『解ける問い』と『溶けた恋』
05
『5』の質問を前に俺は固まっていた。
『小学生までに習う漢字。獣偏と人偏。多いのは獣である?』
そんなクイズ――簡単だ。
だけど、俺は何も言えない。
「小学校だと獣編はそんなに習わないんじゃないの?」
「それが引っかけなんだって、こういう場合は。 だって獣だって沢山いるよ? それに、獣聞くって怪しいよ」
「つーか、編って何だ?」
3人は相談しているが――約1名、本物の馬鹿がいたが、俺はその答えを知っている。知ってるからこそ、その問題文の下に書かれた一文。
それによって答えを出せずにいた。
『『はい』か『いいえ』で答えろ』
二択で答えろ。
普通に考えれば、さほど難しくない問題だが――なぜこれが難易度5に設定されているのか。
それは、もしかしたらこのクイズに――答えられなくなる可能性もあるからだ。
このクイズの答えは――いいえ。
そしてルール上、『いいえ』は一回しか入れない。
後半に選んでいたら、答えられなくなり――ここで積んでいた可能性もあった。
そう考えれば、マシなのかもしれないが、序盤で選んでしまった場合は――一度行かない、『いいえ』を、ここで使わなければならない。
「なあ、丈流はどう思う?」
賢人が俺に聞く。
俺はまだ、どうすべきか答えが見つかっていない。妥協案が見つかるまでは、こいつらに答えを教えない方がいい。
「さあな」
「そっか」
そんな俺の答えを聞いて――賢人が唐突に『いいえ』に向かって走る。
「なっ」
「え、賢ちゃん答え分かったの!?」
俊介は賢人が何故俺達の隙を付いたのか。
「馬鹿、あいつは、自分の『いいえ』をここで使うつもりだ!」
失敗した。
俺が即答できなかったから。いつもなら躊躇わなかったのに、この恐怖に、あの狐を身近で見た事に――俺は恐怖していたのか……。
それは少し、たった少しの俺が抱いてしまった畏れを――賢人は見抜いた。
〈せいかいでーす〉
「馬鹿やろう……」
〈ヒントは『へん』です〉
俺は頭の中で繋がった。
そのタイミングを見計らったかの様に賢人から電話が来た。
「悪いな。俺は少し休ませてもらうわ」
「お前……」
「それに――2つもヒントがあれば、お前ならもう解けただろ?」
「はっ……当然だ」
流石だよ賢人。
俊介は一緒にいると一番癒されるし、雪は一番俺を面倒見てくれた。拓海は一緒にいると一番イラついた。
そして賢人とは――1番喧嘩して、1番共闘した。
中学生の頃。
拓海がこの町一番の不良の彼女を口説こうとしたとかで――集団に絡まれた時があった。その時、俺と賢人は二人でその集団に挑んだのはいい思い出だ。
「ま、俺がここから出る前には。終わらせとけよ――これで借りは無しだ」
電話が切れる。
その会話を聞いていた俊介と雪が、
「答え分かったの?」
と、問いただしてくる。
二人の食いつきが凄まじく、その剣幕に後ずさりながらも、自身の出した答えを告げる。
「ああ――俺達が選ぶべき文字は――『うり』『く』『さと』だ」
「え……何で?」
「コックリさん狩りしませんか?」
「うん、それが問題だよね?」
これが俺達に与えられた問い。
それに今、賢人が与えてくれたヒントを当てはめれば――必然的に答えは見えてくる。
「今のヒントは『へん』だったのよね」
俊介は自分で考える気が無いのか。
雪は顎に手を当てて、その文字を見つめていた。ただ、二人とも問題を解くのに集中しすぎて、狐を見失っている。
俺は確認するが――大丈夫だ。
「ああ」
「『へん』って、言っても別におかしな所はないよ?」
「俊ちゃん――違うわ」
雪はどうやら解けたらしく、自分の出した答えを説明し始める。
「この『へん』は問題文にも合った通り――漢字の偏を示しているの」
「漢字……?」
「そう。そしてこの問題文にある漢字は1つよね」
『コックリさん狩りしませんか?』
そこにある漢字は『狩』だ。
「この文字を編で分けると――獣編と守」
「それが、どうしたの?」
「そして、そこで使うのが――ヒント1よ」
正解。
雪は俺の出した答えと全く同じだ。
そして、多分これが俺達の求めている答え。
「狐狗狸さん何て読む?」
俊介は、ぼそりと初めて手に入れたヒントを呟く。
「そして、狩が示しているのは――獣を守る。つまり、獣以外は必要ないのよ」
瓜も句も里も――何もいらない。
だからその文字を消せばいい。
更にクイズに割り振られた数字。その数字が高い順にヒントを適用しなければ解けない仕組みになっていた。
「そっか、じゃあ――その『文字』を認識させれば!」
「ああ」
始まって既に一時間――俺達はようやく答えを手に入れた。
06
あとはその文字を認識させればいい。簡単だと思っていたが、そう上手くことは運ばなかった。
最初に『う』と『り』を認識させようとした時――問題が起こった。
「よし、『う』を押したぞ!」
グループ全員で常に電話を繋いでいる状態にした。
電話を繋ぎっぱなしは充電を食うからと、節約していたが、後は文字を認識させるだけ。すぐに終わると思っていた。
それくらいなら、僕たちもやるよ。
俊介と雪がそう言ってきた。
俺一人で文字を認識させに行くつもりだったから、その提案は意外だった。しかし、速く終わるならその方がいいと判断した俺は、一番遠い、『う』へと向かう最中だった。
「な……」
俺の声で――『う』を認識させたと言っていたが、今、俺がいる場所は『し』。
か行に狐が居るので先に進めていない。
それなのに――何故?
