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水攻め

注:地下迷宮に濁流が押し寄せるシーンです。

  苦手な方は前半読み飛ばしてください。

 ゴゴゴッと(すさ)まじい勢いで近付いてくる地鳴りの音。

 冗談で言っていた水攻めだったのに、轟音(ごうおん)は容赦なくこちらを目指している。

 身体が震え足が(すく)み上がった。


「これは私のミッションなのに余計な真似をしてくれちゃって。余計なお世話だっての!」


 オズがしかめっ(つら)で凄く不機嫌そうに(うな)り、両手の指をバキバキと鳴らした。


「とにかく助かりたければ、あそこまで走って!」


 指差した先に見えるのは廊下の、

「行き止まりだよ!!!」


 叫ぶ俺のすぐ側でオズは厳しい顔で、腰から長い鞭を取り出した。

 間髪(かんぱつ)入れずに鞭をしならせ、まるで生き物のように鞭の先が俺たちを器用に避けて、廊下の先の天井の取っ手部分に巻き付いた。その感覚を確かめてオズが力を入れると、上から堅固な石段が砂煙と共に廊下の先に地響きを立てて姿を現した。


石段(あれ)を登ってちょうだい!!!」

 鞭を手早く元に戻しながらオズが野太く叫ぶ。


 珍しく切迫した声音だ。それもそのはずで、後ろから迫る轟音(ごうおん)が近い。

 その言葉につられて皆、階段目指して全速力で走る。

 俺は震える足を両手で叩きつけ、あとに続いた。


 オズは普通の身体能力では考えられない動きで途中、走っていたジェシカを横抱きに抱え跳躍(ちょうやく)し真っ先に石段の上に着地した。次にデビッドが辿り着き、遅れて俺が石段を駆け上った。


 背後を振り返るとライアスの真後ろに濁流の牙が迫る勢いだ。必死の面持(おもも)ちでライアスが走るが水の勢いのほうが早い。

 間に合わない、飲み込まれる!と思った(すん)でのところでライアスの姿が()き消え、その後オズが、


間一髪(かんいっぱつ)!」

 ニヤリと笑って極上の絹糸の髪の持ち主を優しく抱きとめた。


 ライアスの身に鞭がぐるぐると巻きつき、持ち手はオズがしっかり握り締めている。

 皆が胸を撫で下ろした。


 それにしても、このオズ只者(ただもの)ではないな。剣や鞭を自在に操る器用さに舌を巻く。


 濁流は見る間に水嵩(みずかさ)を増し、あっという間に地下迷宮の天井を()めた。

 この石段が無ければ危なかったと、俺は(きも)を冷やす。


「ありがとうございます」

 ホッとした表情でライアスが頭を下げた。


 鞭を(ほど)きながらオズは安堵の表情を浮かべる。


「ライアスの水死体は勘弁(かんべん)よ。顔が綺麗なんだから死ぬなら美しく死んでほしいわ」

「はい、死にたくなったらオズを指名致しましょう」


 そう(こた)えてふたりは笑みを酌み交わした。

 対してこちらでは、


「デビッド、話が違うとはどういうことだ?」


 絶対零度(れいど)の声音でジェシカが冴え冴えと呼びかけた。


 デビッドの身体が気まずそうにギクリと震えた。

 銀縁眼鏡の奥の水色の垂れ目がおどおどとジェシカの顔の輪郭をなぞり、想像以上にジェシカの眼差しが鋭いのを見て取ると視線を逸らし目を伏せる。


「どういうことだと聞いている、答えろ」

 山猫の瞳が鋭く詰問する。


 (むせ)び泣いているのかと思うほど肩を震わせたあと、

「僕は、僕は、僕は―――ぁッ!!」

 デビッドが弾けたように叫んだ。


「なんのために近衛(このえ)にあがり長官まで上り詰めたと思っているんだよう!!手が届かない存在だからせめて身近で守りたいと思ったんだよう!!それをまさかエイセルが簡単に奪っていくなんて!!不公平だよう!!」


 顔を真っ赤にして怒鳴った。


「なにを言っている?」

 ジェシカが虚をつかれたような顔をして周囲を見渡した。


「取られたくないって思ったんだよう!!エイセルが死ねばいいって思った!!これから北の神殿に向かうから、僕はブライアンの味方だから、ジェシカと共に助けてくれって取引したんだよう!!そしたらダグラスは分かったと返事したって部下が言ってたから!!なのになんで地下迷宮で水攻めに()うんだよう!!」


 俺を激しく睨んで胸中を真正直に吐露(とろ)した。

 その眼にはっきりと嫉妬心が()い混じっていて、俺は鈍器(どんき)で殴られたような衝撃を受けた。


 デビッドもジェシカが好きだったこと。好きだからジェシカに一番近い場所、近衛長官の座を目指したこと。だが、今回の王位継承の儀式で俺が夫候補に選ばれたことにショックを受け、嫉妬心でダグラスに内通し俺の死を約束した。

 幼少から一緒に育ってきた友の言葉とは思えなかった。


「はぁい、そこまで~」

 不意に、無駄に明るいオズの声が割り込んできた。


「ジェシカ、内通なんてよくあることよ」

 最初に内通した張本人が悪びれずに言い放った。


「エイセルも気に病まない。彼のは恋(わずら)いよ。一時(いっとき)の気の迷い」

 殺されかけたんだぞ、気に病むよ!!!

 俺の心の声をオズは(すく)って、自信満々に言い放った。


「大丈夫よ、天下無敵の私がついているんだから誰も死なせないわよ」

 高笑いする勢いで胸を反らせた。


 “自分で天下無敵とか言っちゃうわけ?”と俺が呆れた視線を投げかけると、ライアスが眼を穏やかに和ませて“まあまあ”と(なだ)めた。


「ただね」

 ジェシカ以上に底冷えする声音でオズは続けた。


「この地下迷宮の水攻めの決定権を握っているのはカンザス団長よ。坊やの裏切り行為は、どうやらSっ気の強いカンザス団長を刺激したみたいで、坊やへの殺意満々の水攻めね。水流、最強最悪だったし。巻き添えでライアスの水死体が出来上がるところだったわ。そうなったら私が生かしちゃおかないけど無事だったから不問にしてあげるわ。団長もね、不純な動機で私のミッションに首を突っ込んでこないで欲しいわ、まったく」


 後半はぶつぶつと呟きながら、

「ライアス、ジェシカに王位継承の儀式のすべてを話してよ」

 と、話を引き継いだ。

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