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格差恋情  作者: 桜華
6/16

お付き合いにいたるまで6

響子が電話を玲香にする前に、携帯が震えた。

携帯に表示されるのは、見覚えのない携帯の番号。


響子の携帯は基本的に家族と玲香以外から電話がくることはない。

たまに、うっかり景品につられて書いてしまったアンケートや、図書館の書籍予約などでかかってくることがあるが、そういった番号は一度かかってきたら、わかるような表示で携帯に登録してしまう。

なぜならば、見覚えの無い番号や非通知の電話は、響子の最も苦手とするもののひとつであるからだ。

一度出てしまえばどうってことないのだが、なんの電話かと思い通話ボタンを押す際に胃が引き攣れるような嫌な気分で体が満たされてしまう。

ちなみに、知っている人物からの通話なら大丈夫かというと、そちらもどちらかとうと苦手である。調子の悪いときには「なったの気づかなかったわぁ~」という理由で、心のなかで土下座しつつも見なかったことにしてしまうことがある。


そんなこともあり、基本的に見覚えのない番号は一回目は出ない。続けざまにかかってきたり、その後間を開けてかかってくるような場合は、出る。そうすれば、あまり意味のない勧誘の電話に出てしまうことが少ない。というか、そういう電話はとにかく何回もかかってくるので、その呼び出しが続く間の嫌な気持ちと秤にかけると、覚悟を決めて出てしまったほうがいいことが多い。

勧誘の電話は、それを仕事としている人だったり、仕事にもかかわらず感じよくフレンドリーな通話をしなければいけなかったり、そういった事情まで深読みしてしまうと、なかなか無碍にはできないのだ。まあ、最終的には断り、あまりにしつこいと、最初の気持ちを忘れてブチっと通話を終了してしまうのだが。


とにかく、久しぶりにかかってきた、正体不明さんからの通話は、響子の気分を沈ませながらも、つながることはなく、切れのだった。


それから30分後。玲香からの着信を見て、響子はあわてて携帯をつかみ、自分の部屋へ駆け込む。友達との会話は家族の前では恥ずかしくてできない。ドアを閉めながら通話ボタンを押すと、異様にテンションの高い玲香の声が耳元に響いてきた。


「ちょっと、響子!やったじゃない!愛しのダーリンゲット」


……今出来ることをすぐにやらない場合、自分ではどうにも出来なくなることがあります。








「えっと…?」

「櫂から電話もらってさー。いやーびっくり。あいつ全くそんなそぶりみせなかったのに、実は響子のことが好きだったとかって言うじゃない?」

「あ、そ、そうなの…?」

「知ってたらすぐに縁結びしてあげたのにねぇ」

「あ、…いや、別に」

別にそんなことを響子は望んでいなかったのだが、玲香との恋バナの歴史がそれを堂々と言えるような権利を剥奪している。今更響子のテンションなんて説明できませんって。


「響子からも恥ずかしいから絶対に櫂に悟られるようなことするなって、えらい口止めされてたから、全然そういった話できなかったのはイタかったわ~。どんだけ時間無駄にしてるのよねぇ、あんたたち」

「…まあ、生徒会長には彼女いたからいいんじゃない?」

響子は、その事実で玲香の熱を冷ませないかと、冷静な声で告げる。

ここで「嫉妬」しているなどと受け取られては目もあてられない結果になるのがわかっているので、あくまでも軽やかに、冷静に。


「あ、それなんだけどね。違ったみたいよ?」

「え?なにが?」

「いや、なんかうちらコアメンバーのなかでは、櫂がそういう彼女ネタとか話振られるの大嫌いなの知ってたからさ~、信憑性の高い相手を擬似彼女として影で話してたんだけど。」

「擬似…?」

「あれ?言ってなかったっけ?」

「いや、その単語初耳」

「あ、そっかー。結構初期の段階で「擬似」って単語省略して話しちゃってたから、忘れてたわ」

「…は?」

「あ、ごめん、ごめん。それでね、さっき電話で聞いて判明したんだけど、響子が"初"彼女だって」


…え?

