弱虫の羽化が終わりを告げる
09
俺は雪の命を犠牲にして――『う』と『り』を認識させる事に成功した。文字を消す事で俺達にはプラスになる事が起こった。
狐が消えた。
その文字を消す事で対応する獣が消える。その事実に俺達は僅かな希望を見出した。
そこで勢いに乗った俺は、『く』の文字を認識させた狗を消滅させたが――ここで新たな獣が投入された。
狸
狸とは言っても本物でなく――居酒屋にいる様な飲んだくれの狸象。
狐と同じく巨大ではあったが、問題なのは巨体では無く――ある場所から一歩も動かない事だった。
その文字は最後の一文字の『と』。
物理的にその文字をふさいでいるのだった。
逆に言えば――追ってこないので、『はい』を使わなくても休みには休める。しかし、どんなに待とうとも、今の現状に変化はない。
「くそっ!」
俺達は『さ』の位置で動けなくなった。
「あと一文字なのに――何で、あいつはあそこから動かねぇんだよ!?」
賢人が苛立だしそうに壁を殴る。
その拳には血が流れていた。
「雪……」
賢人は雪が好きだった。
なのに俺は、雪を助けることが出来なかった。その事実を賢人に告げたが、怒る事なく、涙も見せずに受け入れた。
「ねえ、丈ちゃん。あの狸をさ、鳥居爆弾で押さえ付ければいいんじゃない?」
「ああ」
確かに鳥居爆弾が獣を固定できるのは1分。
10秒間地面に触れる事は可能だが――。
「『と』の位置で固定しても結局認識させられない」
「あ……そっか」
『う』『り』『く』
それらの文字を、認識させるのに――俊介が1つ、俺も1つ使ってしまった。
俺が1個。
俊介2個
賢人2個
合わせて5つ。
獣一匹抑えるには十分な数だと、判断したが――その裏を掻かれた。
「なあ、丈流。いつまでお前はこんな茶番を続ける気だ?」
やっぱ賢人も気づいたか。
「あいつを引き離すには――サイレンを使うしかないんだろ?」
間違えた文字を認識させることで、獣をおびき寄せるサイレン。それに狸が反応すれば引き離すことは可能だろう。
しかし、俺が心配しているのはそこじゃない。
「ミスした場合は最初から――つまり、狐、狗、狸がこの紙の上に揃う事になる」
「そんな……!」
俊介の顔が青ざめる。
一匹から逃げるのに死ぬ気だった。
二匹になって雪が死んだ。
三匹なら――果たして何人死ぬことになる?
間違えた文字を認識させた奴が、三匹の、文字通り『狐狗狸』から逃げなきゃならない。
仮に『はい』で、上手く逃れたとしても、狸が『と』へと、戻ってしまえば無意味だ。最低でも1人は――すべての文字を認識させるまで囮にならなければならない。
「三匹同時に相手にしなきゃダメだったかったから、鳥居爆弾も三発分だったて訳だな」
だが、今あるのは一人2個が最大。俺にいたっては一つしかない――3匹相手にするには数が足りない。
「全部――あのお面の少女の思惑通り、なんだろうな」
俺は生まれて初めて負けを認めよう。
道は残されているが――それは……。
努力すれば、負けを認めなければ勝てる。そんあ俺の心情は無様におられてしまった。
「どうせ、無理なら――あの少女一発ぶん殴るか?」
「それも悪くない」
俺も賢人もそんな事出来ないのは分かってる。恐らく外に出ようとすれば、例の金縛りで身動きが取れなくなるだろう。
だから、その案は最後まで歯向かった。
プライドを保った自殺。
「馬鹿! 二人して何言ってんだよ!」
俊介が俺と賢人のベルトから――1つずつ鳥居爆弾を奪った。
「僕の、僕の知ってる二人はそんな事言わないよ! 僕が憧れていた二人だったらこれくらいやったね」
『ん』の位置まで走る俊介。確かにその場所なら――答えにある『う』『く』『さ』『と』からは離れている。
上手くやれば1分以内にできる――かも知れない。
「僕が『ん』で引きつけるから」
俊介の作戦。
それは一番左端の『ん』で獣を引き付ける。その間に俺と賢人で文字を認識させろと言うのだ。
「馬鹿やろう!」
例え――どんなに上手くやっても、爆弾が3つあっても、最低でも50秒は文字を認識させるのにかかってしまう。
更に移動距離を含めれば――1分は簡単に過ぎるだろう。
自棄で行動しても――無駄になるだけだ。
「馬鹿はお前だ!」
俊介は俺をそう言った。
「丈ちゃんなら出来る! それくらい僕にだって分かるよ?」
賢人が『り』の場所でスタンバイする。
「俊介が手を置いてから1秒後に俺も手を置く。間違った文字を認識させれば、そいつに集中する。なら、こうすれば時間の短縮にはなる筈だ!」
電話を妨害されても予め決めておけばいいだけ!
