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推し引退ライブの帰り道、異世界の歌姫を全力オタ芸で応援してみた

掲載日:2026/03/18

 その日――。

 推しの引退ライブを最後の最後まで応援した俺たちは、ステージから深々と頭を下げる姿に一同敬礼。――別れを受け入れた。

 俺たちの前に現れてくれて、ありがとう。

 俺たちに「応援」という生きざまを与えてくれて、ありがとう。


 ――だからこそ……。


 ライブ会場を出たあと、車のライトを見て思う。

 どんなに法的規律に従うだけの明かりでも、役割があるそれが羨ましい。

 俺たちはペンライトのように光を点したくても、自らを振りたくても、魂と情熱を込める相手がいなければ意味を成さない。


「俺たち、燃え尽きたのかな……?」


 同志のひとりが柄にもなくつぶやく。


「俺たちは身を捧げる相手がいたからこそ、全力で応援ができた」

「感謝だ。感謝だけしかない」

「でも……」


 俺たちの推しは今夜のライブで引退。

 手もとに舞う白い羽には新たなステージに向かう決意があって、美しかった。

 ただ俺たちは、共には向かえない。

 俺たちが捧げることができるのは、あくまでも応援だ。

 推しが最高のパフォーマンスを行えるよう、全力で踊り、魂の煌めきを表すペンライトを振り、最後の最後まで推しが歌いきるステージを支えること。

 この手はいま、行き場を失っている。


 ――俺たちは同志五人でライブを応援する「オタ芸集団」。


 俺たちに名などない。

 必要なのは、これからの俺たちに「応援」という魂を与えてくれる、新たな推し。

 赤、黄、青を主体としたチェック柄のシャツ。

 俺たちと歴々のライブを渡り歩いた、俺たちだけのビンテージジーンズ。

 魂と情熱を推しに誓う、その決意を表すバンダナ。

 ひと目で俺たちが「何者か」をわからせる、長年かけて風格を築いた、縦も横も自在なボディ。

 どんな曲にでも表情対応できる、究極の容姿。

 俺たちは推しのためにすべてを備えている。


「俺たちを導いてくれる新たな情熱、歌姫はまた舞い降りるだろうか?」

「否。受け身で歌姫を語るとは言語道断!」

「歌姫はかならずいる!」

「歌姫こそ、俺たちを待っているんだ。――だから!」


 新たな推しを迎えに行くぞ、と決意した瞬間。

 俺たちはひとつの光に包まれた。

 未知と自由。

 それを願う純真な光に――。



■ ■



 気がつくとそこは、時代めいた印象の公園だった。

 中央の野外ステージは石造り、遺跡の印象に近い円柱もいくつかある。

 周囲にある丈の短い草が穏やかな風に揺れていて、青い空が延々と広がっていて。

 久しぶりに深呼吸が楽しくなる空間に出会えた。

 ずいぶんイメージを追求した公園……いや、ライブ会場だなと思う。


「声……歌か」

「リハーサルだろうか?」


 そう思えたのは、ステージの中央でひとりの少女が熱心に歌っていたからだ。

 まだ十五か、そこら。

 ずいぶんと純真そうな顔をしている。

 金髪を三つ編みして頭部でまとめ、赤い、ひらひらとしたドレスを着て……。

 いやはや、何とも可愛らしいお嬢さんではないか。


「ふむ、声は悪くない」

「アニソンヒットを飛ばす熟成させた熱気ではないが……」

「某作曲家が起用したがる、ファンタジー色の強い澄んだ声がいいですな」


 この世にはない物語に夢見る少女が世界の広さに憧れる、そんな歌声。

 娘さんというより、歌姫という印象が濃かった。

 正直、まだ素人感が抜けていなかったが、だからこそ成長したらどのような歌声に変じるのか。酷く興味が湧いた。

 可能性という直感に、身体が自然とリズムを刻みはじめる。


「ふん、ふん……」

「テンポの緩い曲は少々苦手ですが……いい」

「リハーサルなら邪魔するのはご御法度! 控えよ!」

「しかし、たまには優雅に舞ってみるのも悪くない」


 歌は聞こえる。

 だが腹から声が出てなくて、柔らかな声は風に乗って消えていく。

 いかにも羽ばたきを知らぬ清楚な雰囲気もいいが、この原石の印象に俺たちは覚えがあった。

 確か、引退した推しを最初に見つけたとき――。

 公園でひとり立ち、素通りでもいい、ほんのわずか私の歌声が聞こえたなら……。

 あのときの印象を思い出し、俺たちはペンライトを手にしていた。


 ――この子を、歌姫を応援したい!


