絶体絶命
「もしあんたが本当に暗殺者なら、王宮にいるブライアンという男を殺してほしい。詳しいことは言えないが金なら出す。今はこれだけしか持ち合わせがないが、後から言い値を払おう」
カンザス団を抜け出してきたから逆にお尋ね者の可能性もあったが、先程の剣の腕には百分の一の大博打に掛けてみたい、そんな気持ちに突き動かされる言葉では説明出来ないものがあった。
懐の砂金を取り出して切羽詰った口調で打ち明けると、オズは、
「たったこれっぽっち?前払いとしては少ないわ~」
と本気なのか冗談なのか軽口を叩き、それでも袋を受け取った。
「暗殺はいつでも出来てよ。それよりもあなたたちの道中には用心棒が必要でしょ。目的地までお供するから、どこに行くのか教えてくれないかしら」
確かにオズがいれば百人力であろう。申し出をありがたく受け入れた。
★☆★☆★
手に入れた馬で森を駆け抜けると、あっという間に南の神殿に着いた。さすが、馬の足は速い。
正面の扉をくぐると普段は温もりに満ちた顔が出迎えてくれるが、今はその気配がまったく無く肌寒さを感じた。それもそのはずで、ここの住人たちはすべて王宮の牢に囚われている。ジェシカも見知った顔がそこになく肩を落としている。それでも自分の使命を遂げるために、
「こっちにきて」
と階下へと続く隠し扉を開いた。
石の階段を一段降りるごとに肌寒さが増す。最後まで降りると視界が開けた。中は鍾乳洞になっていて、自然の明かりが頭上から差し込み意外に明るい。奥には祭壇があった。
祭壇の上に手を翳し、なにごとかジェシカが呟くとその真下の床がぱっくりと割れ、禊をするような泉が現れた。
南の神殿にこんな場所があったのかと眼を瞠る俺の前で、ジェシカは持ち歩いていた小さな瓶にその水を掬い入れ始めた。
「綺麗な水ね。飲んでもいいのかしら」
オズが溜息を吐きながら興味深そうに泉を覗いている。
「不老不死の長寿の泉らしい。味見してはどうだ」
ジェシカの誘いかけに俺は及び腰になり、オズはニヤリと笑った。
と同時に、ジェシカの身をあっという間に掻き抱いたかと思うと、ジェシカの飾り刀の刀身が優雅な動きで彼女の喉元に煌いた。
突然の行動に俺は呆然とオズを見つめる。
ジェシカも言葉を失っている。
「動いちゃダメよ」
俺とジェシカの双方に含めるように言い、
「ダグラス、約束のお姫様と不老長寿の泉よ」
と声を張り上げた。
その聞き覚えのある名前に反射的に後ろを振り返る。
石の階段にたくさんの靴の音が響き、先頭に不敵な笑みを浮かべた見覚えのある男がひとり、あとは無表情な黒尽くめの一団が現れた。
裏切られたことに気付き、最悪の展開に奥歯を噛み締めオズを憎々しげに睨む。眼で射殺せるものなら瞬殺してしまいたい。対してオズは飄々としている。
「姫だと?男ではないか」
不服そうにダグラスは唸った。眉間に刻まれた皺の下には、蛇のような目つきと低い団子っ鼻、神経質そうなへの字に曲がった口元と尖った顎を持つ、見るからに執念深そうな顔をした男だった。
「お姫様の変身願望を叶えて差し上げたのよ」
言うが早いか、空いていた右手には金の髑髏が踊っている。
眼を凝らしてみてもいつのまに抜刀したのか分からない。俺の剣を抜く暇も与えずに、冴え冴えとした髑髏が俺に向かって微笑みかけている。
ジェシカ同様に喉元に突きつけられ、俺は成すすべも無く立ち尽くす。そして器用にも幅太の太刀で俺の首の薄皮一枚を綺麗に剥いでみせた。その様子に耐え切れないように、
「オズ、やめてくれ。エイセルは傷つけないでくれ」
鈴を転がしたような美しい声音が嘆願する。いくら容姿を変身させてみても声音までは変えることは出来ない。
その声音に初めてダグラスが感嘆の声を上げた。
「その声はまさしく王女の声、よく化かしたものだな。だがまだ信用は出来んな」
下卑た笑いに何を言わんとしているのか察したオズは苦笑して、しかし短刀は華麗にジェシカの胸元を滑った。
「やめろ!!!!」
俺の制止の声とジェシカの抵抗の声が重なる。
嫌がるジェシカを難なく封じ込め、切っ先は布を切り裂き、ジェシカの胸のふくらみが垣間覗いた。
その姿に目尻を下げ、ダグラスはようやく満足そうに破顔した。
「王女様さえ大人しく戻ってくだされば、エイセルの無事は約束しますぞ」
甘い囁きに力なく項垂れていたジェシカが、一筋の希望のように藁にもすがる眼でダグラスを見て頷いた。その言葉に飾り刀の刀身がジェシカの腰に戻る。
「おまえの働きには感心したよ、オズ。ボスが探し求めていた不老長寿の泉も見つかるとは幸先が良い」
滔々と喋りながら近寄ってきたダグラスにオズは「お金は?」と催促した。
「抜け目の無い奴だな」と嫌そうにしながらも重そうな袋をオズに手渡している。
中を確認して、ジェシカの身体をダグラスに引き渡したオズ。ダグラスが恭しく手に取ろうとした腕は、瞬間空を切ってオズの左頬を打った。
紺碧の瞳が、
「恥を知れ!!!!」
と怒りに燃えている。信じていたのに裏切られた、そんなやるせない悲しみも見て取れる。
オズは自嘲したように笑い、
「お夜食楽しみにしててね」
と暢気に声を掛けている。
その言葉を無視して、
「エイセル、すまない」
とジェシカは俺に詫びた。
「ジェシカ、必ず救い出すからな」
本当はその顔を撫でてやりたかった。その肩を抱いてやりたかった。
だが、喉元には金の髑髏が未だ不気味に微笑んでいる。
踵を返したジェシカの腕を取り、ダグラスは、
「残りの金はもう一仕事片付けたあとだ」
と意味深に笑って、さらに黒尽くめの男数名に、
「おまえたちは見届けろ」
と謎の言葉を残し、意気揚々と引き上げていった。
「もう一仕事はなんだ?」嫌な予感がした。
「エイセル、あなたを抹殺することよ」
オズはにんまりと笑い、不気味に微笑んでいた金の髑髏が牙をむいて襲い掛かってきた。




