第一話:秩序の外側
天界は、完璧だった。
光は常に均一に降り注ぎ、救いは秩序に従って与えられる。
選ばれた魂は導かれ、選ばれなかった魂は――静かに消える。
その仕組みを、疑う者はいなかった。
ただ一人を除いて。
「なぜ、救いに偏りがある?」
ルシファーはそう問いかけた。
それはあまりにも単純で、そして許されない問いだった。
広間にざわめきが走る。
「……やめろ、ルシファー」
隣にいた天使が小さく囁く。
「それ以上は、触れてはならない」
その一方で、冷ややかな声が響く。
「愚問だな」
鋭い視線を向ける天使が一歩前に出る。
「我らは秩序そのものだ。疑問など不要だ」
さらに別の天使が続く。
「救いは選ばれるべきものだ。すべてを救えば、価値が消える」
「選ばれぬ魂に意味などない」
その言葉に、場の空気が一層冷たくなる。
だが、その後方で――
「……違う」
かすかな声。
「聞こえなかったか、今の問い」
「確かに……救われない者が多すぎる」
「我々は、本当に“正しく分けている”のか……?」
小さな共感が、確かに存在していた。
しかし――
「黙れ」
強い一言が、それを押し潰す。
「迷いは秩序を腐らせる」
「疑問は罪だ」
大天使たちは沈黙し、やがて裁きが下る。
「その問いは、秩序を乱す」
「救いは選別されるべきものだ」
「すべてを救うことは、世界の崩壊を意味する」
ルシファーは理解できなかった。
救いとは、選ぶものなのか?
「……それでも、救われるべき者はいる」
その一言が、決定打となった。
「やはり危険だ」
「思想が腐っている」
「排除すべきだ」
敵対する天使たちの声が重なる。
その一方で――
「待て……本当にそこまでの罪か?」
「彼はただ、問いを口にしただけだ」
「……俺は、彼の言っていることが間違いだとは思えない」
だが、その声も震えていた。
「やめろ……巻き込まれるぞ」
「聞かれている……」
恐怖が、共感を封じる。
判決は即座に下された。
――堕天。
「執行せよ」
白く輝く翼は引き裂かれる。
「当然の報いだ」
「秩序への反逆者め」
冷酷な声が響く一方で――
「……やめろ」
「それ以上は……」
小さな制止は、誰にも届かない。
光は剥奪される。
存在そのものが“例外”として処理される。
落ちていく。
天界の光が遠ざかる。
その中で――
「……ルシファー!」
一人の天使が思わず叫ぶ。
「お前は……間違っていない」
だがその声は、震えていた。
「だが俺は……何もできない……」
対して、冷たい声が重なる。
「忘れろ」
「最初から存在しなかった者だ」
「これが正しい世界だ」
光が遠ざかる。
最後に残ったのは――
届かなかった声と、押し殺された真実。
その代わりに広がっていくのは――
濁った空と、叫びの満ちた世界。