俺は自分の声だからこそ、違うと分かる。
しかし――電話の先の俊介と雪には分からない。
「分かったよ、丈ちゃん」
「まて、俊介!」
実際に『う』はまだ認識させていない。
それなのに『り』を認識させたら――間違いになる。俊介を止めようと必死に声を出すが、しかし、俺の声が電波に入らないのか――非情にサイレンが鳴り響いた。
「え……。丈ちゃん?」
俊介の声は困惑で震えていた。
「俺は何も言ってない――誰かが、ああ、今はとにかく逃げろ! 今から走れば『はい』に行けるだろ!」
『り』から『はい』までの距離は近い。
だから二人をそこに置いてきたのだが――。
「ちょっと、俊介? 早く!?」
雪の怒声が聞こえた。
「ねえ、本当に、もう。何で?」
「どうした、雪!?」
「俊介が動かないの!」
「違うんだよ、怖くて、足が動かない」
狐によって拓海が食い殺された映像を――サイレンが鳴った事で、自分に重ねてしまったのか。
素早く動く狐の影に――圧倒されてしまった俊介。
「くそっ」
どうする?
俺がここで違う文字を認識させれば。
そこまで考えた時、雪が止めた。
「私が鳥居爆弾で時間稼ぐから。早く『う』を認識させて!」
「っ、助かる」
俺は『う』へと向かって地面に触れる。
地響きと共に何がが落ちる音がした。これは鳥居爆弾の音だ、どうやら雪は無事にあてることが出来たようだ。
「次は『り』だが……」
その近くで狐は固定されている。
「今はまだ近づけないか」
それでも、俊介が心配だ。狐を止められる時間は1分。
その間に何とか『はい』へ向かってもらいたい。
最初に入ってから20分は経過した。
「雪! 俊介はどうだ?」
「何とか『はい』までは入れたけど……。丈流はどうするの?」
「このまま狐が動くのを待って、『り』を認識させる」
「丈流にばっか迷惑かけちゃうけどゴメンね……」
「気にするな」
狐は固定から解かれたのか、ゆっくりと『り』から離れて行った。
これなら『り』を押しに行けると思った。
だが、そんなに簡単には押させて貰えないようで――再びサイレンが無情にも響いた。
「なっ、誰だ?」
「は、おい、丈流! あと『と』押せばクリアできるんじゃないのかよ!?」
「賢人?」
何故あいつが外にいる?
まだ『いいえ』に入ってから30分も立っていないぞ?
「お前がラストだっていうから早くでてきたんだよ。それなのに、くそっ」
「今は、鳥居で押さえてる、その間にとにかく『はい』に急げ!」
「俺もそうしてぇけど、もう狐が……」
しまった。
1分はもう越えていたのか。
「じゃあ、鳥居爆弾使え!」
「言われるまでもねよ」
地響き。
これで俊介以外一人1個、鳥居爆弾を使ってしまった。いざと言う時はこのふざけた形の爆弾が、最後の頼みだ。
数少ない爆弾を誰も使いたくないはず。
「俺も『はい』に向かう。一度作戦を立て直した方がいいな」
「だな……」
07
「ごめん、僕怖くて……」
「気にしないでいいのよ。それより、丈流。なんであんなウソついたの?」
隅で泣いている俊介を励ましながら、雪は俺が入るなりそう問い詰めた。
「俺は何も言っていない」
「嘘つくなよ」
賢人もかなり怒っていた。それはそうだ。
『いいえ』を使いきってしまった。
それも時間より遙かに早くだ。まだ休めたにも関わらず、更には鳥居爆弾も使ってしまった。
「うん、私たちも、丈流が『う』を認識させたって、言うからやったのに」
俺は何も言わなかった。それなのに俺も聞いた。自分の声で俊介たちに合図する声を。その結果、2つの鳥居爆弾と『はい』に、戻ってきてしまった。
「何かが、電話を妨害している可能性がある。なら、全員固まって動いた方がいいだろう」
今はここで言い合っていても意味はない。
体力の回復と、心を落ち着かせることに集中するんだ。焦りと疲れはミスを生む。どんな一流のスポーツ選手だって同じだ。
アスリートでもない俺達なら、余計そうだ。
そして――ここでのミスは『死』。
〈みなさんにおしらせです、ただいまより、狗をはなしますので、きをつけてください〉
俺達は僅かな休憩時間を有用に使うべき全員が黙っていた。しかし、あと少しここから出なければいけない。
そのタイミングで――お面の少女の声が聞こえた。
狗を放つ?
