地下迷宮へようこそ
北の神殿は王城の真北の小高い丘の上にある。
見晴らしがいいので王城から真っ直ぐ北の神殿を目指すのは、さすがに無謀だと思いあぐねる。
さらにカンザス団が北の神殿の裏手からブライアン一行を手引きしたから、敵方の通り道にもなっていて遠目からでもそれが窺えた。
「抜け道はないのか」
ジェシカの問いかけに、
「地下通路がございます」
ライアスが頷いた。
「ですが・・・」少々口が重い。
「通路の一部が冠水しておりまして。泳げばいいのですが、王女は手を、エイセルは刀傷を受けて負傷してますから、お身体に差し障るかと」
「父上はどのようにして北の神殿を目指されたのだ?」
「地下通路から向かわれました。先の王位継承の儀式のときカンザス団の裏切りにより、地下通路を水攻めされ、一部が未だ冠水のまま手付かず状態でございます」
ジェシカはチラリとオズに視線を走らせて、
「水攻めは勘弁願いたいな」
机に頬杖をついて、溜め息混じりに微笑んだ。
「ほんと卑劣だな」
嫌悪感たっぷりに呆れを滲ませて俺は厭味を吐く。
対してオズは“どこ吹く風”という様子で相変わらず飄々としている。
デビッドはずっと複雑な顔をしてだんまりだ。
ああでもないこうでもないと思案に暮れる俺たちに、
「水抜きすれば通れるわよ」
あっけらかんとオズが言い放った。
視線が集中する。
「なぜそれを早く言わないんだ」思わず舌打ちが漏れた。
「ただねえ、ちょっと地下通路が厄介なのよね。水抜きの操作をすると別の道が開くんだけど、そこね迷宮になっているの。昔、地図を見て少しだけ記憶しているのよ、北の神殿に続く抜け道。私の記憶が正しければ着くわよ」
なんて大雑把な選択肢。
「地下に迷宮があるなんて初めて聞いたぞ」
「そりゃそうよ、極秘なんだから。でも今は緊急事態でしょ?だから特別に暴露しちゃう。うふふ」とウインクしている。
シバいていいか?と一同を見渡す俺を、ジェシカが眼で制した。
「その地下通路、水抜きを待ってその道を進むことは出来ないのか?」
「ん~、出来るけど丸一昼夜かかるわよ?そんなに待ってられるかしら?」
オズの眼がキラキラと輝いている。
「狸め」
ジェシカは笑いながら言った。
その眼はオズの仕掛けた罠に気付いている。
北の神殿の裏手から敵を手引きして、地下通路しか使えないようにしておいて、その通路が冠水しているのに今の今まで放置していた。時間はたっぷりとあったのに今まで水抜きをせず放置して、地下迷宮の存在を明かす。これも王位継承の試練か。
さらにデビッドが俺を斬りつけたとき「太刀筋を読むため」と言っていたが、今ならはっきりと分かる。
地下迷宮に誘い込むためにデビッドにわざと斬らせたのだ。
ジェシカは父親の通った道を選ぼうと、せめて両親の加護が欲しいと腰の剣に手を添わせ、刀身が無いことに気付いた。
「オズ、両親から貰った飾り刀をブライアンから取り返しておいで」
「お安い御用よ。ジェシカは動きやすいようにこれに着替えて」
オズに渡された洋服に着替えるとジェシカは、街の男の子のような格好になった。
食べ終えた料理を載せたワゴンと共にオズはいったんジェシカの部屋から去った。しばらくして戻ってくると飾り刀の刀身が握られていて、ジェシカは嬉しそうに受け取り鞘に戻した。
敵の掌中から刀身を取り返してきたことや、現国王の王位継承の儀式での水攻めの話、そして地下迷宮の存在などなど、オズが敵か味方かよく分からない状態だ。
だがジェシカはそんなことなどお構いなしに、
「地下通路に案内しろ」
迷いの無い眼で昂然とオズに命令した。
★☆★☆★
地下通路へと続く道はオズがよく利用すると言う王宮の厨房にあった。
「この厨房、広いでしょ~。窯が大きくて使い勝手がいいの~。なによりもこの磨き上げられた真鍮鍋や銀食器やガラスが綺麗でほんと見飽きないわ~。そしてこの食在庫、私のオススメはね~」
オズ大絶賛の厨房のようで踊りださんばかりの勢いだ。
それをライアスが冷たい視線と共に、
「またの機会に聞かせてください」
と一刀両断し、オズは渋々地下通路へと続く扉へ向かった。
“こんなところに”と眼を瞠る俺たちを他所に、隠し扉を押し開く。
ギギギと重たい音を立てて開いた先は、真っ暗闇でさすがに俺は怖気づいた。
オズは「空気は流れているから安心してちょうだい」と言い、松明に火をつけて、それぞれに手渡してくれた。
松明の灯りで足元が明るくなり、階段が下に向かって伸びているのを確認する。
俺、ジェシカ、ライアス、デビッドの順で下に向かう階段を降りる。最後にオズが隠し扉を内側から閉め閉ざした。
階段は10段ほど降りると平らに真っ直ぐと伸びた。
ゆらゆらと揺れる松明の灯りは全部で5つ。5つもあるとさすがに明るい。
中は意外に広かった。大人5人が横に並んでも通れる幅があり、石畳になっていて歩きやすい。
空気が流れているからかカビ臭くも無かった。
しばらく突き進んでいくと、さらに下へと続く階段があり、そこで例の冠水した場所に辿り着いた。
松明を翳して下を覗いてみると水深が深いことが分かる。
オズはどうする?泳ぐ?それとも地下迷宮?と問いかけ、ジェシカは迷わず「地下迷宮を開けろ」と言い放った。
オズはみんなを後ろに下がらせて、側にあった石の取っ手を思い切り引いた。
ズズズッと大きな地響きを立てて壁が横にずれると共に、冠水していた下へと続く階段が大きな一枚岩によって塞がれてしまった。
隣の壁にぽっかりと空いた暗闇を指して、
「地下迷宮へようこそ」
オズがにんまりと笑った。




