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エピローグ

 「身体はもう平気?」

 放課後、心地よい静けさを保った生徒会室に歩の案じるような声が響いた。

 「はい、もうすっかり」

 それに答える友希は晴れやかな表情だった。“すっかり”と言うと嘘になるかもしれないが、とりあえず普通にしている分に問題はない。

 もちろん、そんなことを尋ねられるからには理由がある。

 今朝のジャンブルとの戦いを終えて歩たちのもとに戻った瞬間、友希はまたも倒れてしまった。ジャンブルを倒した直後は目を覚ましたが、やはり疲労と必殺技の反動とで友希の身体は限界に達していたようだ。それからこの放課後に至るまで、友希は大事を取って保健室で安静にしていたのだ。

 「どうも、ご迷惑をおかけしました」

 「いいのよ、あなたはあれだけ戦ってくれたのだから。それをサポートするのが私たちの役目、これくらいはお安い御用よ」

 「それであの…………明日音ちゃんには?」

 「ちゃんと伝えたわよ。今回は本当に倒れてしまったから、ありのままを」

 「そ、そうですか…………ありがとうございます。でもなんか、ついこの間も倒れたことになってるし……私って、すごく貧弱なイメージになってるような気が……」

 「あら、いいんじゃないかしら? 深窓の令嬢という感じで」

 「あははは……そうですか?」

 明日音やクラスメイトにあらぬイメージを持たれているのではないかという友希の危惧を、歩はあっさりとかわす。例によって堂々としたその物言いに、なんだかそれでもいいように思えてくる。こうなると、歩の何事に動じない態度は頼もしい限りだ。

 そんな歩に、友希も伝えなければならないことがあった。

 「あの…………桐沢会長」

 「何?」

 「実は私……本当はこのアテナの園で戦うことに納得してなかったんです。なんというか、なし崩し的にああなっちゃったから」

 「ええ、そうでしょうね。知っていたわ」

 堂々と、歩はそう言ってのける。知っていてなおかつ遠慮無用の扱い、というわけだ。こういう時に限ってはその態度はやはり恨めしい。

 「…………」

 「それで?」

 「へっ? あ、はい……」

 友希が呆れて閉口していると、歩はその先を促してくる。今はとりあえず、歩への恨めしさは忘れよう。

 友希は咳払いを一つ。

 「んん、それでその…………聞くからに大変な仕事だし、それをやることに納得もしてなかったしで……こう言うのもなんですけど、最初は不安と不満しかなかったんです」

 それは、友希にしては珍しく歯に衣着せぬ物言いだった。しかし歩は眉一つ動かさずにその話を聞いていた。

 それは果たして歩の性格ゆえか、あるいはそう語る友希の顔が内容に似合わず晴れやかだったからなのか。

 「最初は……と言うことは、今は?」

 「今は、ちょっと違います。確かに不安だし、色々と不満もないではないですけど、でも今は……それでも頑張る意義はあるかなって、思ってます」

 「頑張る意義?」

 「……笑ってくれたんです」

 「笑って……?」

 「あんまり上手くいかなくて、二人してチョコレートまみれになっちゃったけど、笑ってくれたんです、明日音ちゃん。それで、“ありがとう”って。その時私……胸が熱くなったっていうか、温かくなったっていうか…………私はあんな風に感謝されて、笑いかけられたのなんて初めてで、あんな気持ちになれるんならもっと頑張ろうって、そう思えたんです」

 友希は一言一言、噛み締めるように答えた。

 言い終えた友希はとても満足していた。きっとこの想いを誰かに伝えたかったのだ。

 それを聞いた歩は――

 「“ありがとう”…………ね」

 そう言って小さく笑った。

 「本当に、たったそれっぽっちでいいの? たった笑顔一つ、感謝の言葉一つ……それだけで本当に、ジャンブルと戦えるのかしら?」

 歩の言葉は厳しい問いかけのように聞こえる。しかしその表情は、いつになく柔らかいものに感じた。 きっと、さっきの友希も同じだったのだろう。友希はそこに、歩との目に見えない繋がりを感じる。

