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格差恋情  作者: 桜華
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臆病者の主張1

どうなることかと思いながらお付き合いを始めてみたが、響子の日常生活に大きな変化は訪れなかった。

週三回の生徒会のミーティングとその後の櫂と二人きり、もしくは玲香と里中が加わった状態での勉強の時間。

夕方6時頃にはさよならを告げて、一人で、もしくは玲香と一緒に生徒会室を出て、家に帰る。

生徒会室で勉強をやるか、図書館や家などでやるか、ただそれだけの違い。

だから、ほとんど響子の日常生活に負担はなかった。



ただし、日常生活に負担を感じなくても、気持ちの負担はとても大きい。

櫂と一緒に勉強をし始めて響子が発見したのは、櫂と一緒にいる空間の居心地の良さである。

もともと、櫂は入学してから学年トップを独走するほど頭がいい。響子も学年上位1割程度の位置をいったりきたりする程度の成績なので、勉強の時間はお互いにきちんと勉強をする姿勢となる。

玲香はあまり勉強が得意なタイプではなかったから、一緒に勉強をしても、どうしても最後はおしゃべりになってしまい、だらけてしまう。

塾などには通わず、市販のテキストや通信教育などで勉強してきた響子にとって、初めて得た勉強の同士ともいうべき櫂との時間は、一度味わうと手放したくなくなるような、そんな魅力を秘めていた。



この状況ははっきりいって、響子には脅威だった。


だいたい初めは「付き合うには、周囲からの反発が強すぎて、私には無理」という理由で断ろうと思っていた。

しかし、櫂の配慮で周囲にはこの交際をなるべく悟られないように協力体制を整えてくれた状況に、その理由は使えなくなった。


次は、「付き合ってみたけど、やっぱりいろいろ配慮しなきゃいけないことが多すぎて、ちょっとお互いに疲れちゃうよね」という方向でこの交際を早期で終了できるのではないかと考えていた。


しかし、櫂はこの週三回の放課後しかゆっくりと会えず、カモフラージュとして里中や玲香も一緒のこともあり、しかも会う時間のほとんどが勉強の時間になっている、という状況に全く不満を見せない。むしろ楽しそうである。

一方の響子にしても、居心地がよすぎて一人で勉強するよりもはかどってしまう現状に、とてもじゃないが文句を言える状態ではない。


素の自分を見せたら、早々に失望して「響子さんて、なんだか僕が思っていたような人間じゃなかったみたい。申し訳ないけど・・・」なんて展開になるのではないかと思って、出来る限り他所向けの取り繕った自分ではなく、そのままの自分を見せるようにも心がけた。

まあ、付き合ってそんなにたってない今の状態では、さすがに素の自分を見せる限界があるのだが。それでも櫂は特に不興を示すことはない。


この状況に響子はひどく焦りを感じる。

なぜならば、響子の懸念が現実となってしまう可能性が日に日に強くなっていくのを感じるからである。

このまま過ごすと、響子が意図的に放っておいた気持ちが、少しずつ育ってしまう。

全くなにもないのであれば、育つものなどない。

けれど、響子は確かに櫂に対して好意を抱いていたし、多少誇張をして玲香と恋バナを楽しんでいたにせよ、それは全く無から作り上げた話ではないのだ。

それが恋だの愛だの名前をつけることができる感情かどうかなんて、響子には分かりたくなかった。


そして、これが一番重要な点なのだが。

響子が高校生活で恋愛に重点を置かずに生活して来た理由。恋する気持ちというのを分かろうとはせずに、霞のような存在として放っておいた理由。多分、同じ理由で大学に行っても、同じように過ごすだろうと自分で予想している理由。


それは、響子は自分がいわゆる「重たい女」だという自覚があるからだった。

高校生や大学生なんかじゃ受け止められないぐらいの重量で、恋愛をしてしまうだろう自信がある。

正直、自分がどれだけ重たくなれるか、想像すると恐ろしいぐらいである。


なぜ、そこまで自信があるかというと、いくつか理由がある。


響子は趣味の読書ではそれこそ雑食で、ありとあらゆるジャンルの本を読んでいる。小説、ノンフィクション、薀蓄本、ハウツー本、神話、旅行記・・・とにかく、少しでも面白そうと感じた本は読んできた響子だが、一番好きなのは恋愛小説である。

それも、昼メロ並に重くてドロドロした話であればあるほど、いい。

感情移入するのは大体が主人公なのだが、それはあまりに感情移入しすぎて、大体の恋愛本の鉄則である「ハッピーエンド」が自分の感情移入した人物に訪れないと、哀しすぎてそのどん底のテンションをかなりの期間(たいていは同じぐらい感情移入できる他の話を読むまで)引きずってしまうからだ。もちろん小説内の悲しい場面では、日常生活では考えられないほどの涙と鼻水を流し、幸せいっぱいの場面では笑顔になってしまう。卒業式で涙も出なかった響子が、である。