 歌姫の歌に合わせて最初のひと振りに飛び込もうとした瞬間――。

 キタッ!


「この歌姫、――推せるッ!」


 歌、聞こえ、何かが震える。

 魂、呼ばれ、熱意をもって伝えたい!

 俺たちは一同伝心し、足を開いて腰を落として、一瞬の間、ペンライトを下から上へと突き上げる。

 あなただ、と!

 さながら、騎士が誓いを立てる気高き総礼のように!


「きみは光る!」


 歌に合わせてペンライトは激しく、そして優雅に左右に光を走らせ、そして円を幾重も描いていく。

 歌姫は最初、懸命に歌っていたが、ようやく俺たちに気がつき、奇特な踊りよりも多色を自在に放つペンライトにおどろき、可愛らしく呆気に取られて口をぽかんとしていた。


「あ……あの、あなたたちは……?」


 歌姫の問いに、俺たちはちょうど腕をクロスした状態でぴたりと止まる。


「――ご安心を」

「怪しい者ではございません」



■ ■



 まず俺たちは、歌姫のリハーサルに無断で参加したことを詫びた。

 すると歌姫はくすくすと笑う。

 そう――、歌姫はひとりで歌を練習していた。


「……はい。明後日に歌による冠位争奪戦があるので、その練習をしていました」


 だが、歌姫の明るい表情が陰る。


「歌で騎士団を鼓舞し、騎士団は歌で演舞する。その上位が女王として冠位し、騎士団はお抱えになるのですが……」

「歌姫に集う騎士団がいないと?」

「はい……。私の歌は弱いと」

「ふむ。じつに平和的方法でありながら、実力主義とは」

「私、歌は好きなんです。でも、どうやって騎士たちを鼓舞すればいいのかわからず、集ってもらえなくて……」


 一見して理に適っている。

 このライブはぶっつけ本番の決勝戦であり、歌姫と騎士団のチーム総力戦でもあるのが伺える。

 しかし、時期女王に抱えてもらうために有力候補に就く騎士団の姿勢。

 いかにも素人感の忠義に、俺たちはあっさりと「はっ、はっ、はっ」と笑う。


「騎士団というパフォーマーが、何をもってあなたをそのように評価するのかはわかりませんな」

「ジャンルやルールがあるとしたら……」

「何、簡単なこと。歌姫が新たなルールになればいい」


 同志のひとりがタブレットを出すなり、AIより早く歌姫に捧げる楽曲を作り上げる。

 歌姫はタブレットから流れる曲にびっくりしながら、


「この曲……私がさっき歌っていた……?」

「すこしばかりキーを上げて、ポップスに仕立ててみました。歌姫はどうも型に嵌めなければと、自分の歌を閉じ込めているようす」

「?」

「イメージは銀河のファイターを鼓舞するように。いやはや勝手なアレンジは申し訳ないが、このテンポはお気に召しましょうか?」


 同志が問うと、歌姫はやや困惑しながらも高揚を浮かばせる。


「楽師さま、素敵です」

「光栄の至り」

「ふふ、何だかはじめて聞くのに、心がワクワクしてきます。――私に歌えるでしょうか?」


 不安とは裏腹に、自然と身体でリズムを取りながら問うてくるので、俺たちは「はっ、はっ、はっ」と笑う。


「何をおっしゃいます? これはあなたの歌でございます」

「私の……」

「修正はいくらでも。まずはお気に召すように歌ってくだされ」

「は、はい」


 言って促すと、その曲に合わせて振り付けをすでに考えている同志が振るペンライトに興味を持って、歌姫がちょっとだけ指を伸ばしてくる。


