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死の商人

 迷宮というからには、ごつごつの岩肌に冷気をまとった湿っぽい洞窟のような造りかと思ったが、足を踏み入れてみると先程の地下通路よりも綺麗に舗装されていて驚く。


 さらにオズがなにやら壁を押さえるとシパシパッと音がして、一気に迷宮全体が煌々(こうこう)と明るくなった。通路の壁に一定区間おきに吊り下げられた松明(たいまつ)が一斉に火を灯し、全体を明るく照らしている。


「どんな魔法だ?」

 驚く俺たちの手元から松明を手に取ると、オズは、


「こんな魔法よ」

 と、5本の松明の炎をペロリと食べるように飲み込んで、次々と火を消してみせた。


「これは外で覚えた曲芸師の(わざ)なんだけどね。意外と熱くないのよ、これ」


 “火傷(やけど)してないわよ~”というように舌を見せてくれる。


 あ(ぜん)として開いた口が塞がらない俺たちを尻目に、

「こちらの炎は近代化の波ね。松明が燃えているように見えるけれど」


 オズは壁に取り付けてある松明に躊躇(ちゅうちょ)無く手を(かざ)すと、炎がゆらゆらとオズの手の中で踊った。


「これ電気なの。動力は北の神殿の背後の山脈から、真下の地下迷宮に流れ落ちてくる巨大な滝よ。その水を使って地下通路を水攻めにも出来るのよ」


 意味ありげに微笑んでいる。


「現カンザス団長はSっ気が強いから()をてらって現国王に水攻めを仕掛けたけど、私はそんな野蛮なことはごめんだわ。水攻めってほら、水死体になるとパンパンに膨らんじゃうでしょう?あれは(みにく)いわ。美のセンス疑っちゃうわ」


 入り組んだ造りになっている廊下をオズが案内した。


「デンキとはなんだ?」

 聞き慣れない単語に、好奇心を覗かせてジェシカが尋ねる。


「近代文明の成せる(わざ)ね。水や風や火などの自然の力を摩擦や引力によって熱を生み、それを電力に変える。私はこの地下迷宮は初めてなのよ。だからこの灯りは初めて見るわ。電気は外の世界で知ったの」


 不思議な呪文のように聞こえるオズの言葉は俺の耳朶(じだ)を優しくくすぐる。

 ジェシカも興味深そうな表情をしている。


「外の世界?」

「ええ、ジェシカも王位を継げば外を見ることが出来るわ。国王は外の世界で王妃と出会ったんだから。ロマンチックよね~」


 カミソリのような見てくれのオズが、うっとりとした表情を浮かべている。

 まずいものでも見てしまったかのようにデビッドが慌てて顔を背けた。


「母上が?」ジェシカは眼を丸くして驚いている。


「でも外の世界のことなど母上はひとことも・・・」


「でしょうとも。この王国に文明を持ち込んではいけないの。周囲に興味を持たれてもならない。だから王妃は外の世界については一切、口を閉ざしているのよ。でも安心なさい。時々国王が外の世界へデートに連れ出しているようだから」


「知らなかった・・・。だが、王国に文明を持ち込んではならないのならこの地下迷宮は?」


 ジェシカが首を傾げて問うとオズはニヤリと笑い、


「この地下迷宮はカンザス団の根城(ねじろ)ってところね。文明を持ち込んではいけないから地下に外の文明を作ってみたんだって。なぜか分かるかしら?」


 質問を質問で返されても分かるわけがないだろう。

 皆一様に難しい顔でオズの言葉の続きを待った。

 その顔を見渡してオズにしては真面目な顔で、


「カンザス団はセアルギニア王国の国王直属の闇の組織であると同時に、世界を股にかけた武器商人でもあるの。外の世界では“死の商人”と呼ばれているわ。暗殺と武器売買に携わっているの。ここには武器や弾薬が唸るほど保管されていて、ここを管理できるのはカンザス団長とセアルギニア国王のみ」


 恐ろしい言葉を投下させてきた。


「セアルギニア王国の国王は代々カンザス団を従えてきた。だから強靭な意志の国王が必要なの。分かっていただけたかしら?」

「分からない」


 すかさず剣を含んだジェシカの声が反応した。


「殺人の上に成り立っている国ということか?死を容認しているということか?カンザス団は武器商や暗殺業から手を引くことは出来ないのか?」


 苦悶の表情を浮かべている。


「ジェシカ、物事には裏と表があるわ。清濁併(せいだくあわ)()む覚悟も必要よ。それに私たちカンザス団も戦争を()きつけているわけではないわ。平和のために背負わなければならない部分もあるの」

「父上は悪事に手を染めているのか?」


 恐る恐るジェシカが尋ねた。


「カンザス団が悪事に手を染めないように見張ってくれているわね。おかげで商売上がったりだって団長がぼやいていたわ。ジェシカも私が悪事に手を染めないように見張ってくれるとありがたいんだけど。ジェシカがいないと何するか分からなくてよ?」


 脅しの言葉を吐いてオズが悪戯(いたずら)っぽく微笑んだ。


「まるで熱烈な愛の告白だな」ジェシカが吹き出した。


「エイセル、()いちゃう?」オズが俺を見てクスクスと笑う。


「なぜ、エイセルが妬くんだ?」ジェシカの不思議そうな声。


 ジェシカは知らない、まだ。俺がご夫君とやらに認められたことを!

 今この場で話を振らなくてもいいだろう!とオズを睨みつける。


 ライアスは温かい眼差しでその場を見守っている。


 ニヤニヤと笑っていたオズは、“おや?”と迷宮の彼方を睨む素振りを見せた。

 そして今の今まで無言でいたデビッドをひたと見つめ、


「君が妬いちゃったのね」と、意味深に呟いた。


 サッと顔を蒼褪(あおざ)めさせたデビッド。


 すぐに俺たちの耳にも遠くから地響きを立てて迫ってくる音に気付いた。

 明らかに水の音だった。


「水攻めか!!!!!」ジェシカの舌打ち。


「は、話が違うよう!!!」デビッドの悲痛な声が地下迷宮に響いた。

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