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格差恋情  作者: 桜華
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彼女というひと-玲香の視点-

彼女に初めて会ったのは、高校に入学してすぐだった。

教室から入学式の会場となっている体育館に向かって廊下を歩いているときに、側を歩いていたのが彼女だったのだ。

私はあまり人に対して構えることはないから、すぐににっこり笑って声をかけた。

新しい学校生活は友達が多いほうが楽しいじゃない?


「こんにちは。私、北中から来たの。中原玲香よ、よろしくね」


彼女は無表情だった顔に、少し驚きの表情を浮かべた。

私はちょっとだけ声を掛ける人を間違えたかと思った。どこでもあまり人と関わり合いたくない人はいるものだ。そういう人は少し学校生活を過ごせばわかるので、普段はあまり関わらない。だけどさすがに初日から判断するのは難しかった。


なんて私の中で考えているうちに、彼女は声を掛けられた驚きから立ち直ったらしい。

次の瞬間に、嬉しそうに笑顔になって、返事をした。


「ありがとう。野崎響子です。桜ヶ丘中の出身なの。よろしく」


最初の無表情から笑顔のギャップはなかなか強烈だった。

自己紹介をして、ちょっとほっとした表情をしていた響子が、人見知りをする性格で、初日の緊張で顔が無表情になっていたと知ったのは、1ヶ月後ぐらい後のこと。

私は、高校生活がなかなか良いスタートを切れそうで、とてもご機嫌になった。




野崎響子という人は変わっていた。

なにが、というのは具体的にすぐにはわからなかった。

ただ、彼女の印象を一言で表すならば「落ち着いている」という言葉が適切なのではないかと思う。

一緒に馬鹿をやったり、学生ならではの行事に夢中になったり、放課後をガールズトークで延々とおしゃべりしたり・・・他の友達と過ごす時間となにが違うわけでもない。

くだらないことで馬鹿笑いしたり、後から思えばささいなことに腹をたてたり、彼女と過ごす時間はとても心地よかったけれど。

でも、ふとした拍子に突きつけられる、自分たちとの違い。


彼女は一人行動を嫌がらなかった。

友達がトイレに行くといったら、必ず誰かが「私も」とついていき、移動教室の際には、置いてけぼりをくらわないように、事前に一緒に行く友達をキープ。体育の授業の後は友達同士で身だしなみを確認し、一緒に遅れる。

それが当たり前の私には、響子の行動が始め冷たいとも思えた。


「あ、私トイレ」

「うん、行ってらっしゃい」


「次音楽室だよね?」

「あ、私これ読んでから行くから、先行ってて」


「着替え終わってたら先行っていいよ、私遅くてごめんね」

「え、待ってるよ」

「大丈夫。すぐに終わるから」


それでも、私が待っていたい時は待っていたし、一緒に行動すると言うと響子は特にそれ以上はなにも言わずに笑って一緒に歩いた。ありがとう、といいながら。



彼女は先を見据えていた。

私など、ぼんやりとしたイメージでしかない人生の道筋が、響子にははっきり見えているのではないかと思う時が時々あった。

例えば、バイトの決め方。お金の使い方。彼氏の作り方。時間の使い方。

全てに主張が見えた。


「バイト、ファーストフードにしたの?時給安くない?」

私が響子の始めたバイト先を聞いて思わず聞いてしまった時。だってそこは、高校生のバイトの定番と言われているが、最低水準の時給しか提示しないということでも有名な先だったから。

「うん、でもこちらから働く時間をある程度提示してシフト組んでくれるし、試験期間中は休んでも問題ないって言うし、それに平日は働きたくないから、週2回でも雇ってくれるところってあまりなかったの。休みたい時に休めないようなバイトはしたくないし」

だから、時給よりも自分のスケジュールを自分で立てられる先にしたのだと、何の迷いもなく笑っていた。

「まあ、人見知りを直すいい訓練かなぁ、とも思うし」

マニュアルでの対応で、人見知りを直すことなどできるのか、と私はそのときふと思ったのは余談だろう。その不安が的中して、2年間もバイトした後には、外向けに見せる顔がばっちり完成されて、人見知り中に愛想のいい対応ができるようにレベルアップした響子は、人見知りだと気づかれることなく、愛想がいいがそっけない人という評価をもらいやすいようになっていた・・・。


「パーマとかカラーとか、かけないの?」

彼女の真っ黒でまっすぐな髪の話題になった時、髪の色がもう少し明るくなったら彼女のまとう落ち着いた雰囲気も軽くなりそうで、聞いてみる。

「でも、それすると1万円が軽く飛んでいくじゃない?バイトのお金、そこには使いたくないんだよね」

むーっと悩みつつも、響子は答えた。

彼女も自分のイメージを多少は自覚していたので、私のカラーリングした髪などに興味を示していたから、悩んだみたいだ。

最初にその答えを聞いた時、少し以外だったのを覚えている。

なぜなら響子は本には毎月1万を軽く超える金額を費やしているのを知っていたからだ。その思い切りのいい本の購入の仕方を見ていて、お金に対してそんなに計画的に使っているとは思わなかった。

