A Little Light ―幻と恋
A Little Light の、本サイドからみた話です。
少年と少女、そして本の出逢いが書かれています。
『小さな光』
これが本である自分に付けられた名前だ。
本にだってちゃんと意思はある。
だから恋だって…
――――――――――――
彼は優しかった。
何十年も前につくられたおんぼろな本の僕を、捨てられていた僕を、拾ってくれた。
"この本が好きだ。"
と言ってくれた。
直して、大事にしてくれた。
紅い夕焼けが綺麗だったある日、優しい彼は道端で少女を見つけた。
少女は、目を開いるがどこも見ておらず、それはまるで現実にいることを放棄しているようだった。
それが彼女。
彼は毎日彼女のところに食べ物を持っていった。 最初はぴくりとも反応せず、頑なに拒んでいた彼女だったが、彼が自分に悪意も害意も持っていないことを理解ったらしく、次第に食べ物に手を着けるようになり、彼とも打ち解けていった。
少し微笑みのようなものを浮かべる様になった彼女をよく見てみると、その淡い紫の瞳は儚げで、宝石のように綺麗だった。
――そんな彼女に僕は惹かれていった。
暫くすると、彼は彼女と一緒に暮らすようになった。
僕を抱え、2人は出かけるようにもなった。
ある日、彼女は彼にこう聞いた。
「その本いつも持っているけど、なんで?」
彼は笑顔で答えた。
「とても好きで、大事だったから。
君も読んでみるかい?」
「うん。」
そうして彼女は僕を読んだ。
そして気に入ってくれた。大好きな彼女に気に入って貰えたことがどうしようもないくらい嬉しかった。
彼は彼女にならと、僕を彼女にあげた。
彼女は僕を彼以上に大事にしてくれた。
日に一度は読んでくれた。
彼と彼女が出逢って一年を迎えた日、彼は彼女に秘密でプレゼントを買いに出掛けた。
彼はそのまま帰って来なかった。
事故にあったらしい。
幸い、彼女には気付かれなかった。
その日の夜、彼の声が聞こえてきた。
"ごめんね、ありがとう。"と。
悲しくて、ほろほろと何かが崩れていった。
眠りにつく前に、いなくなってしまった彼のことを考えた。
彼のかわりに彼女と一緒に在りたいと願った。
次の日の朝、目を開けてみると身体があった。
それも人間のものだった。
不信に思って鏡を覗く
――彼だった。
自分が彼の姿をしている。ぺたぺたと身体のあちこちに触れてみると触れた。
「あー…」
声を出してみると、これも聞き慣れた彼のものだった。
彼の姿、声。
意思以外全て彼になった。
――この先どうすれば良いのだろう。
本が死んだ人間になるなんて奇怪な出来事、信じられる筈もない。
そうだ。僕が今日から"彼"になれば良いんだ。
彼女の隣で、今までと同じように。
そうすれば彼女は悲しまなくてすむ。
――たとえそれがただの自己満足だったとしても。
それからは彼のかわりに彼女と過ごした。
偽りの姿でも、一緒にいて話すことができる。
彼は口数があまり多くなかったので、彼女に気付かれることもなかった。
そんな日々は楽しかった。けれどそれとは裏腹に、嘘を吐いているという罪悪感がきを重くした。
そのまま過ごして数ヶ月。彼女は意思のない本を持ち、いつものように散歩にでかけた。 話ながら歩いていると、彼女の方からドンッとなにかとぶつかる音がした。
驚いて振り向くと、本が道路に投げ出されていて、彼女が飛び出してくところだった。
彼女の右側からトラックが走ってくる。
「――っ」
声にならない叫び。
彼女の名前を呼んだ。
咄嗟に駆け出し、彼女と本を抱き抱えた。
道路の反対側に行こうと身体を起こした瞬間……
身体中に痛みが駆け巡る。胸に抱いている彼女は、無事のようだ。
でも。
すぐに理解った。
――"消滅える"んだと。
"死ぬ"んじゃなく、"消滅える"んだと。 この身体は本当は存在しないもの。
だから"死ぬ"ではなく"消滅える"。
もうひとつ、
この僕の意思も消滅える。
そんな気がした。
まだ彼女に伝えたいこと、伝えなきゃいけないこと。
沢山あったけど。
"ごめんね、ありがとう。"