第5話:迫りくる巨躯
――アークフォース都市外郭防衛線、第1哨戒エリア。
地平線の彼方に漂う重苦しい濃霧の中、大気を物理的に押し潰すかのような超低周波の振動が響き渡っていた。
ズズズ……ズズズズズ……。
それは数キロ先から響いているにもかかわらず、地表の小石を跳ねさせ、防壁の金属装甲を激しく共振させるほどの圧力を秘めていた。
アークフォース軍事基地のメイン司令室。
照明が真っ赤な緊急警報の光に染まり、けたたましいアラート音が絶え間なく鳴り響いている。
『――緊急警戒発令。コード・グラディエーター。防衛都市アークフォース第1外郭防衛線の最外郭に、超巨大移動物体を捕捉。全パイロットおよび防衛部隊は直ちに第1級戦行態勢へと移行せよ――』
メインモニターの前に陣取る作戦参謀のルカ・アシュフォードは、メガネのフレームを押し上げながら、血の気の引いた顔で膨大なスキャンデータを注視していた。
「……バカな。この質量、このジェネレーター出力……! 過去の戦乱期に破棄されたはずの、都市破壊用超巨大移動要塞……『グラン・ゴーレム』だと……!?」
モニターに映し出されたシルエットは、幅100メートル、全長300メートルを超える異形の多脚超巨大鉄塊であった。
機体全体を覆う無数の主砲塔と、通常兵器の攻撃を一切寄せ付けない強力な『対複合重圧シールド』の波動が、周囲の空間を青く歪ませている。
その目的地は明確であった。
アークフォース都市内部のあらゆるインフラと生命を維持する、中央メインジェネレーター区画。
「進行予測ルート上に障害物なし。このままの速度で直進された場合……あと40分で都市の第1防壁が完全破壊される……!」
ルカの手がキーボードの上で素早く動く。
即座にアークフォース全防衛部隊、並びに隣接第3管区部隊への緊急動員要請が暗号通信として電波に乗せられた。
地下ハンガーの出撃通路。
パイロットスーツへと着替えを済ませたカイト・充・ガードナー少尉は、直立不動の体勢でパイロットヘルメットを小脇に抱えていた。その瞳には一切の動揺がなく、ただ冷徹な戦術眼が光っている。
そこへ、慌ただしく駆け込んできたシーナ・ヴァレンティ。
「カイト! 司令からの緊急出撃命令、聞いたでしょ!? 今度の敵は……今までの自律兵器とはスケールが違いすぎるわ!」
「肯定します、シーナ少尉。全高100メートル級の移動要塞『グラン・ゴーレム』。都市防衛隊のドクトリンにおいて『最高レベルの脅威』に分類される敵です」
カイトの声音は、どこまでも冷静であった。
しかし、その胸中には前日の「シークレット・デート」で見た風景――あの温かなカフェ、美味しいイチゴパフェ、そして笑い合っていた都市の民間人たちの姿が、明確な防衛目標として刻み込まれていた。
(……この都市の平穏を破る存在は、いかなる巨大な鉄塊であろうとも排除する。それが、今の私の任務であり……守るべき『日常』の防護である)
カイトが操縦桿を握るべくブラックナイトのコクピットへと脚をかけたその時、ハンガーの入口から足音が響いた。
「――合同作戦の申し入れを行います」
現れたのは、隣接第3管区の試作高機動機『ウィング・ガーディアン』のパイロット――フェザーであった。
彼女は自身の専用パイロットスーツを身に纏い、感情の読めない琥珀色の瞳でカイトをまっすぐに見つめていた。
「フェザー少尉。貴部隊も動員されたのですか」
「はい。敵の『対複合重圧シールド』は単機の火力をどれほど高めようと突破不可能です。第3管区全戦力、並びに私のウィング・ガーディアンの機動力を以て、貴方たちの作戦を援護します」
フェザーは一歩踏み出し、カイトの顔を静かに見上げた。
「……私が以前した問いを覚えていますか、カイトさん。貴方が守るべき『日常』を得たことで強くなったのか、それとも弱くなったのか……この決戦で、見極めさせていただきます」
「……了解しました。成果を以て回答といたします」
カイトは短く応えると、コクピット内へと滑り込み、重厚なハッチが静かに閉じたのだった。
ドゴォォォォンッ!!!!!
