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1.のらねこ小路(こみち)

 町のレストランと魚屋さんの間に、細い路地がありました。車がびゅんびゅん走る大きな通りからちょっとはなれた、小さな路地です。

 そこにはレストランと魚屋さんのゴミ箱が、いくつもいくつも置かれていました。

 ゴミ箱は毎日、レストランのお客さんの食べ残しや、魚屋さんで売れ残った魚でいっぱいでした。

 それを、のらねこたちがほうっておくわけがありません。人間にとってはただのゴミでも、のらねこたちにとってはごちそうの山なのですから。

 のらねこたちは、エビフライのしっぽやら、サンマの頭やら、ごちそうを食べに毎日毎日集まりました。

 いつの間にかその細い路地は、町の人から『のらねこ小路こみち』と呼ばれるようになりました。

 そんなにのらねこたちが集まって、ケンカにならないのかですって? それがならないのです。

 のらねこ小路こみちには『スイカの親分』というボスねこがいました。

 中身がいっぱいつまった甘いスイカぐらい大きくて、スイカとそっくりなシマシマもようのねこです。

 大きくて強いスイカの親分には、誰も逆らえません。

 そのスイカの親分がいつも目を光らせているので、のらねこ小路こみちではケンカが起きないのです。

 たくさんいるのらねこ小路こみちののらねこたちの中に、ちょっと変わった白いこねこがいました。

 白いこねこは他のねこたちが大好きなエビフライのしっぽや、サンマの頭はあまり好きではありませんでした。

 代わりに、キャベツのシンや、ほうれん草のクキや、ピーマンのヘタが大好きで、野菜ばかり食べていました。

 それでみんなはこねこのことを『なっぱ』と呼びました。

 なっぱは自分でも、自分が他のねこと違うなとは思っていました。

 でも、なっぱが好きなキャベツのシンや、ほうれん草のクキや、ピーマンのヘタは誰も見向きもしないので、いつも好きなだけおなかいっぱい食べることができました。

 ですからなっぱは、自分がみんなとちょっと違うことを気にしないようにしました。




 ある日のことです。

 今日ものらねこ小路こみちは、のらねこたちでいっぱいです。

 のらねこたちは並んで一匹のねこがごちそうを食べ終わるのを、いまかいまかと待っていました。

 ごちそうを食べているのは、スイカの親分です。

 のらねこ小路こみちでは、ボスのスイカの親分が一番最初にごちそうを食べて、残りを他のねこたちが分け合うしきたりなのです。

 それで、今日はスイカの親分はいくつエビフライのしっぽを残してくれるだろう? いくつサンマの頭を残してくれるだろう? と、みんな気がきではありません。

 ようやくスイカの親分が食べ終わって、残ったごちそうをみんなで分けると、今日もチョッピリしかありません。

「おいしいごちそうが、おなかいっぱい食べたいなぁ」

 しっぽが『く』の字に曲がった、サバトラもようのねこがぐちを言いました。

 しっぽが『く』の字に曲がっているので『しっぽくの字のくーたろう』とみんなから呼ばれているねこです。

「しっぽくの字のくーたろうさん。そんなにおいしいものが食べたいの?」

 白いこねこが聞きました。

 野菜が大好きなこねこのなっぱです。

「そりゃぁそうさ、見てみろよ」

 そう言うと、みんなで分け合ったごちそうを見せました。

「エビフライのしっぽがふたつと半分。サンマの頭はひとつっきりだ。これじゃぁ、おなかいっぱいになんかなりゃしない。あとはカビたパンでも食べるしかないぜ」

 しっぽくの字のくーたろうは、またぐちを言いました。

 なっぱはその話を、緑色したピーマンのヘタをかじりながら聞いていました。

 コリコリコリ

 なっぱがピーマンのヘタをかじるいい音がします。

 それがあんまりおいしそうだったので、しっぽくの字のくーたろうはちょっぴりうらやましくなりました。

「おい、なっぱ。ピーマンのヘタってそんなにおいしいのか?」

 しっぽくの字のくーたろうが聞きました。

「おいしいよ。甘くて、コリコリしてて、最高だよ」

 それを聞いて、しっぽくの字のくーたろうは、自分もピーマンのヘタが食べてみたくなりました。

「おい、なっぱ。オイラにもピーマンのヘタを食べさせろ」

「いいですよ、しっぽくの字のくーたろうさん。ぼくひとりじゃ食べきれないくらいあるから、いっぱい食べていいですよ」

 なっぱは気前良く言いました。

 しっぽくの字のくーたろうは喜んで、ピーマンのヘタにガブリとかぶりつきました。

 ピーマンのヘタがコリコリっとしたあと、青くさくて苦い味が口の中いっぱいに広がります。甘いなんてとんでもありません。

 しっぽくの字のくーたろうは、急いでピーマンのヘタをはき出しました。

 口の中にピーマンのヘタの苦い味が残って、目に涙がたまりました。

「甘いなんて、だましたな!」

