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初恋の記憶

作者: 遥(はるか)奏汰(かなた)
掲載日:2026/08/27

お金に困り「初恋の記憶」を質屋に入れた主人公。店を出た直後、記憶を失ったはずの「初恋の相手」本人に声をかけられてしまい――?

記憶と引き換えに現金を手に入れた男の、おかしな再会劇をお楽しみください!

「初恋の記憶、査定額は二万五千円になります」

質屋の店主から手渡された樋口一葉五枚を財布に押し込み、俺は深いため息をついた。今月の家賃にはこれで十分だ。

店を出た瞬間、胸の奥にすっぽりと虚無の穴が空いた。確かに俺は誰かに恋をしていたはずなのだが、その顔も、名前も、甘酸っぱい思い出も綺麗さっぱり消えている。手元に残ったのは、甘酸っぱさの欠片もない現金だけだった。

「……ま、背に腹は代えられないしな」

そう自分に言い聞かせて駅へ向かおうとしたその時、不意に通りすがりの女性と肩が触れ合った。

「あ、すみま――」

頭を下げかけた俺の前で、彼女は目を見開いてフリーズしていた。まるで長年探していた伝説の宝箱でも見つけたかのような、ドラマチックな瞳。

「……嘘でしょ? たかし君!?」

誰だ。俺の名はたかしだが、彼女の顔を見ても脳内データベースは「該当データなし」としか返さない。

「やっぱりたかし君だ! 懐かしい! 中学卒業以来だよね! 私のこと、覚えてる?」

彼女が満面の笑みで距離を詰めてくる。まずい。これがまさに、数分前に二万五千円で手放した「初恋の相手」に違いなかった。

「あ、ああ〜! もちろん覚えてるよ! …久しぶりだね!」

俺は必死に顔を引きつらせながら、知ったかぶりを決めた。ここで「さっき質屋に君の思い出を売ったばかりだから誰だか分からない」なんて言えるはずがない。殺される。

「よかった〜! 私、たかし君にどうしても謝りたいことがあったの。ほら、放課後の理科室で、私が間違えてたかし君の眉毛を全剃りしちゃった事件あったじゃない?」

……待て。俺の初恋、そんなバイオレンスだったのか?

「あはは、あったねぇ! 眉毛全剃りね! 懐かしいなあ!」

「でしょ? その節は本当にごめんね。でもね、私、ずっと後悔してたの。だから今日ここで会えたら、絶対に本当の気持ちを伝えようって決めてたの」

彼女は頬を赤らめ、俺の目をまっすぐに見つめた。

「私ね、あの頃からずっと――」

告白の気配。脳内で警報が鳴り響く。思い出せない初恋の相手から、時を超えて告白される胸キュン展開。だが、俺の胸にあるのは二万五千円の罪悪感だけだ。

「ちょっと待ってくれ!」

俺は思わず叫び、彼女の手を掴んだ。

「君の気持ちは嬉しい! でも、今の俺には君の想いを受け取る資格がないんだ!」

「え? どういうこと……?」

「実は俺……君との大切な思い出を、あそこの質屋に二万五千円で売っちゃったんだよ!!」

俺は涙目で、路地裏の「思い出買い取り店」を指さした。沈黙が流れる。彼女は目を見開き、固まっていた。怒られる、そう覚悟して目を閉じた俺に、彼女は信じられない言葉を投げかけた。

「……えっ、二万五千円!? 高くない!?」

「……は?」

「私なんて、たかし君との初恋の記憶、さっきあっちの店で『査定価値なし』って言われて五百円で買い叩かれたんだけど! なんでそんな差があるの!?」

彼女は激怒しながら、財布から五百円玉を取り出して俺に突きつけた。

「ちょっと店主に文句言ってくる! たかし君もついてきて! 相場の基準を問い詰めるわよ!」

「え、あ、はい……」

初恋の思い出は綺麗さっぱり消えてしまったが、俺たちの新しい「最悪の再会」の記憶は、どうやらタダで手に入りそうだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

エモい切なさからスタートしておきながら、最終的に「記憶の相場価格」というリアルすぎる格差で泥沼化するコメディを目指しました。

主人公の思い出(25,000円)とヒロインの思い出(500円)の圧倒的格差。眉毛を全剃りされたトラウマ級の記憶がなぜか高額査定されているあたり、あの質屋の基準にはかなり謎が多そうです。

失った初恋の代わりに手に入ったのは、またしてもロマンチックとは程遠い騒々しい日常でした。ふたりの「相場対決」の行方を、温かい目で見守っていただけたら幸いです!

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