外郭荒野に、大地を揺るがす地響きと爆煙が巻き起こっていた。
全高100メートルの超巨大移動要塞『グラン・ゴーレム』。
その前方に展開された青い『対複合重圧シールド』は、都市防衛隊が放つミサイル群や実体弾砲撃を、着弾と同時に跡形もなく消失・無効化していた。
「防衛第1ライン、壊滅! 砲撃が通用しません!」
「ダメだ、シールドを破れない! 奴は止まらないぞ!!」
防衛隊の通信回線に、絶望的な悲鳴が飛び交う。
グラン・ゴーレムの側面に備え付けられた無数の副砲から放たれるビームと実体弾の火網が、防衛隊の量産機たちを次々と薙ぎ払っていく。
その爆炎を切り裂き、大空から降下してきた一筋の黒い影――ブラックナイト!
「――これより指定ターゲットへの攻撃を開始する。シーナ少尉、フェザー少尉、牽制射撃を展開してください」
カイトの声が通信回線に響く。
ブラックナイトは着地と同時に、両腕のハイパーツインビームマグナムを展開した。
ズガァァァンッ! ズガァァァンッ!
極限まで圧縮された二条のビーム光線が、グラン・ゴーレムの前面シールドへ直撃する。
だが――。
バリバリバリッ……!!
青いシールドの表面が激しく干渉し、プラズマの火花を撒き散らしたものの、ビームエネルギーは拡散され、要塞本体の分厚い複合装甲には傷一つ届かなかった。
『ツインメガビームすら完全に減衰された……!? なんて強度なの!』
シーナが驚愕の声を上げる。
『解析完了したよ、カイト!』
コクピット内のサブモニターに、ルカのデータ解析結果が緊急表示された。
『あの『対複合重圧シールド』は、単一の方向からのエネルギー射撃をほぼ100%減衰・相殺する多重空間歪曲膜だ! 通常の射撃戦では、どんな高火力兵器でも突破は不可能だよ!』
「減衰率100%……。ならば、物理的距離をゼロにし、発生基部そのものを内部から破壊するしかありませんね」
カイトの思考は、絶望的な状況下であってもコンマ一秒の滞りもなく次の一手を弾き出していた。
『ゼロ距離……!? でも発生基部は要塞の天面中央、最も対空火網が密に張り巡らされた危険エリアよ!?』
シーナが叫ぶ。
「問題ありません。高高度へ跳躍し、垂直降下の位置エネルギーを加算して突入します」
『……正気ですか、カイトさん』
通信回線に、フェザーの冷徹な声が入る。
『要塞上面からの対空砲火密度は、下層の比ではありません。降下中の機体は回避機動が著しく制限される。着弾する前に、貴方の機体は蜂の巣にされます』
「肯定します。ゆえに、回避運動を最小限に抑えた直線突撃を行います」
「カイト! またそんな無茶な戦い方を……!」
シーナが悲痛な声を上げる。
しかし、カイトは操縦桿を握り締める手に、静かに力を込めた。
「無茶ではありません。計算された戦術です。……シーナ、フェザー少尉。私には、この防衛戦を完遂し、帰還すべき『約束』があります」
「え……?」
「昨日、シーナと交わした『視察ミッション』の実行。これを遂行するため、私の生存確率は100%でなければなりません」
大真面目な声で告げられたその言葉に、通信回線のシーナが一瞬言葉を失い、顔を真っ赤にした。
『バ……バカカイト……! こんな状況で何言ってるのよ……!』
『……驚きました』
フェザーの静かな声が響く。
『大切なものを守るための決意……それが、貴方の導き出した答えですか。……了解しました。ウィング・ガーディアン、全スラスター開放。カイトさんの降下ルート上の対空火網を、私が全て引き引き受けます』
「フェザー少尉!?」
『私の高機動戦術を以てすれば、対空砲火のターゲットを数秒間逸らすことは可能です。……カイトさん。貴方の『明日』への意志、見せていただきましょう!』
白い翼を持つ高機動機『ウィング・ガーディアン』が、爆炎を突き抜けて要塞の天面へと高速飛翔を始めた!