それは、この紙の上に更に一匹あんな化け物が増えると言う事なのか?
「よりによって……まだ、難易度上がるのか」
折角答えが分かったのに――押しに行けなければ、何の解決にもならない。
「そんな……」
気丈に俊介を励ましていた雪もがっくりと項垂れた。
一匹で限界なのにもう一匹。
そして、電話妨害が何故起こったのかも分かっていない。
「俊介、私たち、もうすぐ10分立つわ。行きましょ、歩ける?」
「なんとか……」
おぼつかない足取りで俊介たちは出ていった。
俺もその後に付いて行く。
まだ、時間はあるけど――今の二人を先に行かせる訳には行かない。
「賢人、お前なら一人でも平気だな?」
「当たり前だろ? ただし――余計な事はしないからな? 俺は逃げるだけだ」
「それでいい。生きろよ?」
「とーぜん」
まずは増えたと言うもう一匹の獣を探すが――壁から見えるのは狐の姿だけだった。
「増えてないわね……嘘だったのかしら?」
「雪。希望的に考えるな。こういった状況では希望を持ちたくなるが、正面から客観的に見なければ――本当に生き残る事ができない」
見せかけの希望に騙されたら命を落とす。
この紙の上には2匹の獣がいる。それを前提に考えれば、何故もう1匹の獣の姿が見えないのかわ――簡単に分かる。
「壁より小さい可能性が高い」
「え……それじゃあ」
「ああ」
狐の様に動きを確認しながら移動ができなくなる。
ようやく慣れてきたのに。
姿の見えない狗をどう対処すればいい?
「とにかく、周囲に気を配りながら行くしかない。俺は狐の動きに注意する。俊介、雪は後ろと横を見張ってくれ」
俺達はゆっくりと移動しながら『う』を目指す。
一度間違えるとやり直しか。
昔のテレビゲームを思い出すな。もっとも、現代のゲームは詳しくないが。
狐は反対にいた。
このチャンスを利用して一文字ずつ、確実に認識させていくしかない。
「あら?」
その時――雪が何かを見つけた。
彼女が指さす先にいたのは、体は小さく、胴体が長い。短い足でちょこんと、座った獣。尻尾を左右に振る姿が愛らしい。
その正体は――。
「ミニチュアダックスフント?」
淡いクリーム色した毛は柔らかそうで、キラキラとした視線で俺達を見ていた。
普通に話せるまでには回復した俊介。
俺の袖を引っ張りながらその狗を見つめる。
「ちょっと、めっちゃこっち見てるよ?」
「あれが……『狗』?」
それにしては余り怖くない。あのバカでかい狐と比べればインパクトに欠ける。正面から見つめ合ってるのに全然襲い掛かってこない。
「襲ってこないなら先を急ごう。雪、あの狗の見張りを頼む」
「うん。任せて」
『そ』の位置にいた狗。
俺達が無視して『あ』へ足を進めると、
「ちょっと、付いて来るよ?」
どうやら、一緒に移動しているようだ。
襲い掛かっては来ないと言っても、狐と同じ狐狗狸。このまま一緒にいるのはまずいか。
「うーん。私的にはあの狗、全然怖くないんだよね」
雪はそう言って、まだ、十分距離は会った狗に向かって、おいでおいでと手招きをした。何気ない気持ちでやったのだろう。
しかし、その普通の行為によって雪は――。
「え?」
はっはっ。
と舌を出しながら、可愛らしく走って来るダックスは――雪の脇腹へと飛び込んで、がぶりと、噛みついた。
自然な流れ。ペットと飼い主が遊ぶ気軽さで、噛みついた、
犬は全て、おいでと呼ばれたら、そう行動するんじゃないかと――思ってしまうくらいだった。
喰らう気を隠そうとしない狐と比べていたから――殺気ない狗にどこかで油断してしまったのか?