「素敵に光る、魔法の剣。熱くはないのでしょうか?」

「魂の熱意がこもれば灼熱にもなりますが、これは歌姫を鼓舞するもの。けっして傷つけたりはしません」

「……触ってもよろしいでしょうか?」

「もちろん」


 恭しく差し出すと、ちょうど緑を点していたそれが赤へと変わり、「きゃっ」と歌姫がおどろいて手にしたペンライトを落としてあたふたしてしまう。


「すいませんっ、大切なお品を私ったら……」

「何、何。こやつめ、これから鼓舞する歌姫に触れてもらい、すっかりのぼせたようです」

「しょうもないペンライトだ」


 俺たちが笑うと歌姫もほっとして微笑、腰を下ろしていたスカートに落ちたペンライトを丁寧にすくう。


「あなたを見ていると、私、何だかどんな曲でも歌えそうな気がしてきました」


 ペンライトを小動物のように撫で、歌姫がはにかむ。

 この笑顔、かならずライブ会場で咲かせてみせようと、俺たちは決意する。

 同志のひとりがすっと立ち、パンパン、と手を叩く。


「ならば、これよりリハーサルに入る! 歌姫、我らをお導きくだされ!」

「はい!」



■ ■



 冠位争奪戦の場となる、披露会ライブ。

 それは歌姫が立っていた石畳の屋外ではなく、どうやら巨大な室内――万能ドームで行われるスタイルだった。

 集う歌姫たちは十人近くいて、俺たちが推す歌姫よりすこし年長だ。

 その歌姫それぞれに集う騎士団も圧巻で、ま、見栄えはいい。

 周囲の空気にやや怖気づきながらも、俺たちは先頭を歩く歌姫につづく。

 集う騎士団がどのような猛者ぞろいなのか、それは知らない。


 ――だが!


 俺たちは早い思春期から晴海の夏冬の厳しさを知り、有明の猛暑と極寒で心身を鍛え、ふたつ、三つの時代を恥じずに生き抜いた!

 戦利品を獲るために鍛え抜いた、一極集中!

 口から瘴気、眼光で標的定め、即座に捕捉!


「何だ……あの殺気めいた武装集団は」

「どう見ても大道芸人の軽装なのに、とんでもない迫力だ……」


 周囲の誰もが驚嘆し、奇妙に慄く。

 そうだろう、そうだろう。

 これが四半世紀を経て人類として認められた、魂を捧げるための戦闘服なのだ! とくと見よ!

 だが、ほんとうの見せ場は俺たちの推し、歌姫にある!


「歌姫、臆することはございません」

「過酷な練習を強要してしまいましたが、あなたはいま、真の歌を得ることができました。その喜びを披露しましょう!」

「はい!」


 俺たちの歌姫の出番は、終盤だった。

 昼間からはじまったライブはそれぞれの歌姫を陽光でかがやかせ、鼓舞された騎士団のパフォーマンスもよく見えて、正直見ごたえがある。

 その終盤ともなれば夜だった。

 灯りはわずか。

 これは意図的な時間配分も匂わせたが、俺たちにとっては最高の演出だった。


「何、我らは夜こそ本性。このペンライトに誓い、歌姫を見事に応援、鼓舞に応じましょう。――ご安心を」


 すう、はあ……。

 自分の胸に手を当て、何度も呼吸する歌姫を鼓舞するように肩を叩く。

 歌姫は返事ではなく、前を向いて力強くうなずいた。

 すでにパフォーマンスを終えた歌姫たちが扇で口もとを隠し、何かひそひそとしている。

 俺たちはライブ会場の中央に立つ――。

 中央に立つ歌姫がマイクがわりに渡したペンライトを光らせ、声を上げた。


「――私の想い、あなたに捧げます!」


 この世界では驚嘆すぎる、歌姫が張り上げる声!