シューーッ! ズバババババッ!!
ウィング・ガーディアンの背部スラスター群が真白な光条を描き、要塞上面の無数の対空自動砲塔を攪乱していく。
フェザーの極限に研ぎ澄まされた操縦技術。コンマ01秒単位の超高機動演算により、敵の全自動対空火網が白い翼を追って一斉に偏向した。
『今です、カイトさん!! 降下ルートが開きました!!』
フェザーの叫びが通信に轟く!
「感謝します、フェザー少尉……!!」
大空の遥か高み――高度3000メートル。
漆黒の重装甲を纏ったBlack Knight-Xが、背部の巨大ブーストユニットを全噴射させ、真下へ向けて加速を開始した!
ドオォォォォォォォンッ!!!!!
大気を切り裂き、音速の壁を突破した降下速度。
位置エネルギーと全開ブーストの推進力が一体となり、ブラックナイトはまさに黒い流星となってグラン・ゴーレムの天面へと一直線に突き刺さっていく!
「シールド発生基部、照準固定。両腕ハイパーツインビームマグナム――出力上限オーバーライド!!」
カイトの視界の中で、赤いターゲットマークがグラン・ゴーレム天面中央の円形シールドジェネレーターと完璧に合致した。
要塞の対空砲塔群が遅れてブラックナイトを捉え、無数の対空弾が装甲を掠めて火花を散らす。
しかし、カイトの瞳には一切のブレがなかった。
(守る。この都市を、この空を……あの穏やかな日常を……!!)
「――穿てッ!!!!」
ズガアァァァァァァァァンッ!!!!!!!!
ゼロ距離――発生基部の真上コンマ数メートルの位置から放たれた、限界突破のツインメガビーム!
極限に凝縮されたエネルギーが、シールド発生器の装甲を蒸発させ、内部のメイン回路を直撃した!
バリバリバリバリバキィィィィンッ!!!!
空間を覆っていた青い『対複合重圧シールド』が、ガラスが割れるような甲高い音とともに破砕・消滅!
要塞全体が内部からの激しいショックパルスによって大きく揺れ動いた!
『シールド完全消失を確認!! やった……やったわカイト!!』
シーナの歓喜の叫びが響き渡る!
だが――。
要塞のシールドを打ち砕いた直後、直撃の爆風と衝撃波がブラックナイトを襲った。
過大な出力を放ったツインメガビームの砲身が赤熱して焼き付き、機体は体勢を崩して要塞天面から失速。重力に引かれて地上へと落下し始めた!
「くっ……! 反動が大きすぎたか……!」
『カイト!!』
落下していく漆黒の機体。
そして、シールドを失いながらも、グラン・ゴーレムの巨大な本体は未だ停止していなかった。要塞の内部ジェネレーターが真っ赤に過熱し、都市防壁へ向けた最終砲撃のチャージを開始していたのだ――!
荒野の大地に激しく落着したブラックナイト。
機体各部から警告音が鳴り響き、モニターの半分がノイズで乱れていた。
『警告:背部ブーストユニット機能停止。右腕ビームマグナム損壊。敵要塞本体、内部過熱により自律砲撃シーケンスを継続中』
メインAIの合成音声が冷たく告げる。
「まだ……終わっていない……!」
カイトは激しい痛みに耐えながら、血のついた唇を噛みしめて操縦桿を握り直した。
前面のシールドは破った。だが、グラン・ゴーレムの分厚い本装甲と、過熱する内部コアを完全に沈黙させない限り、アークフォース都市への砲撃は止められない。
通信画面に、機体を損傷しながらも追いついてきたシーナのレッドライナー、そしてフェザーのウィング・ガーディアンが映し出された。
『カイト! 大丈夫!?』
『敵要塞のメインコアが過熱限界を迎えています。あと3分で都市防壁へ向けた過熱粒子砲が発射されます……!』
カイトはモニターに映る、煙を吹きながらも進撃を止めない巨躯を凝視した。
「……了解しました。これより……第2段階作戦へ移行します」
カイトの手が、操作パネルに配置された「緊急武装排除」のレバーへと伸びる。
戦いは限界を超えた過酷な攻防戦へと突入しようとしていた。