 だから友希は、ただ無言でうなずくだけだった。

 「……………………そう」

 歩は呟くようにそう言って席を立った。そうして友希の前まで来て、その右手を差し出す。

 「それじゃあ私からも、ありがとう。そしてあらためて…………アテナの園へようこそ」

 以前同じことを言われた時、友希はその手を遠慮がちに握った。人見知りもあるのだろうが、その時にはまだ何か腑に落ちないものを感じていたのだろう。

 今は違う。

 「こちらこそ、よろしくお願いします」

 友希は差し出された歩の手を、しっかりと握った。

                       ***

 「明日から大変そうだなあ……」

 生徒会室から出た友希は昇降口に向かっていた。校門脇の用具倉庫に置き去りにしていた制服や鞄は歩たちが回収していてくれたようで、あとはもう家に帰るだけだ。

 その道すがらこれからの日々に対する不安が口を突くが、それは言葉ほど重いものではなかった。不安は確かに消えないが、それと同時にわずかな期待のようなものが入り混じっているのもまた確かだ。不安と期待、まるでこの学校への入学が決まった時のようだ。

 アテナの園の一員としてジャンブルと戦う、その日々はおそらく容易ではなく責任も軽くはないだろう。しかし、それに見合うだけの見返りを見つけた。きっと大丈夫だ。

 (それに…………今は明日音ちゃんや瑞穂ちゃんもいるし)

 それこそ、入学前に抱いた最大の期待、それが現実になっただけでも夢のようなのだ。

 「あ、来た来た」

 「えっ……?」

 そんなかけがえのない友達の声が、不意に聞こえてきた。

 考え事をしながら歩いていて、いつの間にか昇降口に到着していたようだ。

 「あ……明日音ちゃん、瑞穂ちゃん?」

 下駄箱の影から声の主がヒョッコリと顔を出す。間違いなく明日音と瑞穂だ。先に帰ったとばかり思っていたので、友希は二人の姿に大いに面を食らった。

 「ふ、二人ともどうして……?」

 「どうしてって、あんたのこと待ってたに決まってるじゃない。それにしてもあんた、この間も倒れたんでしょ? 怪力の割には結構貧弱なのね」

 「か、怪力って……でも待ってたって、私がいつ目を覚ますかなんてわからなかったんじゃない?」

 「あのね、桐沢会長から“待ってて”って言われたの。きっと放課後までには間に合うからって」

 「会長さんが……」

 明日音の口から出てきた思わぬ言葉。友希はそれに一瞬驚き、同時に胸が熱くなった。

 もしかしたら歩は、友希と明日音たちとの約束を知っていたのかもしれない。それが連日空振りに終わっていることも。明日音たちへの伝言は、そんな歩の心遣いだ。

 「それで、どうしようか?」

 友希が感動に浸っていると明日音がそんなことを尋ねてきた。

 それはもちろんこれからの行先だ。よく思い返してみると、最初に寄り道を計画したその日にも行先について少しだけ話はしたが、結局決まっていなかったのだ。

 友希はしばらく考えて、口を開いた。

 「…………どこでも、いいよ」

 「え? どこでも?」

 ここに至っては、行先などどこでもよかった。なぜならば――

 「二人と一緒なら、どこだっていいよ」

 どこかへ行くことが目的なのではない。明日音と瑞穂――友達と一緒に寄り道することが一番の目的なのだ。

 「行こう!」

 友希はもどかしげに靴を履きかえると、珍しく二人を先導する形で歩き出した。

 ようやくできた、大切な友達。

 期せずして身を置くことになった、学園と町の平和を守る秘密組織、アテナの園。

 友希の新しい生活は、今ここから始まるのだ。そこにある多くの不安を塗り潰して余りあるほど、今、友希の心は踊っていた。

 ただし――

 「そういえばね、瑞穂ちゃん」

 「ん、何よ?」

 「私、今朝ジャンブルが出た時もヒーローさんに助けてもらったんだよ」

 「うわっ! 何よそれ! なんであんたばっかり……」

 「まあ、それは置いとくとして、私、それでちょっと気になったことがあったの」

 「気になることって?」

 「あの人、私の名前を呼んだの。はっきりと、“明日音ちゃん”って。この前会った時には名前は言ってなかったのに」

 「あっちからすれば結構有名人なんじゃない。いつもジャンブルの騒ぎに首突っ込む向こう見ずなおバカさんって」

 「だからバカじゃないって!」

 「そうじゃなかったら、そのヒーローって案外身近にいる人なのかもね」

 心躍り過ぎて、友希は自分の背後で繰り広げられる不穏な会話に気づけないでいた。

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