俺は『り』へと向かう。
「今から60秒後に作戦を実行する!」
俊介の命がけの作戦。
わずかなタイムロスも許されない。それぞれが『う』と『り』を認識させた後、すぐに向かわなければ。
「あと、30秒」
俺は『う』で待機する。
これ以上――仲間を殺させる訳には行かない。
「10」
考えろ。
最短ルートを、時間を。
1分の足止めで5文字を認識させる。しかし、2秒のタイムラグで二文字を消せれば――可能性はぐっと高くなる。
「0」
最後の、俺達の戦いが始まった。
09
1秒後、俺は『う』に手を付いた。恐らく、賢人も『り』に手を置くだろう。こうすれば、サイレンが鳴った同時に――2つの文字を認識させる事が出来る。
そこから、急げば残り3文字。
一分あれば余裕で行ける。
サイレンが鳴ってすぐに、俺の認識させた『う』の文字が消える。
凄い音と共に地面が揺れた。
「俊介――待ってろ! 次は『く』だ」
幸いにも『り』以外の文字は固まっている。これなら思っていたよりも楽にクリアできるんじゃないかと思ったが――『り』を認識させた賢人がこっちに来ない。
固定する音はした。作戦は順調に進んでいるんじゃないのか?
まさか、電話を妨害された時の様に――邪魔が入ったのか?
作戦では二人で文字を認識させる手筈だ。
既に狐は消えた、ならば作戦通りに来るはず。
だが、そこまで考えた俺は理解した――来ないのでは無くこれないのか?
「急ごう……」
狗は一文字で消せる。狸は急がないと――また最後の一文字を塞いでしまう。武器である鳥居爆弾がない以上、作戦は実行するしかない。
俺は全力で『く』を目指す。
自分のやるべき仕事をやる。
それがプロだ。
再び、地響きがなった。壁の向こうに見えたのは固定された狸。
「認識完了だ……あと、二文字」
あとは、『さ』『と』を消せば、この下らないゲームをクリアできる。
隣り合わせに区切られているブロックだ。
すぐに終わる。
俺は近くに会った『さ』を認識させた。
恐ろしいほど順調に進む。
「あと……一文字」
俺はまだ止まってる狸を見る。鳥居の音がしてから30秒、まだ半分だ、これなら余裕で終わる。そう思って、最後の文字を認識させた。
〈ゲームクリアーです〉
壁が消えて、白紙に戻った。
だが――何もない紙の上に残っているのは、俺だけだった。
「なんで、俊介は? 賢人はどこに行った?」
〈わかってるでしょ? しりたいの?〉
始まった時と同じように台の上に立っている少女。狸の面を顔に付けた少女は、無感情に俺を指差した。
神の上に鳥居の模様が浮かんで――その隙間に映像が流れ始める。
〈特別だよ〉
映し出されたのは『あ』に手を付いている俊介。
「はあ、はあ」
俺達の前で恰好付けても本当は怖かったんだろう。
しゃがんでいる足が震えていた。
がちがちと、歯をぶつけ、震える手は、地面を離さないよう両手で必死に抑えつけている。
「来るなら……来いよ、獣ども」
威勢いい言葉ではあったが、涙と震えで、上手く聞き取れない。自分を奮い立たせる言葉ですら満足に言えない。
サイレンと共に一斉に現れた狐と狗。
その二匹に向かって、震える手で鳥居を投げた俊介。
しかし、それは失敗だった。
二匹いるからと言って――二つ同時に投げたのでは、命中率は低くなる。
体のでかい狐には当たったが、的の小さい狗に爆弾が当たらない。
更に運が悪い事に、賢人は聞き手である右手で狐に、左手で狗を狙った。普通の人間はどんなに頑張ろうと、効き手と反対の手では、大きな誤差が生まれてしまう。
「あ……、あ、そんな……」
俊介は怯えた目で狗を見る。
狐は既に消えているが、雪が喰われた瞬間、逃げた自分を思い出したのか、「うわぁ」と、最後の一個――狸に使う爆弾を使ってしまった。
「くうぅん」
可愛く唸ったダックスフントは――俊介を馬鹿にしていた。震える手で投げた鳥居は――乾いた音を立てて、地面を転がった。
「あ、ああ、あああ、あ、あああ、あああ、ああ、あ、あ、あああああああ」
ばうっ。
狗は俊介を喰らおうと飛びついた。
「痛い、痛い痛い痛いいたいいたいちが、痛い痛いよ」
狗を振り払おうと大きく手を振るっても、食らいつく。
狸はそんな俊介を遠目に見て引き返そうとする。自分の出る幕はないと――そう言いたいのか。
「させるかよ……、酔いどれ狸!」
賢人は――狸に向かって鳥居爆弾を投げた。
狸を固定したのは俊介じゃなくて賢人だったのか。
「大丈夫か、俊……介」
そこにいたのはもう俊介では無かった。
骨を加えた狗。物の数十秒で人間一人を喰らい尽くしていた。
「まじかよ……」
俊介はベルトに手を伸ばすが、当然鳥居爆弾は無い。
最後の1個で狸を固定した賢人は――俊介と同じように狗に喰われるしかないのか。あの小さな体に、どうやって人が入るのだろうか。
「たく、俊介の奴、最後までミスしやがって……。ま、そっちの方がらしいか」
賢人は狗から目を離して――こんな死闘をしていたなんて知らない俺に向かって話しかけた。
「こんな不良みたいな男でも、仲良くしてくれて嬉しかったぜ、丈流。
ずっと好きだったぜ雪。お前は気付いてないだろうがな。
拓海――には言う事特にねぇや」
男らしく笑った賢人を――狗は食らう。
狗が美味しそうに賢人を食べ終えてからすぐに、俺が『く』を認識させたのだった。賢人が来ない事で、少し動きが鈍った。あれが無ければ賢人だけでも救えたのか……。
「何でこんな事するんだよ……お前は!」
映像が終わると同時に、お立ち台から、浮き上がり、少女が俺の前に立った。
取り敢えず次で終わりです!




