第一話 始まりの朝
書き直しが終了しました。
ただし編集前と同じでないため、文字数や話の流れがやや違います。
「はぁ……」
神谷はベッドの上からカレンダーを見て、思わずため息をついた。
ここは東京都の隣にある平央区のとあるマンションの一室。神谷陽斗はそこで一人暮らし、近くの第二平央高等学校に通う普通の男子高校生だ。普通、といっても特殊な力を持つ超能力者である。
しかし二二三六年一一月三日月曜日。超能力者が産まれて約一六〇年も経った、それも国内の約八割もの超能力者の住むここ平央区では珍しいことではない。むしろ、無能力者のほうが珍しいほどだ。
神谷はベッドを下りて自室から玄関へ一直線に伸びる廊下へ出ると、途中で左に曲がったところにあるキッチンへ入った。そしてテーブルの上にある袋から食パンを一つ取り出すと、電子レンジに入れてタッチパネル式の画面で電力と時間を設定して加熱ボタンを押した。
神谷は一旦、自室へ戻って鞄の中身の準備を始めた。それが終わると再びキッチンへ入り、レンジを確認しに行った。しかし後三分はかかるようなので自室へ戻って着替えを始めた。
神谷は能力発現のために鍛えた体内時計があるため見に行かなくても時間が分かるのだが、これは飽くまで周りの様子の変化から時間の動きを読み取るものなので、変化の少ない自室ではまともに機能しないのだ。
どうにかダンボールの中からいつごろ買ったのかわからない新品の靴下を見つけだし、それを履くと鞄を肩にかけてキッチンへ入った。すると、それを待っていたかのようにレンジが鳴り、そこからパンを取り出すと口にくわえ、神谷は玄関へ歩き始めた。
すると、神谷の視界の中にテーブルの上に置かれた一枚のプリントが視界に映った。
「危ない、危ない」
これは昨日の夜、神谷が自室で宿題をしている時に彼の天敵であるゴキブリが現われ、キッチンへ逃げだして済ませた能力学のプリントだ。ちなみに、ゴキブリはそのあとに安全かつ確実に駆除した。
神谷はプリントを適当に鞄へ突っ込むと、念のためテーブルの上を確認してからマンションを去った。
いつもは元気活発な神谷だが、今日は俯いて何か嫌なことを考えているようだった。それも、今日は自分の誕生日だというのにも関わらず。
それは別に、祝ってくれる友達がいないとか、奇妙なパーティーを開かれるとか、そういうものではない。
ただ、この一一月三日は神谷の誕生日であると同時に、悪夢の日でもあるのだ。
「だー!こんなこと考えてちゃキリがねぇ!もう忘れろ!」
神谷は一一月の冷たい空気でキンキンに冷えた両手で、頬をペシペシと二度叩いた。
すると、突然背中の辺りを誰かに蹴られ、身体が前方に倒れる。咄嗟に右足を大きく前にだし、『入』という字のようになってどうにか転倒は防いだ。
そして、大きく息を吐くと、バッと後ろを見た。しかし、そこに犯人らしきものはいない。この辺りの道は一直線に伸び、息を吐いている間に逃げられるような道はない。つまり。神谷は犯人を察し、再び前を見た。
すると案の定、二メートル前方のそこには、神谷の背中を蹴った犯人が立っていた。
彼は神谷を見て、手を振っている。
「おはよー。神谷くん」
彼は井上蓮。彼はいわゆる無自覚サディストというやつで、人を、特に神谷を痛めつけることに快感を覚えている。そして、この不可思議な現象を説明するのは彼の能力、『瞬間移動』だ。
彼は能力時に青いオーラを発する、つまり低能力者の瞬間移動能力者だ。ただ、低能力者なだけあって彼は彼自身の身体を視界内の場所に動かす程度の力しか持たない。
「おはよう。それより、そろそろそういうのやめろよ。ってか前から気になっていたんだけど、お前どうして家から一気に学校にいかねぇんだよ?」
蓮は自分の身体を視界内にしか動かせないが、彼の家の近くには見晴らし台があるため家から三〇〇メートルも歩かずに学校へ行けるのだ。
不可解な行動をする蓮に、神谷はわかりきった質問をした。
「そんなの、君を蹴るために決まっているでしょ?」
予想通りの答えだった。
しかし彼は飽くまでサディスト。神谷をいじめているという自覚はない。
神谷も初めの頃は不快だったが、三ヶ月もいじられ続けてきた今、もうこれは日課の一つと言っても過言ではない。大げさかもしれないが、自分がマゾヒストになっていきているのではないか、という疑いを持つほどになっている。
「それじゃ、僕は先に行っとくから」
そして蓮は、ビルとビルの隙間から見える学校の屋上を見て青いオーラを発した。しかし、彼はすぐにそのオーラを消して神谷を見ると。
「ああ、それと言い忘れたけど。どうしたんだ?何か困っていたみたいだけど。もしそうなら、相談してよね。いくらでも乗ってあげるから」