今の情報を理解する危険性を本能的に察知したらしい響子の脳が、活動を停止する。

しかし、そんな状態が電話回線を通じて玲香に伝わるわけもなく、続々といらない情報を響子に伝えてくれる。


「私もさー、びびって問い詰めたわけ。そんなわけないじゃんって思うじゃない?そしたらさ、なんかどうしても断りきれないお誘いは、しかたなく付き合うことがあったらしいんだけど、別に彼氏彼女ってわけじゃなくて、ひたすら義理や義務だったらしいわ。まあ、男女二人で出かけたら他からみたら立派なデートだしねぇ。噂って真実を含むと本当に最強だね~」

玲香はあはは~と能天気に笑う。

「断りきれないお誘いって、なんじゃそりゃ?って思ったら、なんか告白やら交際やら、男女としてのお付き合いを前面に出されるアプローチはしっかりとお断りできるんだけど、友情やら櫂の責任感やらそういった部分に上手くからめてのお誘いは断りづらいんだってさ。ほら、櫂って優等生チックな感じだし。生徒会長とやらも辛いよねぇ。まあ櫂も馬鹿じゃないから、一度そういった部分を利用されたら、次回はずいぶん用心して回避してたらしいけど。どおりでコロコロ噂の彼女が変わるはずだわ。二回目はなかったってことよねぇ」


響子は玲香の話を聞きながら、自分が唯一救いにしていたらしい事実がどうやら全くの事実無根だったらしいことを認識した。

やばい。やばすぎる。

玲香の話が本当ならば、先ほどの響子の懸念など、全く持っておかしいほど事態は深刻である。あの絢爛豪華な"擬似彼女"の列に響子は並ぶわけではなく、その上の今まで空席だった本物の彼女、という座に納まることになるらしい。

Aランクの女性たちを差し置いてBランクの響子が、櫂の彼女というSランクの席に着く。

どうみてもおかしい。

人は常識の範囲を超えた行動に対して、かなり残酷になることを響子は知っている。

響子だって全く興味のない相手に対して、面白半分にいろんな噂を楽しんできた。もちろん本人に対して全く含むところが無いので、相手には伝わらないという前提で、である。

一般論にはめて語るそれらは、事実を多分に含むためにかなり辛らつなものとなる。

これから影で語られるであろう会話を、かなりリアルに想像できてしまう響子のテンションは底まで落ちた。


「…あんまりに嬉しそうだったから、問題ないかと思って。まあ、面と向かって話せないことはやっぱり携帯に限るよねぇ。激甘メールとか見せてね~。楽しみだなぁ。」

響子の想像中に続いていたらしい玲香の会話は、聞き逃せない単語で響子の意識を引き戻す。

「…携帯?メール?」

「うん、教えておいたから。なんかすぐに電話したらしいけど、出ないって言ってまたこっちに掛かってきたんだけどね。そのあわてぶりが面白くてちょっとからかっちゃったわ。いや、今日はイイもんいろいろ見せてもらったり、経験させてもらったり、響子さまさまってやつよね。まあ、響子の携帯はあんまり"ケイタイ"じゃなくて置き電話並だってフォローしといたから大丈夫だと思うけど」

「フォローって…」

「あ、そうそう、この電話の目的忘れてたわ。090-××××-×312が櫂からの着信だから、ちゃんと出るのよ!緊張してあんまり話できなかったって落ち込んでたから!」


「さっきの電話は生徒会長からだったのか…。っていうか電話番号教えたのね」

「なによ、付き合いだしたら教えるの当たり前じゃない。響子は私が教えるっていっても本人から聞かないと意味がないって登録しなかったらわかんなかったのよ」

「いや、だってろくに話したことの無い相手が、自分の携帯番号しってるって、怖くない?教えてもらっても使う機会ないし」

「ろくにって、一応あんたも生徒会のメンバーなんだから、ちょこちょこ話ししてたでしょうが」

「挨拶と業務連絡でしょ。コアメンバーでもないし、用事あるとき以外は特によりつかなかったから、生徒会長の記憶に残ってること自体が私の驚きだったわ」

玲香のあきれたようなため息が聞こえる。

「あ、まあ、玲香の友達って部分で認識されてても不思議じゃないか…」

「あんた、どれだけ自分の存在感否定してんのよ」

「いや、中学時代から、そんなもんじゃない?なんていうの、クラスメートCみたいな」

「…Aですらないわけね」

「まあ、高校に入って玲香みたいな友達が出来たことすら、私にとってはかなりの驚きだったからねぇ」

地味な仲間とともに、男っ気も華もないながらに、充実した3年間だった中学生活を思う。

穏やかでなににも縛られない日々はとても楽しかったといえる。まあ、嫌な思い出が無いわけではないが、響子の人生に多大な影響を与えるようなイベントが発生しなかったとはいえるだろう。


