表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
格差恋情  作者: 桜華
13/16

逃せないチャンス-櫂の視点-

しまった、と思った。

彼女が電話に出ない。


1回目は、もしかしたらと思ったので玲香に電話をして、確認した。

やはり彼女は知らない番号からと非通知の着信はほとんど出ないらしい。

今後のためにも、玲香に頼んで、僕の番号を彼女に伝えてもらうことにする。

自分の着信を見て、彼女が不審に思うのは本意ではない。


その後、タイミングを計って、再度電話をしてみたが、電話はつながらない。

タイミングが悪いだけかと、時間を置いて2回電話をかけて繋がらなかった結果・・・やっと現実が認識できてきた。


今までハイテンションだった頭がすうっと冷えていく。

冷静になると、今日起こした行動のなかでミスをしたと思われる部分が多々あった。

勝手に一人で盛り上がっていたが、普段の自分では考えられないぐらい、周りが見えていない行動ばかりである。

状況を冷静に判断して行動できない人間を、自分は軽蔑していたのではなかったのか。

今日の自分は、まさに、それである。

響子さんの僕への評価は必然的に下がっているであろう、とがっくりと頭を下げた。




「あ…あの、今日はとりあえず、帰るね」

彼女との交際に思いをはせながら、今までなかなか話し込むことができなかった彼女といろいろな話をしたくて、カフェにでも行こう、と誘った僕に対する響子さんの返答である。

少し残念に思いながらも、このまま離れがたくて、「じゃあ、送っていくよ」と提案する。


彼女は、「へ?」と間の抜けた声を出して、僕の顔をまじまじと見てきた。

・・・そんなに予想外だっただろうか。

「ごめん、今日は予定があるから、本当に大丈夫。ありがとう、また明日」

戸惑う僕をしり目に彼女は早口でそういうと、出て行った。

その時は、予定があるのに付き合わせて悪かったな、と思っただけだったが、電話に出ない現状を踏まえると、あれは僕と一緒にいることへの「No」だった気がしてくる。


よくよく考えたら、彼女は2年間もの間、僕との接触の機会を特に持とうともしていなかったわけで。

自分でようやく気付いた彼女への気持ちと、それに合致する彼女の気持ちに浮かれていて、あまり気にしていなかったが、彼女が人から注目されることを避けていることは、気付いていた。


そんな響子さんにとって、僕の彼女というポジションはかなり居心地の悪いものなのではないだろうか。

別にうぬぼれなどではなく、純粋に僕の周りにいる人たちが被る影響を目の当たりにしてきたので、どんな展開になるかは、想像がつく。

嫌というほど具体的に。


思い出してしまう。

小学生の頃、男子のように快活な女の子がいた。たしか名前は「みさきちゃん」だったと思う。

彼女は、女子よりも男子と一緒にサッカーや野球などをして遊ぶことが多く、自然と僕ともよく話すようになっていった。

といっても、話題などプロ選手の情報やらどこの小学校の誰が喧嘩が強いやら、まったく色気のないどうでもいい話ばかりだ。


しかし、ある日を境に、みさきちゃんはピタリ、と男子と遊ぶのを止めてしまった。

僕が気付いたのは、男子の中でもかなり遅いほうだったと思う。

みさきちゃんとは他の女の子よりはよく会話もしたが、それは比較の問題であって、どちらかというと他の男子と仲が良かった。

だから、彼女を最近見かけなくなったな、と思い始めて1ヶ月も過ぎたあたりだろうか。

みさきちゃんと仲の良かった男子から、いきなり校庭の隅に呼び出されて話をされた時には驚いた。


みさきちゃんは、女子のいじめにあっていたらしい。

「櫂くんに媚を売るために、わざと男の子っぽくしてるんでしょ。他の男子にも色目使ってサイテー」

というのがいじめる側の主張らしいが、はっきりいって全くのいいがかりにびっくりした。

自分がいじめの原因になっている、という事態も嫌だった。


指摘されてよく見てみると、あんなに快活だったみさきちゃんは、表情のないおとなしい女の子になっていて、いつも女子の輪から外れていた。

男子と遊ぶことが多かったといっても、やはり女子の輪から外れるのは、かなり辛かったのだろう。

一部の男子は、いじめを主導した女の子の行動に追随してもいたようだ。


結局、みさきちゃんと一番仲のよかった男子が彼女をかばって残りの期間を過ごし、学年が上がるとともに、僕とも、いじめを主導していた女の子ともクラスが別になったので、その後は特に登校拒否などになることなく、無事卒業したようだった。