 だが、歌の入り口は静かだった。

 俺たちのペンライトは演出効果を兼ねて、淡い水色でゆっくりと動く。

 歌姫は静かに歌うが、声音や音量に弱さはなかった。

 そして――曲調が途端にアニメ挿入歌十八年連続トップを誇る熱意ばりに変わり、歌姫がその歌唱力を爆発させた。

 俺たちはそれに合わせて、右に、左に、ペンライトを回転させる!


 ――わぁああッ。


 ドームから湧き上がる歓声は最初、見たこともない光の剣、夜に浮かぶかがやきの魔法陣に対しての驚嘆だったが、


「ねぇ、あの子……あんな声出せたかしら?」


 さすがは冠位争奪戦に挑む歌姫たち。

 目の付け所がちがう。

 覚えのある歌声とは比較にならない熱量を誘う声に、なぜか頬を紅潮させていく。

 歌姫はペンライトを自在に指で回転させ、練習のときには見せなかった手振りを大きくはじめる。

 俺たちはそれに合わせて一列に並び、千手観音のような光を放ち、すぐさま左右対称に分かれて、歌姫を讃える光を機械的に見せ、反してうねる生き物のように見せ、激しく身体を動かし高速連続の円を描く。

 飛び散る汗は、まるで光の芸術品だった。

 歌姫もまた、笑顔にふさわしい汗を煌めかしている。

 光のパフォーマンスは一瞬で観客席めがけて飛ぶ。

 俺たちはすぐさま用意していたつぎなるペンライトを手に、情熱の炎のように「ヘイッ、ヘイッ」と声を上げ、観客を沸かせる。

 投げ放たれたペンライトを手に、最初は魔法の杖に怯えていた騎士団たちも心の鎧甲冑を脱ぎ捨てるように、最初は小さく、だがすぐに大きな声を張り上げて歌姫の歌に合わせて身体を揺らしてくる。

 周囲の歌姫たちも負けじと、自らバックコーラスとなって、俺たちの推しの歌を推してくれる!

 もっと聞きたい!

 もっと伝えたい!

 自分の熱気が周囲の熱気となって、自分に返ってくる。

 歌姫はそれが自分の求めていた歌だと喜び、教養で身につけた歌のすべてを自分色に染めていく!

 俺たちはその喜びを鼓舞しようと、全力でパフォーマンスを捧げた。


 ――これが俺たちの推し!

 ――会場すべてにこの子を伝えたい!

 ――この歌姫こそが、俺たちの魂!



■ ■



 この日、技術を競い合う冠位争奪戦は終焉した。

 かわりに新たな意味をもたらす冠位争奪戦が生まれ、俺たちの推しが見事に女王の座を手に入れた!

 その歌姫はいま、はぁ、はぁ、と息を弾ませ、会場すべてに感謝するように大きく手を上げている。


「推しの笑顔はティアラよりも輝いていますなぁ」

「歌姫が弱かったのは、技術ではなく、ひとりだけ変化に挑もうとする周囲との差」

「これはOVAを制作して、某作曲家に楽曲の総指揮を頼みたいところです!」


 歌姫の喜びに、俺たちも一歩下がって満足する。


「どちらにせよ、見事に開花した。さすがです、歌姫」


 嬉しい!

 嬉しいはずなのに、俺たちはどこか覚えのある喪失感を胸に抱く。

 俺たちの推す情熱のすべてが歌姫に伝わり、歌姫はそれを歌で返してくれた。

 嬉しいのに、俺たちはまた……光に包まれる。


「みなさん、私、私……っ」


 やりきりました!

 今夜はご馳走を食べましょう!

 そんなふうに誘いたかったのだろう。

 歌姫がふり返り声をかけるが、そこに俺たちはもういない。


 ――推しのために捧げる魂と、ペンライト。

 ――俺たちは同志五人でライブを応援する「オタ芸集団」。


 俺たちに名などない。

 必要なのは、俺たちに「応援」という魂と場を与えてくれる、自らを羽ばたかせようと前を向く「推し」だけ――。



《完》

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