そのときに、でも響子があまり買い食いなどをしないことに思い当たった。

玲香や他の友達が購買部に行く際、本当に欲しいときじゃないと、響子は来ない。雰囲気でなんとなく買う、ということをしていなかった。


彼氏と付き合うと、響子とダブルデートなどをしてみたくなることもあり、何度か彼の男友達やら、自分の中学の同級生やら、紹介をしたこともある。

響子は最初は渋っていたが、多分私のあまりの熱意に負けたのだろう、何回かボーリングやらカラオケやら付き合ってくれた。

彼女は自分がこう、と決めたら愛想よく振舞うこともできるので、私の顔をつぶさないようにだろう、当日はとてもノリよく付き合ってくれて、紹介した彼がその気になったこともあった。

でも彼女は二人きりで会うようなことはしなかったし、「好きじゃなくても、好きになるかもしれないから、ためしに付き合ってみれば?」という私の言葉にも、苦笑して首を振った。

理由はなかなか教えてくれなかったけど、とうとうある日聞き出すことができた。


いわく・・・「彼と過ごす人生が思い描けないから」


正直、この答えを聞いた時、どこの婚活中のアラサーかと思った。

私たち、今高校生ですよ、響子さん。

今のお付き合いでなんで人生まで考える必要があるのかと。

彼女も正直、私のような反応が返ってくることはわかっていたようで、少し照れながら理由を説明してくれた。

「だって、好きになったらきっと盲目になるじゃない?そしたら現状が冷静に判断できなくなる。でも恋する状態から冷めたときに、抜け出せない状態になっているのは嫌なのよね。人生を謳歌するために、いろんな意味で今は大事な時だと思うの。だって、恋して勉強しなかったら、大学だって行けなくなるかもしれない。これから大学に行って、社会に出たときには、きっともっと沢山の出会いがあると思うの。そのときに心も体もお荷物を抱えてたくないのよね。だって、高校生なんて青田買いもいいところでしょ?もう少し不確定要素を排除したうえで、恋愛したいなぁ。・・・あ、別にお見合いでもいいんだけど」

・・・たぶん、私には半分も彼女の言っていることが理解できてなかったと思う。

ただ、響子がこの分野においては妥協をしない性格なのだろうということは、わかった。



時間の使い方は、私とだいぶ違っていた。

私はいろいろな人と約束をして、もちろんデートだってしっかりする。

すごい時は一日に3件、別の人物とのアポを入れて、次から次へと会って過ごす。もちろん、学校が終わった放課後にだ。

そんな私のスケジュールと対称的に響子のスケジュールは、バイト以外は特に入っていることは少なかった。

聞けば、その日の気分で図書館に寄って帰ったり、本屋に寄って帰ったりして、後は家で本を読んだりしてのんびり過ごすのだという。

もちろん、誘えばちゃんと遊びにも出かけてくるし、そういう時は時間を気にせず付き合ってくれる。

響子が言うには、スケジュールがいっぱいだと、窒息してしまうような気分になり、そういうスケジュール帳を見るだけで、疲れてしまうのだそうだ。


まあ、いろいろとわかるにつれて、全く私と違う性格の響子だったけれど、なぜだか響子は私の親友になった。

いろいろなところで対立してしまうこともあったけど、こうも上手くやっていけたのは、いろいろな場面で響子が譲っていたからだと思う。


自分のことでないと、彼女はある程度対立が表面化したところで、身を引いてしまう。

それは自分の態度で人を傷つけることを恐れているように、私には見えた。

それでも、流行の言葉に身をくるんで、意味の無い言葉をつらつらと言うクラスメートの言葉とは対照的に、率直で核心をつくような言葉が出てくることが多かったから、友達の何人かは、響子のことを「怖い、酷い、キツイ」と倦厭する子もいた。

響子を知っている私には、それは恐らく本を沢山読んでいる響子の言葉が難しい言い回しを含んでいたりするので、ますます威圧的に聞こえるのだろうとも思えた。


空気を読んで、人の機微にも気を使う友達。

だけど、本人の努力だけではどうしても隠し切れない、自分達とは違う存在感。

自分達の見えていないものを見えているような、その思慮深い視線。

それは確実に響子という人物を取り巻いていて、周りの人と彼女を切り離していた。


でも。

その壁を打ち破れる人が現れたかもしれない。

それは、自分と仲のいい男子で。

まさか、高校生で彼女と対等に付き合える人がいるとは思ってなかったけれど。

彼なら、納得。

その可能性は、この間まで存在していなかったはず。

していたら、両方と仲のいい玲香が気づかないはずない。

そして、その可能性が生まれた時期も、たぶん玲香には分かっている。

あんなに、二人とも表面の興味しかなかったのに。

なにがあったのだろう。

すごく、すごく気になるけれど。

話を聞くのは、もう少し後にしよう。

今は話してくれる内容だけを受け止めて、いろいろ普通じゃない高校生同士の恋愛を見物させてもらうことにしよう。


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