6-2:家族になろう
その日の夕食。
そわそわしながらダイニングルームで待っていると、レインがやってきた。
レインは私の隣の席に座り、相変わらず暗い顔で俯いている。
どうか。私のスープでこの子を笑顔にできますように。
おじい様に私にクラウドに、レイン。家族が全員揃ったので使用人達が夕食を運び始めた。
もちろん、その中には私のリリーベ草スープもあった。リリーベ草の欠片が浮く透明な美しいスープをレインはじっと見つめている。どうやら興味はもってくれたようだ。
「レイン。今日の夕食のスープは私が作ったの。材料も森で採れたてなのよ。爽やかな旨味がぎゅっとつまってるの。食べやすくて美味しいと思うわ」
「……ありがとうございます。いただきます」
レインがゆっくりスープを口に含む。数秒後、その暗い灰色の瞳がぱっと見開かれた。
「美味しい?」
「はい、ほんとうにおいしい、です」
頬を赤らめて、目をキラキラさせるレイン。よかった! 喜んでもらえたみたい!
でも喜びもつかの間。次のレインの言葉で、私は固まる。
「おいしいスープをありがとうございました。ごちそうさまでした」
「!?」
レインは三口ほどスープを飲んだ後、スプーンを置いた。そして立ち上がり、ダイニングルームを出て行こうとするではないか。
私は思わずレインの腕を掴む。
「待って、スープはお口に合わなかった? 今後の参考にしたいから素直に言っていいのよ」
「……いえ、ほんとうにおいしかったです。でも……」
ぐぎゅるるるるる……。
レインのお腹の音がダイニングルーム中に響く。レインは顔をたちまち真っ赤にし、その場でお腹を抱えてうずくまった。
この体勢って……まるで自分の身を守るかのような……。レインの身体がガタガタ震えだす。
「レイン?」
「……ごめ、なさい……」
私は、耳を疑った。思わず口を右手で覆って、息を止める。
「ぼくは、ごみくずだから。おいしいものを、たべてはいけないんです。ごめんなさい、ごめんなさい、“ごみくず”で、ごめんなさい……! おいしいものを、たべてしまってごめんなさい……! なぐらないで、ください……おねがいします……おねがいします……」
レインから漏れたのは彼の悲痛なトラウマだ。
私もクラウドもおじい様も使用人達も、その場にいた全員が唖然とした。それと同時にスカー家へのとてつもない怒りが湧きおこった。
そういえば、最初に私がレインの頭を撫でようとした時も彼はこんな風に怯えていたわね。あの時もきっとレインは私に殴られてしまうと思って、怯えていたんだわ。
……嗚呼、レインはずっとこうしてスカー公爵家で理不尽に怒鳴られ、暴力をふるわれ続けたのだろう。スカー公爵家を離れた今でもその幻影が消えないほど。
私はゆっくりレインを抱きしめた。腕の中でレインが未だにひどく震えている。
駄目だ、私まで泣いてしまいそう。私が泣いてどうするのよ!! なんとか涙を我慢して、レインに語り掛ける。
「レイン。もうあなたは美味しいものを食べていいのよ、お腹いっぱい。あなたはゴミクズじゃない。言ったでしょう? あなたは祝福の“レイン”! むしろスープは私があなたのために一生懸命作ったのだから、いっぱい食べてもらわないと悲しいわ」
「で、でも、ぼくは、クレアさんになにもかえせないです」
「返さなくていい。私達は家族よ。家族に貸し借りなんてあるもんですか。いっぱい迷惑をかけていいの。助け合わなきゃ」
「でも……でも、でも!」
「レイン、もうここはスカー家じゃない。ここは新しいあなたの家。今までよく頑張ったわね。よく耐えてきたわ。本当に辛かったでしょう……!! でもここでは我慢しなくていい。あなたが思ったこと、感じたこと、やりたいこと、全部教えて欲しいの」
「…………ッ!! ……うっ」
その瞬間。我慢の限界に達していたのか、レインの瞳から大粒の涙が次から次に溢れていった。
初めて見せてくれた、レインの“感情”。そうよ、レイン。私、それが見たかったの。
あなたはまだ子供よ。いっぱい泣いていいの。涙を我慢することなんてまだ覚えてはいけないの。
私はレインを抱きしめる力を強め、その頭を撫で続けた。ふと視線を感じてそちらを見ればおじい様とクラウドが優しく私を見守ってくれた。
本当のレインと会うことができたのは二人のおかげだ。後でお礼を言わなければ。
レインの涙が落ち着いたところで夕食が再開される。
レインは恐る恐るスプーンでスープをすくう。そしてゆっくりとそれを口に運んだ。まだ少し食事が怖い様子だったけれど……。
「……ッ!! ん、うむ! はむっ!」
一口スープを飲んだだけで、まるで別人になったかのように勢いよく夕食を食べ始めたのだ。……やっぱり大粒の涙をポロポロ流しながら。
「おい、しいです……こんなおいしいもの、たべたことありません……!」
「ふふふ。それならよかった。スープも他の料理もいっぱいあるわ。落ち着いて食べなさい」
「はい……!」
相当お腹がすいていたのね。今日だけは少し礼儀やマナーを忘れて食事に集中させてあげよう。
するとおじい様が笑みを浮かべてワインを掲げる。
「今日、我がブルースカイ家に新たな家族がきてくれた。皆で歓迎しようではないか。乾杯だ!」
「──乾杯!」
おじい様の言葉と共に私とクラウドも同時にグラスを掲げた。
そこでようやく私も夕食のワインを飲もうとしたのだけど……その前に使用人からなにかの書類を手渡される。
何事かと書類に目を通せば、それはレインが私の養子になるために必要な養子縁組届だった。ブルースカイ家当主──おじい様の魔力印もおされている正式なものだ。
私はすぐにおじい様を見上げる。おじい様の優しい瞳が私を見つめていた。
「よくやったな、クレア。あとは自分達の手で王都の中央神殿にそれを提出しなさい」
「──はい! ありがとうおじい様!」
そう。おじい様の言う通り、この書類を王都の神殿に提出して承認を得れば私とレインは正式に親子になれる。
三杯目のスープをおかわりして幸せそうにそれを啜っているレインを見守りながら、私は書類を抱いて胸を躍らせたのだった。
第2章終わりです。
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