して、二匹目はギリギリで回避した。彼の回避したムカデは、紗千が槍で頭部を刺す。三匹目は、遊雨が胴体をバッドで何度も叩いて二つに分断した。
速いが反応できなくもないので、的確に攻撃できればそこまで難敵でもなかった。
「意外と、キモイだけであっさり殺せたわね」
「あぁ、足は速かッ!! クソッ!!」
痛みを感じて遊雨が足元を確認すると、三匹目の頭部側が右足に噛み付いていた。
今度こそ彼はバットで頭部を確実に潰した。
「大丈夫ッ!!」
「痛みはそんなないな。ムカデは頭を攻撃しないとダメってこと……か」
遊雨は急な目眩に襲われて体勢を崩す。
それを紗千が支えて、なんとか倒れずに済んだ。
「し……視界が」
紗千の顔がやっと判別できるほどしか焦点が定まらず、遊雨の全身から力も抜けていく。
また、力が抜けいくのと同時に彼の感じる痛みが増していく。
「遊雨、しっかりしてッ!!」
「………」
返事ができないほどに痛みが全身を走り、遊雨は自力では立てなくなった。
そんな彼を紗千は支えながら、一番近い場所の女子トイレへと避難した。
幸いなことに、女子トイレには化け物は一匹もいなかった。
だが、遊雨の容態は時間が経過するほどに悪化していく。
「ど、どうすれば………あぁ、このままじゃ遊雨が」
完全にパニック状態になった紗千は、頭が働かない。
「(ヤバイ。あのムカデは毒があるのか。早く解毒薬を飲まないと)」
メニュー画面から『ポイント交換』を選択して解毒薬を30ポイントと交換する。すると、遊雨の手の中にビンに入った解毒薬が出現する。
だが、力が入らずビンを開けることすらできない。
「なに? そっか、解毒薬よ」
遊雨が交換した解毒薬を取って、紗千は膝の上に頭を乗せている遊雨の口へと解毒薬を流しこむ。
三十秒ほどして、遊雨は起き上がった。
痛みのなくなって体に力も入る。
「………よかった……本当によかった」
泣きながら紗千が遊雨に抱きつくも、今の彼はそれに反応することはない。
もし、遊雨が一人で二階まできて同じ結果になっていれば、死んでいた。
自分の選択次第では命を落としていたことを痛感した遊雨は、全身から玉のような汗をかいている。彼は間違いなく三途の川の手前まできていた。また、紗千が解毒薬に気づいていなければ、結果は死。
「(ブタとの戦闘で一度だけ死にかけたが、他は余裕だった。今回のムカデも問題なく倒せたと思っていた。だが、その結果がこれだ。俺は、今の世界を分かっていなかった)」
遊雨がそんなことを考えていると、足音が近づいていることに気がついた。
女子トイレに槍を持ったブタが入ってきたのである。
だが、入ってすぐにブタの足に槍が刺さった。
「ブヒィッ!!」
「………」
ブタが足の槍を抜こうとすると、遊雨が無言で走り出してブタへと飛びかかる。
ブタの首を両足で挟み込んで、そのまま全体重を乗せて右に捻った。
首の骨が折れたブタは、絶命して床に倒れた。
あっという間に化け物を倒した遊雨は起き上がると、ブタの足から槍を引き抜いて、持っていた槍も回収した。
彼の目には、確実に化け物を倒すと言わんばかりの意思が感じられる。
毒による効果で、遊雨は精神的に強くなった。
「ちょっと遊雨、大丈夫なの? 解毒したばっかりだし安静していた方がいいわ」
「心配ない。体もしっかり動くし視界の歪みもない」
「………本当に平気?」
「あぁ、大丈夫だ」
片方の槍を紗千に渡して、遊雨は左手に槍を右手にバットを持って女子トイレを出た。
二階の廊下にはムカデはいなかったが、ブタが二匹いた。
一匹を遊雨がバットと槍を駆使して倒し、残りは紗千が槍でなんとか倒した。
廊下の化け物を全て倒した二人は、そこで学園が化け物だらけの地獄になって初めて、窓から外を見た。
その光景は地獄絵図と呼ぶべきものだった。
