レイニーデイ(第17回電撃リトルリーグ落選)
彼女が亡くなってから、丁度今日で一年。梅雨の季節の真っ只中。彼女が亡くなった日もこんな雨だった。今日も土砂降りだったが、その風景はいつもとは違った。
彼女が、いた。
あの頃と変わらない姿で。不思議なことに、この土砂降りの中、彼女は濡れていなかった。まるで、雨が彼女を避けているみたいだった。
「あの……。」
雨が地面を打ちつける音が一瞬無くなったかのように、彼女の声が僕の耳に響く。
「……。」
彼女は死んだはずだ。それもほとんど僕のせいで。彼女の家が僕の帰路の途中にあるので、そのまま傘を貸してもらった。彼女はその傘を取りに来る途中に、車に轢かれてしまった。
後から僕が返しに行ったのに。お節介な奴だ。
「聞いて欲しいの」
その彼女のようなモノは、僕の心の中の罪悪感、僕の認めたくない感情が、具現化したような姿だった。
嫌なことを思い出してしまった。せっかく忘れようとしていたのに。
僕は歩く速度を速め、家路を急ぐ。
「ごめんね」
彼女は僕に謝った。何故?
もう全部、忘れてしまった。
玄関。傘立てに目をやる。
あの日、僕が借りた傘があった。彼女が死んだ原因、元凶。
僕は怖かった。この傘を借りたことは、僕と彼女以外知らないし、ましてや、この傘が原因で彼女が死んだことなんて誰も知らない。
僕は、この傘の存在を忘れることで、罪悪感から、彼女の死から、逃れていた。
自らの意思で、逃げていた。
彼女の存在すら、忘れようとしていた。
罪悪感を傘に押し付けて。僕のせいではないと自分に言い聞かせて。
僕は。
忘れていたつもりだったけれど。心のどこかで、ずっと悔いていた。ずっと、ずっと。
自分の罪から逃げていたこと。彼女に謝れなかったこと。この傘を、返せなかったこと。
そんなときに再び彼女が現れた。まるで、僕の懺悔を聞きに来たかのように。
気づけば僕は、走っていた。雨が遠くを視認しずらくするぐらいに降っていたが、そんなことはお構い無しに。
右手には、返しそびれた傘。
そして。
再び彼女に出会った。彼女が死んだ、すっかりしおれた花束が供えられていた、あの場所。
彼女はゆっくり僕のほうを向いた。
「傘、返しにきた…!」
右手に持った傘を差し出しながら、息も整えずに言った。
彼女は傘を受け取って。
「ありがと。来ないんじゃないかって、思ってた」
悲しみと恥ずかしさと嬉しさが入り混じったようなはにかみを、僕に向けながら言った。
「ごめん……本当に、ごめん!」
「こっちこそ、ごめんね」
「なんでお前が謝るんだよ……自分の罪から逃げようとして! お前のことを忘れようとして!」
「でもこうして、傘、返しに来てくれたじゃん。覚えていてくれるんでしょ?」
「当たり前だよ……! 忘れなんか、するもんか」
「その言葉聴いて安心した。じゃあ、私、いなくなっても大丈夫だね」
「え……」
「じゃあね、ばいばい」
「お、おい!」
僕が呼びかけた時には彼女は既に消えていた。
雨は既に弱くなっていて、雲の隙間から日が顔をのぞかせていた。
最期まで、お節介な奴だった。