ただ、最後までみさきちゃんが元の快活な女の子に戻る事はなかったみたいだ。


もちろん僕としては、全く意図していない状況に不満だったし、みさきちゃんの窮地をどうにかしたいとは思ったが、彼女の窮地を教えてくれた男子から「なにもするな」と止められた。

僕が動くと、ますますみさきちゃんの状況が悪化してしまうから、と。


そのときは、情けないことに、ほっとしてしまった。

正直、みさきちゃんに対して、特に遊び仲間以上の感情はもっていなかったし、そのいじめを主導している女子と話すのも面倒だった。

彼女に話しかけようとするだけで、事態はもっと混乱し、酷い事になるだろうことは、容易に想像がついた。


僕は彼の忠告をありがたく受け入れ、この件には一切たちることはしなかった。

ただ、いじめをしているグループのことは徹底的に無視をしたが。

正直そういうことをする人間に対して、嫌悪感でいっぱいであったが、反応を見せないことが一番彼らにとって好ましくない状況なのではないかと思ったからだ。


君達ハ僕ニトッテ、存在シナイモ同然ノ存在。


そう、分からせたかった。

他人の気持ちを思いやることも出来ない想像力の欠如した人間に、伝わったかどうかは疑問だったが。



なにより、そのことがあってから僕は周りにいる人間をよく観察して動くようになった。

深入りしたらやっかいになる人種、物事を捻じ曲げて伝える人種、都合のいいこととしてしか話を受け取らない人種。そういった人達を徹底的に避けて、一定以上踏み込ませないように、常に警戒を怠らなかった。

もちろん信頼に値する人や僕の状況に関心のない人などもいたので、なるべくそういった人たちの中にいるように心がけたが、第二の「みさきちゃん」を作りたくなかったので、特に女子には徹底的に愛想はよくても、対応は冷たくして勘違いさせなかった。

誰とでも一定の距離を空けて接するようになった。

それでも、小さなトラブルは完全になくなりはしなかった。


「やばい・・・」

血の気が引いてしまう。

今の状況を考えたら、響子さんは「みさきちゃん」以上に危険な状況にあるわけだ。

まあ、高校生、しかも上位の進学校に進んできたような学生が、小学生のような短絡的な反応をするとは思わないが、頭がいい分、巧妙な手段にでる危険性がある。


もちろん僕としては、全身全霊をもって響子さんを守るし、玲香だって黙ってはいないだろうけど、それでも24時間まったく隙を作らずにガードするなんてことは、無理なわけで。


そんな状況になったら、響子さんがせっかく気を使って作り上げた目立たない平穏な生活を壊してしまう。

そして、もしそんな状況になったら、お付き合いを止めたいと言い出される可能性が高いのではないだろうか。

響子さんはおとなしく、目立たないように気を使っているが、自分の主張はしっかりと通す人だということは知っている。

そんな状況下で言い出されたら、引き止められる自信はない。


どうにか、しなければ。

自分はまだチャンスを掴んだだけだ。

そのチャンスを生かすのも殺すのも、僕次第。

両思いが何もしないでも大丈夫であるなら、カップルは分かれないし離婚などは成立しない。

人の気持ちなど、状況によってどうとでも動くもの。


2年間もぼーっと観察するだけで無駄にしていたのだ。

あんなにも気になっていた理由が分からなかったなんて、間抜けすぎる。

ずっと探していたのに。

親愛の情を交わせる相手。

自分の葛藤を見抜ける相手。

見抜いて、本当の自分の気持ちを酌んでくれて、理解してくれる相手。


表面的なことだけでなく、いろいろな思いを語ってみたい。

自分の考えを、どう受け止めて、どう評価するのか見てみたい。

もちろん違う人間だから、全てが理解できるわけじゃない。共感できるわけでもない。


だけど、どうして理解できないのか、どうして共感できないかを語り合うことはできる。

もっともっと知り合いたい。

一緒の時間を共有して、いろいろなことを経験して、感想を交し合って、ヴィジョンを共有する。

そのチャンスを、手にしなければ。



僕は頭のなかで、状況を分析し作戦を立てると、一番の味方になるであろう里中に電話をした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