プテラノドンのような化け物が生徒たちを次々と足で捕らえて体育館の方へと飛んでいき、下では人面犬が大量に走り回っている。また、一メートルほどの巨大なハチが針を飛ばして生徒たちを射抜いていた。まさに、化け物たちによる殺戮現場である。
そんな中、一人の男子生徒が化け物たちの中を突っ切って門へとたどり着こうとしていた。
距離にして残り十メートル。
近くに化け物はいたもののギリギリで逃げ切れる距離である。
必死になってやっと残り五メートルの地点で、突然男子生徒の体が膨脹を始めた。
風船が膨らむようにどんどん大きくなり、爆発して肉片が周囲に飛び散る。
あっさりと死んだ男子生徒の死は無駄ではない。
見ていた者たちに門からの脱出など不可能だ、と教えてくれたのだから。
また、遊雨と紗千も教えられた者の一人である。
「そ、そんな」
「………門からは脱出できないってことだ。まぁ、条件には門から出られるってあっただけで、その前になにがあるとは表示してなかったからな」
冷静に言った遊雨だが、その表情は半ば絶望しているといった風である。
化け物たちの支配する学園の敷地内で、希望が一つ消えたのだから当然だ。
「遊雨、どうするの?」
「仕方ない。今はポイントをできるだけ稼いだ方がいい。各階の廊下にいる化け物だけ一通り倒す」
「そうね。ポイントを稼ぎましょう」
去り際に窓の外から見える勇敢な男子生徒の肉片を見て、二人は三階へと向う。
階段にブタが一匹いたが、今の遊雨にとって脅威ではなく槍で払い落として、先を急いだ。
「待って。三階に五人いる」
紗千が階段付近で一応魔術を使って生存者がいるか確認すると、五人反応があった。
「分かった。でも、先に廊下の化け物を片づける」
「私が覗くわ」
紗千は少しだけ顔を出して、廊下を確認する。
三階の廊下には、ブタ五匹とムカデが三匹確認できた。
また、五名の人がいるのは一年二組の教室というのも魔術の反応がある場所と見比べて判明した。
「どうだった?」
「ブタが五匹とムカデ三匹よ。数が多いわ」
「ムカデを先に倒したいな。三匹だよな?」
遊雨が数を確認する。
これは戦闘のイメージなどをする上で重要なことである。
「えぇ、私が見たときは三匹だったわ。どうするの?」
「今までの戦闘で分かっていると思うが、ブタよりムカデの方が圧倒的に速い。なら、必然的に最初はムカデと戦闘することになる。そこで、苦戦しなければ後は楽だ。ブタは体が大きいから狭い廊下では複数相手になることはないだろう。せいぜい二匹だ」
これまでの戦闘から敵を分析して言った遊雨の考えは、間違っていない。
彼の言った通り、化け物の種によって走る速度はかなり違ってくる。
「なら、それを試す?」
「アイドルがいいなら」
「構わないわ。どうせ通ることになるもの」
力強い答えを聞いて、遊雨は廊下へと出て近くにいたムカデに槍を刺す。
人間を見つけた化け物たちは一斉に、襲いかかってくる。
だが、遊雨の狙い通りムカデの方が早く、二匹目のムカデは紗千が槍で頭を突いた。三匹目も二匹目とほぼ同時にやってきたが、ムカデの頭部を遊雨がバットで潰して仕留める。
「あぶッ!! ねぇッ!!」
ムカデを全て倒すも、ブタが槍で突きを放ってきた。それを遊雨は咄嗟に体を右に動かすことで、なんとか避ける。
槍の刃は頬をかすめたが、ブタは遊雨がバットで後頭部を強打して死亡した。
左右から襲いかかってくるブタを紗千と遊雨は背中合せに、対峠していく。
紗千がブタ二匹、遊雨がブタ三匹を倒して、廊下の化け物は全て排除することに成功した。
「頬だけ?」
「あぁ、あと一歩遅かったら口が裂けていたかもしれない」
「そのくらい平気よ。縫えばいいもの」
遊雨の発現を聞いた紗千は、平然と言った。
それに対して、隣を歩く男は焦っていた。
「………じょ、冗談ですよね?」
「マジよ」
「口だけは裂けたくないな」
彼は冗談などではなく、本気でそう思った。
「で、どこの教室にいるんだ?」
「一年二組よ」
