駅で逢いましょう
「もう別れましょう。なんだかつまらない。」
いきなりそんなことを彼女に告げられて、俺の頭は真っ白になった。
「そんなこと急に言うってなんだよ。なにがつまらないって言うんだ。」
俺はブツブツと文句を言いながら昼の上野駅を歩く。
日曜の駅構内は平日とは違った賑やかさだ。
人々が騒々しく行き交うのをサングラス越しに見ながら、しかし自分の脳裏には先程別れを切り出した女の姿が浮かんでいた。
ちょっと顔がかわいかっただけで、頭は弱かった。
そんな女にフラれた事になるのか。
はっきり言って屈辱だ。
そんな風になんだかわからない苛立ちを踵に乗せて闊歩するうち・・・
ふと、あるコーヒーショップに目が向いた。
それはよくあるコーヒーとサンドイッチを提供する、扉もないコーヒースタンドの一角。
女性が文庫本を読んでいた。
本来なら、だからどうしたと言うようなよくある風景で、いつもの俺ならただちに意識を剥がしていただろう。
なぜなのか。
もしかしたらフラれた直後だったからかもしれない。
その女性から視線を離せない。
カジュアルなパンツルックでスツールに腰を掛けて、静かに本に目を落としている。
時折軽く動く口元も、一心に字面を追う眼鏡の奥の眼も、どうしようもなく魅力的だ。
どれくらい呆けて見つめていたのか、彼女が突然顔を上げて我に帰った。
しかしそれは不審な男の視線に気付いたからではなく、時間を気にしての事だった。
持っていた文庫本を鞄にしまい、紙コップを手に立ち上がる。
そのカップと紙ナプキンを燃えるごみに、蓋とマドラーを燃えないごみに突っ込んで、一度自分の座っていた席を振り返り確認する。
そしてキャスケットを忘れている事に気づき、慌てて拾って頭に乗せる。
俺の事には全く気付かない。
彼女は横をすり抜けて足早に歩き去った。
俺はその後ろ姿が人混みに紛れて見えなくなっても動けなかった。
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「・・・って言う感じだったのよ。聞いてる?」
俺は昨日の出会いを相方に話していた。
黙ってギターをつま弾いていた彼は、そのまま音を鳴らしながら顔を上げずに答える。
「聞いてるけどよ」
そして、ジャッとダウンストロークで全ての弦を鳴らして顔を上げた。
「そんなことどうでも良いんだよ早くブースに入れレコーディングだぞ今日は!」
と雷が落ちる。
うひゃっと肩をすくめた俺は慌ててレコーディングブースに飛び込んだ。
「オッケー。良いぞ。」
マイクを通して相方の声がブースに内に響いて、ひとつ息をつく。
事務所に引き合わされてギターとボーカルのロックユニットとして活動してきて3年目。
意外と順調にここまでこれたのは、俺達の相性が良かったからだと思う。
彼、古菅善成が作る曲に俺が詞を書き歌う。それがなかなかキモチイイ。
今回も気持ち良く歌える歌になった。
満足感に浸りながらブースから出る。
相方の顔も心なしか緩んでいるようだ。
「次の曲は出来てんの?」
ペットボトルの水を口に運びながら尋ねると、彼はンー、と伸びをしながら答えた。
「もうちょっとで何か出てきそうなんだけどなぁ。お前ちょっとなんか鼻唄歌ってみてよ。」
「ん?いいよ。」
快諾して、思い浮かんだメロディーを口ずさむ。
しかし、それは数秒で遮られた。
「お、良い歌じゃん・・・ってそれ“KNIGHTS”の歌じゃねぇか!」
きっちり入れられたノリ突っ込みにスタッフからも明るい笑い声が上がる。
基本的に曲を待って詞を作れば良い俺よりも、産みの苦しみはキツそうだ。
「まぁ良いや。曲なんて出てくる時にしか出て来ないんだよ。」
投げ槍に言って冷めきった缶コーヒーを喉に流し込む。
それを見てさっきの話題を思い出した。
「そうだよ古菅さん。相談したいんだけどさ、どうするべきだと思う?」
「あ?何が。」
「何がって、昨日会った女の人の話。」
ああ、ああ、と空になった缶を弄びながら椅子でクルクル回り出した。
これは実はめんどくさいと思っている時の癖だ。
だからと言ってこっちも引く気はない。
「どうするって言ったって、また会える保証はあんのかよ。どこに向かって歩いてったって?」
「う、新幹線の改札口方面。あでも、その手前のホームに降りたかもしれないし。」
「つうことは、結局どこの人かもわからないんだろ?どうにか出来るのか。」
やはりだてに8年も長く生きてない。的確な判断に心臓が抉られる。
古菅は面白そうな顔で俺を見ていた。
「それにしても、そんなにイイ女だったのか?お前がそんなに気にするなんて余程じゃねぇ?つか、彼女いなかったか?」
再びグサリと何かが刺さる。
俺は傷付いてなんていない、そう思っていてもやはり一方的に別れを告げられるのは気持ちが良いものではないだろう。
「うるさいなぁ。過去は振り返らない主義なんでね。」
今度はこちらが投げ槍になる番だった。
ニヤニヤしていた古菅が缶を机に置いた。
カンッとやけに良い音がする。
「珍しいと言えばその場で声をかけなかったのも珍しいな。だいたい気になったら即行動だろ?」
その言葉には大きく手をふった。
「いやいやそんな節操なしじゃないよ。何だと思ってんの俺を。」
「え?そっちの世界から俺のとこにまで噂が届くんだから相当遊んでんじゃねぇの?」
「遊んでねぇわ!」
その時、マネージャーから時間を告げられた。
次の仕事に移動する時間だ。
納得いかない心を強引に黙らせて荷物をまとめる。
「昨日渡した曲、早く詞くれよ。」
トートバッグを肩に引っかけて振り返ると、空いている右手で親指を下に向けた。
「深夜にでもメールで送ってやるよ!」
そして、足音も荒くスタジオをあとにした。




