エピローグ
穏やかな昼下がり。
ディアナンの風見鶏がくるくると舞う食堂の入り口には“本日貸切”の札が、ぶら下がっていた。
その入り口のドアを開けておずおずと入ってきたのは、街娘姿のジェシカだった。
先日十八歳の誕生日を迎えたばかりで、左手にはまだ包帯が巻かれて少し痛々しい。
「どう~?王女様には見えないでしょ~?」
後方からオズがにんまりと現れて、みんなの反応を窺っている。
“か、かわいい。似合ってる”と食い入るように眺めているのはエイセルで、涼やかな瞳がだらしなく垂れ下がり相好が激しく緩んでいる。
「ジェシカ、すごくかわいい」
シンシアが感極まった様子で、ジェシカの首に思いきり抱きついた。
「そ、そうかな?本当は男装したかったんだけどな。シンシアはいつもに増して、格好良くて凛々しいね」
騎士姿のシンシアは嬉しそうに笑った。
セアルギニア王国の至宝とも言われている二人の王女の姿は、まるで一対の絵物語のようで見る人の微笑みを誘っている。
「では街のお嬢さん、私と少しだけディアナンの散歩に付き合ってくださらないかな?」
シンシアの気取った誘いかけに、
「え?いいのか?散歩、シンシアとふたりで?」ジェシカは目一杯顔をほころばせた。
「ふたりきりではさすがに認められないわね。これをお供にどうぞ」
オズが差し出した掌の上には、小さなぬいぐるみのような黄色いドラゴンがちょこんと乗っていた。
クリッとした金色の瞳のドラゴンが、
「俺様が見守ってやるぞ」
口の端を上げて偉そうにふんぞり返っている。
この俺様口調、まさか・・・。
「セアルギニアの守り神のドラゴンがこんなミニチュアになるのか?」
エイセルが驚きの声をあげて、まじまじと見つめている。
「いつもはこのサイズなので、私も本当の姿はあのとき始めて見たのよ。ギャップ萌えよね」
オズがドラゴンの喉を撫でると「きゅうきゅう」と、眼を細めて気持ち良さそうに鳴いている。
シンシアは初めて見るドラゴンに驚きもせず、ニッコリとドラゴン目線でお辞儀をした。
「よろしく、ドラゴンの神様」
シンシアが人差し指を差し出すとドラゴンが「ノアと呼べ」と横柄に名乗り、シンシアの人差し指を小さな手で掴み握手した。
本当のサイズがあの、ひと吹きで空に虹を作った神々しい金色のドラゴンで、ミニチュアが黄色のぬいぐるみ、そのギャップにジェシカとエイセルはクスクスと笑いあった。
「あと少しで焼き上がりそうだから、それまでに戻ってきてね」
オズが匂いだけでケーキの焼き上がりを予測して伝え、ジェシカはシンシアとお供の一匹を連れて散歩に出かけて行った。
「オズ、手伝ってください」
奥から声を掛けたのはライアスで、薪ストーブの中のケーキの焼き具合を確かめている。
呼ばれたオズはカウンターの中に入ってライアスと肩を並べ、お茶会の準備に取りかかった。
そんなゆったりとした雰囲気の中、今まで沈黙のまま部屋と同化していたデビッドはおずおずとエイセルに近寄ってきた。
デビッドの傷はリタによって的確に処置されたようで、痛々しそうに右腕を庇っているが完治するらしい。
「あの時はすまなかった」悄然と頭を下げた。
「おまえを斬ったときは躊躇いがあったから、オズに斬り方が甘いと指摘された。けど王位継承の儀式でおまえがジェシカの夫候補に選ばれたと聞いたとき、殺したいほど憎いと思った。でも知ってたんだ、ずっとずっと昔から知ってて認めようとしなかった。昔からジェシカがエイセルを好きなことは知っていたんだよう。シンシアが僕のことを好きだったことにも気付いていて、気持ちを弄んだ時もあって、そのときにリタに殺されかけたことがあるんだ、昔。だから紫水晶の瞳を見たときに一気にそのときの記憶を思い出したんだよう。卑怯な人間なんだ、僕は」
