束の間の安穏
大通りを裏手に入って歩き続けると民家に紛れて、こじんまりとした佇まいの食堂が現れた。屋根は緑で壁はクリーム色、窓には鮮やかなステンドグラスが埋め込まれ、二階建ての屋根には風見鶏がくるくると舞っている。壁沿いに花壇があり赤やオレンジの花が咲き乱れ、手入れが良く行き届いていた。
「可愛い造りでしょ~」と舞い上がった野太い声の持ち主は、眼光鋭いカミソリのような風貌と鍛え上げた肉体の、オネエ言葉を使う男。
「そうだな、居心地良さそうだな」と冷静に応える愛らしい声の持ち主は、蝶よ花よと崇められるような容姿なのに、男のような言葉遣いをする女。
ふたりは気が合ったのか仲良く言葉を交わしているが、見た目と言葉使いの差が人目を引くのか、通りすがりの人の視線を集め逆に悪目立ちしている。
男はオズと名乗った。
俺の細い長剣とは違い、幅太の反り返った太刀を軽々と帯刀している。柄にも鞘にも金の髑髏の模様が螺旋状に施されていて悪趣味だ。
昨晩ラズール街の頭を倒したが、無言で佇んでいれば、本当の裏ボスはこの人と言われれば信じてしまうくらいの迫力がある。
そのオズを前にして一切物怖じしない態度のジェシカにも舌を巻く。
「さあ入って入って」
扉を開いてオズが俺たちを招き入れる仕草をする。その言葉にジェシカがなんの躊躇も見せずに入って行こうとする。それを押し留め、彼女の身体をくるりと反転させた。
まだ信頼しているわけではない。あの男が放った刺客かもしれない。彼女を背後に守り、いつでも抜刀できるように身構えて中に入る。
その行動にオズがニヤニヤと噛んで含んだように笑った。俺の疑いを見透かすように“隠し事なんかないから、ほら存分に確かめてみてよ”という表情を浮かべている。
背後ではジェシカが割り込まれたことで、ぶつぶつと文句を言っているのが聞こえたが無視した。
店内は外観同様、これまた可愛らしい造りだ。壁は丸太を縦に並べて繋ぎ合わせた仕様、床は寄木細工が施され星や太陽などの模様を描いている。円卓と椅子のセットが四つ、奥まったところにカウンター席がひとつあり、室内は木の温もりに溢れていた。周囲に視線を転じても怪しい気配は感じられない。
「私のお気に入りの店なのよ。ここのおすすめは鹿肉なの。一度食べたら病み付きよ~。さあ座って座って」
オズのペースに完全に乗せられているが、食堂は俺たち以外に誰もいない。
「店主は?」尋ねると、
「気にしないで~」
という的を得ない返事をして、オズが勝手にカウンターに入っていく。勝手知ったるなんとやらで、食材を吟味して腕まくりした。
「私ね、もともとここのコックだったの。だから今日は私のお手製よ~、たくさん食べてね」
いろいろツッコミどころが満載過ぎて黙り込む。
すると彼のほうから、
「ほら、料理と暗殺の感覚って似てるじゃない?どちらも緻密だし最後まで気が抜けないでしょ。料理は盛り付けまでが大事。暗殺もただ殺せばいいってもんじゃないわ、いかに美しく殺すかが大事なんだから。分かるかしら?」
「暗殺の経験無いからその美学、ぜんぜん理解出来ない・・・」
遠い眼をする俺とは違い、ジェシカは興味深そうに聞き入っている。
そんな不毛な会話をしながらも、あっという間にテーブルに料理が並んで、
「さあ召し上がれ」
と、オズがにんまり笑った。彼なりのにっこりの表情だと思うが怖い。毒入ってないよな?
「大丈夫、大丈夫、ほら私が味見して、あ、げ、る」
料理をちょいちょい摘まんで自分の口に放り込んでいく。そして、
「私って天才~、どれも最高に美味しい~」
と自画自賛している。
読心術でもあるのかと眼を瞠る俺に、彼は意味深に笑って、
「冷めないうちに食べてよ~、この鹿肉最高なんだから~」
と急かしてきた。
確かに目の前に出された料理はどれも素晴らしく美味しそうだった。盛り付けも繊細で芸術的。何よりも匂いが食欲を刺激して無意識に手が伸びた。
そこからひたすら無言で俺とジェシカは食事をし、すべての料理を腹に収めた。オズの言うとおり、鹿肉は絶品で、他の料理も引けを取らなかった。
空になった食器を見てオズは満足そうだ。
感謝を込めて礼を言うと、
「作り甲斐あるわ~」
と、足取り軽やかに空の食器を手早く片付けていく。料理の用意も後片付けも手早い。
一息ついて、
「さてと、お腹いっぱいになったところで、王女様」
と、彼はやおら切り出した。
その場に緊張が走る。
思わず刀の柄に掛けそうになった俺の手を、それよりも早くオズの手が伸びてきて動きを封じられる。ビクともしないその怪力に言葉を失う。さらに追い討ちで、
「うふふ。カンザス団を舐めてもらっちゃ困るわよ~。次期女王の王女殿下の顔くらい頭に叩き込んでいるわよ」
得意げにオズは胸を反らした。
「だからラズールでは本当にびっくりしたのよ。わが国の至宝とまで言われている王女様が、あんなところで酔っ払いに絡まれているんだもの。眼を疑ったわよ。でもね興味深いなとは思ったけど、助ける道理は無いから傍観していたの」
さらりと冷酷なことを言った。
「そしたらエイセルが見事あの場を収めたでしょ。王女様の手前だから流血沙汰を避けて剣舞まで披露して、あの場を丸く収める度量。暗殺の美に似ていて感動したわ。あれを見てあなたの弟子になりたいと強く思ったの」
滔々と語る横顔に今まで信じていなかったが、もしかしたら本物の暗殺者なのかもしれないという疑惑がいまさらだが芽生えた。
国王夫妻には息子は無く娘がふたり存在する。姉のジェシカ王女と妹のシンシア王女。どちらの王女も国王夫妻にとっては掌中の珠だが、とりわけジェシカ王女は次期女王の責務もあり即位までの間、王宮の奥深くに身を置くため庶民は顔を知らないのが常だった。
そしてもしあの男の追っ手なら、あの場でジェシカの存在を傍観しなかったはずだ。喉から手が出るほどあの男はジェシカを欲しがっている。あの場で俺を殺してジェシカを奪っていくだろうと簡単に推測出来た。
最後に、今も俺の手首を封じ込めるこのとてつもない怪力。悔しいことに振りほどけない。
読心術も剣を握る動きを見極めることも、恐らく暗殺者としては朝飯前なのだろう。
そう思う側から俺の考えを読んだのか、うんうんと頷いている。
観念して「要求はなに?」と問いかけると意外な応えが返ってきた。