しかし、悲鳴を上げたのは噛まれた雪では無くて俊介だった。
「あああああああああああああああああああああああ」
「俊介!?」
俊介は一目散に『いいえ』と書かれたブロックの中に入っていった。
だが、そうしている間にも雪の胴体は喰われていく。
「う、……うう、うう」
呻きながらも雪は鳥居爆弾に手を伸ばして、叩きつける様に自分の脇腹を喰らう狗にあてた。
「大丈夫か!?」
「な、訳ないでしょ……」
鳥居に抑えつけられることで解放されたが――出血が止まらない。引きちぎられた雪の脇腹が、ごろんと転がった。
助からない。
俺はそう判断したが――その場から動けない。
「早く……、行きな、さいよ……」
「でも」
「いいの……」
雪は鳥居に抑えつけられている狗の前で横たわっている。その怪我ではもう動く事も出来ないのか……。
「食べられる姿……、見られたくないかな」
「雪……」
「最後に……これだけ、言わせて」
雪の声がどんどん小さくなって呼吸が荒くなる。
あと、10秒で鳥居の拘束が止めてしまう。俺はブロックから離れながら雪の最後の言葉を聞いた。
「生きて」
その言葉を背に――俺はそのブロックから全力で逃げた。
08
自分の肉が食べられる中――私は、丈流に言った最後の言葉を悔やんでいた。最後の最後位素直になればよかったのに。
この六年間――ずっと、嘘を付いて生きてきたんだから。
私は丈流が好きだった。
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと好きだった。
彼の事を思えば、どんな困難もこえられると思っていたのに――所詮一方的な片思いじゃどこにも行けないのよね。
生きても戻れないのよね。
この気持ちに気付いたのは丁度、コックリさんをやる前。
夏休み前だった気がするる
私はその時、勢いに任せて――告白をした。
今と同じように――犬に襲われたんだった。
「見ろよ、あの犬めっちゃでかくね?」
私たち3人――私と丈流、そして賢人は、いつもとは違う帰り道で学校から帰っていた。なんでその日は別の道を使ったのか、忘れちゃったけど、とにかく大きな犬がいた。
「デカかろうと犬は犬だ」
「馬鹿だなぁー。大きさによっては確か名前が変わる鳥もいるんだぜ?」
賢人が自慢げに、どっかの漫画で手に入れたであろう知識を披露する。頭じゃ丈流には勝てないんだから辞めとけばいいのに。
「馬鹿はお前だ。名前が変わろうと鳥は鳥だろ」
俺が言っているのはそう言う事だ。
いつものクールな表情で言う丈流。私はその横顔を見てるのが好きだった。
「はぁ? それってさ、人類みな兄弟ってか? だけど俺とお前は兄弟じゃないんだぜ?」
「それは、気持ちの問題だ。また、話が変わってるぞ、賢人」
「3歩、歩いたら忘れるのか、賢人は? それなら鶏だな」
「誰が鶏だ」
「まさか、人間から鶏になるなんて。どうやら、俺の知識もまだまだ足りないな」
「てめぇ……」
二人が取っ組み合いを始めた。
この二人ほどケンカするほど仲がいい。
その諺が似合う友情は無いだろうな。私はしばらくその喧嘩を見ていたけど、こうなると終わるまで長い。
だから、何となしに、近くにいた大きなワンちゃんにおいで、おいでと手招きをした。
その大型犬のリードが甘かったのか、首輪がぼろかったのか分からないけど――興奮した犬は、勢いよく私に襲い掛かろうとした。
がぶ。
頭から綺麗に噛まれるなんて、ギャグ漫画位だと思うけど、私は見事に頭を噛まれた。幸いにも帽子を被っていたので、深い傷にはならなかったけど。
丈流が、その犬の口の中に手を突っ込んで引き離してくれた。だからその程度で済んだんだ。
「大丈夫か? 雪」
大泣きした私に優しく手を差し伸べた丈流。
私は彼に抱き着いてこういったんだ。
「ありがとう、大好きだ!」
泣きながらでも、それでもしっかり聞こえたと思う。
でも、丈流は今も答えてくれてない。
狗に食べられながら、思い出す。
走馬灯。
どうせならもっと早く流れてくれれば、最後に告白できたのに。
丈流の気持ちは分からない。もしかしたらそんな出来事忘れてるかもしれない。でも、でも……。
「ありがとう、丈流。大好きだよ」