 しっぽくの字のくーたろうは、かんかんに怒って言いました。

 なっぱは悲しくなりました。だますつもりなんかなかったのです。

 なっぱは、ピーマンのヘタをひとつかじると、コリコリっとしました。

 口の中に青くさくて苦くてチョッピリ甘い味が広がります。どうしてみんなこのおいしさがわからないんでしょう。

 なっぱはため息をついて言いました。

「こんなにおいしいのに」

「おいしくなんかあるもんか。そんなの食べるねこなんかいやしないよ」

 そう言うとしっぽくの字のくーたろうは、口直しにふたつと半分あるエビフライのしっぽのひとつをパリパリっと食べました。

 なっぱはやっぱり自分は変なねこなんだと思って、しゅんとしました。

 それを見て、しっぽくの字のくーたろうはいいことを思いつきました。

 なっぱにうそを教えて、だましてやろうと思ったのです。

 だって、今、なっぱにだまされて、青くさくて苦いピーマンのヘタを食べさせられたばかりなのです。だましてもそれでおあいこです。

「おい、なっぱ。ひょっとするとお前はウサギかも知れないぞ」

「ウサギってなんですか?」

 なっぱはしっぽくの字のくーたろうに聞きました。生まれてからずっとのらねこ小路こみちの周りで暮らしてきたなっぱは、ウサギというものを知らなかったのです。

 それを聞いてしっぽくの字のくーたろうは、しめしめと思いました。なっぱがウサギを知らないのなら、だますのは簡単です。

 しっぽくの字のくーたろうは、心の中でにゃひにゃひ笑いました。

「ウサギはねこの種類さ。野菜が大好きなねこの種類さ」

「ねこの種類?」

 なっぱは首をかしげました。

 ねこの種類と言われても、なっぱにはピンとこなかったのです。

「しょうがないなぁ、なっぱは何も知らないんだから」

 しっぽくの字のくーたろうは、あきれたように言いました。

「ぺるしゃとか、しゃむとか、あめしょーとか、ねこにはいろんな種類がいるのさ。ウサギもねこの種類のひとつなのさ」

 なっぱは、しっぽくの字のくーたろうに感心しました。

 ねこにそんなにたくさん種類がいるなんて、今まで全然知りませんでした。

「なっぱは野菜が大好きだろ? きっと、ウサギって種類のねこに違いないさ」

 しっぽくの字のくーたろうの話に、なっぱは目を輝かせました。今まで自分はみんなと違う変なねこだと思っていたのが、それはなっぱがウサギという種類のねこだったからなのです。

「そうか、ぼくはウサギって種類のねこだったのか」

 なっぱは、すっかりだまされてしまいました。

「じゃぁ、ぼくと同じ野菜が大好きなウサギって種類のねこは、他にもいっぱいいるんですね?」

「ああ、そうだとも」

 しっぽくの字のくーたろうは、おかしくておかしくてしかたがありません。

 心の中でお腹をかかえて、にゃひにゃひ笑いました。

「ぼく、仲間のウサギに会いたいなぁ」

 なっぱが言いました。

 今まで自分だけがみんなと違った変なねこだと思っていたのに、他にも仲間がいると聞いたのですから無理もありません。

 しっぽくの字のくーたろうは、なんだかおもしろいことになってきたと思いました。

 心の中で、にゃひにゃひ笑いました。

「ところで、どこに行けばウサギに会えるんですか?」

 なっぱが聞きました。

 でも、しっぽくの字のくーたろうも、ウサギがどこに住んでいるのかなんて知りません。

 しっぽくの字のくーたろうは、エビフライのしっぽをもうひとつパリパリっと食べて考えました。

 すると、いい考えが浮かびました。

「それじゃぁ、スイカの親分に聞きに行こう」

 スイカの親分と聞いてなっぱビクっとしました。

 それぐらいスイカの親分は怖いねこなのです。

「しっぽくの字のくーたろうさん。スイカの親分がウサギが住んでいるところを知っているんですか」

 なっぱが聞きました。

「スイカの親分は、顔がひろーいからな。きっと知っているに違いないさ」

 しっぽくの字のくーたろうが言いました。

「でもぼく、スイカの親分に教えてもらえるように、うまく話せるか自信がないです」

「なーに、心配いらないさ。オイラがいっしょに行って、スイカの親分に聞いてやるよ」

 しっぽくの字のくーたろうが、胸を張って言いました。

 もちろん、心の中ではにゃひにゃひ笑っています。

「本当ですか?」

「本当だとも」

 なっぱは喜びました。

 だって、怖いスイカの親分と話さなくてすむのですから。

「しっぽくの字のくーたろうさん、ありがとう」

 なっぱはお礼を言いました。

 本当のことを言うと、しっぽくの字のくーたろうもスイカの親分と話すのは怖かったのですが、それよりも、なっぱのことをだます方がおもしろいと思ったのです。

 しっぽくの字のくーたろうは、心の中でにゃひにゃひ笑いました。


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