紗千から場所を聞いた遊雨は、一年二組の教室のドアを開けようとしたが、カギがかかっていて開かない。
仕方なく、遊雨はノックして相手の反応を待つ。
「だ、誰だ?」
中から少し怯えた男子の声が聞こえてきた。
それに、遊雨が返答する。
「二年一組の谷原遊雨だ。化け物はいないから開けてくれ」
「さっきの音は、谷原だったのか?」
「あぁ、全部始末したから早くしてくれ」
遊雨のことを信じたのか、カギを開ける音がした。
ドアを開けて二人が入ると、女子三人と男子二人人が教室内にいた。
皆、制服のどこかに血がついている。
その姿からどうやってこの教室にきたのかを察することができた。
中に入ると、紗千がカギを閉めて化け物の侵入を防いだ。
「み、水戸野さんもいたのか」
先程遊雨と話た坊主で日焼けした野球部という印象のある男子生徒が、言った。
元アイドルということで紗千の学園での知名度はかなり高い。ただ、本人は全く喋らないどこか近寄りづらい雰囲気を出していたので、告白以外で話かけられることは少ない。
故に、友人と呼べる人は一人もいない。
彼女自身は、友達をあまり必要としていなかったので問題はなかったが。
「他の奴はどうした?」
「知らない。メガネは誰も見ていないの?」
問いに答えたポニーテールの勝気そうな目元をしている安藤静音が、逆に遊雨へ尋ねた。
彼女は遊雨と同じクラスで、メガネというのはクラス内での遊雨のあだ名だ。
由来は、ただ単にメガネをかけているからである。
彼のことをメガネと呼ぶのは、同じクラスでも数名しかない。
「男子生徒数人とアイド……水戸野以外には見てない」
遊雨はアイドルと言いかけて止めた。
この集団の中でそう呼ぶのを、彼は嫌がったのである。
「そうなんだ」
安藤はそう言うと、話さなくなった。
しばらく沈黙が続いたが、紗千と遊雨が話を始める。
「これからどうするつもり?」
「………脱出するには、ヤギとカマキリとカメレオンを倒さないといけないからな。門から脱出できないとなると、コレしかないだろ」
「門から脱出できないってどういうことだ?」
坊主頭の男子生徒が遊雨へと聞いた。
その表情は、真剣そのものである。
「門から脱出しようとした奴が手前で、爆発した。だから、脱出方法は二つしかない」
「なんで脱出方法なんて知っているんだよ」
「画面に書いて………そうか、化け物倒さないと出ないのか」
言いかけたところで、遊雨は化け物を倒さないと画面が出現しないことに気がついた。
「おい、なんだよ。画面って」
そう言われた遊雨だが、見えないのなら説明しても無駄だと判断して返答しなかった。
遊雨の行動を見て、紗千がフォローのために説明を始める。
「遊雨の言った画面というのは化け物を倒さないと見えないの。信じられないと思うけど、事実よ」
「まるで、ゲームだね」
黙っていた根暗そうな男子生徒がぼそっと言った。
それを聞いた安藤が「キモ。なによ、ゲームって」と男子生徒を睨みながら小声で言う。
だが、実際男子生徒の言ったことは当たっている。
「彼の言ったことは間違っていないわ。証拠にはならないけど……」
そう言うと、紗千が画面から15ポイント使って短剣を交換する。
すると、紗千の右手に短剣がどこからともなく現れた。
それを見た五人は驚きの表情で、短剣と紗千を見る。
「今はコレで信じてくれないかしら?」
「た、確かにこんなの説明できない。だとすると、谷原の言った脱出の条件も化け物を倒すと分かるってことか」
「そうなるわね」
その調子で現状について五人に紗千が教えた。
元アイドルということもあってか、信じられないような話ではあったが皆信じていた。
遊雨は、紗千が必死に説明している間に、一人部屋の隅で目を閉じていた。
二話目はどうでした?
いきなり字数が増えて驚きましたかね。
まぁ、作者がプロット通りに書いていたらこうなりましたよ。
仕方ないですよね。