以前、敵役のとても魅力的な女性に感情移入してしまって、主人公のせいで失恋した展開になった際には、そこで読むのをやめて、一週間延々と主人公の欠点と敵役の女性の長所をリストにして、新たな展開を想像しどうにかハッピーエンドにしようと悶々と過ごしたものである。結局その小説は最後まで読めずに、本棚の片隅に大切にしまわれている。

空想の人物にそこまで入れ込み、主人公へ非常に強い敵愾心を抱くことに、冷静なもう一人の自分は正直、ドン引きであった。


また、響子は物に執着する性格で、気に入ったものは長く手許に置く。ぼろぼろなったお気に入りの教科書(あくまでも、お気に入りのものだけ)や絵本、小さい頃好きだったアクセサリー、洋服。

自分でも何故と思うのに、どうしても捨てられない。

特に気に入ったものでなければ、躊躇なく捨てていけるのに、自分のお気に入りだと認定したものに対しては、散々迷ったすえに再び仕舞い込んでしまうのだ。


それから、響子はあまり交友関係が広いタイプではない。

正直人付き合いは苦手な気持ち半分、面倒くさい気持ち半分といったところである。

但し、自分で気に入ったと思った人物に対してはそれこそ、素直に心を開いてしまうので、過去にいろいろと傷つくような場面も経験してきている。

響子の不幸なところは、彼女が気に入ったと思っていても、相手がまさか響子に気に入られているとは思っていないところにあるだろう。


玲香のように近くにいる人物であれば、お互いに気持ちを交わすこともできるが、響子は遠くから人を観察した結果、相手と特に自分が直接関わりをもったわけでもないのに、無意識に心を開いていた、ということがあるのだ。

やっかいなのは、その人物の悪意のない(例えば、「野崎響子?誰それ?同じクラスだっけ?」のような)一言に、自分が傷ついて初めて自分が相手に好意を持っていたことを自覚したりすることだろう。

地味に傷つくので、好意を自覚しても相手には特に関われずに終わることも多い。

しかしながら、そのシーンは胸の中に深く刻みこまれてしまい、ある時ふっと鮮やかに再現されたりする。

そして、その再現でも未だ胸が痛んだりするのだ。



・・・・・・他にも響子が自分を「重い女」認定する理由がいくつかあるのだが、重要なのはその事実である。

好きになったら響子の心は坂道を転げるように重力に引かれて底の底まで落ちていける自信があるのだ。


その「重さ」を自分の心に抱え込んでしまった時、正直自分がどういった行動をするのか、響子は自信がなかった。


プライドは高いほうであるので、必死に外見はとりつくろうだろう。

細かいところに気付いて、想像が遥かたくましく育つことになるだろう。

疑心暗鬼になっても、素直に相手に尋ねるようなことはできないだろう。

そんな自分を自己嫌悪でいっぱいで見てしまうだろう。

相手の意図しない行間まで読んでしまうかもしれない。

必然的に自分に自信がなくなって、もっともっとネガティブになっていく。

そんな自分に相手も魅力を感じないだろうから、別れを切り出されたりする。

果たして、自分は追いすがってしまうのだろうか。周りなど気にせずに、失意のどん底といった毎日を送ってしまうのだろうか。


いや、まさかね。想像するだけでも恐ろしい。

高校生や大学生でそんな事態になったら、響子の心と人生は目も当てられないほどのダメージを受けるだろう。


もしかしたら、案外回りには悟られないで「大丈夫~」なんて吹っ切ったような演技ができるかもしれない。

でも、一人になったとたんに、いろいろな想いが自分のなかで渦巻いて、絶対に勉強など手につかないだろう。

奈落の底に落ちていく、ネガティブ思考ループに陥るのは響子にとって簡単なことである。


ああ、そうしてなにもかもに投げやりになって、人生捨てちゃうんだろうなぁ。


スリラーやミステリー、奴隷をテーマにした歴史研究書、貧困生活者のるポタージュ、やくざや夜の蝶の自伝、世界の刑務所めぐりの旅行記。なまじいろいろな知識があるから、具体的に自分の転落人生が何通りも響子の頭を駆け巡る。


なにがあっても刃傷沙汰とストーカーにだけはなるまい、と自分を戒めて、響子は自分の陥った窮地を再び考察する。


このままでは響子の心がたどる道は一つだけだ。

では、どうやったら回避できるのか。


具体的な対策が思い浮かばずに、響子は正直途方にくれていた。

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