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格差恋情  作者: 桜華
7/16

お付き合いにいたるまで7

翌朝、ベットで目が覚めたときから、響子のテンションは低かった。

理由はわかっている。

あの電話の後、響子はとうとう現実に対して向き合う努力を放棄した。

つまり、携帯の電源を落とし、早々に眠りについたのである。


寝付けないかと心配したが、日ごろの平穏無事な毎日に慣れきっていた脳は予想以上のダメージを受けていたらしく、すぐに眠りが訪れた。

ただし、安らかな眠りだったとは言いがたく、疲労感のひどい目覚めである。

うっすらと覚えているのは、昨日の不安が形を成した夢だったのだろうということ。

ただ具体的なイメージではなかったので、きっと夢ですら今後の展開についての想像を放棄したのだろうと、自分の情けなさを再確認する。


いつまでも電源を落としたままではさすがにマズイだろうと、携帯電話の電源を恐る恐る入れてみれば、やはり玲香から言われた番号があの後3回ほど着信履歴に残っていた。

あの電話会社のメッセージを耳にしたときの櫂の気持ちを考えると、罪悪感がものすごい勢いで全身を支配する。

メールも受信したので、これまた恐る恐る開いてみたが、拍子抜けしたことに、いつものバルクメールであった。

響子はひとまず安堵のため息をもらし、体にまとわりつく罪悪感をなだめながら、朝の支度を開始した。



先延ばしにした事実は、響子になんの安らぎも与えなかった。

むしろ、昨日の電源オフ状態についての話題になんと言い訳をするか、次に櫂に顔を合わせた時にどう振舞えばいいのか、関係ない第三者からのちょっかいにはどういった態度で臨むのか。

頭のなかは、昨日からの問題で沸騰寸前である。

こころなしか頭痛までしてきたようで、ますます学校に行くのが嫌になってくる。


それでも学校をずる休みするような器用さは持ち合わせていないし、櫂とのことを先延ばしにしてきた後ろめたさもあって、響子は重い足取りながらも登校することにした。




タイムリミットも迫ってきたなかで、決心したのは以下のとおり。

昨日の携帯は、玲香と話をした後、うっかり寝てしまい、ただでさえ少なかった充電がその間に切れた(なんてタイミングのいい話)。

櫂との顔あわせは、とりあえず普段どおり。昨日の対応でやっぱり好きじゃなかったかも、という展開だって十分ありうる(というか、響子だったら十分恋も冷めるような対応だった気がする)。

第三者からのちょっかいは、あるかどうかわからないけど、やっぱり不意打ちは困るので、とぼけるか用事があると言って振り切ってしまおう(足は平均よりもかなり遅いのだけど、振り切れるかなぁ)。


家から駅までに、いつもより5分も余分にかかった事実が、重い足取りを証明していた。

そこで、制服のポケットにいれていた携帯が震えるのがわかる。

震え方は、電話の着信。

とたんに激しい拍子を刻む心臓と、歩みを止めそうな足に叱咤して、歩きながら携帯を確認した。

発信者は櫂だった。

あと少し早く歩いていれば、電車内だという言い訳が自分にできたのに、と最後まで悪あがきをする心の声を押さえ込み、通話ボタンを押す。

響子は、定期をとりだして改札をとおりぬけながら、「はい」と答えた。


「響子さん?」

「はい」

「あ、櫂です。よかった、昨日なにかあった?」

響子の想像どおりの問いに、直接顔をみながら嘘をつかなくてよかったと、ずるい安心感を感じながら答える。

「あ、玲香と話した後で寝ちゃったみたいで・・・。ごめんなさい、電話してくれたんだよね?」

「ああ、そうなんだ。それだったらいいんだけど、なんか電話が迷惑だったかな、とちょっと不安になっちゃって。ごめんね」

本当にほっとしたような櫂の声と、ずばり図星な不安内容に、響子は罪悪感をますますつのらせ、つい言わなくてもいいことまで言ってしまう。

「いや、別に迷惑とかじゃないから。うん、ごめんね本当に。玲香とかの電話もよく着信気づかなかったりして、怒られるの。よくないよね」

「あ、いや迷惑じゃなかったらいいんだ。また電話していいよね?」

「うん、もちろん。また出れないこととかあるかもしれないけど、全然気にしないでバンバン掛けて」

罪悪感とはかくもここまで人を饒舌にさせるものなのか。

普段なら絶対に言わない言葉である。

というか、冷静な普段の響子であったなら「あまり電話って好きじゃないから、掛けられても困るかも」と言っていたところである。

「ああ、よかった。朝からごめんね。今日って何時の電車で来るのか知りたくって」

「え?」

「いや、響子さんは下り電車でしょ?今日は何時の電車になりそう?8時5分着?16分着?」

「あ、えっと、5分に間に合うかな・・・?」

思わず駅のホームに表示された次発の電車を見て、到着時間を計算する。

あまりに突然過ぎて、その質問の意図がわからない。

ただ、答えた後でなにやら嫌な予感を感じてしまう。

「そっか。了解。じゃあ後でね」

「あ、うん」

響子はそのまま切れた携帯をしばし眺めていたが、電車が到着したところで、乗り込んだ。



ぼーっと電車に乗っていると、先ほどのやりとりの意味について、頭がめまぐるしく回転していく。

学校の最寄駅まで5駅。時間にして15分ほどである。

いつもなら本を読んだり、参考書を読んだりしているのだが、今日はそんな気分ではない。

先ほど感じた嫌な予感は、無視できないほどに時間とともに膨らんでいく。


後で、っていつのことだろう。

教室に来るってことだろうか。それはちょっと注目がすごそうだ。

でも電車の時間、そこまで詳しく知りたいかな・・・いや、まさか駅で待ってるってことないよね。

櫂くんは確か、自転車通学だったはず。

駅は坂の上にあるから、自転車でわざわざ上るのは、めんどくさそうだ。

いや、なにより、学校の最寄駅ということは、電車通学の生徒がすべてその駅から降りてくるというわけで。

まさかそんな、目立つところで王子様が待っているなんてことになったら・・・。


朝感じていた頭痛が、どんどん主張を強くする。


いや、まさかね。

櫂は確かに学校内で絶大な人気を誇る完全無欠の王子様であるが、彼自身の行動を見ていると、別に彼がそのことを楽しんでいるわけでも、その事態を助長しているわけでもないとわかる。

彼ほどのキャラクターを持っているとあまり意味のない行動ではあるが、なるべく周囲を刺激せず、事を多きくせず、それどころかむしろなるべく目立たないように行動しようとしていることに、響子は気づいていた。

なぜならば、それは響子がとても共感できる行動だったから。

響子のキャラクターだったら、完全に成功していたであろうその行動が、全く結果を伴っていないのを見るのはとてもかわいそうだと、同情すらしていたから。


うん、彼は自分の行動がどんな事態を引きこすか、ちゃんとわかっているはずで。

まあ、教室に来るぐらいなら、玲香に側にいていてもらえば、なんとかなるかな。


嫌な予感と頭痛を抱えつつも、響子は自分に言い聞かせていた。


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