「なにそれ、人を珍獣みたいに言わないでよ」

「いや、珍獣というか、私には出来すぎた友達というか…なんかこう、階級の差を越えてお嬢様に仲良くしてもらう使用人、みたいな?」

「はあああぁ?」

「あ、いや、別に卑下してるわけでもないんだけど、玲香みたいな人気者がまさか私の友達になるなんて、思ってもみなかったわけよ。本当に感謝してるんだよ?」

「……その認識自体が卑下そのものだと思うけど、まあ、響子のネガティブ思考は今に始まったわけじゃないから、スルーしとく」

「うんうん、感謝感謝」

「…で、話変わるけど、なんで今更"生徒会長"なわけ?」

「へ?」

「いや、櫂のこと。私ですら呼び捨てなのに、彼女であるあんたが"生徒会長"って思いっきり違和感なんですけど」

「あ~、それね。うん、まあ名前で呼べとは言われたんだけど、やっぱり言い馴れないというか、玲香とはずっと"生徒会長"って呼んでたし、なんかねぇ」

「ま、うちらの会話ないだけであればいいけど。もうちょっと彼女らしくしようよ」

「そうね、まあ実感が沸いてきたら、そのうち…」

「実感ないわけ?」

「ないでしょ、そりゃ。今だって脳内妄想かと思ってるぐらい。夢オチとか、いや、始め本当にたちの悪い冗談かと思ったんだよね、男子内で賭けでもしてるのか、とか。罰ゲームか、とか」

「…まあ、そういう可能性はなさそうよ?」

「…うん、話してて気づいたわ、さすがに」

「まあ、というわけだから、櫂と話でもして、少しでも実感しなさいよ。電話後でまた掛けるって言ってたし」

「え?」

「だから、電話また掛けるって…」

「玲香、うちらもう1時間以上話してるけど…?」

「うん、大丈夫。櫂もさっきの擬似彼女でさすがにまずいと思ったらしくってさ」

「はい?」

「コアメンバーにだけでも訂正と事情を説明するって」


……響子は自分の読解力を疑う。

ソレッテ、ドウイウコト?


「訂正と事情・・・?」

「うん、初彼女だってことじゃない?」

「まさか?ありえないでしょ?」

「・・・?なんで?すごく嬉しそうだったよ。なんか校内放送したいぐらいだって」

「は?」

「いや、早く彼女が出来たってことを知ってほしいみたい。なんか随分片思い?っていうかあんた達両想いだったのにねぇ。その片思い期間が長かったから、やっと彼女だって言えるのが嬉しいみたいねぇ。さっき言った勘違いされるようなお誘いもやっと堂々と断れるって喜んでたし」

「断るって・・・」

「いや、さすがに彼女いるから悪いって言ったらカドたたないでしょ。そこまで言ってもひっこまないようなずうずうしい女はさすがに下心見えるだろうから、さらに断りやすくなるだろうし」

「はぁ、便利だねぇ」

「いや、あんたのためでもあるでしょ?うん、愛されてるねぇ」

「・・・って、いや、さすがに校内放送は・・・」

「だよねぇ。まあ、大丈夫。コアメンバーって言ってたし」

「コアメンバー・・・って誰いたっけ?」

「ん?渉外の里中と企画の藤本、経理の友野に広報の桜田かな?」

「桜田さんって・・・」

「あ、そっかー。裏校内放送だ。櫂、頭いい~!」


生徒会執行部コアメンバー、桜田千尋は広報の天賦の才をもつ。

すなわち、彼女の手にかかれば、情報操作など当たり前。周知させたい情報を流し、隠したい情報を消す。

様々な行事に欠かせない情報の伝達基点として、その人脈は幅広い。


響子のかすかな希望が失われた瞬間であった。

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