それだけ言い、今度こそは青いオーラと共に姿を消した。
「(アイツ、あんな奴だっけ?)」
神谷は違和感を感じたが、気のせいだろうと再び歩き出した。
「にしてもアイツの能力、触れた物も瞬間移動できたらいいのにな」
蓮は自分の身体しか動かせないが、異能力者なら大抵は触った物も瞬間移動できるようになるのだが、そんなことをしてしまえば低能力者を安全に学校生活させるためにつくられた第二平央高等学校から退学処分を受けてしまう。いや、正しくは強制的に第一平央高等学校へ転校させられるのだ。そんなことになれば、蓮が触れた物を瞬間移動できても送ってもらうことはできない。
ただし、人によっては低能力者でも異能力者並みの力を発揮できる場合がある。しかし、これも低能力者での力の大きさがきまるとそれがかわることは滅多に無いので、これも難しいだろう。
つまり、蓮に学校まで瞬間移動してもらうのは不可能ということだ。
「ま、もし触れた物も瞬間移動できたとしても、性格からして俺を一緒に送ってくれることは期待できないけどな」
むしろ変な場所に飛ばされるかもしれない、と神谷は頭の中でつけたす。
気がつくと学校のすぐそこまで来ていた。前方に見えるT路地を左に曲がれば、すぐ横に校門がある。
ふと、神谷はT路地を曲がったところにいる女子のほとんどの視線が、高校の正面に立つビルの上へ向いていることに気づいた。神谷も道を左に曲がるとそのビルの上を見てみた。すると、ビルの裏から青いオーラを発しながら空を飛ぶ男子高校生が現われた。
その高校生の登場と共に女子高校生どもが歓声をあげる。
うるせぇ、と神谷は両手で耳を抑える。
やがて彼は正門の前へ一回宙返りをして着地した。それと同時に再び歓声があがり、離しかけた手を再び耳につける。
佐藤陽介。それが彼の名前である。佐藤は神谷と同じクラス、というよりクラスの学級委員だ。多くの女子からもてるだけあって、見た目性格ともに完璧である。
そして青いオーラを発していたということは低能力者、そして超能力者であることを示している。佐藤の能力は『念動力』だ。ただし、力が弱いために自分の身体しか動かすことができない。
しかし、こんな不自由な能力がこの高校では普通なのである。
神谷はそそくさと佐藤とそのファンたちの群れの前を通って校門に入った。平央区の歩道は広く、沢山の人がいても特に困ることはないのだが、これだけの女子が一カ所に集まるとさすがに校門へ入るのも大変である。
神谷はチラリと佐藤の顔を見た。
すると、彼もちょうど頭をあげたところで神谷の顔を見ていた。
「しまっ」
しまった。目を合わせてしまった。
彼は目を見るだけでその人の感情をある程度読むことができる。
しかし、それは『多重能力』と呼ばれるもう一つの能力や、能力発現時などに鍛えられる『才能』ではない。ただの人間としての能力だ。
「神谷くん?」
今度こそ駄目だ。彼に心配されると解決するまで逃げられない。
神谷は思いきり走りだした。幸運にも佐藤は女子のおかげで動けないらしい。
すると、神谷は前方を歩く男子の視線がこちらへ向いていることに気付いた。その視線の先は佐藤でも、もちろん神谷でもない。神谷はその視線の先を目で追った。それに釣られて佐藤とその周りの女子もそっちを見た。みると、そこはさっき佐藤の浮いていたビルの上だった。しかし佐藤は地面にいるし、何がいるというんだ。
誰もいないはずのビルの上。そこには下着を制服から出して、手から出す炎で浮く、男子高校生がいた。
しかし、あんな超能力者いたっけ?と神谷は思ったが、最近発現したのだろう。
彼の能力は『発火能力』でレベルはオーラが青いことから低能力者。しかし、それに関わらず彼の炎は人が浮けるほどの力あった。けれど、どこかが強くなると他のどこかが弱くなるようで、彼の炎の温度の変動は激しいようだ。そのため、彼の身体はビルの上で危なっかしくフラフラ行ったり来たりしている。
瞬間、彼の手から炎が消えた。
「危ない!」
叫んだのは佐藤だ。
彼は能力を発動して落下する高校生の身体を掴んだ。
しかし、さっきの言葉は飽くまで女子たちに向けられたものらしい。彼はその落下男子の女子たちへの墜落だけを防ぐと、正門の向こう側、神谷の横あたりへ投げた。
佐藤がそうなるように考えたのかは知らないが、投げられた彼の身体は足から落下し、軽傷だったらしい。
そして佐藤は再び着地し、歓声が上がる。
神谷の横に倒れた彼はやがて立ちあがり、佐藤の顔を三秒ほど睨んでから。
「はぁ、遅刻しそうだからって慣れないことするもんじゃないな」
それだけ言い捨てて、玄関の中へ走っていった。
神谷はそれを見送ってから、自分も玄関の中へ入っていった。