小さい食堂だからデビッドの告白は耳の良いオズはもちろんのこと、ライアスにも聞こえているようだった。だが、ふたりは「紅茶とティーカップはどれにする?」と仲睦まじく会話している。
エイセルは“おまえもジェシカの気持ちに気付いていたのか・・・”と、なんともいえない複雑な顔をした。
「ジェシカが赦したから俺はもうデビッドを裁けないよ。それにリタさんの水攻めでチャラにされたし。あ、そうだ、オズ。ふたつ聞いていいか?」
「なにかしら?」
「なんで北の神殿に水攻めの仕掛けがされてるんだ?」
「あれは団長の趣味であって、私が神官長になったら悪趣味な仕掛けはすべて撤廃するわよ」
にんまりと笑った顔にエイセルが絶句している。
「・・・カンザス団の団長は北の神殿の神官長も兼任しているわけ?」
「そりゃねえ、いちお。真下に巨大な地下迷宮、掘っちゃってるから。用心に用心を重ねて」
エイセルは胡散臭そうにオズを見つめて、深々と溜息を吐いて首を振った。
「ふたつめ、ダグラスたちはどうしたんだ?」
「ちゃんと国外に送り返したわよ。そのあたりは抜かりなく。手引きしたからにはちゃんと送り返さないとね」
「この国は神秘の力で守られているのにどうやって?」
「んふふ。いずれ分かるわよ」
意味深に笑っている。
そのとき食堂の扉が開きリタが現れた。途端にデビッドが蒼褪め及び腰になっている。リタがじろりとデビッドを睨む。
その後ろから現れた人物にエイセルも驚いて立ち上がって、目を白黒させている。
それを唇に人差し指を当ててニッコリ微笑んだ、鳶色の瞳に肩までの漆黒の髪の中年の女性がひとり。 紺碧の瞳に茶目っ気を揺らした、金髪のダンディな雰囲気の中年の男性がひとり。
どちらも質素な服に身を包んでいるが、男性のほうは威厳が伴っている。
「今日はお忍びなの。お招きありがとう、オズ」
「ようこそいらっしゃいました、両陛下」
ライアスが略式の礼をした。
それを見たエイセルとデビッドが慌てて略式の礼をするのを、
「今日は無礼講だものね~。堅苦しいことは無しよ」
オズが不敬罪の極みのようなことを口走っている。
「そうそう、気にしないでくれ」おおらかに相槌を打って男は、
「ジェシカがオズに感謝していた。オズに命じてブライアンを暗殺するのは簡単だが、それでは意味がないと、私が行動を示しそれでオズが動くことに意味があると。私からも礼を言う。ジェシカを成長させてくれてありがとう」
オズはくすぐったそうに笑った。
続けて男は「デビッド」と名指しをした。
「リタから聞いたが、シンシアの気持ちを親として汲んであげたい。デビッドさえ良ければ」
「いいえ、私には、私ごときには」デビッドが恐縮するのを、
「すべてリタから聞いておる。聞いたうえでの判断だ。あとはデビッドの判断に任せよう」
男は鷹揚に笑った。
隣では、“よもやおまえ、この期に及んで断るなんてことしないだろうな”
と、リタがネズミを睨む蛇のような恐ろしい視線を向けている。
それを打ち破るオズの、
「はぁい、ケーキ焼けたわよ~」
明るい声が響き、薪ストーブからケーキを取り出した。
甘い匂いが辺りに漂い、ライアスも熱い紅茶をティーカップに注いだ。
「ジェシカの街娘姿、楽しみだわ~」
中年の女性がはしゃいだ声をあげたとき、ちょうど良いタイミングでジェシカたちが帰ってきたようだった。
「さ、お茶会のはじまりはじまり~」
オズがにんまりと笑ってお茶会の開催を告げたのだった。




